Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~   作:Me No

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2017/05/13 一部、文章表現を修正。


一方その頃

 ナザリック地下大墳墓第十階層、玉座の間。

 そこにはほぼ全てのNPCと各階層守護者が厳選した高レベルのシモベ達が集まっていた。

 全員が玉座に座したモモンガに対して、跪いてその忠誠を顕わにしていた。

 痛いほどの沈黙が支配する中でただ一人、モモンガがこの場にはいない友人と会話を交わしている。

 

「………………ふう」

 会話が終わり、一心地ついた後にモモンガは安堵から深いため息をついた。

「……モモンガ様?」

 モモンガの横に控えていたアルベドが心配そうな面持ちで声をかけた。

「アルベド。ナザリックの警戒レベルを通常状態に戻せ。救出部隊も解散だ」

 モモンガはそんな彼女を安心させるべく微笑みかける。

 骨の顔なので表情などないのだが、雰囲気から察したのだろうアルベドの暗い顔にほのかな光が差した。

「それでは、みかか様は……」

「何の問題もない――彼女は無事だ。必要な情報を集めた後、こちらに帰還するそうだ」

 その場にいた階層守護者並びに最精鋭のシモベ達の顔からも緊張感が抜け、大歓声が上がり万歳の連呼が玉座の間に広がった。

 正直な所、自分もその輪の中に入りたい。

 だが、モモンガは喜ぶ皆の顔を何処か遠くのものを見るかのように眺めていた。

 玉座に座り、シモベ達の前にいる自分はもう一個人ではない。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の長なのだ。

 それは自分の友人が自らの命を危険に晒し、その身を挺して教えてくれたことだ。

 

 だからこそ新たに浮かび上がった問題にも冷静に対処できる。

 モモンガの視線の先にいるのはセバスとデミウルゴスだ。

 みかかの単独行動から端を発した二人の論争があそこまで白熱することになろうとは思っても見なかった。

 

 みかかが転移でカルネ村に赴いた後のナザリックは混乱を極めた。

 モモンガだってそうだ。

 当初、撤退できなくなった場合を含めて色々な事態を想定して動こうとした。

 しかし、みかかは護衛も増援も断り、単身で危険な村に向かってしまった。

 

 彼女が何を思ってそんな行動を取ったのかが理解できなかった。

 

 モモンガは直ぐにナザリックでも一二を争う智者であるアルベドとデミウルゴスを呼びつけた。

「わずかな勝算と確かに逃げ切れる根拠がある」

 それはみかかがモモンガに言った言葉だが、あの短い間に、何故そのような判断が出来たのか分からなかったからだ。

 アルベドとデミウルゴスに事情を話した後、モモンガはわずかに後悔した。

 デミウルゴスはすぐさま全階層守護者と選りすぐりのシモベによる大規模部隊を編成し、カルネ村周辺をこの世から消してでも救出に向かうべきだと進言。

 それに対して、セバスが救出に向かった村を滅ぼすなど主人の意向を無視する行動であり許されるものではないと反論した。

 

 ナザリックに存在するシモベの多くは「人間は劣等種」という意識を持つ者が多い。

 そうでない者はセバスとメイド長のペストーニャ、プレアデスのユリ、アルベドの姉であるニグレドと指折り数えて足りるほどだ。

 

 そして自分達の創造主である至高の四十一人は神にも等しい存在である。

 

 創造主と人間、どちらを優先するかなど論じる必要もないというデミウルゴス。

 創造主を崇めるが故に、その意向を無視できないというセバス。

 

 結果、論争はどんどん白熱し、二人の仲が険悪となり、一触即発の危うい空気となった所でモモンガが一喝するという事態に陥った。

 

(まさかセバスとデミウルゴスも仲が悪かったなんて……まるで、あの二人みたいじゃないか)

 

 彼らの創造主であるたっち・みーとウルベルトも、互いに決して相容れない何かを感じさせるものがあった。

 セバスとデミウルゴスもそんな創造主の心を受け継いだかのように仲が悪い。

 まるでNPCが彼らの子供のようで嬉しい反面、これは重要な懸念事項でもある。

 

 たっち・みーとウルベルトの対立していたときよりも状況が悪化している気がするのだ。

 ユグドラシルはあくまでゲームであり決して超えられない壁が存在した。

 しかし、ここは違う。

 

 互いが殴り合える距離に存在しており、彼らの拳は拳銃よりも恐ろしい凶器である。

 

