Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~ 作:Me No
みかかは日も昇らぬうちからカルネ村の散策を始めた。
今日中にナザリック地下大墳墓に戻らねばならない身だ。
時間を無駄にするわけにはいかない。
皆が寝静まっている時間のため、目視による村の観察を始める。
井戸の周りを確認。
水を汲み出す作業を行い、その水の透明度を見る。
一見すると透明だが、その安全度がどの程度であるかはそこからは分からない。
両手で掬った水を飲んでみる。
(……有毒性物質は無し)
病気などは自分の特殊技術で治せるが……たとえば、この井戸に微量でも有毒な物質が含まれていれば早急に使うのを止めさせなければならない。
だが、その危険性はないようだった。
空を見て思ったが、ここは随分と清浄な世界のようだ。
「それは良い事なのだけど、随分と原始的な仕組みね」
滑車とロープ、後は錘代わりの釣瓶。
井戸と言われて、誰しもが想像するものがそこにあった。
どうやら科学技術はあまり発展していないようだ。
魔法が存在する世界だ。
この世界では科学の理など何一つ成立しないのかもしれない。
(……知識ある者との接触が急務だな)
「……んっ?」
みかかの索敵範囲内に気配がひっかかる。
足音を殺しているわけではない。
たんに喉が渇いたか何かの理由でこちらに来たのだろう。
「おおっ。サエグサ殿、随分早いのだな」
現れたのはガゼフだった。
「おはよう。戦士長様」
「おはよう。しかし、見事に気配を消されているな。目を瞑れば、そこに誰かいるとは思わない程だ」
「何? こんな朝から剣を携えて、私を暗殺しようとでも思っていたのかしら?」
みかかの言うとおり、ガゼフは鎧こそ装備していないが腰に剣を下げていた。
「朝から毒舌も健在だな。随分と寝起きは良いようだ」
ガゼフはニヤリと笑っている。
「そういう貴方もね。何? いつもこんな時間に起きてるの?」
「いや、時間は不規則だな。何処でも寝られて、すぐに覚醒する。そうでないと兵士は務まらないよ」
「ごめんなさい、愚問だったわね」
「いやいや、気になさることではない」
挑発するような発言をしたかと思えば、こんな他愛ない会話で真摯に謝ることもある。
改めて複雑な御仁だなとガゼフは思った。
「しかし、貴殿が寝起きの良い方で安心した」
「……どういう意味?」
「昨夜の宴でも話したが私達は早朝、この村を発つことになる」
今回の事件は無事に解決した。
ガゼフはその事を王に報告しなければならない。
村の復興は村人の手で行ってもらうことになる。
「もう一度だけ念のために聞いておくが、君は一切の報酬を望まない。それでいいのかね?」
「少し違うわ。この村を救ったのは勇敢な戦士長様と兵士の皆さんのお陰。私は何一つ関わっていない。それが、私が頂く報酬よ」
「………………」
あの後、ガゼフと村長はみかかに報酬の件を切り出した。
ガゼフは持ち合わせがない為、みかかが王都に来た際には望む物を渡すと約束し、村長は村人達から集めた銅貨三千枚を提供すると申し出た。
しかし、みかかは両者の申し出に首を横に振った。
村長にはただでも切迫した状況なのだから、銅貨三千枚は有事の際の資金とするように指示し、ガゼフには貴族になりたいのなら手柄は大きいほうがいいだろうと自らの手柄を譲る旨を伝えた。
みかかに言わせれば、ここで僅かな路銀と傾きかけた国で名声を稼ぐより、各国にユグドラシルプレイヤーである自分の存在を隠せるメリットの方が大きいという打算によるものだ。
だが、ガゼフから見れば高貴なる者の献身に見えたのだろう。
それは彼が思い描く理想の貴族であり、未だ到達出来ない高みに存在する英雄の姿だった。
そんなみかかにガゼフは尊敬の眼差しを送る。
