Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~ 作:Me No
忘却領域の守護者
「……まったく、もう。時間がないったら」
ナザリック地下大墳墓第二層の石の廊下をカツカツと忙しない足音を響かせて歩く。
昨日、カルネ村より帰還したみかかを待っていたのは自分の想像の埒外にあるものだった。
『好き好きみかか様。凱旋記念パーティー』である。
頭の痛くなるネーミングセンスだが、誰がつけたかは黙っておくのが華というものだ。
成程、カルネ村でも帰還した自分とガゼフ達に村人が宴を開いてくれた。
それを考えれば、ナザリック地下大墳墓のナンバー2である自分の帰還に祝杯が上がるのも無理のない話だ。
上に立つ者には相応の義務が生じると友人に苦言を労した以上、面倒だから出席しないなどと言うわけにはいかない。
だから、玉座の間にて仰々しい凱旋の儀式が行われるのも我慢するし、その後に無事を祝うパーティが行われる予定だと聞けば、喜んで参加もしよう。
しかし、みかかはシモベ達の狂信的忠誠心を甘く見ていた。
「まさか、パーティ中に四十回もお色直しさせられるとは思わなかったわ」
凱旋の儀式を終えた後、風呂に入って身支度を整え、いざパーティ用に適当なドレスを選ぶかと衣裳部屋に入った自分を待っていたのは瞳を輝かせた一般メイド達。
一体誰が考案したのか……一般メイド総勢四十一人が、我こそが至高なる御身に最も似合うドレスを選べるメイドと息巻いていた。
四十一人のメイドの誰を選ぶか、誰を選んでも角が立ちそうな状況に困った主人を救ったのは、何時まで経っても主賓が訪れないのを気にした煉獄の悪魔だった。
彼は状況を見て「ふむ。なるほど」と全てを理解した表情を浮かべてから一言。
「ならば、全てを試着し皆で投票すればいいだけの話ではないかね?」
その一言は正に快刀乱麻を断つかの如し。
「それってパーティじゃなくてファッションショーじゃね?」と呆然とする主賓を除いて皆の納得行く答えを出してみせた。
結果、みかかは花の都で行われる服飾銘柄店の新作発表会を一人でやる事態に陥った。
きっと他のギルドメンバーが見ていたら記念のスクリーンショットを撮られた挙句、大いに茶化され玩具にされたことだろう。
ちなみに最初はフォーマルなドレスだったが、どこで路線を間違えたのか男装することになり、それを見てウェディングドレスを着たアルベドとシャルティア、何故かマーレが乱入した辺りで無事収拾がつかなくなったのでお開きとなった。
その後、円卓の間にてカルネ村の件をモモンガに報告することになったのだが、疲労を感じないアンデッドのみかかが疲れきっているのを見て、手早く状況の説明をするだけで終わることにした。
そして情報交換を終えた二人は今後の行動指針について一度熟考してから意見交換をすることで話はまとまり、現在に至っている。
考えるべき課題は三つ。
みかかは王都、モモンガは城砦都市でそれぞれ行動を開始する予定だが、同行するメンバーに誰を選ぶのか?
ポーションやスクロールなどの消費系アイテムの製作に用いる素材の確保をどうするのか?
この世界の通貨をどのような手段で確保するのか?
これらが差し当たっての問題である。
まず同行するメンバーについてだが、そもそもナザリック地下大墳墓に属するものは主に異形種で構成されている。
それゆえに人間の国に潜入出来る人員も自ずと限られてくる。
シャルティアとセバス、後はプレアデスだろう。
そのプレアデスの中でもユリ、シズ、エントマは潜入には向いていない。
結局、シャルティア、セバス、ルプスレギナ、ナーベラル、ソリュシャンの五人となってしまう。
モモンガは自分で一人で行くのはどうかと言ったが、みかかがそれを却下した。
さすがに慢心が過ぎるし、大体、シモベ達が納得しないだろう。
特に強く反対するであろうアルベドとデミウルゴスを納得させる材料が必要なため、人員の選抜は頭を悩ませる所である。
勿論、アルベドもデミウルゴスも命令すれば聞くだろうが、荒れることは間違いない。
みかかがカルネ村に単身で赴いた際に、セバスとデミウルゴスが言い争ったことからも、ちゃんと説得をしないと命令を無視して護衛に来たり、モモンガとみかかが外に出ている間に仲間割れでギルドが崩壊してたということもあるかもしれない。
そういう訳で、自分達が誰をメンバーに選ぶか、選んだメンバーで説得出来る根拠を考えるのが課題だ。
次に消費系アイテムの素材確保だが、これは気長に探すしかない。
要は素材確保のメンバーに誰を選び、何処に送るのかを考えるのが問題だ。
最後は通貨の確保だが、これはみかかに一案がある。
当座の資金さえ確保出来れば、この世界では相当な強者であるモモンガと自分なら金銭獲得の手段は幾らでも存在する筈だ。
そしてその資金はエ・ランテルに行けば高い確率で確保出来る策があった。
