Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~   作:Me No

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2017/05/05 一部文章を訂正。


ある男の結末

「……あった!」

 エンリは綺麗に並べられた剣と鎧の中から一本の剣を手に取った。

 早鐘を打つ胸の鼓動――そして恐怖から来る冷たい汗が剣を持つ手を震えさせる。

 その原動力は先程、村の皆に王国戦士長が告げた絶望的な言葉だった。

 

「出来る限り時間を稼ぐつもりだ。君達もバラバラに逃げれば、生き残る可能性もあるだろう……それぐらいしか出来ない」

 

 その言葉を聴いた瞬間、エンリは妹のネムの手を引いてここまで走ってきた。

 王国戦士長と一緒に様子を見に行った少女の姿がなくなったことに強烈な違和感を感じたのだ。

 走り際に聞こえてきた罵声を聞くに、どうやらエンリの予測は当たったらしい。

 つまり、自分の身は自分で守るしかない。

 

「……貴方達、こんな所で何をしてるの?」

「えっ?」

「魔法使い様だ!」

 エンリの横に立っていたネムが尼僧服の少女の腰に向かって突進する。

 そのまま抱きつこうとしてきたネムをひらりとかわし、猫を捕まえるように首根っこを掴んだ。

 片手一本で持ち上げられた妹をみて、エンリがびっくりする中、みかかは視線の高さが合うところまでネムを持ち上げる。

「ミカよ。ミカ・サエグサ」

「私はネム・エモットだよ」

「知ってるわ。そっちはエンリよね。で、貴方達二人はこんな所で何してるの?」

 ネムを下ろしながら聞く。

「その、戦士長様が時間を稼ぐのでバラバラに逃げろと仰られたんです」

「……ふうん」

 確かにみかかの索敵範囲内での動きが慌しい。

「私はてっきりサエグサ様が、その……いなくなられたのではないかと思って。だからここに身を守るための武器を取りに来たんです」

「あら? それは心外だわ」

「えっ?」

「貴方と約束したはずよ。村の皆を助けるために、私に出来る範囲のことはしてあげるってね」

「あ、ありがとうございます!」

 窮地にあっても頼もしい少女の言葉にエンリとネムの瞳がキラキラと光り輝く。

 

「ところでエンリ・エモット。私はさっき戦士長たちを見送ったのだけど、彼らは怪我をしていたわ……何か知らない?」

 みかかの瞳に宿る冷たい光に気付くことなくエンリは答える。

「い、いえ! その……戦士長様がバラバラに逃げろと仰った時点で、私は妹を連れて武器を探しに来たので……」

「……そう」

 法国の騎士を殴り飛ばしたところを見たときも思ったのだが肝の据わった村娘だ。

 困難や逆境は乗り越えさえすれば、巻き込まれた者を劇的に変化させることがある。

 どうやら、この少女はそういう才覚を有していたのだろう。

 状況判断も的確――もし、村の人間全員で殺し合いでもさせれば最後の一人になるかもしれない。

 

(元々私には他人なんて歩き回る影のようなものだったけど、こうして話してみると人形程度の愛着くらいは沸いてくるわね)

 

 特に、この姉妹は気に入った。

 ゲームプレイヤーが思い出にスクリーンショットを取るように、棚に並べて飾っておきたいくらいの愛らしさはある。

 それが永遠に棚に並べ続けられる程の物なのか、それとも時がくれば廃棄される程度のものなのかは分からないが。

 

「どうかしましたか?」

「大したことではないわ。一度村の広場に戻りましょう。非常時にパニックになるのは危険だわ」

「はい!」

 エンリとネムを伴い、みかかは村の広場へ向かうのだった。

 

 