「まったく貴殿の行いには感謝しかない。あの彫刻がなければ、そもそも私は助からなかった。あれは相当貴重なものだったのだろう?」
「そうね。もしかしたら、この世界のどこかにあるのかもしれないけど……そう容易く手に入るようなものではないわね」
「……そのような物を私に。では、これもそうなのだろうか?」
ガゼフは服で隠れていた黒いネックレスを取り出した。
一見すると黒真珠のネックレスにも見える。
この中には魔封じの水晶が格納されている。
身に着けている所有者以外が取り出すには破壊するしかないというマジックアイテムだ。
「まぁ、ね。一応、様々な対策が施されたものだけど破ることは可能だから気をつけなさい。状況を考えれば、貴方が水晶を持っているのは明白。これからは夜道に気をつけることね」
「……分かっている」
ガゼフは頷く。
スレイン法国もこのような宝をむざむざ敵の手に渡したままにはしないだろう。
何らかの行動は起こすだろうし、あわよくば取り戻したいと思うはずだ。
(そこを狙い打つ。暗殺を警戒している上、魔封じの水晶を持っているガゼフをどうにかしようと思うなら、プレイヤーが出てくる可能性はある)
少なくとも対処するつもりなら、この世界の人間では在り得ないほどの強さを持つ者が来るだろう。
勿論、向こうもプレイヤーを警戒して何の行動も起こさないという可能性はある。
それならそれで、その間にこちらは準備を整えるだけだ。
「私も、それを悪しき心の持ち主に渡すのだけは避けたいからね。ちなみにそれの正式名称は《プチブラックカプセル/小さな黒棺》というの」
「ほう。ん? サエグサ殿は何故、そんなに楽しそうなのだ?」
「別に? ちょっとした未来に想いを馳せただけよ」
実はネックレスにかけられた対策はかなり甘い。
物理職であれば七十レベル、魔法であれば第七位階魔法から探知・破壊が可能だ。
この世界の者ならかなり強固な防御策だが、ユグドラシルプレイヤーには対策を講じていないに等しいレベルである。
もしも破壊した場合は、ちょっとしたトラップが作動するようになっている。
仮にユグドラシルプレイヤーに破られても、ちょっとした警告、単なる威嚇射撃のようなものだ。
悪趣味極まりない罠だが、これがきっかけで戦争になることはあるまい。
どちらにせよ、ガゼフとカルネ村は監視下に置く必要がある。
「……未来に想いを馳せる、か」
そんな思惑など露知らず、ガゼフはみかかの言葉に何か触発されたのか、空を見上げながらぽつりと呟く。
「そうよ。せいぜい立派な貴族様になって、明るい未来を築くことね。その時が来たら、貴方に感謝の気持ちを支払ってもらうことにするわ」
「『代価にはその羽を』か。まったく、貴殿らしい」
「何、それ?」
くつくつと笑うガゼフにみかかは気になって聞いた。
「知らないかね? あまり人気のない御伽噺だから無理もないか」
「なんとなく題名で想像はつくけれど聞かせなさいな。興味があるわ」
ガゼフは頷いて話を始めた。
「ある所にそれは美しい天使がいた。その天使は世界を創ったとされる神にどんな願いでも一つだけ要求することの出来る指輪を探していた」
「………………」
この世界の御伽噺は興味深いものが多い。
というのも、ユグドラシルプレイヤーが関係してるのではないかという物が多いからだ。
この話もそうではないだろうか?
そして、探している指輪とは世界級アイテムでも破格の性能を持つ《ウロボロス/永劫の蛇の指輪》では?
「道中で願いを叶える指輪のことを知っていると言う色々な人間や亜人、異形種の頼みを聞きながら、その天使は大陸中を当ても無く彷徨い続けた」
「……ふん」
なるほど、話のオチは読めた。
「皆が『代価にはその羽を』と言って天使を騙した。美しかった純白の天使の羽は一枚失うごとに黒い羽へと生え変わっていった」
なるほど。
カルマ値が下がって、堕天使になったというところか?