現在、みかかが第二階層を歩いてるのは三つの課題とは異なる目的の為だ。
エモット姉妹の保護である。
いずれカルネ村には法国と王国の調査の手がいくだろう。
特に法国の連中を釣り上げる為に、それなりの強者――出来れば人型で隠匿能力か不可視化能力に優れた者を姉妹の護衛を兼ねて派遣したいと思っている。
そして、みかかにはそれに該当するシモベに心当たりがあった。
自らが創り出したシモベだ。
基本的にギルドメンバーは最低一体はNPCを作成しており、みかかはニ体、合計で百レベル分のNPCを作成している。
今、向かっているのはみかかの創ったNPC達が護っている忘却領域と呼ばれる隠し部屋だ。
「………………ん?」
みかかの気配感知にこの場所に相応しくない者が引っ掛かり、思わず足を止める。
それは深緑を思わせる気配――それが視線の先、角を曲がった所からこちらに向かってきている。
程なくして、気配の持ち主が姿を現した。
第六階層守護者のマーレ・ベロ・フィオーレだ。
アルベドやシャルティアよりウェディングドレスの似合う人物だったのは、みかかの記憶に新しい。
「やっぱり、マーレじゃない。こんな所で何をしてるの?」
「み、みかか様?!」
まだ互いの距離は十メートルは開いているが、ダークエルフの聴覚はみかかの声を捕らえたようだった。
てってってと軽い擬音が似合いそうな走り方でこちらに向かって走ってくる。
「み、みかか様。こんな所でどうなさったんですか?」
「私? 私はちょっとこの先に用があってね。マーレは……お使いかしら?」
「い、いいえ! あ、あの、ぼくはナザリックの隠蔽作業を任されていて」
そうだった。
マーレは広範囲のドルイド魔法で土で外壁を覆い隠す作業を行っている。
「モモンガ様から休憩をちゃんと取るようにと言われてるので休憩を……」
「もしかして……歩いて第六階層まで行くつもり?」
「は、はい! 転移の罠は現在、使われてませんので」
そう。
現在、経費削減の為にナザリックの罠は大体のものが切られている。
なんだかマーレがエレベーターが停止された為に階段を利用する社員に思えてしまい申し訳ないものを感じてしまう。
しかも、まだ社員は子供なのだ。
「そうね。ちなみに休憩時間って何分くらいなの?」
「い、一時間です」
それじゃ、行って帰るだけのマラソンと変わらないじゃないか。
それならまだ第二階層のシャルティアの住む屋敷……は、少しマーレの情操教育には悪いかもしれない。
「……ふむ」
「み、みかか様。どうかなさいましたか?」
「第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ」
「は、はい!?」
「貴方の働きは褒章を受け取るに相応しいものであると認めます。これを受け取りなさい」
みかかが取り出したのは指輪だ。
リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン――ナザリック地下大墳墓内での転移を可能とする指輪である。
「み、みかか様……取り出されたものが間違って……ま、ます!」
意外に大きいマーレの声に思わずみかかは手元を確認してしまう。
だが、手に持った指輪は目的の物だ。
「えっ? いや、別にまち――」
「――間違ってます! それはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン! 至高の方々しか所持を許されない至宝の一つ! それを受け取れるはずがありません!」
「………………」
(……へえ、この子)
正直、見直した。
ガタガタと怯えながらも、支配者に対して誤りであると主張が出来るのか。
確かにこの指輪はギルドメンバー専用として自作されている。
そういう意味ではマーレの意見は至極正しい。
「落ち着きなさい。マーレ・ベロ・フィオーレ」
「で、でも、でも――」
みかかの冷たい手がマーレの頭を優しく撫でた。
慈愛の溢れるその行為にマーレの動揺は急速に静まっていく。
「確かに貴方の言う事は正しいわ」
「だ、だったら、どうして――」
「――どうして、貴方は第六階層ではなく第二階層にいるのかを考えてみて?」
「えっ? ……あっ」
マーレの瞳に理解の色が浮かんだことに満足して、みかかは頭を撫でていた手を離した。
「今は非常事態――本来ナザリック地下大墳墓は転移による移動を抑止している。だけど、ここに来る不届き者はそれを無視して転移が可能だとしたら? 貴方は走って私を助けに来てくれるのかしら?」
そういってマーレの手に指輪を握らせる。
「み、みかか様……も、もしかして守護者の皆に指輪を渡されるのでしょうか?」
「……そうなるでしょうけど。渡すのが私なのかモモンガなのかは分からないわね。でも、覚えておいてね。私が指輪を渡した最初の人は貴方よ? 私も忘れないでいてあげる。貴方はこれを受け取るに相応しい価値を示してくれたわ」
「はい!」
マーレははっきりと言い切ると手にした指輪を嵌める。
