Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~   作:Me No

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変革の兆し

 

 夕焼けが世界を染め上げる中、戦士たちの勝利を祝う雄叫びが響いている。

 それらを無視して、みかかは草原に倒れている指揮官の死体の脇に腰を下ろした。

 

「……運がなかったわね? 指揮官さん」

 みかかは特殊技術を発動させて正視するのが躊躇われるほどに変形してしまった顔面を修復してやる。

 死ねば仏という言葉もある。

 この人物に同情するわけではないが、死体蹴りはよくない、という道徳心くらいはみかかにもあった。

 その反面、ドロップ品を確認することはやめない辺りは微妙な道徳心なのだろうが。

 とは言え、たった一度蜘蛛を助けた程度の善行で人は天国にいけるのだから、あまり気にすることはない。

 みかかは腰に下げた皮袋を取り外して、その口を開いて……瞳を細めた。

 

(魔封じの水晶? しかもこの輝きは超位魔法以外なら封じ込められるんじゃ?)

 

 みかかは即座に十数枚のスクロールを取り出した。

 魔法による情報収集を行う際は対策を講じるのは基本中の基本。

 まずは下地となる《フェイク・カバー/虚偽情報》と《カウンター・ディテクト/探知対策》から始まり、さらに様々な対策魔法を発動、自らの特殊技術も用いて魔法の効果も強化させる。

 それらを全て発動し終えてから魔封じの水晶を調べる。

 

(水晶の起動を知らせる魔法がかかってるな。封じられたのは第七位階の天使召喚か)

 

 何とも中途半端な対策だが、この世界の強さの常識で言えば第七位階魔法は強大すぎる。

 これはおそらくガゼフの武装が万全であることを仮定した上で確実な勝利をもたらすための切り札だったのではないだろうか?

 しかし、だとすればスレイン法国にはプレイヤーが存在するのではないだろうか?

 

 まず、この世界の人間に第七位階魔法が扱えるのか?

 扱えるものがいるなら、そいつがガゼフを暗殺しに来ればいいだけのことだ。

 だから、この世界の人間に第七位階魔法が使える可能性は低い……はずだ。

 

 ただ、十位階魔法まで封じ込められる魔封じの水晶に第七位階魔法を使用するのは合理的とは言えない。

 ユグドラシルのプレイヤーなら自分の情報を隠すためだと判断するだろう。

 

(……私達と近い時期に現れたプレイヤーもしくはギルドがスレイン法国側についたとかはどうだ?)

 

 人類の守護者を名乗る国だ。

 人間種のプレイヤーであれば、この国の傘下に入りたがるだろう。

 

 ユグドラシルではキャラクターのレベルは90までは上がりやすい。

 そしてレベル90もあれば第七位階魔法で召喚されるモンスターであれば問題なく対応できるだろう。

 

(わざわざ第十位階魔法を封じ込められる水晶に第七位階魔法を封じ込めたのは何故か? この世界では強大だと思われる魔法を使用することで傘下に入った国に自らの力を誇示、他のプレイヤーに対処された際には自分の存在を匂わせつつ、プレイヤーに対しては威嚇射撃程度の魔法を使用することにより敵意は薄いのだとアピールするためだったとか?)

 

 これなら中途半端な対応も説明できるし、プレイヤーが存在するにも関わらずスレイン法国が世界を席巻していないことも説明出来る。

 

(……後はプレイヤーが残した遺産、とか? ここで使うのは勿体無い気もするけど)

 

 これは国の情勢を知らない状態では判断がつかない。

 王国がこれ以上存続することに困り果てて、貴重な遺産を使わなければならないと決意するほど腐敗していた可能性もある。

 

(何にせよ、法国は要注意。一番の問題は、だ)

 

「サエグサ殿。その水晶は?」

 みかかが水晶を調べるのを見て、こちらに向かってきたガゼフだ。

 

(王国に、コレを渡すの?)