「旅の終焉――最後の一枚羽が黒く染まった時、神が天使を哀れんだのか、天使は願いを叶える指輪を手にすることが出来た」
「あら、意外ね? 私はてっきり悲劇だと思ったのだけど……」
ガゼフはみかかの言葉にかぶりを振った。
「ここら辺から本によって結末は異なるが、原点とされる本では天使は指輪を手に入れたが、その願いは結局叶わなかったそうだ。その後は諸説様々だな。絶望した天使が『この世界に呪いあれ』と願って出来たのがカッツエ平原だとか、散々利用された天使は、願いを叶える代わりに法外な代価を要求する悪魔になったのだとか……」
「……ふうん。って、待ちなさいな! どこら辺が私らしいのか説明してくれる!?」
「いや、すまない。寝屋で部下達と貴殿のことが話題になってな。見た目が美しく、珍しい指輪を九つも身につけており、性根は優しいが性格が捻くれている。あまりにも御伽噺と類似したのでね……後で法外な代価を要求されるのではないかと笑い話になったんだ」
ぐっ、とみかかは言葉を詰まらせる。
みかかの指には九つの指輪が嵌っている。
一つつけていないのは、そこにはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを装備するためだ。
「知らないなら言っておこう。どこの国でもそうだが……九つの指輪を身につける者は叶えたい願いを持つ巡礼者を意味している。御伽噺の天使もそうだったらしい」
「……ふむ」
「ある地方では子供が生まれたら一つ指輪を与える風習もある。指輪をしていれば、それを代価に願いを叶えてくる天使が現れると言ってね」
「なるほどね」
文化が違えば、考え方も異なる。
指輪に込められた意味も異なってくるということだろう。
「貴殿が何者なのかを問う気はない。だが、どこか……御伽噺から出てきたような現実味の薄い気配を感じるよ」
「………………」
そこは気をつけないといけない点だろう。
「ところで、その天使の叶えたい願いって何だったの?」
「ああ。語るのを忘れていたな。かつての歌声を取り戻したい、だそうだ。冒頭で上手く歌えないことに絶望するんだよ。物語の途中で歌を習ったりもするのだが、何をしてもかつてのように歌う事が出来なかったそうだ」
「……えっ?」
ちょっと待て。
もし、その御伽噺がユグドラシルプレイヤーの実体験なら他人事では済まされない。
『代価にはその羽を』
どうせ、元の世界に帰りたいとかそういうものだろう、と内心哀れんでいたみかかも既に取り戻せない代価を支払っているのではないか?
いや、既に失ったものは明確にある。
だが、それだけでは済まされないのでは?
(……くだらない。私には関係ない)
舌打ちを一つ。
そんな自分の行動に腹が立つ。
厳しく躾けられた淑女たる自分が、そんな無頼漢のような行動を取ったことがあっただろうか?