 村は混乱の極みにあった。

 その姿はまさしく危機的災害に慌てふためく住人そのもの。

 そんな中、救世主の姿を見つけた村人は吸い寄せられるようにみかかの元に集まってくる。

「サ、サエグサ様!?」

 貴重品でも入っているのか何かの皮で出来た袋を持った村長とその夫人も驚愕を露にしながら走り寄ってくる。

「村長――すぐに村人を一箇所に集めて頂戴」

「は、はい! お前、鐘を鳴らしてくれ。私はサエグサ様と話しがある」

 夫人は頷き、すぐに村にある鐘の方へ向かう。

「サエグサ様。村を離れられたのでは?」

 村長の顔には在り得ないものを見たような明確な困惑があった。

「ちょっと外の状況を確認しに行っただけよ。それよりも村長、どうしてそう思ったの?」

「そ、その……戦士長様がそう仰られたので」

 罰の悪そうな顔を浮かべた村長を見て、みかかは自分の疑問が氷解していくのを感じた。

「理解した。それが戦士長たちの怪我の原因ね」

「は、はい……その通りです。戦士長にお会いになられたのですか?」

「ええ。彼らを見送ったわ。その際に戦士長はこの村と村人を守ってくれと頼まれたわよ?」

「な、なんですと? そ、そんな……私達はなんて事を……」

 村長は落ち込んだように顔を伏せた。

 みかかの元に集まってきた村人たちの顔にも悔恨の念が窺える。

「私達は、どうすれば良かったのでしょうか?」

「………………」

 みかかは返事をせず、ただ村長が漏らした言葉に首を傾げた。

「私達は森の近くで住んでいましたが決してモンスターに襲われることはなかったのです。それを安全だと勘違いし、自衛の手段を忘れ、結果親しかった隣人を殺され、足を引っ張って……」

「Sivis pacem parabellum」

「は、はい?」

「古い格言です。意味は、汝平和を欲さば、戦への備えをせよ――ここが何処で、貴方たちが誰であっても、自らの力で勝ち取らないといけないものがある。それが出来ないというのなら、貴方達は気分次第で蹂躙されるただの臆病者よ」

「………………」

 その言葉は村の人間の胸に突き刺さる。

 そして、その胸に微かな炎を灯した。

「自らの価値は自らの手で勝ち取りなさいな。少なくとも、そこのエンリは剣を持った騎士相手に素手で殴りかかったわ」

「………………」

 みかかの慰めの言葉は皆の心に波紋を起こしたようだが、これは言葉で解決できるほど簡単な問題ではない。

 長い時間をかけてゆっくりと解決していくしかない問題だ。

 皆の顔に浮かぶ複雑な思い――それを横目で見ながら、みかかは遠隔視の鏡を取り出した。

 

(……包囲網は崩れたか。全員、戦士長を追ったな)

 

 部下にも恵まれたのだろう。

 誰一人欠けることなく、死地に向かって突進して行く姿が見えた。

 村長の位置からも遠隔視の鏡に写った内容が見えたのだろう心配そうに問いかけてくる。

 

「こ、これだけの数の敵を相手に……戦士長様は、勝てるのですか?」

「いいえ? 彼らは一人残らず死ぬでしょうね」

「なっ!?」

 当たり前のことを聞かれたかのような返答に村長と周りの者は絶句した。

「でも、時間は稼げる。村長。彼らの覚悟を無駄にしないためにも行動を開始するべきでは?」

「そ、そうですな。私達は一人でも多く生き残らなければなりません。サエグサ様、一体どうすれば?」

「私が用意できる選択肢は二つあります」

 問いかける村長にみかかは指を二本立てて見せる。

「ですが、私にはそのどちらを選べばいいか判断がつきません。ですので、ここは皆さんの決を取りましょう」

「わ、分かりました。一体、どのような?」

 

「はい。第一案は――」

 

 そして提案された二つの分岐点――その選択肢に村人達の安堵の色は消え、互いの顔色を窺いあう。

 

「残念ですが時間は有限です。それでは五秒後に決を取りましょうか?」

 そして、運命のカウントダウンは開始された。

 

 