自分の手に嵌った指輪を感慨深げに数度眺めてから、みかかの顔をまっすぐ見つめた。
その顔には少年の凛々しさがあった。
「み! み、みかか様、ぼ、ぼくも絶対忘れません! この宝に相応しいだけの働きをお見せしたいと思います!」
「頼むわよ、マーレ。指輪を持つ誰よりも早く、私を助けに来てね」
「はい!」
みかかの胸は新鮮な驚きに満ちていた。
一番頼りない守護者だと思っていたけど、ああ、ちゃんと男の子なんだなと感心させられた。
「休憩の邪魔をして悪かったわ。その指輪を使って、ちゃんと休んでから隠蔽工作を再開して頂戴」
「は、はい! では、みかか様。失礼します!!」
手に嵌めた指輪をさすりながらマーレが指輪の力で転移する。
「……いけない。早く行かないと」
待ち合わせの時間に遅れてしまう。
指定の場所までそう遠くないが、みかかも指輪の力を用いて転移を行った。
◆
「……ごめんなさい。遅れてしまったかしら?」
転移した先には一人のシモベがいた。
「いいえ。そんなことはありんせん。約束の時間にはまだ余裕がございんす」
スカート部分が大きく膨らんだ漆黒のボールガウンを着た十四歳ほどの少女が優雅に微笑む。
二人の印象はどこか似ている――どちらも太陽より月の美しさを持つ同種の美人であろう。
健康的な白い肌とは異なる病的とも言える白蝋じみた白さを持つ肌、長い銀色の髪は片方で結び、持ち上げてから流している。
彼女こそ第一階層から第三階層守護者のシャルティア・ブラッドフォールンだ。
「ああ、私の理想の姫君!」
真紅のルビーを思わせる瞳は情欲に塗れ、矢も盾もたまらないとばかりに、みかかの胸に飛び込む。
「……あらあら」
実年齢と外見年齢が異なるみかかとしてはシャルティアもエンリと同じく妹的存在と言えるので、しっかりと受け止めてあげた。
「………………ん?」
だが、ゾワリと背筋を悪寒が走る。
恥らいつつもそこに母性的なものを求めていたエンリとは異なり、明らかに恋人の胸に欲情するシャルティアの行動にみかかは凍りついてしまう。
思考がフリーズしてしまったみかかを他所に、ぐりぐりと遠慮なしに胸の感触を楽しんでいたシャルティアが顔を上げて疑問の表情を浮かべた。
「おや? この馴染みのある感触、まるでパ――」
「――ねえ、シャルティア。それ位にしておいたほうが……貴方の身の為じゃないかしら?」
「は、はい! し、失礼致しました!?」
絶対零度の微笑を浮かべたみかかにシャルティアは身を離し、大きく頭を下げた。
「みかか様に出会えた幸運に思わず我を忘れてしまいんした」
「いいわ。許してあげる」
みかかは場の空気を改めるべく、コホンと咳払いしてから続ける。
「シャルティア。今日は貴方にお願――」
「――こちらにいらっしゃいましたか。みかか様」
背中からかけられた声に「面倒くさい子キタコレ!」と微妙な表情が浮かんでしまう。
それはシャルティアも同じだったようで絶世と言える美女の顔がどんどん歪んでいく。
「守護者統括殿が一体、何をしに来たでありんすか?」
「尊くも美しい私の姫君を腐った毒牙から守るための騎士役、と言った所かしら?」
ビシイッ、と比喩ではなく――本当に空気が音を立てた。
「それなら心配はいりんせん。守護者の中で私以上の騎士役などおりんせん。何なら、試してみるぅ?」
「………………」
シャルティアの笑みが深くなる。
確かに階層守護者最強のシャルティアはアルベドでは勝てない存在だ。
「確かに守ることにおいては守護者統括殿には及ばないわ。だけど、私はみかか様の回復役もこなせるでありんす」
みかかはアンデッドである為、通常の回復魔法では逆にダメージを受けてしまう。
しかし、シャルティアが取得している特殊技術の中には負のエネルギーを流し込み生者にダメージを与えるものがある。
それをアンデッドに使うことにより回復魔法として使用することが可能なのだ。
実際、みかかがカルネ村に向かう際に念のためにシャルティアを控えさせていたのも彼女が一番相性がいいからだ。
シャルティアなら単騎で攻め・守り・癒し役となれる。
(まぁ、私とシャルティアのツーマンセルの場合、一つだけ大きな穴があるんだけどね)
弱点としては血の狂乱による自滅の可能性があるということだろう。
「分かったら、とっとと帰りなんし。お呼びじゃないわぇ」
「……言わせておけば」
二人の間に険悪なムードが漂いだす。
「二人とも止めなさい」
みかかの冷たい声に二人は即座に了解の意を示して、満面の笑みを向けてきた。
みかかはその変わり身の早さに呆れてしまう。
(言えた義理ではないけど……女性は怖いわね)
感情と表情が連動しない生き物が女と言う生物だ。
もしくは本音と建前の使い分けが上手い生物と言ってもいい。
「それで結構。貴方達はそうしているほうがずっと魅力的で素敵だわ」
みかかの露骨なリップサービスを前に、二人は頬を赤らめる。
先程の醜いやり取りは何処へ行ったのか?