 

 どう見ても何とかに刃物――いや、テロリストに大量殺戮兵器を譲渡するような案件になる気がして仕方ない。

 とりあえず、みかかは逆に問い返すことにする。

 

「……貴方、この水晶が何か知ってる?」

「いや、こんな物は見たことがないな」

「………………」

 嘘は言ってなさそうだ。

 この男の性格なら自分に嘘をつくことはあるまい。

 

「……そう。さらに質問。貴方の王国には魔法詠唱者はいる? いるなら、その魔法詠唱者はどのくらいの魔法が使えるの?」

「………………」

 その質問に少しばかりガゼフが躊躇したのが分かった。

 素性の知れない国家の防衛に関わる情報を開示していいものか迷ったのだろう。

 

 しかし、命の恩人であることと、みかかには王国の力となってほしいこともあり、ガゼフは話すことに決めた。

 

「勿論、存在する。かの帝国の超越者と比べると貧弱だが、それでも《ファイヤーボール/火球》の魔法を扱える者もいる」

「《ファイヤーボール/火球》ですって? それって、第三位階魔法の?」

「ああ。王国の宮廷魔法詠唱者でも優秀な者なら可能だ。王国に所属するアダマンタイト級冒険者はそれ以上の者もいるそうだが……」

「……ふうん」

 また知らない単語が出てきた。

 冒険者はともかくとして……アダマンタイト級って何だ?

 王国の至宝の鎧がアダマンタイトで出来た鎧とか言ってたから、一番強いクラスなのだろうか?

 

 何にせよ分かったことは全体的にこの世界の人間は弱い。

 それは魔法詠唱者にも当てはまり、第三位階魔法を使える者はエリートだという認識なのだろう。

 

「後、帝国の超越者? なに、帝国はオーバーロードがいるの?」

「ああ。第六位階魔法まで操れるという化け物がな」

「………………?」

 第六位階魔法を操れるオーバーロード?

 たしかに化け物だ……ネタ的な意味で。

 ダンジョンで遭遇したならスクリーンショットを撮ってギルド内で回覧して笑いの種になることだろう。

 

「おおむね理解出来たわ。戦士長様。実は、この水晶なんだけど……」

 みかかは神妙な雰囲気を作ってから右手に持った水晶を掲げて――魔法を発動させる。

 

「《タイム・ストップ/時間停止》」

 

 そして――全てが静止する。

 

「成程。当然、時間対策は出来てないわけね」

 レベルが70に到達する頃には必須の要素になってくるのだが。

 ちなみに物理戦闘職であるみかかが魔法を発動出来たのは特定魔法を一つだけ使用可能にするマジックアイテムのお陰だ。

 みかかは心の中でカウントを数えながら、まずは水晶を地面に置く。

 それから左手に持っていた皮袋を覗いた。

「他に大した物は……地図があるわね」

 パッと開いて見ると村長が持っていた物より精度も材質も良さそうに見えた。

「これは貰っておこうかしら」

 無限の背負い袋に地図を放り込んでから、再び水晶を手に取ってさっきと同じポーズを取る。

 

 そして、時は動き出す。

 

「その水晶がどうかされたのか?」

「ちょっと話しておきたいことがあるのだけど……これから貴方達はどうするのかしら? 今から王都に帰るの?」

「まず村へと戻り脅威が去ったことを報告する。それにもうすぐ夜になるから村で休ませてもらおうと思っている。サエグサ殿も戻られるのだろう?」

「……私?」

 みかかは法国の連中が去っていった方向を見つめている。

 ガゼフも同じ方向を見据えつつ、心配そうに問いかけてきた。

「まさか、今から法国の部隊を追われるつもりか? いくらサエグサ殿でも夜中に単独で追われるのは危険だと思うが?」

「危険? 具体的に何が危険なの?」

「人の身では夜目が利かない。それに夜行性のモンスターに襲撃される可能性がある」

「モンスター? そう。それは僥倖だわ」

 それなら彼らに仕込んだ罠は無駄にならずに済みそうだ。

 

「……どういう意味かね?」

 一体を何を言ってるんだという表情のガゼフにみかかは言った。

「無辜の民を殺すような連中だもの。彼らは国に逃げ帰る途中で不幸にもモンスターに襲われて全滅する可能性だってあるということでしょう?」

 彼らの首筋には毒物――ある種の集合フェロモンが付着させている。

 ユグドラシルの狩場でも良く使われるもの敵を寄せ付けて経験値やレアドロップ稼ぎをしたり、MPK――集めたモンスターを利用してプレイヤーを殺害する罠を張ったりするのに用いられる特殊技術だ。

 

「確かに……その可能性はあるな」

 彼らも百戦錬磨の兵だ。

 むざむざ全滅する可能性は低いと思うが、強者と言えど所詮は人間種。

 絶対とは言い切れないほどの危険がこの世界には存在している。

 