「ここが正念場だ」

 確実な罠だと知りながら、死地に自ら飛び込んだ。

 この先に待つのは少女が予言した約束された結末――自身も回避不可能と判断する致死の顎だ。

 だが、それでもガゼフは笑う。

 自分の周囲に広がる光景――総勢四十五名の信仰系魔法詠唱者とそれに従う天使達の群れ。

 圧倒的不利な状況を見ても笑えるのは、村の包囲が解けたことによる目的の達成から来るものだ。

「サエグサ殿。後は頼んだぞ」

 手を伸ばし、結果取りこぼしていた多くの命――救えなかった命を今、ようやく救うことが出来た。

 そんな喜びを胸に抱き、ガゼフは剣を抜き、平原を疾走する。

 背後から聞こえる馬の蹄の音――撤退を命じた部下達が反転し、ガゼフに続こうと突進する音だと理解し、苦々しくも誇らしい笑みが浮かんだ。

 

「本当に……お前達は、自慢の部下達だ」

 約束された結末を変える奇跡を起こすとすれば、今この瞬間しかない。

 騎兵の突進攻撃を避けるために魔法詠唱者達は部下に向けて魔法を放つはず。

 その隙を狙って乱戦に持ち込む――それしか勝つ手は存在しない。

 狙うは勿論、敵の頭である指揮官だ。

 ガゼフの部隊に副長がいるように、指揮官を殺しても副官が戦闘を引継ぐだけで撤退するという展開にはならないと思うが、これしか選べる道がない。

 向こうもそんな苦し紛れの戦略などお見通しなのだろう。

 三十体を超える天使達がガゼフの前に立ち塞がった。

 即座にガゼフは切り札を発動させる。

 武技――戦士にとっての魔法とも言うべき技を複数発動させて肉体能力を限界以上に引き上げる。

 この瞬間、ガゼフの能力は英雄の域にまで到達する。

 そして、放つは神速の武技。

 

「六光連斬」

 

 一振りにして六つの斬撃はまさしく光の煌きの如し。

 周囲六体の天使は切り裂かれ、光の粒子を撒き散らして消滅する。

 しかし、倒されたのは六体――天使にとって同胞の消滅など何の痛痒にも値しないのだろう複数体が向かってくる。

 だが、それを許すガゼフではない。

 

「即応反射」

 

 ガゼフの身体が霞むように動き、自らを天使の群れに飛び込んだ。

 そして、一体の天使が一撃で両断された。

 

「流水加速」

 

 そのまま流れるような動きで、さらに一体を斬り飛ばす。

 圧倒的とも言える光景に部下達の間に希望に満ちた空気が流れるが、それも一瞬。

 消滅した天使は再び召喚され、魔法詠唱者たちの魔法がガゼフに集中し始める。

 

(……くそっ、不味いな)

 

 指揮官との距離は未だ遠く――立ち塞がる壁に突破できる気配はなし。

 ガゼフは奥歯を砕かんばかりにかみ締めて、ただひたすら剣を振るう。

 

 

 くだらない選択だ。

 まったくもって理解出来ない。

 スレイン法国六色聖典――陽光聖典隊長であるニグン・グリッド・ルーインは思う。

 自分達の標的である周辺国家最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフは目の届く範囲にいる。

 しかし、彼が自分の前に立つことはないだろう。

 

 総勢四十体からなる天使の休む暇を与えない波状攻撃に加えて、陽光聖典の隊員による衝撃波による魔法攻撃の嵐に翻弄されるばかり。

 もうすぐ王国は自らの手で最強の切り札を失うことになる。

 愚かの極みと言える行為だった。

 何よりも愚かなのは目の前の男だ。

 

 正直な話――こんな分かりやすい罠に嵌り、ノコノコ現れるとは正気を失っているのではないかと思うほどだ。

 少なくともニグンなら、こんな罠に嵌ったりしないし、ここにいる隊員も同じだろう。

 己の命の価値が理解できていない。

 村人の命など幾ら失おうが、ガゼフの命の価値には及ばない。

 ここで村人を救い、ガゼフが死んでどうなるというのか?