 傍から見れば僅かな差異なのかもしれない。

 だが、この違いがモモンガには恐ろしかった。

 二人の仲には十分に注意しておいたほうがいいだろう。

 下手をすればギルドが二分されることにもなりかねない。

 モモンガがギルド長にもなった経緯もたっち・みーとウルベルトの対立があった。

 

「……過去も乗り切ってきた。だからここでも大丈夫だ」

 そう自分に言い聞かせ、思考の時間を締めくくる。

 

「………………」

 そんなモモンガの様子をアルベドはじっと眺めていた。

 モモンガの心境の変化に気付けたのは、傍に控えていたアルベドだけだ。

 数時間前のモモンガとは明確に異なっている。

 その原因は言うまでもない。

 今回の事件の中心人物であり、自分がこの世界でモモンガの次に愛しているみかかなのだろう。

 

 ここ数日、アルベドは二人の態度にわずかな疑問を抱いていた。

 きっと現在起きている異変のせいなのだろうが、なんというか……失礼を承知で言うのであれば、頼りないものを感じたのだ。

 ナザリック地下大墳墓の隠蔽工作、階層守護者達の緊急時における連絡網の作成、警備レベルの引き上げ。

 どれも重要なことなのだが、感じる違和感は拭えない。

 それは異変という困難に向かい合おうとする気概よりも、どちらかといえば対処することで困難から少しでも逃げようと考えているような、そんな保身的な思惑が見えた気がした。

 

 ただ、それ自体は悪いことではない――むしろ、アルベド個人にとっては望む所ですらある。

 

 だって、自分は守護者の中で守ることに最も長けた者。

 己の身を案じるならば、必ず御二人は自分を頼ってくれる筈。

 もしも、自分に依存してくれれば己の目的を遂げることが容易くなるだろう。

 

 この地に残られた最後の至高の御方であるモモンガ様。

 そして――。

 

「最後に一つ――私の帰る場所を、帰りたかった場所を今まで守ってくれて、本当にありがとうございました」

 

 最早訪れる者が少なくなり、一人では有り余るほど広大な墳墓を守り続けた墓守に、この言葉を捧げてくれたみかか様。

 

 この二人は私だけのものだ。

 

 勿論、他の至高の御方も愛している――だが、この二人は別格だ。

 自分が言うのも本当にアレなのだが……リアルの世界を取った浮気者とナザリックを愛してくれた者では対応が異なるのは当然のことだろう。

 勿論、他の御方が私だけに溺れてくれるなら、少しばかりはその価値も上がるのかもしれないけれど二人の立つ位置だけは永遠に変わることはない。

 

 何にせよ、する事は一つ――淫魔の血にかけて必ず御二人の心を掴んでみせる。

 

 男は女には母親であり、姉であり、妹であり、恋人であり、娼婦であってほしいのだと爆撃の帝王たる至高の御方が言っていたことを思い出す。

 ならば、自分もそうあろうではないか。

 それだけではない――私は同性愛にも寛容だ。

 仮にモモンガ様がお望みであれば父親や兄、弟のように接するし、幼馴染や先輩、後輩、教師にメイドとオプションも各種取り揃えつつ、更なるご要望も承ることだって可能な出来る淫魔(オンナ)だ。

 

(淫魔の私には分かる。モモンガ様もみかか様もまだ……くふーー)

 

「アルベド。少しかまわないか?」

「く。くふふふふ……淫魔の血が騒ぐぅ」

「………………アルベド、大丈夫か?」

 この状況で何を考えてるんだと若干、引きながらモモンガはもう一度アルベドに声をかけた。

「はっ?! モ、モモンガ様! た、大変失礼致しました。何で御座いましょう?」

「い、いや……きっと、その、なんだ。お前も喜びに打ち震えていたのだろうな。すまない、邪魔をした」

 決して美人が浮かべてはいけない顔をしていたぞ、とは言わないでおく。

 

「いえ、邪魔などと謝らないで下さい。それより如何なされましたか?」

「うむ。全てはうまくいった。私は自室に戻ることにする――皆も安心して持ち場に戻るがいい」

「ハッ。直ちに作業の遅れを確認し、行動を再開することにします。ですが、モモンガ様……一つだけお聞かせ下さい」

 モモンガは頷いた。

 その態度にも自信が満ちている。

「……今回の目的は一体何だったのでしょうか?」

「………………ふむ」

 モモンガの指がカツンと一度、玉座の肘掛を弾いた。

 その乾いた音に大歓声は鳴りを潜め、弛緩した空気は一気に引き締まる。

 ここにいる皆の意識はモモンガとアルベドの会話に集中していた。

 