「……どうかしたのかね?」
漏れ出した気配に鳥肌が立つものを感じながらも、ガゼフは目の前の人物を心配して声をかける。
「いいえ。面白い話をありがとう」
みかかはガゼフに背を向けた。
怒りを覚え、平静を保てないなど恥ずべき行為だ。
「私は忙しい身だから失礼するわ。見送りもしないから、そのつもりでいなさいな」
「了解した。それではサエグサ殿、お達者で。もし、王都に来られた際は私の館に寄って欲しい。歓迎させて頂きたい」
「………………」
肩越しに振り返り、すっかり見慣れた冷笑を浮かべた。
「そういう社交辞令は結構よ。そもそも、貴方の館の場所なんて知らないし……まぁ、気が向いたときに覚えていれば行くかどうか考えてあげるわ」
「そうか。その時は宜しくお願いする。どうか忘れないで欲しい、私の屋敷の門はいつでも貴殿に対して開いていることを」
「………………」
断りの文句にしか聞こえないみかかの発言だが、本当に来る気が無ければ彼女は行かないと一言告げるはずだ。
だからガゼフは嬉しそうに笑っていた。
「……ふん」
そんなガゼフに拍子抜けしたのか、わずかに不満げな顔を浮かべて彼女は去って行く。
ガゼフはその背中が見えなくなるまで頭を下げ続けた。
◆
「おはようございます。ミカ様」
村をぐるりと一周した頃には朝が訪れていた。
朝焼けを眺めていた自分の後ろから声がかかる。
「おはよう、エンリ・エモット」
見れば大きな水瓶を抱えたエンリ・エモットがいた。
「それは何をしているところ?」
みかかはエンリの元まで歩き、水瓶を指差す。
水瓶を地面に置いてから、エンリは答えた。
「はい。今日一日使う水を汲んで持って行くところなんです」
「……ふうん」
水瓶の中を覗きこんでから井戸に目をやる。
井戸を使っている者は今はいないようなので疑問に思って聞いてみた。
「皆、こんな事をしてるの? 貴方の家だけ?」
「えっ? 皆、朝に水を汲みますよ?」
なるほど、エモット家が特別貧しいというわけではないようだ。
「そう。手伝ってあげるわ」
みかかは水瓶を片手で持ち上げる。
「えっ?! す、凄い!?」
強いのは知ってるが、華奢な体付きをしているみかかが片手で軽々と水の詰まった瓶を持ち上げたことにエンリは驚く。
「早く行きましょう? 私、貴方に聞きたいことがたくさんあるんだもの」
「は、はい」
向かう先は当然エモット家だ。
玄関を潜った先が目的地になる。
「この水瓶に水を一杯入れるのが朝の日課なんです」
「ふうん」
かなり大きい水瓶だ。
それもそうか――人は生きるだけでかなりの水を消費する生き物だ。
「だから、もう何往復かしないといけなくて。ああ、でも……少しくらい少なくてもいいんですけど」
「………………」
エンリの瞳が悲しげに伏せられる――昨日に亡くした両親を思ったのだろう。
「これは私がやってあげるわ――他の事をしなさい」
中から《ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター/無限の水差し》を取り出して、直接水瓶に水を注ぎ始める。
「……えっ? あ、あのミカ様?」
水差しに入ってる水は微量だ。
そんなもの水瓶の足しにならない。
何をしているんだろうと声をかける。
「………………」
だが、少女は真剣な顔で水瓶の水を見つめ続けている。
「………………あ、あれ?」
エンリは水差しからいつまでも水が流れていることに気付く。
明らかに水差しの容量よりも多くの水が流れ出ていた。
そして、とうとう水瓶の水が一杯になるまで水は注がれ続けた。
「魔法、ですか?」
「……そのようなものね」
注ぎ終わったのにみかかは水瓶を眺め続けている。
「どうかしましたか?」
「大したことではないわ。次は何をするの?」
衛生状態が気になっただけだ。
見ればここには冷蔵庫もなさそうだし、衛生管理はどうなっているのだろうか?