 彼が死ねば、次の帝国との戦争で大敗し、今回失われた村人の命など比較にならないほどの王国の多くの民が死に、国は瓦解するだろう。

 

 だが、それも仕方のないことだ。

 

 人は弱い。

 人間以外の種族やモンスターが多く存在するこの世界で人は種を守るために協力し合わなければいけない。

 それを理解できず、国を二分し、権力抗争に明け暮れるだけでなく、麻薬を栽培して他国に売り歩く国など存在していい道理がない。

 その為であればガゼフのような人を守る貴重な人材も殺す。

 本来であれば守るべき弱き人の命を卑劣な罠に使ってもだ。

 人間は争うべきではなく、共に歩むべきなのだから。

 

「俺は王国戦士長! この国を愛し、守護する者! この国を汚す貴様らに負けるわけにはいくかぁあああ!」

 

 まったく恐れ入る。

 最早立ち上がれぬと思ったが、それでも立ち上がり、ここまでの気迫を見せ付けるとは。

 だからこそ、惜しい。

 

 ニグンはガゼフの背後に倒れている戦士たちにも目をやった。

 人を愛し守ろうとする男、死地と分かりながらもその男についてきた勇敢な戦士。

 そんな連中が、己が愛する国に追い詰められて、今から死ぬのだ。

「現実が理解できず、そんな夢物語を語るからこそ、お前はここで死ぬのだ。ガゼフ・ストロノーフ」

 ニグンの声は冷ややかなものだった。

「お前の行動も、王国の行動も呆れるほかない。後ろを見るがいい、ガゼフ。お前の行動は信じてついてきた者達を誰でも理解できる死地に追いやって殺したに過ぎない。そして、あの戦士達は王国に住む者達の未来の姿だ」

「………………」

 ガゼフは震える手で剣を握り締める。

 そして、ニグンを静かに睨んだ。

「同じ言葉でも、使うものが違うだけで……こうも、響かないものなのだな」

「なんだと?」

「ここがどういう場所で、どうしてこうなったかなど……来る前に嫌と言うほど教えられたさ。だがな、あの少女に言われるのは、我慢できるが……無辜の民を殺した、貴様のような外道に言われるのは、我慢ならない!!」

 ガゼフは剣の切っ先を突きつけて叫んだ。

 ニグンの顔に嘲笑が浮かんだ。

 自分の正しさを確信した者が浮かべる笑みだ。

「何を言うのかと思えば、くだらん。私達は人類の守護者という崇高なる目的のために守るべき人類を手にかけたのだ。貴様の国のように共に歩むべき者をつい最近まで奴隷として扱うばかりか、欲望のままに国を腐敗させ、他国に麻薬をばらまくような者達に外道などと言われる筋合いはないわ、この愚か者が!!」

 ガゼフは獣が獲物を追い詰めるような笑みを浮かべた。

「真に国を憂いているのなら、人類の守護者を名乗るなら、崇高なる目的があるのなら、一国家として前に出るべきだろうが! そんなお前達が取る手段が、発覚を恐れる余り他国の騎士になりすまし、女子供赤子の区別すらなく、なで斬りにすることか!? 笑わせるな!! 貴様らは外道中の外道、ただの大量殺人者だ!?」

「な、な、な、な――」

「――そんな貴様らの信仰する神など八欲王よりおぞましい邪神だろうさ!!」

 この一言が、ニグンの――いや、スレイン法国に住む者の逆鱗に触れた。

 

「き、き、貴様ぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 怒髪天を衝くとはまさにこの事。

 スレイン法国が信じる神、六大神。

 神のために働く陽光聖典の信仰心は信仰心溢れる法国の一般人と比べても厚い。

 その彼らを前に六大神を否定する発言をするなど火に油を注ぐようなもの。

 嘆く女のように甲高くヒステリックな叫びをあげ、頬の筋肉を引き攣らせながらニグンは激情のまま、その手を突き出した。

 放たれた魔法の衝撃波がガゼフの全身を直撃した。

「ぐはっ!」

 ガゼフが鮮血を吐き出しながら、地面に倒れた。

「糞が! 糞が! 糞が! 糞が! 糞が! 糞が! 糞が! 糞が! 糞が! 糞が!」

 必至に立ち上がろうとするガゼフにニグンは立て続けに衝撃波を叩き込む。

「貴様!! 腐った王国の糞虫風情が!! よりもよって――我らが信じる神を、六大神様を、あの八欲王よりおぞましいだとぉおおおお!? 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」

 ただの数分で声が枯れるほど叫び、その魔力を限界まで枯渇させる。

 肩で息をしながらもニグンは舌打ちする。

「糞が!! まだ生きていやがるのかぁああああ!! ガゼフ・ストロノーフゥウウウウ!!」

 完全に虫の息だがガゼフは片手には剣を握り、もう片方の手で立ち上がろうと必至に指を動かしていた。

 何と忌まわしい汚らわしい生物――あのような者が存在すること自体が神への冒涜だ!