「ならば、祈りましょう。彼らに罰が下らんことを――用事も出来てしまったし、私も村に戻ることにするわ」

 彼らが故国に帰れるまで無事でいられるかは彼ら自身の力量と幸運に拠るだろう。

 何人か捕らえて情報収集しても良かったが……こちらは新しい世界では新参者。

 どんな情報系の能力があるかも把握してない状態では迂闊なことはしない方がいいだろう。

 

「それじゃ、英雄の凱旋といきましょうか? 生憎と私は徒歩だから村に着くのは後になるけれど」

「なら、私か部下の馬に一緒に乗られてはどうだ?」

「それは嫌。生憎と貴方達では私の王子様役には不相応だわ」

「はははっ、手厳しいな」

 彼女にはあまりにもお似合いの台詞に皆が苦笑を浮かべた。

 

「それよりも貴方達は少しでも早く戻って村の人を安心させてあげて。後、村は襲われたばかりで復興に人手が欲しいはずよ。怪我を治してあげたのだから治療代替わりに馬車馬のように働きなさい」

「了解した。直ちに取り掛かることにしよう……だが、その前にしなければならないことがある」

「……何?」

 

「全員整列!!」

 

 ガゼフの咆哮にも近い声がビリビリと空気を振るわせる。

 その声にみかかが驚く中、日頃の訓練の賜物なのか彼らは事前に申し合わせたように綺麗に整列する。

 

「我らを救った勇者サエグサ殿に感謝を!!」

 

「 あ り が と う ご ざ い ま し た ! ! 」

 

 そして、全員が丁寧に頭を下げた。

 

「………………」

 みかかはそんな彼らの礼を所在なさそうに半眼で見守った後にため息をつく。

 

「そういうのはいいから、とっとと消えなさい――私が戻ったときに休んでいたら、もう一度地面に転がることになるわよ?」

 暑苦しいことこの上ない。

 みかかは「あっちに行け」とばかりに手を振る。

「怖いな。せっかく生き残れたのに全滅してしまう」

 ガゼフの呟きに部下の者達は再び笑った。

「それでは私達は馬で先に村へ戻らせてもらう。副長、すまないがそこの指揮官を運んでくれるか?」

「ハッ! 戦士長の馬はこちらに」

「ああ」

 今更ながらに気付いたが馬も無事だ。

 これは偶然か。

 それとも彼女の手による物なのか。

 

(出来れば、我が王の力になってくれればいいのだが……)

 

 そんな事を思いつつ、ガゼフは馬に乗り、号令と共に村へと向かった。

 

 

 世界を染め上げていた夕焼けが沈んで行くのを眺めながら何もない草原をみかかは歩いていた。

 彼女の他にいるのは草原に住んでいるのだろうプレーリードッグに似た野生動物。

 そんな野生動物が傍に誰もいないにも関わらず、友人と談笑するように笑顔を浮かべ、独り言を呟いているみかかを少し観察してから去って行く。

 勿論、みかかはエア友達と談笑しているわけではない。

 《メッセージ/伝言》の魔法でモモンガと話しているのだ。

 

「……そんなわけで、あまり関わることなく問題は解決しました。無事に帰還可能です」

『良かった……本当に、良かった』

 モモンガの声には安堵しかない。

「運に助けられました。振ったサイコロの目が全てクリティカルを出したみたいです」

『そうですか』

 モモンガはTRPGは知らないが、全てクリティカルを出したという意味は理解できる。

 

「明日の夜にはナザリックに戻ろうと思ってます。問題に対処するあまり、ロクに情報が確保出来てませんので」

『一人で、ですか?』

「そうですね。ニグレドの監視の目だけ向けてくれたら、それで大丈夫かと」

『それは何故です?』

「ちょっとした釣りです。今回陰謀を企てたスレイン法国の人間が監視の目を向けるはずです。私だけならプレイヤーが一人だけと油断してくれるかもしれません。下手に護衛を連れて、あの国に対して異形種が見つかるのは避けた方がいいです。指揮官も人間至上主義、みたいな感じでした」

 確かに相手側にニグレド級の情報系のキャラがいれば厄介なことになる。

 そう考えれば一人でいる方が逆に安全なのかもしれないが……。

『いざという時の護衛部隊は編成しておきます。それにしてもスレイン法国は面倒な国になりそうですね……異形種狩りの再来とかは避けたいところです』

 まったくだと頷く。

 

「詳しい情報は戻り次第、報告しようと思います」

『分かりました。出来るだけ早い帰還を待ってますよ。こっちはこっちで大変で、みかかさんが戻ったら円卓会議しないといけない状態なんです』

「……?」

 またストレスを貯められたのだろうか?