「さて……どこから説明したものか。ただ言えることは――全ては私の望むとおりの展開だったということだ」

「す、全てでございますか?」

「そうだ」

 モモンガは鷹揚に頷いた。

「我が友が村に向かったこと、セバスとデミウルゴスが言い争ったこと、そしてアルベド――お前が浮かべた表情も、皆私が望んだものである」

「えっ?!」

「流石はモモンガ様」

 その言葉にアルベドの脳裏に電流が走り、デミウルゴスが目を見開いて宝石のような瞳を見せた。

 

 会話とは単純なようでいて意外に難しいものだ。

 受け取る側が相手に抱く印象によって意味合いが大きく変化してしまうことが稀にある。

 

 先程のモモンガの一言にも大した意味は込められていない。

 みかかが村を助けに行き、無事に帰ってこれる。

 勝手な行動をしてしまったみかかに怒るどころか彼女を守るために喧嘩に発展しそうなほど言い争ってくれた。

 アルベドがちょっと残念な感じになるほど帰還を喜んでくれた。

 これら三つの事柄を喜んだだけのことである。

 

 だが、アルベドやデミウルゴスが「皆私が望んだものである」という言葉から読み取ったのは、まったく別の解釈だ。

 

 アルベドにとっては「お前が不敬なことを考えているのは知っているぞ」と釘を刺されたと思ったのだ。

 アルベドは己の浅慮を恥じた。

 超越者たるモモンガが此度の異変に対し、わざと情けない対応を取るという醜態を晒すことで自分がどんな反応をするのかと観察していたのだろう。

 しかし、喜ばしいこともある。

 自分がモモンガとみかか様を愛していることを理解しており、その愛をモモンガも自らが望んだものであると肯定してくれたのだ。

 

 アルベドの解釈も大概だが、デミウルゴスも本人が深読みが過ぎる傾向があるので負けじと凄いことになっていた。

 

「流石はモモンガ様? 何がだ、デミウルゴス?」

 これもモモンガには「何故、いきなり褒めるんだ?」という疑問が、デミウルゴスには「何か褒める所があったのだろうか?」と解釈された。

「ハッ。まさに端倪すべからざる、というお言葉がこれほど似合う方はおりません」

「……ん?」

「まさしく、デミウルゴスの言うとおりかと。そして申し訳ありません、モモンガ様。愛しい殿方が浮かべる表情を読み違える筈がないと確信しておりましたがそれは大きな誤りであったようです。ですが、モモンガ様のお気持ちは確かに頂戴致しました!!」

「…………んんっ??」

「なして、そこで我が愛しの君が浮かべる表情の話しになるのでありんすか? 後、お気持ちを頂いただぁ? 一体、主は何を言ってるんでありんすえ?」

 シャルティアの険のある物言いにアルベドはフッと嘲笑を浮かべた。

「あら、シャルティア。あなたには分からないのかしら? モモンガ様にとってはみかか様が単身でまだ未開の地、未知の敵と相対して無事に帰ってくることも、セバスとデミウルゴスが言い争うことも全てが想定の範囲内だったと仰っていたのよ!!」

 

 玉座の間に感嘆と動揺の声が走る。

 その声の大きさに「………………えっ?」という支配者の疑問の声は当然かき消された。

 あまりの衝撃に未だ混乱が収まらない中、疑問の表情を浮かべたセバスがアルベドに問いかけた。

 

「アルベド様――しかし、当初、村に行くことをお二人は却下されました。そして、数秒後にやはり向かうことを決意なされたのはモモンガ様のように見受けます。それをみかか様が無理を通したように記憶しているのですが」

「そう。その全てがモモンガ様の神すら及ばぬ策略だったということ」

 

「………………えっ?」

 

 再び起こった動揺の声に、モモンガの声はかき消される。

 デミウルゴスが主人の溢れんばかりの英知を感服しつつ、その素晴らしさを皆にも分かりやすいように解説し始めた。

「確かに疑問には感じていたのです。敵がナザリックでは太刀打ちできないほどの強大なものであるならば、みかか様が残る理由は砂粒ほどもありません。シモベであるドッペルゲンガーがみかか様の姿を模して影武者となればいい筈」

 

(その手があったか!?)

