Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~ 作:Me No
「サエグサ殿の情報通り――敵はスレイン法国の六色聖典のいずれかに間違いないようだ」
ガゼフは見つからないよう慎重に建物の窓からこちらに向かってくる人影を確認する。
「そうですか」
この場から視認出来る人数は三人。
三人の人間は一定間隔を保ちながら村に近づいてきている。
ゆっくりと村に向かって歩んでくる人影は一見すると魔法詠唱者のようだ。
手には武器を持たず、重厚な鎧を身に着けているわけでもない。
彼らの横には並ぶように天使が宙を漂っている。
みかかは、あの天使に見覚えがあった。
ユグドラシルのモンスター《炎の上位天使/アークエンジェル・フレイム》だ。
特殊技術で強さを調べてみるがユグドラシルと同じくらいの強さのようだ。
(確かあの天使の召喚は第三位階魔法だったかしら? 弱すぎるから覚えてないけど)
ユグドラシルで魔法詠唱者が扱う魔法は第一から第十位階魔法、これに超位魔法という強力なものを含めて十一段階が存在する。
100レベルのプレイヤーが適正な狩場を訪れた際に使用する魔法は大抵は第八位階魔法以上のものだ。
みかかのような高機動・紙装甲なら第七位階魔法も含まれるだろう。
しかし、第三位階魔法という低位の魔法になると、たとえ火力極限特化型の魔法詠唱者であっても紙装甲のみかかでさえ有効なダメージを与えることは不可能だろう。
(それにしてもお粗末な戦略だわ)
敵が御しやすいのはこちらとしては大助かりだが、あれはないだろう。
一人のユグドラシルプレイヤーとして、非常に単純な疑問が浮かんでくる。
(彼らは何故、揃いも揃って同じ天使を召喚してるんだ?)
全員が示し合わせたように――事実そうなのだろうが炎の上位天使を召喚している。
召喚されたモンスターはプレイヤーや一部NPCとは異なり、弱点などの属性を変更することは出来ない。
だとすればあのモンスターは一様に同じ弱点を有していることになり、簡単に対策を取られてしまう。
ユグドラシルプレイヤーなら、余程のこだわりがない限り全員が同じ召喚魔法を使って戦いを挑む事など在り得ない。
(ガゼフはユグドラシルで言えばレベル30から40くらい。彼を頂点だと考慮すれば第三位階魔法の使い手はそれなりのエリートと言ってもいいのか)
何故、第三位階で統一するのか分からなかったのだが、第三位階魔法までしか使えないというなら話は別だ。
つまり、彼らは自分が使える最大級の召喚魔法を使用したということなら別段不思議なことではない。
(私達が使う魔法をこの世界の人も使えるのね)
村長から聞いた妙に生活観のある魔法以外もちゃんと存在してるようだ。
(ユグドラシルプレイヤーが魔法を伝えたとか? 他のプレイヤーが来てる可能性は充分にあるわけだし)
そして、それが同一時間軸とも限らないだろう。
なんせユグドラシルは長年親しまれてきたゲームだ。
ゲームプレイヤーがサービス開始当初から定期的、あるいは不規則にここに放り込まれているのかもしれない。
そして自分達のようにギルド本拠地ごと転移させられたプレイヤーがいれば、必ず周辺の国と関わるはずだ。
(村長も御伽噺の八欲王とか六大神とか言っていた。御伽噺ということは相当昔のはず、彼らがプレイヤーなら私達はかなりの後発組になる。なら深く静かに生きないとまずいわ)
そう考えると今回の件にこれ以上関わるのは控えたほうがいい。
全盛期のアインズ・ウール・ゴウンであればまだしも、現状ではとても他のギルドと戦う気はしない。
さて、では王国とスレイン法国にはプレイヤーは存在するのだろうか?