 ここに来てから初めて供を連れずに一人で外を出歩いたので、開放感があるのは確かだ。

「モモンガさんも外に出てみては? 今も夕焼けが凄く綺麗ですし、これなら星空も綺麗だと思いますよ」

『へえぇ……そういえばまだ外を見てませんね』

「なら、出るべきだと思います。話も逸れてきたことですし、これで通信終了とします」

「了解です。では」

 そしていつもの糸が切れる感覚と共に魔法の効果が終了する。

 

「地理も言葉も良し。後はお金だな」

 ガゼフがみかかの助力を願った際に「望むだけの金貨を用意する」と言っていたが、それはユグドラシル金貨なのだろうか。

 それならば非常に助かるのだが。

 これから先、どうするか、どう動くか――そんな事を考えながら、村への道を黙々と歩く。

 

 村へと戻ったみかかが最初に見たのは入り口で心配そうに立つエモット姉妹だった。

 こちらの姿を見かけた少女達が村に声をかけると同時に大勢の村人がやってくる。

 村人総出の無数の賛辞と感謝の言葉を受けていると、ガゼフ・ストロノーフが姿を見せた。

 

「お早いお帰りだな。中々の健脚のようだ」

 見ればガゼフはすでに鎧を外し、衣服のみの身軽な姿となっていた。

「あら? 早速、戦士長様は怠けてるようね? いいわ、その軽口が叩けないようにそこの麦畑にでも転がしてあげるから前に出なさいな」

「それは勘弁してくれ。部下達は今も働いているし、私も命の恩人を出迎えたかっただけだよ」

「そういう気遣いは結構。あれは純粋に貴方自身の努力と幸運に拠る結果だわ」

 もしも、あの指揮官が激昂してガゼフの至近距離に入らなければ、ガゼフは復活した所で何も出来ずに死んでいた。

 みかかがしたのは起死回生の機会を設けただけだ――それがこの上ない結果を出したのは彼が掴み取ったものだろう。

 

「私は言った筈よ? 私が貴方を助ける理由はない。だから私に恩義に感じる必要はないわ」

「『私に恩義に感じる必要はない』か……成程、確かに。ようやく君の性格の一端が掴めたような気がする」

 冷笑するみかかにガゼフは笑った。

「あら? どういう意味かしら?」

「確かに君にはそう言われた。そんな君があの戦場がいたのは私の部下を助ける理由はあった、そういうことだろう?」

「そうよ? 嘘は言ってないと思うのだけど?」

 

(まったく、素直ではない御仁だ)

 

 嘘はつきたくないのだろう。

 だが、事実を正確に伝えようとする気もないようだ。

 ガゼフが味方をしてくれる可能性は零になったと思ったように間違った解釈を生みやすい。

 それが狙ってやっているのか生来の性格に起因するものかは分からないが。

 

「最近、友人から昔の知り合いが酷い環境でこき使われていると聞いてね。貴方の部下に少しだけ同情した。それだけの事よ」

 その意地の悪い笑顔から察するに、どうやら狙ってやっているようだ。

「まったく、貴殿は……素直に言ってくれればいらぬ誤解を招くこともなかっただろうに」

「あなたの理解が足りないのを私の性格のせいにしないで頂ける? それに敵を欺くにはまず味方から、だわ」

 要するに、捻くれ者というところか。

 服装から察するに神に仕える聖職者だと判断したが、それ自体が何らかの皮肉か、巧妙な策略のようにも思えてくる。

「以後君と話すときは気を使うことにするよ。つまり、私は君に恩義を感じるのではなく、この村の人に恩義を感じるべきなのだな?」

「どうやら村人から話は聞いているようね」

 

 ガゼフ達が村に戻るのは少しばかり不安もあった。

 それはガゼフと村人の確執だ。

 命の危機に晒されことで、これ以上ないくらいに関係は悪化してしまったのだ。

 しかし、戻ってきたガゼフ達に村人達は安堵し、それだけでなく謝罪してきた。

 困惑するガゼフ達に村長が詳しく話しをしてくれた。

 