 

 と思わず滑りそうになってしまった口を両手で閉じるモモンガを他所にデミウルゴスの深読みスキルは止まらない。

 

「そんな危険な状況の中で至高の御方であるみかか様が残る理由など一つしかありません。みかか様はすでに敵が脅威でないことを知っていたのです」

 デミウルゴスの発言にセバスは疑問をぶつけた。

「確かに遠隔視の鏡で見た限り、村人を追い回していた騎士の身体能力は高くありませんでした。しかし、回避不可能な特殊技術や神器級の防具すら無効化する攻撃スキルを有する可能性がありますが……?」

 

(なるほど、身体能力! それがみかかさんの言っていた『わずかな勝算と確かに逃げ切れる根拠』だな。だけど、セバスの疑問も尤もな話だよな。みかかさんの装甲はかなり薄いわけだし)

 

 まるで惨敗したテストの解説を聞く熱心な学生のような気分でモモンガは話を聞き入っていた。

 生徒であるセバスの疑問に教師役のデミウルゴスが首を振る。

 

「それはない――いや、この世界にはそんな特殊技術やマジックアイテムが存在するのかもしれないが、少なくとも今回の敵は有していないとみかか様は確信されていたのさ、セバス」

「確信? しかし……どうやって情報を? あの一分にも満たない時間ではそんな事をする余裕は……」

 セバスの話を打ち切る形でデミウルゴスが一言告げた。

 

「分からないかね? 円卓の間だよ」

 

(はっ? えっ? どうして、そこで円卓の間が出てくるんだ?)

 

 いざ解答を解説してくれているのだが、レベルが高すぎてついていくことが出来ない。

 一人取り残されたような寂しい気分を味わいながらモモンガはデミウルゴスの話に真摯に耳を傾ける。

 

「みかか様とモモンガ様は定期的に円卓の間に集まっていたのは知っているね? あの時にみかか様は外の世界を探索していたのだろう。そして此度の村の一件を知られたのだと推測される」

 

(推測されないよ?! いや、デミウルゴス先生! お互いに愚痴を言い合ったりしてただけですが?!)

 

 怖い。

 天元突破したNPC達の信頼が怖い。

 

「なんと……いや、確かに、みかか様の隠密スキルとリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンがあれば可能ですね」

 セバスは合点がいったように頷き、モモンガは心の中で猛抗議する。

 

(ナザリックから抜け出すのはな!? 大体、休憩兼方針会議は一時間。しかも二回しか行っていないし、たった二時間で国家が考案した暗殺の情報を入手してくるとか、みかかさんの偵察スキルと幸運はどんだけ高いんだよ!!)

 

 きっとNPC達の間では、みかかは超一流かつリアルラックも兼ね備えた特殊部隊員のような印象なのだろう。

 いや、能力と特殊技術的にはまさしく特殊部隊「ゴースト」もびっくりのキャラなのだが……。

 

「護衛も連れずに行かれるのは守護者として看過し難いところですが、それほど重大な案件だったということなのですね、モモンガ様?」

 ニコリと笑顔を浮かべてデミウルゴスは主人に話を振ってくる。

「う? うむ。その通りだ。さすがはデミウルゴス」

 それにモモンガは反射的に頷いてしまう。

 

 むしろ、ここまで持ち上げられては頷くしかない。

 それ以外の選択肢――例えば真実を告げる、などを選べば勝手に持ち上げられた好感度は急転直下し、浮上不可能なほどの奈落に落ちることに成りかねない。

 

 もう完全に話が明後日の方向にいってしまっているのでモモンガは傍観者に徹するしかない状態だ。

 そんなモモンガを他所にアウラが「なるほどねー、だからか」と感心した。

「おかしいな、と思ったんだよね。みかか様は暗殺術の使い手だもん……万全の計画を立てて行動し、不測の事態が生じても逃げ切る準備を忘れたりしない。一人で篭城なんてナンセンスだもん。でも、それらは全てモモンガ様の手の内のことだったんですね!」

 

「………………む、無論だ」

 

 答えるのに間があった。

 これは、モモンガとしては「今なら引き返すことも出来るんじゃないのか? どうする?! どう答えればいいんだ、鈴木悟!!」という苦悩の間だった。

 しかし、当然のことだが皆には「何故、そんな当たり前のことを聞くのだろうか?」と好意的な解釈をされた。

 おおっ、と階下の者達も感嘆の息を漏らす。

 

「あーコホン。随分と話しこんでしまったな。私は部屋に戻ることにする」

 これ以上、ここにいると支配者の重責に押し潰されてしまう。

 一刻も早くここから離脱しなければなるまい。

「も、申し訳ございません。私が、余計なことを聞いたばかりに……」

「気にするな。非常に有意義な時間だった」

 言動と行動に注意を払わなければいけないことが知れたという意味で。

 モモンガは立ち上がるとそそくさと玉座の間を後にするのだった。

 

 支配者の気配が消えたことを確認し、アルベドが一度皆を見渡してから命令を下す。

 