「……正直、微妙かな?」
「ん? サエグサ殿、何か気付かれたことでも?」
いつの間にか長い間考え込んでいたようだ。
ガゼフがこちらを注視していた。
「ああ、申し訳ありません。そうですね……何故、戦士長は相手がスレイン法国だと断定出来たのですか?」
「スレイン法国は信仰系魔法詠唱者を多く有する国で宗教色が強く、彼らの教えでは天使は彼らが信仰する神に仕えているものだと思っているらしい。彼らの明らかな天使に対するこだわり、そしてあれだけの数の天使を召喚できる信仰系魔法詠唱者を有する国はスレイン法国しかない」
「……そうなのですね」
理解したと頷く少女をガゼフは静かに見つめていた。
謎の多い少女だ。
高度な教育を受けた育ちの良さを感じる反面、あまりにも物を知らない側面が顔を出したりする。
そして別に隠そうともしてないのだろうが、異様なほどに鍛えられている。
多くの貴族や王族は一般常識として歩き方などの歩法を心得ている。
端的に言えば、魅せる歩き方だ。
彼女のはそういう物とはまったく異なる。
音を殺し気配を殺す歩法と言えばいいのか――正直なところ見ていて不気味なほどだ。
歩くと言うよりは地面を滑っている。
外にいる天使のように紙一重のところで地面を浮いているのではないかとさえ思うような不思議な歩き方だ。
彼女ほどではないが、こういう奇怪な歩き方をする知り合いを一人知っている。
ガゼフが嵌めている指輪をくれた老婆だ。
よく音もなくガゼフの背後に忍び寄り、自分を驚かせては『まだまだ未熟じゃな』と無邪気に笑ったものだ。
もし、あの老婆と同程度の実力があるなら法国の騎士を殺しつくすのも可能だろうし、至宝に代わる切り札にすら成り得る存在と言っても良い。
(村を救ってくれたこの御仁なら……)
この絶望的な状況を変えうる希望の光。
縋るようにガゼフは問いかけた。
「サエグサ殿。良ければ雇われてくれないか?」
「………………」
返事はない。
ただ、こちらを見つめている。
「報酬は望まれる額を約束しよう」
「……報酬?」
きょとんとした顔でガゼフの言葉を繰り返す。
「君ほど優秀な人物であれば多額のものになるだろうが命には代えられないからね。望むだけの金貨を用意しよう」
「ああ、お金ね。そっか、お金も必要よね。今まで考えたこともなかったわ」
「………………」
金に困ったことはなさそうだ。
そうなると了承を得られても相当な出費になるだろう。
「どうだろう? きっと満足できる額を用意できると思う」
「……遠慮しておくわ。望まれる額を約束だなんて、この世で最も信用ならない言葉じゃないかしら?」
「む、むぅ」
ガゼフはその返答に言葉を詰まらせた。
確かに常識的に考えれば、おかしな発言に取られても仕方ない。
それこそ王国にある全ての金貨をよこせと言われても払うと言ってるようなもの――信用性の欠片もない発言だ。
しかし、貴族は自らと相手の自尊心を重んじるためにこういう言い方をすることが多い。
相手を高く評価するからこそ金に糸目をつけないと言って自らの財力を誇り、相手も貴族ゆえに浅ましい者と思われぬように適正な額を要求する。
そういう腹芸なのだが、まったく通じなかったようだ。
(失敗した。貴族、もしくはそれに酷似した人物だと思ったのだが金銭感覚はまともか。下手な小細工を弄するのは止めだ。俺はそういうことの出来る男ではない)
ガゼフは反省して、再び説得を試みる。
こういう事は苦手だが、簡単に諦めていい問題ではない。
「そうか。彼らは村を襲った不快な輩達の首魁だ。現にこの村以外も襲われている。何か思う所はないのだろうか?」
「思う所は色々あるわね。法国にも王国にも貴方にも、この村にもね」
「……この村にも?」
面と向かっては言わないが、あまり好意的な感情は抱いていないようだ。
しかし、法国や王国や自分はまだしも……被害者であるこの村にも何か思う所があるのだろうか。
「生憎と感情論は好きじゃないの。そういう立場でもなくなったし……で、何? そんなに手を貸して欲しいの?」
「ああ。どうか、頼む」
「………………」
ガゼフの真摯な頼みに対して、少女は視線を逸らす。
しばらくの間、黙考した後にガゼフに問いかけた。
「一つ聞かせて。この国に不思議な力を持った人とかいない?」
「不思議な力?」
「異様なほどの発言力があったり、誰も逆らえないほどの美貌を誇っていたり、凄い数の信者がいる教祖だったり――要するに、おおよそ同じ人間とは思えないほどの特別な力を持っているやつね。私が言いたいのは、あなたの国を傾けている害悪って、何か強大な力に拠るものなの? それとも自業自得なの?」
「………………」
彼女は物を知らない――だから、ここで嘘をつくことは出来た。
弁舌のうまい人間なら舌先三寸で騙すことも出来ただろう。
だが、ガゼフにはそれが出来なかった。
「いや、君の言うような者はいない。自業自得、なのだろうな」
「……そう」
つまらない演劇でも見せられたように、少女の瞳から興味が失せていくのをガゼフを感じた。
「なら、お断りさせてもらうわ」
「そうか」
ガゼフは肩を落とした。
誰が、こんな沈みゆく船を助けようとするのだろうか。
それが単純な救助作業ならまだしも、他の国に喧嘩を売る行為が含まれているのだ。
リスクに対するリターンが乏しすぎる。
「ならば、こんな事は言いたくないが――王国の法を用いて、強制徴集というのはどうだ?」
「………………」
自らの口を衝いて出た言葉に反吐が出る思いだった。
まだ年端もいかない女性に対して、意思の強制を命じる。
一人の男として、何より王に忠誠を捧げた誇りある騎士として恥ずべき行為。
それでもそんな言葉が出たのは、この国に住む民の安寧のため。
「これから女を力尽くで言う事を聞かせようとする男がそんな顔をするものではないわ。説得力に欠けるわよ?」
そんなガゼフに向けられたのは痛ましい者を見るような哀れみの視線。
そして母親が子供を嗜めるような優しい声でガゼフを諭した。
「……すまない」
仮にここで彼女が断ったら自分はどうするというのだ?