純情可憐な乙女達がそこに立っていた。
(……それにしても何を考えているのかが読めないな)
みかかはチラリとアルベドの顔色を窺う。
見え見えの世辞だ――彼女であればそれくらい読めそうなものだが。
あの笑顔は単なる仮面か……それとも本心か。
(ちょっとした不安要素なのよね。この子)
その為にも、自分の創ったNPCを傍に置いておきたい。
アレの能力は信頼できる。
ある意味、自分自身よりも。
「さて、アルベド。貴方がやって来た目的を聞かせて頂戴」
ゆるみきっていたアルベドの顔が即座に守護者統括の顔に戻り、その場で臣下の礼を取った。
「ハッ。シャルティアは守護者の中でも最強の剣であり、みかか様の命を守る癒しの役目もこなせます。で、あればこそ御身を守る最強の盾である私めが同行する事により磐石の構えとなると愚考致します」
「……ふうん」
一応、筋は通っている。
しかも挑発してきたシャルティアを批難せず、大人の態度で立てるところは自分が好む対応だ。
「後もう一つ、みかか様はかくれんぼがお好きなようで、護衛の者が困っております。至高なる御方を守る盾として、守護者統括として看過出来る問題ではありません」
「………………」
そういうアルベドの視線は笑っていない。
確かに今日は急ぐ余りにリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンと己の隠匿技術を頼りに、煩わしい護衛連中を巻いてしまった。
「私が同行する事により姉の力を頼りに大墳墓内をくまなく探すような真似をせずに済みますし、そのリソースを他に割く事も可能になるかと」
「分かった、了承。確かに私が全面的に悪い――貴方に護衛を任せます」
みかかはお手上げとばかりに両手をあげた。
それを見て、シャルティアは敗者の、アルベドは勝者の笑みを浮かべる。
「御理解頂き感謝致します。そしてどうかお任せ下さい。この守護者統括アルベド――守ることこそ本分でありますが、お望みとあらば攻めることも出来ないわけではございません。つまり、ネコにもタチにもなれます!!」
(……猫、太刀? 何かの用語?)
みかかの頭に浮かんだのはある城を占拠したギルド、ネコさま大王国にいた猫将軍というNPCだ。
妖精種のケット・シーという二足歩行で歩くネコが鎧甲冑に身を包み、刀を携えていたのを思い出す。
「みかか様! 私はどちらかと言えばタチですが……みかか様がお望みであればネコにもなりんす!」
「……ふむ」
良く分からないが太刀が攻撃側、猫が防御側なのだろう。
「確かにアルベドは猫。シャルティアは太刀に見えるわね?」
どうやらこの答え方は間違ってなかったようで、二人はものすごい勢いで肯定してきた。
「ち、ちなみにご参考までにお聞きしたいのですが……みかか様はどちらがお好みで?」
おずおずと質問するアルベドと興味津々な表情のシャルティア。
(今更、何それと聞けない空気だわ)
みかかは腕を組み、天井をしばらく見上げてから一言。
「………………太刀?」
最早、帰る事は叶わないだろうが実家の寝室には枕元に実戦使用可能な白鞘が飾られてある。
「「分かります! みかか様はタチキャラです!」」
どうやら解答は間違ってなかったようだ。
「でも、ネコもいけるわよ?」
みかかは両手で猫の手を作りながらやる気のない声で「にゃーん」と言ってみる。
「ぶふぉ!?」
すると謎の奇声を上げて、シャルティアとアルベドが床に崩れ落ちた。
みかかのかいしんのいちげき。
シャルティアとアルベドへのこうかはばつぐんだ!
「……な、なんて破壊力でありんすか。理性が消し飛んでしまうところでありんした」
「シャルティアの言うとおり、本当にやばかったわ。私も思わず守護者統括の地位を忘れて乱心するところだったもの」
「言い終わった後に、ちょっと照れてるところとか最高にキュートでありんす」
「ええ。今は耳まで真っ赤だもの……これがギャップ萌えという奴なのかしら?」
本人に聞こえる声で冷静に分析するのは恥ずかしいのでやめてほしい。
「………………」
これがうちのギルドの最強の剣と最強の盾かぁ。
(駄目だわ、この子達――早く何とかしないと)
「ええっと、二人とも? 猫とか太刀とかの話は今度またの機会にすることにして行きたい場所があるからついてきてくれる?」
「「ハッ!!」」
年頃の女性のように浮かれていた二人の顔が瞬時に引き締まったものに変わる。
「みかか様。一体どちらに行かれるのですか?」
「ナザリック地下大墳墓第二階層、忘却領域よ」
みかかの言葉に二人は驚愕の表情を浮かべるのだった。
◆
「……忘却領域。元々は至高なる御方々の実験場であり失敗したものの廃棄場だと聞いております」
「所謂、隠し部屋でありんすね。しかし、まさか第二階層にあったとは知りんせんでした」
みかかは後ろを歩く二人――シャルティアの方に顔を向ける。
「シャルティア。あなた、忘却領域の場所を知らないの?」
「は、はい! 申し訳ありません!!」
それを叱責と捕らえたのだろうシャルティアが直立不動で答える。
「責めてるわけではないから気にしないでいいわよ? アルベド、貴方はどう?」