「今日この場に居合わせることが出来た幸運に感謝なさい。モモンガ様の支配者としての器は十分に感じ取れたことでしょう。さて、みかか様の身を案じる余り、私達シモベに与えられた重大な職務を放棄してしまったわ。全ての者は持ち場に戻って遅れを取り戻しなさい。尚、各作業の責任者は作業の進行具合を把握した後、私に報告して頂戴」

 即座に返事が響き、皆も玉座の間を後にした。

 

 

「おかえりなさいませ、モモンガ様!」

 第九階層にある自室に転移したモモンガを一般メイドであるシクススが出迎える。

「シクススか。そんなに心配そうな顔をする必要はないぞ。我が友は無事だ」

「さ、左様でございますか! 良かった」

 シクススの心配そうな顔が安堵が満ちていく。

「さて、シクスス。私も寝室で休ませてもらうことにする。供も警護も不要だ――ここで待機せよ。訪問者が来たら教えてくれるか?」

「ハッ! ごゆっくりお休みになられてください」

「うむ」

 頷くとゆっくりと寝室に向かい、その扉を潜る。

 扉を閉じると大きく息を吐いた。

 

「……支配者の演技も限界だ」

 

 モモンガはベッドにダイブするとゴロゴロと転がった後、大きく大の字になって天井を見る。

 

(良かった。本当に良かった)

 

 もしも、彼女を失っていたら――とても、自分は平静でいられなかっただろう。

 そんな事になれば、かつての仲間達にも合わせる顔がない。

 ギルド長として、何より一人の年長者として……少女を死地に送り込むなどあってはならないことだ。

 

 みかかが戻ってきたらどう詫びればいいのかと思い、すぐさま首を横に振る。

 

(いいや、そうじゃないだろ? ここからは慎重に行動し、ギルド長として相応しい行動をしなければ!)

 

 失敗は誰にでもある。

 それに対し謝罪することも大事だが、何よりもその後にどう行動するかが鍵になる。

 申し訳ないという気持ちをズルズル引きずられるのは見ていて気分のいいものではないし、そんな行動に意味があるとは思えない。

 アルベドが皆に命じたように、失敗した分や遅れた分を取り戻そうと頑張ってくれたほうが嬉しいに決まっている。

 

「良し、反省は終わりだ。後は……アレだな」

 

 在り得ない高評価をされていることは分かってはいたが、その影響なのか、びっくりするほど自分に都合のいい解釈をしてくれる。

 それはある意味助かる反面――言いようのない不安が募っていく嫌なものがあった。

 イメージするなら今にも崩れそうな積み木の塔だ。

 彼らの評価を崩すような行動をした場合、失望される恐れがある以上、都合のいい解釈をしてくれるのは助かる。

 しかし、その都合のいい解釈こそ要求されるハードルをさらに高く困難なものにしてしまうという矛盾。

 

 正直、キツイ。

 考えれば考えるほど、存在しないはずの胃が締め付けられるような嫌な気分に襲われてしまう。

 NPCが望むナザリック地下大墳墓の主人、至高なる四十一人のまとめ役であるモモンガのハードルが高すぎるのだ。

 

「いや、何を弱気になってるんだ! みかかさんは危険な目にあいながらも、ギルド長として行動しないといけないと諭してくれたんだぞ。やらないと男が廃る! NPCの前では、俺は『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長、モモンガを演じてみせる!」

 

 その為に、今は――少しだけ休もう。

 

 モモンガは静かに瞳を閉じた。

 アンデッドなので眠りに落ちることはないが、それでも何かが癒されていくのを感じる。

 

 しかし、社会人としての性なのか、これからのナザリック地下大墳墓の運営方針や、ギルド長として相応しい態度とはどのようなものか、支配者としてどうあるべきか、などの問題が頭に浮かんできてしまう。

 

 自分が進む道は高く、険しく、困難なものだ。

 下手に踏み誤れば、己の命すら危険に晒すのではないかと思えるほどに……。

 

 だが、そんな道すら何故か歩むことを楽しみにしている自分が存在している。

 

 それが、どれほど過酷な荒野であっても……そこに友がいるのであれば、花咲き誇る優雅な旅路だ。

 

 シーツから微かに香る花の香りに包まれて、モモンガは友の帰還を心待ちにしていた。

 

 




モモンガ「ところで、なぜかベットのシーツが良い匂いしません?」
みかか「そうですね。香水でも振り掛けてるんでしょうか?」

アルベド「円卓の間で至高の御方が会議中にベットにダーイブッ! かーらーのーエンジョイ&エキサイティング!!」

 そんな回です(違います

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