殴ってでも言う事を聞かせるのか?
村を救ってくれた恩人に対して?
自分はそんなことが出来る男ではない。
「……戦士長様は哀れな方ね。同情に値するわ」
いっそ力尽くで抵抗してくれればガゼフもこれは必要なことなのだと自分を騙すことが出来たかもしれない。
しかし、無礼を働いた自分に対して怒ることもなく、逆に心から心配する者にそんな対応が取れるはずがない。
「支配者の無能はどんな時代、どこの場所でも生きる民を苦しめる。それはここでも変わっていない。そうでしょう? 貴方達がちゃんと国を守ってくれさえいれば、村人が殺されることもなかったし、こんな通りすがりの怪しい魔法使いに、自分自身すら騙せていない嘘をつく必要などなかったのだから」
「……くっ」
その言葉のナイフはガゼフの心に深く突き刺さる。
ガゼフは罪人が自らの罪から逃れるように、あるいは母に叱られることを恐れる子供のように、優しく諭す少女から顔を背けた。
「……違う」
それは拗ねた子供のような消え入りそうな呟き。
そんな言葉では審問から逃れることは出来ない。
このような状況になった原因を糾弾する声を止めることなど出来ない。
「何が違うというの? 貴方はこんなにも苦しんでいるじゃない」
顔を背けたガゼフの視界に小さく白い手が差し出される。
「認めなさい。貴方が仕えた王は支配者にあってはならない愚王であると。そうすればその境遇に免じて貴方に力を貸してあげる」
ガゼフは顔を上げた。
そして自分より随分と背の低い――まだまだ少女という表現が抜けそうにない女性を見下ろす。
少女は笑っていた。
初めて目にした時のしまりのない笑顔ではなく。
つい先程、副長達にも見せた罠が潜むものでもない。
その笑みは何処か達観した、それでいて虚しい空の笑顔だった。
「………………」
彼女は理解しているのだ。
次にガゼフが発するだろう言葉を。
「……それは出来ない。王は決して愚王などではない――民のために、必死に頑張っておられる」
「………………そう」
結果は伴っていないが努力はしています。
そんな、誰の賛同も得られない空しいだけの答えを返す。
冷たい言葉が投げかけられるだろうとガゼフは予測していた。
異常者を見るような軽蔑の視線を向けられるだろうと確信していた。
しかし、次にかけられた言葉と少女が見せた顔にガゼフは瞠目する。
「貴方もまた命を賭けるに値する人との縁に恵まれたのね」
少女は、満開の花が咲き誇るような笑みを浮かべてガゼフを祝福したのだ。
「なら、胸を張ってお行きなさい――どうあっても変えられない結末が待つ戦場に。本望でしょう? だって、この結末は貴方が命を賭けるに値した王と、その王に仕えてきた貴方自身が選んで、積み重ねてきた選択の果てに迎えた結果でしょう?」
その言葉にガゼフが口を開くことが出来ない。
放たれた言葉の矢は、決して適当なものではない。
事の本質をこれ以上ないくらい正確に射抜いている。
王は王国の至宝を装備させずガゼフを出兵させることを許可し、ガゼフもまたそれを了承した。
この道を選んだのは王、進むことを決めたのは自分だ。
「自らが正しいと信じるなら、生み出した業の世話もきっちり自分の手で始末をつけなさい」
差し伸べていた自らの手を少女はゆっくりと閉じてから……ガゼフに背を向ける。
「残念だけど、道は違えてしまった――私が貴方を助ける理由はない」
それだけ言うとガゼフを置いて、様子を窺っていた家を後にする。
ガゼフはしばらくの間、少女が立っていた場所を何をするでもなく見つめていた。
ややあって、自分はショックを受けたのだと気付いた。
「……行かねば」
このまま棒立ちになっているわけにもいかない。
ガゼフが家から出た時には、少女の姿はどこにも見当たらなくなっていた。
そのことにガゼフはやはりか、と納得する。
(本当に、俺は交渉事には向かないな)
脅迫と言う名の説得を行う前に、村の人間を助けてもらうように懇願するべきだった。
