Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~   作:Me No

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そして終わらない始まりへ

 

「おおおっ」

 ナザリック地下大墳墓最奥の間である『玉座の間』に入ったモモンガは思わず感嘆の息を漏らす。

 その玉座の間の造りこみはユグドラシルでも一二を争うスケールだと思っている。

 モモンガはふと気になって後ろを見る。

『円卓の間』を出てから、みかかは黙って自分の後をついてきていた。

 その姿は彼女の後ろに続く執事のセバスや戦闘メイドの集団プレアデスのような従者の姿であり、夫の後を三歩下がってついてくる妻のようでもある。

 

(確か元ネタは三尺下がって師の影を踏まず、だっけ?)

 

 なにかの拍子にそんな話をかつてのギルドメンバーであるタブラ・スマラグディナから聞いた記憶がある。

 こんなまったく関係なさそうな事からも、かつての仲間との思い出が蘇ってくる。

 

(それももうすぐ終わりなんだけど……)

 

 自嘲気味に笑い、さらに歩を進める。

 

「………………ん?」

 玉座の傍、左手側に佇む美しいドレスの女性を見て、モモンガは思わず疑問の声をあげる。

 彼女は守護者統括アルベド――ナザリック地下大墳墓の全NPCの頂点に立つキャラクターだ。

 問題は彼女の手に持つアイテムだ。

 それはユグドラシルの至宝、二百しかないオンリーワンの性能を持つレアアイテム『世界級アイテム』だ。

 これはギルドの全員が協力して手に入れたアイテムだ。

 勝手に持ち出して良い物ではない。

 

 しかし、今日はサービス終了日だ。

 

 これを持たせたギルドメンバーの意思を汲むべきだろうと判断し、取り上げるのはやめる。

 執事長と戦闘メイド、アルベドをひれ伏させ、モモンガは玉座に腰掛ける――みかかはモモンガの右横に立った。

 

「……間に合いましたね」

「そうですね。意外に道中が長かったもんだから、途中でサーバーダウンしたら嫌だなぁって思ってました」

「はははっ」

 それは何ともしまらない最後だろう。

「でも――」

「でも、何ですか?」

「――いえ。私も、間に合ってよかった」

「………………」

 一体何があったのかを聞くべきだろうか?

 それとも聞かないほうがいいのだろうか?

 モモンガには女性との距離感の掴み方が今一つ分からない。

 

「………………」

 

 彼女も言葉を発しようとはしない。

 それが聞いて欲しいのか、自ら言おうと悩んでいるのか、はたまた全然違うことなのか。

 分からない。

 

「もうすぐですね、モモンガさん」

「ええ」

 

 23:59:00

 

「最後に一つ――私の帰る場所を、帰りたかった場所を今まで守ってくれて、本当にありがとうございました」

「………………」

 モモンガはその言葉に返事も出来ず、ただ瞳を閉じた。

 

 ああ。

 ここが帰りたい場所だと言ってくれる人物は、まだいたじゃないか。

 その言葉があれば、自分は救われる。

 

 だが、自分の手は気がつけば拳を握っていた。

 

 悔しいのだ。

 

(………………どうして?)

 

 ここで終わるんだ?

 ここで終わってしまうんだ?

 

 ここからまた始められるかもしれないのに……。

 

(……諦めろ)

 

 未練だ。

 どれだけ願っても、自分にはどうすることも出来ない。

 皆で積み上げてきた想いの結晶は、ここで消えてなくなるのが定めなのだ。

 

 そう――消えて、なくな……る?

 

「………………ん?」

「………………あれ?」

 モモンガは瞳を開ける。

 自分の横には困惑した様子のみかかが立っている。

 

 それは奇跡か、運命か?

 

 最早誰も戻ってこないと知りながらも、ただ一人墳墓を守った男の願いを天が聞き届けたのか?

 それとも家族同然に慕いながらも唐突にいなくなり、その理由も説明せぬままに去ろうとした少女への悪魔の悪戯か?

 

 時刻は00:01:00を過ぎていた。

 

(何とも……しまらない最後になっちゃったな)

 

 即座に思いつくのはサーバーダウンの延期、最終日ゆえの何らかの異常――これが妥当な線か。

 在り得ないだろうが、ここから大幅なバージョンアップしユグドラシルが生まれ変わればいいと夢想し……その異変に気付いた。

 

(……どういう、事だ?)