「貴様だけは許さん!! 天使達よ、そこの糞虫を滅多刺しにしろ!!」

 その激情に呼応するかのように大量の翼のはためき音と共に天使達が突貫する。

 それを避ける体力も気力もガゼフにはない。

 

「ぐぁあああっ!?」

 

 断末魔の叫びにニグンの顔にニヤリと笑みが浮かぶ。

 天使達はニグンの意思を読み取ったかのように、ガゼフの身体から離れた。

 

「……くっくっく、はっはっは、はあーーっはっはははは!!」

 

 壊れたようにニグンは笑った。

 自分がここまで晴れやかに笑えるとは思わなかった。

 あの蒼薔薇を血祭りにあげたとしても、ここまで笑えるかどうか。

 歓喜から浮かんでくる涙を抑えられない――神に唾を吐いた愚か者に相応しい最後を迎えさせてやった。

 

 神の敵に神罰を下してやった。

 実に清々しい気分だ。

 まるで、歌でもひとつ歌いたくなるようなイイ気分だった。

 

 滅多刺しにされたときに頚動脈を斬られたのだろう。

 首筋から「プシャアアア」と噴水のように血液が噴出しているのを見て、ニグンは興奮を抑えきれないでいた。

 これこそ、まさしく――最高に「ハイ!」という奴だろう。

 

 笑いが止まらない。

 ニグンは天井知らずに高揚する気分のままガゼフの元にゆっくりと歩んでいく。

 

「なんだぁ? どうしたぁあ? 何か話したらどうだ、ガゼフ・ストロノーフ? 周辺国家最強の戦士様? 安心するんだなぁ。今から生き残ってるあの村の村人達も殺してやるさぁ。お前がしてきたことは全部無駄だったと、どれだけ愚かな選択をしたのかを、この国の愚かな民でも理解できるようになぁ!!」

「………………」

 苦悶の表情を浮かべて絶命したガゼフの顔をニグンの軍靴が踏みにじる。

「この糞が! 村の人間はただのなで斬り程度では済まさんぞ!!」

 ガゼフの顔を蹴り飛ばし、軍靴でひたすらガゼフの身体を執拗に足蹴にする。

「思いつく限りの殺し方を試してやる! 貴様のような神も恐れぬ反逆者のいる国に慈悲など不要!? 亜人や、エルフや、異形種の糞種族と同じような残虐な方法で殺しつくしてやる!! 殺して、殺して、殺して、ころ……こ?」

 

 それを見た瞬間、ニグンの全身に怖気が走った。

 

「――なっ?!」

「………………」

 いつの間にか、目が合っていた。

 眼下に横たわるガゼフの死体と……。

 ニグンの心臓が恐怖のあまり、ドクンと大きく鼓動した音が聞こえた気がした。

 

 その瞬間――人には理解出来ない世界の攻防が始まった。

 

 ニグンの唇が形を変える。

 瞬時の状況判断――いや、生存本能でニグンは叫ぼうとしたのだ。

 そんな中、ニグンが言葉を発するより速く、ガゼフは身体を跳ね上げて立ち上がった。

 

 流水加速――神経を一時的に加速させることで人の目では捕らえきれない速度の行動を可能とする武技。

 

 死して尚、手放すことはなかった剣がニグンの両足を苦もなく切断した。

 ニグンの身体がその痛みを知覚するよりも速く、剣を振り切ったガゼフは次の武技を発動させる。

 

 即応反射――攻撃した後のバランスの崩れた身体を無理矢理に攻撃前の体勢に戻す武技。

 

 ニグンの顔がスローモーションで驚愕の表情を作り始める。

 そんな亀の歩みより遅い時間が流れる世界で、ガゼフだけが通常と変わらぬ速度で動く。

 剣を振り切る前の姿――つまり、今まさに攻撃を加えんとする体勢に戻った。

 