だが、自分は焦るあまり最悪の選択肢を選んでしまった。
その代価は、助かった村を再び窮地に追いやることを意味している。
しかし、この結果に悔いなどない。
多くの村が焼かれたのも、村人が殺されたのも法国のせいで、王国に否はないからだ。
国王は村人を憂い、ガゼフ達を送り出してくれた。
その過程で貴族達の横槍をくらい万全の体制を取れなかったが、それは貴族達のせいであり国王に否はないからだ。
ガゼフは王に忠誠を捧げた騎士であり、その忠誠を裏切ることは出来ない。
だから、その忠誠を代価に力を貸そうとする者の申し出を断り、部下と村人達を殺されることになったとしてもガゼフに否はない。
そう思わなければ、自らの選択が間違いではないと信じなければ、彼女の言葉こそ真実だと認めることになる。
自分が捧げた忠義が無駄だったと、王が王であってはならない人物などと認めるわけにはいかなかったのだ。
◆
部下を集め、村の中央にある広場に集まった村人達を前に、ガゼフは決死の囮作戦を伝える。
「……村長。最早猶予はない。我らが村の包囲網を崩す、その間に――皆それぞれの判断で好きに逃げられよ」
「そ、そんな……私達は、どうなるのですか?」
「出来る限り時間を稼ぐつもりだ。君達もバラバラに逃げれば、生き残る可能性もあるだろう……それぐらいしか出来ない」
ふざけるな。
そんな殺生な。
逃げ切れるわけがない。
俺達を守るのがあんたの仕事だろ。
自分達だけ馬で逃げるつもりか。
口々に罵声を浴びせる若者、一目散にこの場を去る姉妹、呆然と立ち尽くす老人、その姿は様々だが浮かぶ表情は絶望に染め上げられていた。
「お待ちください戦士長様。サエグサ殿は? あの方は何処にいらっしゃるのですか!?」
「………………」
そんな事はガゼフが聞きたいくらいだ。
知らないし、分からない。
周囲を警戒していた部下は見ていないと言ってるし、まさか家の中に隠れているわけでもあるまい。
ここで彼女は一目散に逃げたとでも言えば、少しはこの憎悪を肩代わりしてくれるかもしれない。
しかし、そんな事はガゼフには出来ない。
そんな事が出来るなら、ガゼフはここには来なかった。
「私の不徳の致す所だ。彼女の力を借りようと思ったのだが……逆に機嫌を損ねて、ここを去ったようだな」
「………………は?」
その言葉を聞いた瞬間、周りの騎士達が戦闘態勢に移行する。
次に起こる景色など馬鹿でも分かるからだ。
一瞬の沈黙の後、凄まじい怒号に包まれた。
何を言っているのか理解出来ない。
それはまさしく狂乱の渦だ。
石も容赦なく飛び交い、ガゼフは微動だにせずそれを受け入れる。
誰しもがガゼフを、王を、この国を非難した。
国王は自らの民を守る義務がある――民は国に守られるが故に王を王と認め、従うのだ。
それを為さない国への恨みを彼らは力の限り叫んでいる。
(彼女風に言えば……ここで村人が死ぬのは、己の業ゆえなのだろうな)
どこか達観した目で怒り狂う村人を見つめる。
その態度が哀れみを抱いてるようにも、余裕を見せているようにも見えるのだろう――村人の狂乱は火に油を注ぐように激化していく。
この村に対して思う所があると彼女は言った。
ガゼフも村々を回って気付いたことがある。
この村には外敵を阻む柵すらない。
防衛と言う観点がごっそり抜け落ちているとしかいえないお粗末な状況だ。
勿論、厳重にしたとしても……法国の騎士達を抑えることなど出来なかっただろうが。
「私を責めて気が済むのであれば責めるといい。殺してくれてもかまわない――ただ、私を殺せば君達の全滅は確定するぞ」
これ以上の傷を受けるわけにはいかない。
ガゼフの言葉に皆が動きを止めた。
しかし、今にも飛び掛らんばかりの恨みの篭った視線で自分達を睨んでいる。
「もう一度言う。私達が囮となり包囲網を崩す――その後は各自の判断に任せる。逃げるも隠れるも自由にするといい。君達の命だ」
