Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~   作:Me No

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黒の夢

 イグヴァルジは今日何度目かになる舌打ちを打つ。

 城砦都市エ・ランテルに三組存在するミスリル級冒険者チームの一つ「クラルグラ」 のチームリーダーである。

 苛立ちの原因は新たに現れた冒険者チーム、仮称「赤い死神」についてだ。

 

 イグヴァルジが依頼を終えて街に戻ったところ、冒険者組合ではその噂で持ち切りだった。

 何でもまだ二十歳前後の女性でありながら、第三位階の攻撃と癒しの魔法を扱えるという信じられない人物だった。

 第三位階魔法を扱える人物は常人の限界に到達した者とされ、魔法使いとして大成したようなものだ。

 それを二分野――しかも、攻撃魔法と癒しの魔法を両立したなど英雄の器に相応しい人物でないかともっぱらの噂だ。

 

(どうせ嘘に決まってる)

 

 当初はそう思い、鼻で笑っていたイグヴァルジだったが情報を集めるにつれて「もしかしたら……」という思いが芽生え始めてきた。

 そんな彼女の仲間も只者ではないようで、冒険者組合でちょっかいをかけてきた他の冒険者を片手で持ち上げて投げ飛ばしたとか。

 更に冒険者組合ご用達の宿でも騒ぎを起こしたらしい。

 

 イグヴァルジはその真贋を確かめるべく朝から冒険者組合に来て、件の人物がやって来るのを待っている状態だ。

 

 状況の変化には敏感で、内容を調査した上で確認も怠らない。

 冒険者としては当然のことだが、冒険者としては成功したと言ってもいい地位まで上り詰めた今でも驕ることなく初心を忘れないのは彼が優秀な冒険者の証と言えた。

 これで彼に人望があれば、結成以来誰一人欠けることなく今日に至ってる冒険者チームのリーダーとして非常に高い評価を受けていただろう。

 ただ、往々にしてこういう仕事はたった一つの失点が己の命すら失う手痛いものに化けるという非情な世界であるのだが……。

 

 そういう訳で目の前にある落とし穴に気付かず、イグヴァルジは訪れた三人の冒険者チームを睨んでいた。

 

 

(うん。やっぱり読めない)

 

 明朝、冒険者組合を訪れたモモンガは羊皮紙が張り出されているボードの前で途方に暮れていた。

 街を訪れて目にした文字を見た瞬間から、予感はしていたのだ。

 この世界の文字は自分達の世界の文字とは異なっている。

 

(みかかさんは文字のことは言ってなかったな。特殊技術のせいだろうか?)

 

 暗殺者の職業は基本的に「潜み、欺く」ことに長けている。

 物理職である彼女が本来なら扱えないスクロールを扱えるのもそれに起因する。

 欺くことの一環で彼女は周囲に怪しまれなくなる「偽装」というスキルを所持している。

 その中に、幾つもの言語や文字が飛び交うユグドラシルでも難なく話せるし、文字も書けるというスキルがあった。

 職業的暗殺者が潜入先の文字や言葉を理解出来ないなどお粗末もいい所だろう。

 

「……ミカサ。お前が選んでくれ」

「……?」

 ミカサ……パンドラズ・アクターが首を傾げた。

 

(何故、疑問に思う? まさか、俺なら文字を理解出来て当たり前とか思われてる?!)

 

 文字読解の魔法などはユグドラシルには存在したが、モモンガはその手の魔法の取得は一切行っていない。

 そんな使い道の少ない魔法はスクロールで代用すればいいと思っていたからだ。

 

「適正なものを選べばいいだけだ。頼んだぞ」

 パンドラズ・アクターは頷く。

 そして即座に一枚の羊皮紙をボードから選び取ってモモンガに手渡した。

 

(やはり役に立つな。さすが、俺――シコクも認める最適な人選だった)

 

 モモンガは自分の選択を自画自賛しながらカウンターに向かう。

 

「これを受けたい」

 モモンガはカウンターにいる受付嬢に羊皮紙を差し出す。

「はい。こちらの依頼で……えっ?」

 受付嬢の顔が羊皮紙と自分を何度か行き来してから、申し訳なさそうに言葉を紡いだ。

「申し訳ありません。こちらはミスリルプレートの方々への依頼でして……」

「………………勿論、知っている」

 勿論、知るわけがなかった。

 

(なんでこれを選んだ?! 何、基準だ!? え、まさか……文字読めない?)