 そして――時は平等に動き出す。

 

「天使達よ!? ガゼフをこ――」

「六光連斬!!」

 

 強烈な衝撃にニグンの視界が真っ白に染まり、硬い物を折り、砕く音と感触が伝わってきた。

 あまりにも多くの天使を消滅させたガゼフの剣は磨耗し、ニグンの両足を斬った時点で剣の機能を失い、鈍器として機能するしかない状態だった。

 

 それでも神速の六連撃による殴打ダメージの破壊力は凄まじく、ニグンの全身の骨を微塵に砕き、散らばった骨が体中を暴れて筋肉と神経をズタズタに引き裂き、強烈な衝撃で幾つかの内臓を破裂させる。

 

「……こ、ここ……こけ?」

 

 何が起きたのかを理解出来ないままに、断末魔と呼ぶにはあまりにも情けない意味不明な言葉だけを残してニグンの身体が平原に倒れこむ。

 そして――数度、ピクピクと小刻みに痙攣した後、彼の身体はその生命活動を停止した。

 

 それは、たった数秒の間に起きた大逆転劇だった。

 

「た、隊長?!」

「ニグン隊長!!」

「そんな!」

「馬鹿な!?」

「なんで?! ガゼフ!? なんで!?」

 

 絶命したはずのガゼフが立ち、自分達の隊長が絶命している。

 数分前と立場が正反対になるという余りにも不可解な状況に百戦錬磨の陽光聖典隊員も驚愕のあまりに思考が停止した。

 

「て、撤退だ!?」

 そんな中、逸早く冷静さを取り戻した陽光聖典の副官が叫んだ。

「な、任務を放棄するのか?!」

「馬鹿! 気付いてないのか、お前は!!」

 副官の男が指差す先にいるのは己の血で全身を真っ赤に染めたガゼフがいた。

「どうやら怪我は全快した上に、放つ気配が段違いに強い!? 天使たちを殿にして、俺達は撤退するんだ!!」

「……し、しかし」

 この機を逃せば、ガゼフの暗殺は困難を極める――いや、不可能になってしまうのではないか?

 これから逃す魚の大きさに隊員達の判断も鈍った。

 信仰心の高い幾人かが神を罵倒したガゼフを倒さんが為に独自に動こうとする。

 

 そんな、陽光聖典の隊員達のうなじに死神が息を吹きかける。

 

「ひっ?!」

 余りにも不可解な事態に自分が怖気づいたかと思うが、そうではない。

 副官が辺りを見回すと、全員が攻撃でも受けたのかと首筋を確認している。

 

 その正体は『まるで何らかの攻撃を受けたような』

 そんな、物理的な錯覚すら引き起こすような殺気だ。

 

 この殺気の主がこの場にいる誰かなど論じる必要はない。

 

(くっ……まさかガゼフは追い詰められたことで、超人的な力を得てしまったのか?)

 

 英雄譚ではよくある話なのだが……まさか、実際に目にすることになろうとは。

 副官はガゼフの覚醒を促したニグンを殴りつけたい気持ちに駆られる。

 この場にいる人間で最も強い男はガゼフ・ストロノーフなのだ。

 こんな非人間的なほどに洗練された殺気を放てる人物が、他に存在するわけがない!

 国の敵を滅ぼすつもりが、まんまと敵に塩を送る羽目になってしまうとは!!

 

「撤退だ! 撤退するぞ!?」

 それは部隊としての撤退行動ではなく、単なる敗走。

 副官は皆の反応を待たずに、背中を向けて脱兎のごとく走り去って行く。

 本来なら殿に置いておくはずの天使を連れているのは、自らを守る盾として利用するためだろう。

 それを見て、隊員達も悲鳴を上げながら敗走を開始した。

 

 陽光聖典が去り、ニグンの召喚した天使だけがポツンと残された平原。

 そこにただ一人立っているガゼフは呆然と呟いた。

 

「………………勝った、のか?」

 

 いや、それ以前に――どうして、自分は生きているんだ?