「管理上、忘却領域の存在とそこに存在する領域守護者及びシモベに関しては把握しております。しかし詳しい場所については知らされておりません」
ギルドメンバーはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力で簡単に行き来が可能だが、通常の手段で行くのは困難な場所だ。
そう考えると知らなくても無理は無い。
「そうなのね。忘却領域なんて名前をつけたせいかしら?」
ちなみに名付け親はみかかだ。
当初はアルベドの言う通り、ただの実験場であり廃棄場だった。
ギミックやAI、創ったマジックアイテムの作動実験を行ったり、使わなくなったゴーレムや資材の倉庫となっていた。
混沌極まるゴミ捨て場と化した場所を憂い、整理・管理して、一つの領域に作り変えたのがみかかだ。
そしてユグドラシルの設定上では自分が創ったNPCにその管理を任している事になっている。
「みかか様はその忘却領域にある守護者にお会いに行かれるのでありんすね?」
「その通りよ」
アルベドはシャルティアに説明するように話し出す。
「忘却領域守護者『マインドクラッシャー』のフラジール。フラジールの名が示すとおり守護者としては最弱であると聞いております」
「アルベド。フラジールというのはどういう意味でありんすか?」
「脆性。ええっと、儚いものだと思えばいいわ。彼はその名が示す通り守護者としては最弱、十二レベルなの」
「随分と貧弱でありんすねぇ。何か特殊な力でも持ってるのかしら? ちなみに、その領域守護者を御創りになられたのは……」
シャルティアの視線を受けて、みかかは頷いた。
「私よ。今から、その子を迎えに行くところというわけ」
「異常事態ゆえの措置ということでしょうか?」
「……それもあるのだけど、あそこは私直属の管理領域でもあるの。長らく留守にしてたから、どうなってるか確認しておきたいのもある」
アルベドは何かを納得したように頷いた。
「忘却領域が第二階層にある以上、階層守護者であるシャルティアに知識がないのは困る。そして私自身も詳しく知るわけではないので説明が必要。みかか様が護衛の目を騙せば、私が捜索し、見つければ護衛の任を買って出るのは自明の理です。流石はみかか様――今この場に私とシャルティアがいるのも全ては不甲斐ない私達に御教授頂く為の御身の計画だったのですね?」
「あら? その質問に答える必要があって?」
いつもの冷笑を作って肯定も否定もせず流すことにする。
嘘はよくない。
これなら、少なくとも嘘をついたことにはならない。
(モモンガさんも言ってたけど、びっくりするほど都合のいい解釈ね)
勿論、そんな訳はなく単なる偶然だが、アルベド達にかかれば釈迦の手の平に変わるわけだ。
「このアルベド、自らの浅慮を恥じ入るばかりでございます。みかか様の身を案じ、選りすぐりの護衛を選抜致しましたが、それが逆に不快に思われてしまったのかではないかと胸が張り裂けそうな思いでした」
「………………」
罪悪感が半端ない。
「デミウルゴスが言う通り、まさに端倪すべからざる御方でありんすねえ」
「……単なる偶然よ」
みかかの足が止まる。
後ろをついてきていたアルベドとシャルティアの足も自ずと止まり、わずかに顔を青くした。
「それじゃ、この先に進むけど覚悟はいい?」
「お、お待ち下さい!」
アルベドの声は悲鳴に近い。
「み、みかか様? 進むのですか、この先に? 本当に?」
「そうだけど?」
「みかか様。勿論ご存知でありんすと思いんすけど、この先は、その……」
《ブラックカプセル/黒棺》と呼ばれるナザリック地下大墳墓でも有数の凶悪なエリアである。
「忘却領域――そこは黒棺の床にある隠し扉を通って、その先に待ち受ける三つの試練を乗り越えた先にある秘境なの」
「「はいっ?!」」
二人の声が唱和する。
あの広い部屋。
一区画とも呼べるだけの広さ……そしてゴキブリのプールと言えるほどの深さのある場所を、よりにもよって潜って行かなければならないというのか?
「ちなみに忘却領域の扉を開けるには黒棺にあるゴキブリのエンブレムとシルバーゴーレムコックローチの腹の中にあるスターシルバーの鍵を入手してから前室に入り、そこにあるゴキブリの模型の場所を動かした後、飾られているゴキブリの絵を若い順に並べて忘却領域への扉を開けないといけないわ」
「………………きゅう」
シャルティアの体がぐらりと大きく揺らぐ。
「シャルティア、しっかり!! 私を一人にしないでくれる?!」
仲が決して良いとは言えないアルベドが慌てて受け止めるほどだ。
「ご、ゴキブリ……ゴキブリ尽くし。そ、そんなの……むりぃ」
シャルティアは何かぶつぶつとと呟きつつ、視線が空中を彷徨っている。
「み、みかか様!? このアルベドめに名案がございます! まず、黒棺周辺の一部区画を解放し、そこに黒棺の中にいる者共を移設――その後、シモベによる徹底的洗浄を行った上で忘却領域に向かうことに致しましょう!」
「………………」
アルベドの目の端に涙が浮かんでいるのを、みかかは目ざとく見つける。
「ええ、是非に!! それがいいでありんすえ!?」