「ええっと、水で身体を拭きます」
「毎日してるの?」
「はい。女の子は毎日しないといけないと母から教わりました」
確かにあんな水瓶を何往復もして水を汲めば汗もかくか。
「大変ね。ところで……みんな、毎日こんな大変なことをしているの? それとも、この村だけ?」
感慨深げにいうエンリにみかかは聞いた。
「ん~~。たまに村にくる友人の話では、街はもう少し便利みたいです。生活用のマジックアイテムがあったりするそうですし……」
「村にくる友人? その人はどこに住んでるの?」
「城砦都市エ・ランテルにいます。その人もミカ様と同じ魔法詠唱者で薬師をされてるんですよ?」
「そうなのね」
そんな二人の元に足音が響いた。
「おはよう、お姉ちゃん」
「ん、おはよう、ネム」
「あれ? ミカ様」
「おはよう。ネム、随分と早起きなのね」
すっかり懐かれてしまったようで、ネムが小走りにこちらに近づいてくる。
「そうかなぁ?」
えへへと笑うネムの頭を撫でる。
「で、身体を拭いたら朝食?」
「はい。朝食の準備です。ミカ様は嫌いなものとかありますか?」
「別にないわ。お気遣い無く」
「分かりました」
そしてエモット家の一日は始まった。
◆
ガゼフ達を見送った後、村人は復興作業を再開する。
本来なら村人総出で行うものだが、そこにエモット家は含まれない。
猫の手も借りたい状態だが、村を救ってくれた恩人への対応は同じくらい重要だからだ。
「これがお金ね」
先程、村を襲った騎士達の持物を村人の一人が持ってきた。
その中には皮袋に詰まったこの世界の通貨があった。
村人は今回の一件は全部ガゼフが片付けたものである事にするのは聞いていた。
そうなるとみかかが倒した法国の騎士達の所持品もガゼフが預かる物となる。
現に法国の騎士達が所持していた武器や鎧は回収されている。
だが、騎士達が所持していた路銀と軍馬を持っていくことはしなかった。
あのガゼフが「問題ないように王と話をつけておく」と言ったのは良い変化なのだろう。
そういうわけでみかかはこの世界の通貨を手にすることが出来た。
「はい。そちらは帝国の銅貨、銀貨、金貨ですね。王国のは……こちらになります」
エンリが家にある銅貨を持ってきて、みかかに見せた。
「王国と帝国の金貨が違うということは法国の通貨も異なるわよね?」
「……だと思います」
まず間違いはないだろうが、村の救世主に不確かな情報を与えるわけにはいかない為、歯切れの悪い返答になってしまう。
「帝国では王国の金貨は使えないのかしら?」
「いいえ。それは問題ありません」
「普通はそうよね。レートはどうなってるの?」
「レ、レート?」
知らない言葉にエンリは首を傾げた。
「ええっと……王国の金貨一枚は帝国の金貨何枚になるの?」
「ああ! 一枚です。王国金貨と帝国金貨は一対一だと友人から聞いてます」
たまに、この村に来る友人から帝国のお金を見せてもらった時の話を思い出して答える。
「……ふむ」
村を見回って思ったが、自分達が住んでいた世界と比べてかなり文明的に劣っているように見える。
当然、それは一般的な教養レベルにも影響する。
エンリから詳しい話しを聞くのは難しいかもしれない。
(やはり、各国、大都市を見て回る必要があるな。生活してみるのがベストなんだけど……)
シモベ達にそんなことを話せば難航するのは目に見えている。
脳内会議を妄想するだけで、胃が締め付けられるような案件だ。
「ところでエンリ、この金貨とか使えるのかしら?」
みかかはユグドラシルで使われていた金貨をテーブルに置いた。
「うわ、凄い!?」
途端、みかかとエンリの話をつまらなそうに聞いていたネムがテーブルに身を乗り出す。
「き、綺麗」
エンリも驚きに目を見開きながら、恐る恐る金貨を手に取る。
「つ、使えると思います」
その答えはみかかの予想外のものだった。
「使えるの? この金貨に見覚えがある?」
「い、いえ! その何枚分の金貨の価値があるか分かりませんが、使えないことはないはずです」
「……?」
何枚分の価値があるか分からない?