 

「……まさか」

 

 ガゼフは仕舞っていた彫刻を取り出す。

 彫刻は役目を終えたのだろう――砂のようにサラサラと音を立てて崩れていく。

 それはみかかがガゼフに渡した課金アイテム『スケープドール』

 最大HPを超えるダメージを受けると自動的に発動し、ドールに蓄えられている分のHPを回復してくれるというアイテムだ。

 

「……驚いたわ」

「っ?!」

 崩れていく彫刻を眺めていたガゼフの背中にかけられた声に飛び上がりそうなほどに驚く。

「まさか、本当に一人でナシをつけるなんてね」

「サ、サエグサ殿?」

 一体、いつの間に背後を取ったのだ?

 こんな距離になっても接近に気付かなかった自分を恥じると同時に背筋に悪寒が走った。

 強いとは思っていた。

 だが、幾ら勝利を掴んだことに安堵していたとはいえ、先程まで全力で戦っていた自分が接近に気付けないとは……この少女がもし自分を殺す気だったなら、気付くことも許されずに殺されたのではないか?

 

「……邪魔ね」

 そんなガゼフの思考など知る由もなく、みかかは軽く右手を振るった。

 それだけの動作で指揮官が従えていた天使は消滅した。

 ガゼフの驚愕はさらに続く。

「少しだけ見直してあげる。外道中の外道、ただの大量殺人者だ……ね。良く吠えたものだわ」

「き、貴殿は本当に……」

 まったく、何処まで驚かせてくれるのか?

 自分と指揮官の話しを聞いていたのか?

 いつから?

 どうやって?

 遠くから魔法で?

 まさか、まさか――そんなことはありえないと思うが、自分の横で?

「だったら手伝えとか文句を言いたいのでしょうけど我慢して欲しいわね。見つからないように彼らの処理をしていたものだから」

「………………彼ら?」

 

 ガゼフはみかかの指差す先を見て――浮かんだ疑問も、驚愕も、その全てがどうでも良くなった。

 

 こちらに向かって響いてくる鎧が擦れる音が、自分の手では決して作りえなかった光景がガゼフの思考を奪いつくしたのだ。

 

「……お、お前達!」

 どれだけの数が生き残れるだろうと思った。

 ガゼフのように天性の才能を持つわけでもない、ただ厳しい訓練に耐えてきた弛まぬ努力の結晶達。

「全員、全員が無事で……」

 失うにはあまりにも惜しいと思った。

 皆が倒れ伏した光景を見て、ガゼフは己の無力さが許せなかった。

 その彼らが、誰一人欠ける事もなく……今ここにいる。

 その光景にガゼフは流れる涙を、零れる嗚咽を止められなかった。

 

 本懐を遂げたという部下達の誇らしい顔が何よりの褒章であり、それは掛け値なしの奇跡だった。

 

 自分の手では為し得ぬ結果、それを見て感動に震える男を馬鹿に出来るものなどいない。 

 皆が一列に整列し、男泣きに咽ぶガゼフを静かに見つめていた。

「さぁ、戦士長。皆に勝利を!!」

 しばらくそれを見守った後、副長がガゼフに声をかける。

「ああ、そうだな!」

 ガゼフは手の甲で感動の涙を拭うと頷き、手に持った剣を大きく掲げた。

 

「うぉおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ガゼフの雄叫びと同時に皆も拳を突き上げて、勝利を祝う雄叫びが爆発した。

 ここに奇跡は成った。

 

 ガゼフ・ストロノーフは約束された結末を覆すことに成功したのだ。

 

 それが超越者にとっては予定調和の範囲内だったけれど、誰も予測できるはずもなく――彼らは奇跡を掴んだ幸運に歓喜するばかりだった。

 

 




ガゼフ「フッフッフッフッフッ まぬけめニグン! 課金アイテムのおかげで甦ったぞッ!」

みかか「てめーの敗因は…たったひとつだぜ…たったひとつのシンプルな答えだ」
みかか「好感度が足りなかった」
ニグン「あァァァんまりだァァアァ 」

 今回はこんな話しでした。

 デメリットなく復活させる課金アイテムを素でうろ覚えておりましたのでアイテムを捏造しております。
 

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