その言葉に返事をするものはいない。
絶望感の漂う村人に背を向ける――すでにガゼフに出来ることはないからだ。
「皆、行くぞ!!」
自らと、村人達に渇を入れるべく大声を張り上げ、ガゼフと騎士達は馬を走らせる。
そんな彼らを村人たちの憎悪と殺意の篭った罵声が見送ってくれた。
「戦士長……本当に、あの少女は一人で逃げられたのですか?」
彼らの声が聞こえなくなってから副長は静かに問いかけてきた。
「分からん。だが、俺達に味方してくれる可能性は零になった。すまない」
副長は落胆を隠そうともせず、吐き捨てるように言った。
「……いえ。そうですね、そうでしょうとも、そんな都合のいい存在がいるわけないんだ。危険を承知で命をかける者も、弱きを助ける強い者も、そんなのは都合のいい御伽噺でしかない」
「………………」
「なにが、貴方達にはこの村を守る義務があるだ。聞こえのいい言葉を利用して、自分が逃げるために俺達を利用しただけじゃないか」
そんな恨みの篭った呟きにガゼフは返す言葉がない。
ここに来る前、ガゼフは副長にそんな連中がいることを見せてやろうと言った。
副長の瞳に燃え上がるような熱が篭ったのを見た。
しかし、その炎は今は完全に消えている――原因は額に滲む血の跡だ。
守ろうとした者に否定され、信じようとした者に裏切られた。
しかし、副長や部下達の戦意は決して萎えてなどいない。
「行きましょう。やつらの腸を喰いちぎってやりに、命乞いするあいつらを笑いながら滅多刺しにしてやる!」
その傷が皆の心に暗い炎を灯らせたからだ。
そんな感情を抱かせてしまった自分に怒りの感情が浮かんでくる。
身を切るよりも辛い痛みの感情が、ガゼフの瞳に涙さえ浮かばせた。
「なっ――」
「――え?」
そして、ガゼフと副長は見た。
「………………」
村の出口に近い建物の陰、死地に向かう自分達を見送るように立つ少女の姿を。
少女はガゼフの姿を見ると、ポケットから何かを取り出して投げつけてくる。
ガゼフは片手でそれを受け取る。
「……これは」
それは小さな変わった彫刻だ、見た感じ特別なものには見えない。
だが、今はそれに疑問を感じるよりも先に伝えなければいけないことがある。
「サエグサ殿、私は私の義務を果たす! だから、どうか、この村を、村人を頼む!!」
トップスピードで駆ける馬の集団の蹄の音に大きく、ガゼフの言葉がかき消されて届いたかどうか分からない。
しかし、彼女の横を通り過ぎる瞬間――ガゼフも副長も見た、そして確かに聞いた。
「了解した」
そういって頷き、死地に向かう自分達を嘲ることもなく、蔑むこともなく、ただ真剣な顔で見送ってくれた。
「副長!」
「……はい。分かっています!!」
返事をする副長の声に、先程までの鬼気迫るものはない。
いた。
確かにいたのだ。
自分達と同じように、危険を承知で命をかけ、弱きを助ける強い者が、御伽噺が語る英雄のような存在が、ここには居たのだ。
「最早、後顧の憂いなし! ならば、前を向いて進むのみ!!」
ガゼフは前を向き、咆哮をあげた。
自分はここで死ぬのだろう。
だが、今まで取り零し、救えなかった命を助け、守ってくれる者に託すことは出来た。
ならば、自分はこの命を賭けて彼女に示そう。
「貴方もまた命を賭けるに値する人との縁に恵まれたのね」
そう言って、自分の忠義を肯定してくれた彼女の言葉を。
周辺国家最強の戦士、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが仕えた王は――断じて愚王などではない。
自分が仕えるに値した王だったと言う事を。
「行くぞ! 奴等に王国戦士の矜持を見せ付けてやれ!!」
二十人余りの集団は放たれた矢のように草原を駆ける。
約束された結末の待つ戦場へ。
その結末は――決して覆すことなど敵わない。
あとがき
ちょっと色々悩んで詰め込んだせいであの方の出演は次回になりました。