 ガゼフが去った後、みかかは村人に問いかけた。

 

 自分には戦士長を助ける理由がないから助けにはいかない。

 だが、村人である貴方達に助ける理由はないのかと。

 

 そして彼女は二つの選択肢を用意し、多数決で村人に選択を迫った。

 ガゼフを見捨てるのか、助けるのかを。

 

「そこの村娘、エンリ・エモットに感謝なさい。助けられるかもしれない人を見捨てるのは、加害者の片棒を担ぐのに似ていると思います。私は村の人を殺したあいつらのようになりたくありません――だったかしら? まるで御伽噺に出てくる英雄のような啖呵だったわ」

「そうか。感謝する、エモット殿。君のお陰だ」

「い、いえ……そ、そんな恐れ多い」

 王国戦士長という特権階級の男に頭を下げられたエンリは顔を真っ赤にして隅っこのほうに逃げていく。

 

 この少女の顔には見覚えがあった。

 確か、ガゼフが村人に逃げることを説明してたとき、即座に妹を連れてその場から離れた少女だ。

 

 少女は気付いていないようだが、その一言は大きい。

 

 みかかの突きつけた二択は半ば強制に近い。

 一般的な良心を持っているなら「助けるか殺すかを選べ」と言われて殺すことは選びづらい。

 少女がそんな発言をしたのなら尚更だ。

 通りすがりに襲われた村を救いに来た善良な人物を前に、そんな選択を選ぶ村人は呆れて見捨てられる可能性だってある。

 だから、助けることを選ばざるを得ない。

 

(こうして考えれば……この結末は選択肢こそあるものの、約束された展開に近いな)

 

 もし、狙ってやっていたのなら大した物だ。

 策略に明るくない自分は感心するしかなかった。

 

「まぁ、ネタ晴らしはこのくらいにしておくとして。私も忙しい身だから、さっきの話の続きでもしましょうか?」

「ああ、あれの話だな。村長、すまないが何処か話せる場所を貸して頂けないだろうか?」

「それでしたら、私の家はどうでしょう? 戦士長様とお話ししていたのですが、村の者もサエグサ様には感謝しております。僅かばかりで心苦しいのですがお礼をさせて頂きたいと思っておりますので」

 みかかは少しばかり考えた後に頷いた。

「……そうね。第三者がいる方が好ましい話しでもあるから、村長の家にしましょうか?」

「ああ、分かった」

 ガゼフとみかかは村人に見送られながら村長の家に向かうことになった。

 

 

 村長の家に入るとテーブルを挟んで三人は向かい合う。

 ちなみに村長の夫人は村の復興作業中だ。

 せめて白湯でもと用意しようとする村長を制して、さっそく話を始めることにする。

 

「さてと、戦士長様。さっきの水晶を貸して頂戴」

「その、サエグサ殿――村長に話してもいいのだろうか?」

 ガゼフは魔封じの水晶を差し出しながら尋ねてきた。

「私と貴方だけではちょっとね。村長はこの事件と無関係ではないから丁度いいわ」

 ガゼフから水晶を受け取り、それをテーブルに置く。

 村長は宝石の類をあまり見かけたことがないのか、その美しさに息を呑んだ。

 

「これは魔封じの水晶といって中に魔法を閉じ込めることが出来るマジックアイテムよ。そしてこの水晶には第七位階魔法が封じ込められているわ」

「なんだとっ?!」

 ガゼフは思わず立ち上がり、ガタガタと立て付けの悪いテーブルが揺れた。

 ガゼフは戦士である為、魔法詠唱者の力を想像することが難しいが第七位階魔法がどれだけ凄いかくらいは職務上理解している。

 

「第七位階魔法?」

 対して村長にはガゼフの驚愕の意味がまったく理解出来ない。

「第三位階魔法が常人が到達しうる最高のものと思うといい。王国の宮廷魔法詠唱者もこれにあたる。冒険者の中には第四、第五位階魔法を扱える者も存在するが、我が国でも五本の指で数えて足る程度しかいない。私が知る限り、かの帝国の主席魔法使いが扱える魔法が第六位階魔法――前人未踏の領域を扱うことの出来る魔法詠唱者として周辺国家でも有名だ」

「では、その上の第七位階魔法とは……」

「まさしく御伽噺や英雄譚の世界の魔法ということだ」

 ようやく事態の深刻さを理解できたのか村長はごくりと唾を飲む。

 