「………………」
シャルティアとアルベドは互いの両手を握りながら、みかかに懇願する。
「………………ふうん」
みかかの唇が線を引くように冷たい笑みを形作る。
「あっ、そう」
「「………………っ?!」」
二人が知るみかかは柔らかい笑みを浮かべる人だったので、見たことのない笑顔に思わず全身がブルッと震えた
主人が浮かべる冷たい笑みにあるのは獲物を弄る嗜虐的なもの。
「嫌よ。だって時間がないもの」
機嫌を損ねたようにプイッとそっぽを向いて、二人の乙女の嘆願を却下する。
「で、であれば! 中を殲滅」
「なんて酷い事を言うの? 何の罪も無い同胞を狩るなんて……私、悲しくて泣いてしまいそう」
みかかは尼僧服の裾で顔を覆い隠した。
「あう……あうあう」
シクシクと肩を震わせて嘘泣きをするみかかにアルベドは翻弄されるばかりだ。
「勿論。二人は護衛として、私についてきてくれるわよねぇ?」
チラリと覆った裾の隙間から瞳を覗かせて尋ねる。
「………………あ、えっ?」
「………………は、そ、それは~~」
病的に白い肌を更に青ざめさせるシャルティアと大量の冷や汗をかくアルベド。
「……なんてね?」
「………………えっ?」
「……み、みかか様?」
みかかが覆っていた手の平を退ける。
そこには悪戯に成功したことを笑う悪童の顔があった。
「安心なさい……さすがに冗談よ」
流石に超越者たる力を手にしたとはいえ、みかかもゴキブリのプールを潜る度胸はない。
ここまで来たのは、悪戯ついでにちょっと忠誠心のテストをしたかっただけだ。
シャルティアの容姿から推測するにゴキブリのプールに飛び込む勇気はあるまい。
では、主人が命令したらどうなるのか、それが知りたかったのだ。
答えは予想通りのものだった。
一般メイドもそうだったが、階層守護者達も自分達に逆らうという発想はないようだ。
「み、みかか様――冗談は程ほどにしておくんなまし」
「ま、まったくです! 寿命が縮まる思いでしたわ!!」
「ごめんなさい。少しやり過ぎてしまったわ」
二人に詰め寄られたみかかは素直に謝罪の言葉を口にする。
「悪い癖ね。どうも気に入った子は手の平で転がしたくなってしまうの」
「そ、それなら仕方ないでありんすね!」
「ま、まったくです! むしろ、コロコロ転がして下さい!」
その言葉に二人はまんざらでもない様子だ。
どうやら二人の機嫌は直ったようで、みかかは安心した。
友人であり、ギルドでは一番仲が良かったぶくぶく茶釜に「みかかちゃんは調子に乗ると悪ノリが過ぎる傾向がある」と言われたことがあった。
「じゃあ、これを使って手っ取り早く行きましょう。二人にこれを貸してあげるわ」
驚かせたお詫びにとシャルティアとアルベド両名の手を取って、左手の薬指にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを嵌めてやる。
思わぬサプライズに二人が黄色い歓声をあげる。
――きっと、ぶくぶく茶釜が見ていたら大いに叱られたことだろう。
◆
「ここは……」
三人が転移した先はまさに和洋折衷入り混じった空間だった。
元が実験及び廃棄施設を兼ねていたこともあり、有効利用した建物も各国の様式と歴史が入り混じっており統一感がない。
唯一、統一されているのはナザリック地下大墳墓では余り見かけられないジャパニーズモンスター、所謂妖怪と呼ばれるものが多いことだろう。
存在するモンスターをじっくりと観察すれば動物系が多いことにも気付いたかもしれない。
辺りには低レベルから高レベルまでゲーム内通貨や課金を用いて配置した再出現しないモンスターが多数存在している。
これらはみかかが私財を投じて配置したものだ。
そんな忘却領域を進んでいくと中心地に花園があった。
そこはまさに天国と言ってもいい神聖な気配に包まれていた。
咲き誇る白百合の花園――地下第二階層にあるというのに、天上からまばゆいばかりの陽光が差している。
純白の空間。
そうとしか表現できない。
花園はまるでそこが聖域であるかの如く、多種多様な姿形をしているシモベ達も近づかない。
そこに件の人物がいることは明らかだった。
「ややっ!? これはみかか様。ようこそ、忘却領域に。歓迎致します」
みかか達の接近に気付いたのか花園からこちらに向かってくる人物が一人。
現れたのは青白い肌をした老人だ。
セバスと同じ執事服に身を包んでいるが、彼のように鍛え上げられた肉体ではなく痩せすぎていると言ってもいい。
その肌の色も相まって健康的とは言えない風体だが、その鋭い目つきと声には生気が漲っていた。
見た目は人間だが、真の姿は異なるだろう。
たった一人の例外を除き、このナザリック地下大墳墓に人間種は存在しない。
「おんしが忘却領域の守護者でありんすか?」
「いかにも。お初にお目にかかります――忘却領域守護者、フラジールと申します」
アルベドとシャルティアに対して片膝をついて頭を垂れる。
「私は第一、第二、第三階層守護者のシャルティア・ブラッドフォールン。そんなに畏まらなくてもいいでありんすえ。同じ至高の御方々に仕える身でありんすから地位の差などありんせん」