 

 選ばれた依頼はボードに張り出された物では最も高難易度であり、だからこそパンドラズ・アクターはモモンガには適正だと判断しただけである。

 生憎、モモンガにはそんな彼の心境を読み取ることは出来ない。

 

「え? それは、どういう……」

「……私達であればこの程度の仕事は容易くこなせるという意味だ。私達がこの仕事をこなせるかどうか不安であれば試して貰ってかまわない。大体、不合理だろう? 才ある者を有効に活用しないのは組合としてもマイナスになると思うが?」

 咄嗟に考えた言い訳としては悪くない。

 しかし、モモンガの言葉に受付嬢は顔を曇らせる。

「……申し訳ありませんが規則ですので、それは出来ません」

「……そうか。規則も時には無視した方がいいこともあると思うが……そこまで言われるのであれば仕方ない。ならば、その規則を守り、私が頂点たる冒険者まで駆け上がった時に、再度組合に提案することにするよ。何、そんなに時間はかからないだろうさ」

 周りにいた冒険者、受付嬢もモモンガの言葉に驚愕の視線を向けた。

 その身に纏う立派な鎧を見れば、この銅級プレートの冒険者が只者でないことは分かる。

 そして彼の仲間である冒険者も既に有名な人物だ。

 

 しかし、それでも冒険者の頂点、生きる伝説であるアダマンタイト級まで容易く駆け上がってみせると豪語し、その言葉にこれほどの説得力を持たせたのは彼が初めてだった。

 

 彼ならば、或いは――そう思わせる何かがあると皆が感じている。

 

「では、すまないが銅のプレートで最も難しいものを見繕ってくれ。あそこの掲示板に出ている物以外にはないだろうか?」

「あ、はい。畏まりました」

 

(よしっ、完璧だ! どうだ、この切り返し……伊達にNPC達に鍛えられてないぞ)

 

 モモンガは自らの立ち回りに十分な満足感を噛み締めていた時、男の声がかかった。

 

「さっきから黙って聞いてれば、最低ランクの冒険者風情がでかい口を叩いてるじゃねえか!!」

「……ん?」

 ドスの効いた声で威圧しながら、こちらに向かってくる男がいた。

 モモンガもカウンターを離れて、男に向かって歩く。

 二人は殴り合えるほどの近すぎる距離で向かい合った。

 

 モモンガはまず男の首のプレートに目をやった。

 

(ミスリルのプレートだな。成程、仕事を横取りされそうになった上に、俺のあの発言……そりゃ、そうなるよな)

 

 思わず食って掛かるのも理解できる。

 元の世界では単なる社会人だった鈴木悟、モモンガにも彼の気持ちはよく理解できるのだが……。

 

(状況的に謝るわけにいかない。それに冒険者なら実際に格の違いを見せれば、彼も分かってくれるだろう)

 

 冒険者稼業は年功序列形式の会社とは異なる。

 どちらといえばスポーツ選手のようなものだろう。

 能力のある者が評価され、優遇されるのが当たり前――ベテランのミスリル級よりも新人でアダマンタイト級の才能を持つ者の方がその価値は上だ。

 

 それが理解出来ないなら、彼はこの仕事には向いてない。

 

「……最低ランクがでかい口、ねえ」

 モモンガは心苦しいものを感じつつも、大物ぶった演技をし、大げさにため息をついてみせる。

 

「どうやら理解出来ていないようだな。なら、一つ問うが……仮にガゼフ・ストロノーフが冒険者になりたいといってやって来たら銅級から始まるのかな?」

「……なんだとっ?」

「周辺国家最強の戦士がミスリル級の仕事をしたいと言っても銅級の仕事から始めろと言うのか? 馬鹿げてるとは思わないかね? 私が言いたいことはそういう事だ」

「手前が王国戦士長と同等の剣士だとでも言うのか! ふざけんじゃ――」

 

「――試してみるか?」

 

 モモンガは自らが持つ特殊技術の絶望のオーラ・I(恐怖)を起動させる。

 この能力は五種類あり、恐怖、恐慌、混乱、狂気、即死と五つの効果がある。

 恐怖は怯えることによって、ありとあらゆる動作に対してペナルティが与えられる状態異常だ。

 

 殺気と呼ばれるあいまいな物とは異なり、これは明確な特殊技術だ。

 抵抗に失敗した者は必ず恐怖する。

 そういう意味ではルプスレギナが宿で見せた物より洗練された気配と言えるだろう。

 

「ひっ?!」

 

 絶望のオーラに晒されたイグヴァルジは見事に腰を抜かした。

 

「………………ふん」

 

 時間にしてみればたった一秒。

 起動して即座に解除しただけだが、その効果は絶大だった。

 モモンガの絶望のオーラの効果範囲内――すなわち冒険者組合のほぼ全員の顔に恐怖が刻まれていた。

 

(抵抗が成功したのはルプスレギナとパンドラズ・アクターのみ。ここにプレイヤーは存在しない、か)

 

 周りを一度確認してから、床に尻餅をついているイグヴァルジを見下ろす。

 