「ちなみに封じられているのは第七位階の天使召喚の魔法。私の予測だけど、万全の状態の貴方でも倒せるように用意した切り札だったのでしょうね」

「王国の至宝を装備しても勝てないだと? サ、サエグサ殿。第七位階魔法というのはそこまで凄いものなのか?」

「どういう意味? まるでそこまで凄いとは思ってないような物言いだけど?」

「いや、なんと言えばいいのか……第七位階魔法が凄いと言うのは知識としては理解してるが実感がないのだ。第七位階魔法の天使が召喚されたら、具体的にどのような事態が起こるのだろうか?」

「……どのような、と言われてもね」

 ガゼフの質問にみかかは眉を寄せる。

 

「少なくとも今の貴方じゃ千人でかかろうが傷一つつけられないし、大都市の真ん中で解放して暴れさせれば街は壊滅するじゃないかしら?」

 みかかが漏らした壮絶な内容にガゼフは目を見開き、村長は青ざめた。

「な、なんと……この水晶にはそんな化け物が封じられているのですか? まるで十三英雄が退治した魔神ではないですか」

「そういう事。さて、戦士長――私が言いたいことは理解出来るわね? これは危険なものよ、私としては破壊を推奨するわ」

 

「サエグサ殿。それは出来ない――君の考えも理解できるが、その選択は間違っている」

「……どういう意味?」

 彼女の瞳には疑問の色があった。

「これは希望であり可能性だ。この水晶には私や君では為しえないほど多くの人々を救えるのではないか?」

 

 歴史を紐解けば魔神や竜王などが存在する世界だ。

 つい数十年前に竜によって滅ぼされた国家だって存在する。

 そんな世界だからこそ、この水晶は人の身では守りえない災厄すら払ってくれる奇跡となろう。

 

「この水晶に災厄と絶望を見るより先に、希望と可能性を見ることが出来るのね――貴方は正しい生き方をしてきた人なのね」

 

 掛け値なしの美少女が浮かべた純真な微笑は、村長の心を鷲づかみにし、ガゼフの瞳に哀しさを宿らせる。

 少しばかり世間に対して斜に構えた所がある少女がこんな顔を浮かべるのは珍しく――だからこそ、他人を魅了するほどに美しい。

 だが、ガゼフはその微笑に哀しみを見た。

 

「君のように思慮深くは行動してないだけさ」

 それはガゼフなりの慰めの言葉だったのだが、その言葉の前に純真な微笑みは露と消え、冷たい笑顔が顔を出した。

「それは違うわ。貴方の魂の色と知性の浅さは別個のものでしょう?」

「………………」

 どうやら気分を損ねたらしい。

 まったく――女性という生き物への返答はどう答えれば正解を得られるのか、ガゼフは誰かに教授してもらいたい気持ちになった。

 

「そう。貴方はこれを必要とするわけね?」

「ああ。確かに、このような物は個人が所有していいものではない。だが、危険があるから破棄するというのも思慮に欠ける行動と思うが?」

「あら、面白いことを言ってくれるじゃない」

 こちらの返答の方が趣味にあうらしい――まったく天邪鬼な人物だ。

 

「なら、戦士長様にお返しするわ。元々、これは戦士長様の持ち物だしね?」

「………………」

 その言葉にガゼフは渋面を作る。

「私も村長も無関係ではないから聞かせて頂きたいわね。この水晶を持ち帰った後、貴方はどうするつもりなの?」

「………………」

 当然、王に直接渡すことになるだろう。

 こんな物を手に入れたことを馬鹿正直に報告すれば、この水晶を使って帝国に戦争を仕掛けようと愚かな貴族達は言い出すに違いない。

 

 未曾有の危機から人を救う奇跡を、愚かな欲望のために使うのは想像に難くない。

 

 ガゼフは当然、王に直接渡すつもりだが……すでに老齢の王にこのような物を渡すのは躊躇われた。

 王ならガゼフの真意を理解し、人々のために使ってくれると思うが……その重要性故に、それこそ肌身離さず持ち歩き、少なくない心労をさらに募らせてしまうことになるだろう。

 

「……分からない」

「はい?」

「どうすべきか、分からない。破壊するのは駄目だ、この水晶は私や、君すら救えないほどの悲劇を覆す可能性がある。だが、王にお渡しするのも駄目だ――その力の重さに心が耐えられない。私には到底、答えを出すことが出来ない」