「守護者統括アルベドよ。シャルティアの言う通りだわ。どうか楽にして頂戴」
「ありがとうございます。ところで、このような場所に今日はどのような御用で? この地で眠られるシコク様に華を手向けに来られたのでしょうか?」
フラジールは立ち上がると改めて老齢の顔に疑問の色を浮かべた。
「……シコク、様?」
シャルティアが聞いたことのない名前に首を傾げた。
「みかか様が御創りになられたシモベは二体。一人がフラジール。もう一人がここにいるのよ」
「それならそうと先に言って欲しいでありんす。眠っているとはどういう意味?」
「みかか様。シャルティアに説明しても宜しいでしょうか?」
アルベドがみかかに視線を向け、みかかは頷く。
「では、説明するわ。八十八レベル『オーバードーズ』のシコク。種族は亡霊系上位種族のスペクター。役職は忘却領域に入り込んだ不届き者を退治するための処刑人ね」
「八十八レベル? それなら……ああ、これ以上は言わぬが花でありんすねえ」
それを聞いたシャルティアが微妙な表情でフラジールを見た。
そいつの方が領域守護者に相応しいのではないかという疑問だ。
「いや、まったく。シャルティア様の思われた通りでございます。このフラジール、昔は皆様みたいな守護者だったのですが膝に矢を受けてしまいましてな」
ハッハッハと守護者としては貧弱なその身を笑う。
「それで弱くなったというの? まさか世界級アイテムの攻撃なのかしら?」
「昔のことですので記憶にございませんなぁ、ハッハッハ」
ちなみに、フラジールが話しているのはあくまで彼の設定上の話であり能力が下がったとかいう実態はない。
「ちなみにシコクはみかか様の補佐も仕事に含まれているそうだけど実態はないわね」
「深き封印の眠りについておられますので仕方ありませんな」
「それも今日までよ。アレの封印を解きに来た」
「……なんと」
好々爺の老人の顔が一瞬にして鋭い物へと変わる。
「現在、ナザリック地下大墳墓は原因不明の事態に巻き込まれている。貴方は、ここで何かを感じたりしなかった?」
「いいえ。しかし、シコク様が長きに渡る封印から解かれるのですね。それは喜ばしいことでございます。忘却領域はその名の通り忘れられた者達の領域でございますから」
フラジールは感慨深げな声で長年見守っていた同僚が解放されるのを喜んだ。
「それは違うわ」
「と、言いますと?」
「忘却領域は忘れられた者達の領域という意味ではない。封印されたことを忘れられるような領域であれとつけた名よ。貴方がそんな風に思っているのなら我が身の不徳の致す所ね――許して頂戴」
その言葉にフラジールは笑みを浮かべた。
この地の創造主たる至高なる御方の配慮には、ただただ深き感謝しか浮かばなかったからだ。
「では、どうぞこちらへ。案内させて頂きます」
執事に連れられて三人は花園に足を踏み入れた。
忘却領域の中央――白百合の花園の中心でその者は静かに眠りについていた。
棺の中で眠る守護者を覗きこみ、みかかは笑った。
「……そうか。貴方も愛されていたのね」
死者の棺に備えられたのは花だけではない。
様々なアイテム――武器から防具、マジックアイテムに衣装まで様々だ。
それらを備えてくれたのはかつてのギルドメンバー達だろう。
特に見逃せないのが……ある指輪だ。
何の飾りも無い銀の指輪には一つの流れ星が刻み込まれていた。
この指輪を持つ者はモモンガを除けばあの人しかいない。
「みかか様――それでは封印解放のお言葉を」
フラジールが恭しく告げ、みかかの思考は妨げられた。
「何か御座いましたか?」
「いいえ。何でもないわ」
アルベドが異変を察知したのか、わずかに身構えようとしたのを手で制する。
一度深呼吸をしてから、みかかは口を開いた。
「遅く、しかし静かな足取りで罰の女神は訪れる」
みかかが告げると同時にバチンと何かが弾ける音が聞こえた。
沈黙は数秒――棺の中に眠っていた守護者が目を開き、そして元気良く飛び上がった。
「お久しぶりでございます。我が創造主――そして初めてお目にかかります、アルベド様。シャルティア様」
ほう、とアルベドは思わず口に出してしまう。
その姿もさることながら、その心地良い美声は聞き惚れるほどだ。
まだ幼い……四、五歳くらいの少女だ。
みかかと同じ黒髪で前髪は眉の辺りで真っ直ぐに切り揃えられており、市松人形を思わせる後髪はかなり長く、足首に届くかという所まで伸びている。
真っ白な着物と三角頭巾――古式ゆかしい死装束に身を包んだ幼女は中空に浮いたまま頭を下げた。
「初めまして。随分と愛らしいシモベでありんすねぇ」
見目麗しいアンデッドの幼女であることが幸いしたのか、シャルティアの反応は上々だ。
「初めまして、シコク。よく私とシャルティアが分かったわね? みかか様から聞いていたのかしら?」
アルベドは冷静に一目で自分とシャルティアを判別した彼女に疑問を投じる。
「いいえ。そうあれとみかか様に創られました」
「へえ?」
アルベドは説明を求めて、みかかを見る。