「もしかして、金貨の価値って、こう……天秤とか使って計ったりしてる?」
「はい。村長の家にありますのでそれで計れば価値は分かります」
「……うわ」
(秤量貨幣……だったかしら? 貨幣の歴史の中でも相当古い形態のものだったと思うけど)
みかかは手元にある帝国の金貨を一枚手に取った。
硬貨の作りは雑といっていい位のもので、一見すると偽装に対する細工も施されていないように見える。
ユグドラシル金貨の装飾と比べれば、粘土細工と美術品くらいの差がある。
(細工から見ても、ユグドラシル金貨は流通してないな。いよいよ、金策が必要不可欠になってきた)
どうやら、ユグドラシル金貨は使えるようだが使うわけにはいかないだろう。
こんなものを街中で使用すれば自分の存在を吹聴して歩くようなものだ。
「凄く綺麗な細工です。どちらの国のものなんですか?」
「……多分、二度と戻れない遠い国のものよ」
エンリが返した金貨を受け取りながら、みかかは呟いた。
「見せて、見せて!」
「ネム。お話の邪魔だから……」
「はい。食べ物じゃないから食べちゃ駄目よ?」」
妹を嗜めるエンリを他所にみかかは金貨をネムに渡してやる。
「すごーい! きれーー」
ネムは嬉しそうに受け取って、しげしげと金貨を眺めて楽しんでいる。
「……ミカ様」
わずかに責めるような視線を向けたエンリに肩をすくめて答える。
「いいじゃない? 女の子だもの、綺麗に輝くものなら手に取りたくなるものよ」
「……もう」
エンリも女の子なので、その気持ちは分かる。
……分かるけど。
(なんとなく、そうじゃないかと思ったけど……かなり甘い人なんだな)
姉妹と言っても色々なタイプがある。
あまり仲が良くないタイプ。
普通に仲の良いタイプ。
ちょっと仲が良すぎないと首を傾げるタイプ。
彼女は断然、三つ目のタイプなのだろう。
「大体、私の知りたいことは分かったわ。後は貴方達のことを話しましょうか?」
「私達の事、ですか?」
「ええ。昨日も言ったけど、貴方達の面倒を見てあげる。面倒と言っても金銭的な援助と、様子を見に来るくらいだけど」
「ありがとうございます」
エンリは頭を下げた。
それだけで十分にありがたい。
「その一環で、村の復興にも微力だけど力を貸してあげる。この事は後で村長に話をしようと思ってるけど……」
「村まで、いいんですか?」
「ええ。戦士長の件もあるからね。あの人も力を尽くしてくれるとは思うけど、王国の現状がどのような物かエンリも身に染みて分かったでしょう?」
「……はい」
すでに彼らは去った。
これからの村の復興は自らの手でやり遂げなければならない。
その道はあまりにも険しい。
「一つ聞きたいのだけど、この村はどうやって外貨を獲得しているの? 収穫した小麦を売るの?」
「いいえ、違います。カルネ村の周囲に広がるトブの大森林は薪、食料となる果実や野菜、動物の皮や肉――いわゆる森の恵みを与えてくれますので、それを売ることになります。その中でもやはり大森林で採れる薬草が一番ですね」
「ほう……薬草」
「村で採れた薬草はエ・ランテルにいる私の友人のところに卸してますね」
「ンフィーくんって言うんだよ」
「そうなのね」
ネムに笑顔を向けつつ、凄い名前だなと心の中で感想を述べる。
しりとりで役に立ちそうだ。
「お婆さんがエ・ランテルでも名の知れた薬師だそうで、かなり大きな店を営んでます」
「ふむ」
薬師――つまり、医療従事者か。
しかも、有名だとすればそれなりの資金力があるのではないだろうか?
「……使えるかな」
みかかの小さな呟きはエンリ達には聞こえていないようだ。
「村がこんな状態ですので、エ・ランテルに薬草を売りに行き、必要な物資の購入を行いたいと思っているのですが……」
これはエモット家だけでなく、他の村人も同じだろう。
騒動で駄目になった物もあるし、人手を失ったことによる損失を補う必要もある。
「それはこちらとしても好都合だわ」
「どういう意味ですか?」
エンリは疑問に思って聞き返す。
みかかは椅子から立ち上がって答えた。
「私はこれで失礼するわ。ただ、数日後に戻ってくるから、その時に私も城砦都市エ・ランテルに案内してくれない? 薬草を売りに行きましょう」
みかかは名案を思いついたとばかりの自慢げな顔をしていた。
みかか「……使える」
ンフィーレア(何だか急に寒気が……)
長くなりましたが、カルネ村編終了です。