 苦悩するガゼフを村長は同情し、みかかは笑う。

 すでに彼は答えを見つけているではないか。

 ただ、そこに覚悟が足りないだけだ。

 

「ガゼフ・ストロノーフ。一つ聞かせなさいな」

「……何だろうか?」

「貴方は言ったわよね? 自分はこの国を愛し、守護する者だと――その言葉に嘘偽りはない?」

「ない」

 ガゼフは即答し、頷いた。

 

「国の民が平和に暮らせるなら、貴方は自分が忠誠を誓う王を裏切れる?」

 今度は沈黙する。

 

「裏切る、というのはどのような?」

「別にそんなに大層なことじゃないわ」

 少女の口元が薄く線を引くようにして笑みを作った。

 

「………………」

 ガゼフは嫌なものを見たとわずかに顔を強張らせる。

 彼女お得意の薔薇の微笑みだ。

 その華を摘もうと近づくものをズタズタに引き裂くだろう茨を潜ませた邪悪な笑み。

 きっととんでもないことを言い出すに違いない。

 

「ちょっと嘘をつくだけよ? 痛むのは貴方の心だけ――民の安寧を思えば安い代償でしょう?」

「嘘、だと? それは、まさか……」

「その力の重さに心が耐えられないなら、耐えられる人が所有すればいいだけの話でしょう? 貴方がその水晶を所有なさい」

「わ、私がこれを?」

 みかかはコクリと頷いて言った。

「私も貴方になら渡してもいい。でも、貴方の国には渡せない。貴方の国に、こんな物を渡して大丈夫だとは思えない」

「戦士長様――サエグサ様の仰る通りです。私も貴方になら託せます」

 みかかの言葉に村長も強く頷いた。

 

 村長はみかかと共に村に起きた惨劇の経緯を――この国の危うさを聞いている。

 仮にみかかが何も言わなくても王に渡すと言われれば反論するつもりだった。

 ガゼフは知らないが、この村の人間はこの少女に面と向かって非難され、国への不信と反抗心が芽生えていた。

 

 いつまでも気分次第で蹂躙されるただの臆病者に甘んじているつもりはないと、カルネ村の誰しもが思っている。

 

 村長の顔にある種の覚悟を感じたのか、ガゼフは彼を黙って見つめる。

 

 村長の顔つきにある自信はみかかの影響なのだろう。

 影響を受けたのはガゼフだって同じだった。

 自分もある決意を抱いている。

 

 王国では庶民と貴族の差は大きい。

 ガゼフは戦士長という地位にこそ就いているが、平民出身で政治的には何の力もない。

 ガゼフはそれでいいと思っていた。

 自分は王に仕える忠実なる剣であり、その敵を葬ればいいと。

 

 だが、それは誤りだった。

 

 王の傍にいながら、王が苦悩しながら守るべき者を取りこぼしていく姿を間近で見ながら、手を出すことが出来ない地位に甘んじていた。

 

 良くある話だ。

 自分で考え、率先して働けば責任が生まれる。

 それなら誰かに命令されたことをこなす方が仕事としては楽だ。

 

 その怠慢が死神となり、自分を死地へと誘った。

 

 そこで自分は経験した。

 

 静かに糾弾し、愚かな王だと断じる村を救った恩人。

 必至に頑張る王を容赦なく罵倒する村人。

 傷つき力尽きて倒れた部下を指差し、これが王国に住む者達の未来の姿だと笑った憎き男。

 

 その時に、嫌と言うほど知った――理解した。

 自分は王の剣として十全に機能していなかった。

 その言葉に憤り、反論するのであれば――ただ命じられるままに敵を斬るだけの武器であってはならなかったのだと。

 

 そんな事が、死を目前にするまで気付けなかった。

 

 そして自分は運に救われた。

 ここでその運に感謝するだけでは何も変わらない。

 

 ガゼフは王都に戻れば、その足で王に貴族位を頂けないか掛け合うつもりだった。

 

 本当の意味で王の力となるために。

 そして今度こそ、通りすがりの第三者の力を借りるのではなく、己の手で国の民を救うために。

 

「そうだな――ここで仕える王に責任を押し付けるのは、騎士らしくないな」

 覚悟は決まった。

「いつか、王に不忠の騎士と言われる時が来ようとも――この国を愛し、守護する者としてこの水晶を預かろう」

「………………」

 水晶を手に取ったガゼフを少女は複雑な瞳で見つめていた。

 