「何と説明したらいいのか迷うけど、一言で言えばアルベドやデミウルゴスの対極に位置する天才とでも呼べばいいのかしらね? この子は超感覚的知覚の持ち主なの。確たる理由もなく、明確な根拠もなく、事の真実だけを貫く。私が最も苦手とするタイプの写し身のような存在ね」
ユグドラシルというゲームはその性質上、何でも出来るキャラというのは作れなかった。
メリットがあれば必ずそれに反するデメリットが存在する。
そういうルールで作られたゲームだった。
だから、みかかは己の作るNPCにもそのルールを課した。
過程の一切を捨てるというデメリットを強いることで事の真実に誰よりも近づけるというメリットを取ったのがシコクだ。
そう聞けば、そっちの方こそチートのように思えるかもしれない。
だが、物事には結果より過程が重要なことは山ほど存在する。
例えば、推理小説――登場人物が全員出てきた段階で彼女は犯人を言い当てることが出来る。
だが、その発言には意味がない。
彼女には動機もトリックの説明も出来やしないのだ。
そんな狂人の戯言に過ぎない主張は推理小説ならまだしも現実世界で通用しない場面に遭遇することが多々あるだろう。
カルネ村の村長から聞いたプレイヤーと思われる『口だけの賢者』など最たる例だ。
仕組みが分からなければ、製法を知らなければ、どんな最先端技術もただの妄想と大差がない。
「……使い所に工夫が必要ですが、確かに恐ろしい存在ですね」
アルベドは湧き上がる動揺を抑えつつ言った。
「………………フフッ」
そんなアルベドをチラリと一瞥したシコクは口元に笑みが浮かべる。
(一体、何処まで読めるのかしら? まさか考えてることは全て筒抜け? いや、それはみかか様の仰られた考えと矛盾する筈。もう、さすがはみかか様――本当に、厄介なシモベを御創りになられたわね)
そして、何と羨ましく、妬ましい事か。
愛する御方はきっとあの小娘を御創りになられる際に深く思い悩んだに違いない。
そして当人も断言してるが最も苦手なタイプとは味方になればこれほど心強いものはない。
(自らがそうあれと眠りにつかせていた者を起こしてしまうほどね。つまり、頼りにしているのよ!!)
我が身の至らなさと嫉妬のあまりに舌を噛んでしまいたいくらいだ。
自分では足りない物をあの小娘に求めている。
(いけない。同じナザリックに属する者だと言うのに、嫉妬の炎が収まらないわ。今、ここにこれ以上いるのは危険だわ。敵意を持たれる恐れがあるわ)
「みかか様。申し訳ありません」
「用事が出来たのかしら?」
「ハッ。すぐに別の者を警護の任に着かせます」
「だったら、私の部屋にプレアデスの誰かがいるからその子に指輪を渡しておいて頂戴。私もすぐに自室に戻るわ」
「了解致しました。シモベ達にはシコクとフラジールの顔合わせを行うように伝えておきます」
「ありがとう」
主人の微笑みに癒されつつ、アルベドは即座に転移を開始する。
「……ふむ。何やら随分と焦っておられましたな」
「そうでありんすか? 私にはいつものアルベドのように見えんしたけど?」
「空気の読めないシコク様の代わりと言っては何ですが、私は他者の詮索が趣味でしてな。心の機微には敏感なのですよ」
「心の機微に敏感……それは便利でありんすねぇ。フラジールは恋愛相談にはもってこいかもありんせん」
フラジールが人の良い老人特有の笑みを浮かべた。
「ハハハ、お褒めに預かり恐悦至極に存じますぞ。どうか、気軽にフラ爺とでもお呼び下さいませ。しかし、シャルティア様は裏表のない素直な方のようですな」
「私を褒めても何も出ないでありんすよ? どうやらアンデッドではないようでありんすし?」
「ハッハー。単なる本心で御座います」
意気投合する二人を他所にみかかはシコクに話しかけた。
「シコク。長きに渡る封印の日々――さぞ退屈だったでしょう? これからはその力を余すことなく振るって頂戴」
「みかか様の仰せのままに」
幼女は空中に浮かんだ状態で臣下の礼を取る。
「……ねぇ、シコク?」
「ハッ」
「まず何よりも先に聞いておかねばならないことがある。貴方は、私を恨んでいる?」
「いいえ。私もフラ爺もここにいる事を恨んでなどおりません」
即答したシコクの顔を見る。
それが嘘なのか本当なのか、みかかには判別が出来ない。
「そう。貴方の言葉を信じるわ」
「ありがとうございます――我が創造主たる御方に偽りを述べるなどありえません」
少し声が固いように感じる。
シコクが不快に感じたのか、それとも自分に負い目があるせいかは分からない。
「それに――」
「それに、何だ?」
シコクは先程まで自らが眠っていた棺に目を向ける。
「私は至高なる御方々にこんなにも愛されておりました。私のことを想ってくださった御心には感謝しております」
「そう。そこにある物は、一見するだけでも稀少なアイテムよ。大事にしてね?」
「ハッ」
自らの造物主に頭を下げる。
頭を下げた彼女は――ただ静かに、透明な笑みを浮かべていた。
アルベド「あら? マーレじゃない。その指輪は?」
マーレ「みかか様から頂きました!」
アルベド「なんですって?!」
出来上がった話を一から書き直した為に更新が空きました。
ここから第三章開始となります。