「遊び程度の気配だが、どうやら格付けは済んだようだな? 私はこの街にいる誰よりも強い最低ランクの冒険者ということだ。だが、規則であれば守るさ。君の仕事を奪ったりはしない――今はな」

 

 そしてモモンガは顔面蒼白になった受付嬢から銅級で最高難度の依頼を受注し、仲間と共に去って行く。

 

「………………っくしょう。畜生!」

 

 その背中を腰が抜けた体勢のまま見送ることしか出来なかった。

 あの男に殺気を向けられた時、イグヴァルジには走馬灯が見えた。

 幾多の冒険で危険な目にあった事、大成功を収めた事、そして――。

 

 子供の頃に村に来た詩人の英雄譚を聞いたときから、英雄になる夢を見た幼い頃。

 

 伝説と謳われた十三英雄と同じく世界を救う英雄になる。

 そんな夢を見て、自分ならその夢を叶えられると思っていた。

 だが、その夢は今、粉々に踏み潰された。

 

 不意に現れた顔も知らない男によって。

 

 あの男には勝てない。

 いや、勝つとか、負けるとか、そういう次元に相手はいない。

 ミスリル級の自分が、この街最高の冒険者である自分ですら、遠く及ばない存在であると――無理矢理に認識させられた。

 

「………………ちっ」

 ゆらりと立ち上がり、カウンターに向かうイグヴァルジに皆は道を開ける。

 

 そうだ。

 この街のミスリル級冒険者とはそういう存在だ。

 自分はそれを誇りに思っていた。

 

「……災難だったな。あんたも、俺も」

 顔色の悪い受付嬢に向かってイグヴァルジは笑う。

 それは同じ災害に巻き込まれた者に対する同情の笑みだ。

「ええ。本当に……」

 受付嬢も仕事上、イグヴァルジとは付き合いがある。

 この男が他人を気遣うなんて雨が降るんじゃないかと思いながらも、珍しいものを見たと胸中で呟きつつ、笑った。

「あのよ……俺は引退するよ。今日で冒険者稼業はおしまいだ」

 そういって首からぶら下げたプレートを躊躇いなく引きちぎってカウンターに置く。

「……そうですか。今迄、お疲れ様でした」

 受付嬢は丁寧に頭を下げてからプレートを受け取った。

「ああ。本当に、疲れちまった――そうだな。これからの人生は他のものにも目を向けてみることにするよ」

 ミスリル級冒険者ともなれば、引退してもその後の人生を遊んで暮らせるだけの金銭は貯まっている。

 自分が他には何が出来るのかを探してみるのもいいだろう。

 

「なら、その第一歩に如何ですか? 災難にあった者同士でお食事してみるのは?」

「……あん?」

 受付嬢の申し出にイグヴァルジは頭を掻いた。

「女の好きそうな店なんざ知らねえよ、俺は」

 今迄、脇目も振らず冒険者の道を突き進んできたのだ。

 言い寄ってくる女は少なからずいたが、自分の道を邪魔するものだと相手にしてこなかった。

「でしたら、一度『黄金の輝き亭』に行ってみたいんですけど?」

「ああ。あれね……あそこなら俺も気が楽だ」

 城砦都市エ・ランテル一番の宿屋だ。

 そこは一流冒険者の泊まる宿としても知られており、最初の目標はそこを本拠地とすることだったか。

 今では普通に本拠地として利用しており、家のようなものなので何とも思わなくなってしまったが……。

 

(……最初に仲間と泊まった日は楽しかったかもな)

 

「では、決まりで」

 昔を懐かしんで笑うイグヴァルジを他所に受付嬢は強引に約束を取り付ける。

「……あ? ああっ、じゃあ……そういう事で」

 強い人間と言うのはもてる。

 モンスターという存在がいるこの世界では当然のことながら強さと言うのは重要なパラメーターだ。

 それに加えて、すでに残りの人生を遊んで暮らせる金銭を獲得している男なら尚更だろう。

 決定的なのはモモンガによる絶望のオーラだ。

 今まで感じたことないほど強い恐怖に襲われた受付嬢は生存本能から最も強い男の保護を求めたのだ。

 

 男は精神的に参った所を突くとあっさり籠絡出来る。

 そんな話を聞いたことのある受付嬢は今が好機と、蒼白だった顔色をいつの間にか艶のある笑みに変えていた。

 

 後日、この二人は見事にゴールインを果たし、エ・ランテルに新たな冒険者向けの宿屋『黒の夢』を経営することになるのだが、それはまた別の話である。

 




イグヴァルジ「俺、冒険者辞めたから結婚するんだ」

 撲殺エンドを回避。
 絶望のオーラ・I(恐怖)には勝てなかったよ。

 後、モモン・ザ・ダークウォリアー誕生の瞬間でした。
 切れやすい若者だね。怖いね。という回です。
 
 

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