「ガゼフ・ストロノーフ。法国はそんな物まで持ち出して貴方を殺そうとした――その腐敗が温いものだなんて到底思えない。貴方が水晶を保管したところで国の現状は変わらないわよ?」

「………………」

 少女の瞳の色は井戸の底の様に深く暗いものだった。

 全てが手遅れなのかもしれない。

 だが、それでも諦めることは出来ない。

 

「……理解している。それでも、私は国の為に動きたい。そう簡単になれるものではないと理解しているが、王に貴族位を頂けないか具申するつもりだ」

「どうやら、本気のようね」

 ほの暗い視線にわずかな光が差した。

 

「そう簡単に? 王国の戦士の頂点に立ち、周辺国家でも並ぶ者のいない男が立っている場所って、そんなに簡単になれるものなの?」

「………………」

「たしか貴方の国は王族派と貴族派で二分しているんだったわね? なら、王族派はきっと貴方が貴族になるのを助けてくれるわ。そこにどういう意図があれ、ね。そして、貴方が貴族になることで国が荒れるなら、貴方はまさに立つべき人物だったという事よ。そうね……貴族になるなら、この周辺を領土を貰えないか頼むといいわ。もし、ここが貴族派閥の領土でも自らが守ることも出来なかった領土なら王族派が奪うのを手伝ってくれる。ところで、ここは誰の領土なの?」

「……王直属の領土だ」

 ガゼフの呟きに少女は笑った。

 

「決まりね。貴方が本気で国を憂いて頼むのであれば、その申し出を断ったりはしない――そういう王様でしょう? 貴方が忠誠を誓うような素晴らしい方なのだもの」

「……止してくれ、まだ貴族になれるとは限らない。横入りで邪魔されて貴族にはなれないだろうさ」

 特にあの蛇のような男がガゼフが貴族となることを許可しないはずだ。

 だが、そんなガゼフの不安をみかかは杞憂だと笑う。

 

「案外すんなりうまくいくかもしれないわよ。全ては貴方の今までの行いが試される。それが誠実な行いであったのなら正当な評価を下す人間は必ず存在するものだわ」

 そうであればいいのだが……貴族社会は複雑怪奇なものでガゼフには理解出来ない行動が多々あった。

 彼らの何人が自分に好印象を抱いてくれているか――正直、自信はない。

 

「ほんの少しだけ、貴方の行く末に興味が沸いたわ」

「……それは、どういう意味かな?

「私の爪の先程度でよければ力を貸してあげてもいいという意味よ」

 

 法国と友好的な関係を築くのは現状では難しいように思える。

 ならば、この国とのパイプは維持するべきだろう。

 勿論、言葉通り――助力と言ってもみかか個人の微力なもので済まして、法国にプレイヤーギルドが存在した時にも言い訳が立つ程度のもので収めるつもりだ。

 

(国が混乱してくれた方が暗躍もしやすいからね)

 

「サエグサ殿――手伝って頂けるというのは本当か?」

 みかかの言葉にガゼフの顔に希望の光が差した。

「貴方が本当に国に住む民を憂いているのであればね」

「では、私と共に王宮に来て頂けないだろうか? 陛下の謁見を……」

「それはお断りよ。私が力を貸すと言うのはそういう意味ではないわ」

 ならば、どういう?

 そう目で問いかけるガゼフにみかかは肩を竦めた。

 

「まずはその水晶の安全対策――それと貴方が貴族になれるようお膳立てを揃えるところから始めましょうか?」

 これからガゼフが苦難の道で歩むであろうことは想像に難くない。

 

「せいぜい足掻くことね。この腐敗した国を立て直す為の第一手よ」

 

 こうして、夜は更けていく。

 村長とガゼフとみかか――それぞれ立場は違うが、人の上に立つ者の会議が始まる。

 それは村人達が用意したささやかな祝いの宴の誘いを受けるまで続けられることになった。

 




ガゼフ(どうせ、あの蛇のような男が貴族となることを許可しないはずだ)
レエブン侯「どいつもこいつも馬鹿ばかり、馬鹿でも王国の現状を憂うような奴はいないのか! ふぃ……っくしゅんっ! か、風邪か? リーたんにうつると危険だ! 神官を呼べ!!」

 ――という場面が本編の裏であったとか、なかったとか。
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