 

 モモンガは横に立つ少女を見て、絶句する。

 ユグドラシルにおいてプレイヤーキャラクターの顔の表情は変わらない。

 未だDMMORPGにおいてはプレイしている本人の喜怒哀楽をキャラクターに連動、投影させる技術は確立していないのだ。

 

 だが、今の彼女は違う――明らかな異変と認識できるほどに違っている。

 

 長年、感情の浮かばないキャラクターを見続けたこともあるが――人は顔に感情が宿るとここまで変わるのか、と感心してしまうほどだ。

 モモンガの一番の友人であるペロロンチーノは自分達をフィギュア――人形のようだと言っていた。

 努力しても設定された表情しか作ることしか出来ない自分たちは、まるで熱のない人形だと、だから萌えづらいと。

 

 しかし、今の彼女はどうだ。

 首を傾げ、眉を寄せ、何かを呟く彼女は人形には見えない、紛れもなく生きている人間だった。

 

「あ、在り得ない」

「ギルド長?」

 モモンガの声にみかかが反応する。

 みかかは表情に関するAIを組んでいて常に笑顔を浮かべていることが多い。

 通常時と戦闘時で笑みの種類が異なったりと割と頑張ってるほうだろう。

 しかし、今の彼女に浮かぶ表情の変化はAIなどで説明が出来るものではない。

「なんということだ……」

 モモンガは驚愕のあまり手を顔で覆う。

「もしかして、何か……分かったんですか?」

「みかかさん」

「コンソールも出ないようなんです、一体どうしたんでしょう?」と続ける彼女の言葉を無視するようにモモンガは口を挟んだ。

「は、はい」

「みかかさんって――」

「はい?」

「実は滅茶苦茶やる気なさそうな顔してるんですね」

 

 ………………。

 

 ナザリック地下大墳墓最奥の間である『玉座の間』に地獄のような沈黙が訪れた。

 

 モモンガは笑顔仮面という言葉をギルドメンバーの誰かが言っていたのを思い出し、よく言ったものだと関心していた。

 あの、しまりのない笑顔――幼さ炸裂だった彼女が今や見る影もない。

 優しく垂れ下がった目はきつい印象を与える吊り上ったものに変わり、キラキラと未来に夢と希望を馳せていた瞳はその色を失い暗く落ち込みまるでガラス球のよう。

 

 まったく、夢もキボーもありゃしない。

 

 ギルドメンバーの一人であるぶくぶく茶釜の声でそんな台詞が脳内再生されるほどの残念な顔だった。

 

「……か、顔?」

 みかかはモモンガの言葉を反芻し、それからフッと笑ってから、怒ったぞとばかりに両手を腰にあて胸を張る。

「おい、ギルド長――それは喧嘩の大安売りかな?」

 彼女の瞳に炎が宿る。

 その炎すら暗い炎なのが凄い。

 以前の彼女が笑顔仮面なら今の彼女は無気力仮面だろうか?

 瞳に力がないのに、異様な迫力があるところが凄い。

「いや、鏡を見てくださいよ! 若いのに何なんですか、その顔! 何と言うか、見たことないですけど――まるでヘロヘロさんとウルベルトさんを足して二で割ったみたいな目をしてますよ!!」

「なっ!?」

 具体的に言えば『生きることに疲れ、世の中を恨んでます』と語りかけてくるような瞳だ。

「そ、そんな――あの二人と同じだなんて……照れるじゃないですか」

(意外に高評価!?)

 頬に手をあてて、照れたように顔を逸らしたみかかにモモンガは驚いた。

 

「それにしても……よりにもよって、やる気なさそうな顔、ですか。どういう事でしょう?」

 視線を戻したときには、照れたような顔は元の気だるげな顔に戻っていた。

 鏡を見るまでもなく、自分に起きた異変を理解したようだ。

「ほんとに、訳が分かりませんね。コンソールも――確かに、使えませんね」

 モモンガは手を振り、コンソールを呼び出そうとするが反応しない。

「GMコールも強制終了も出来ません。単なる異常とは考えにくい状態ですね」

「……ふむ」

 モモンガは考える。

 まず今起きている最も変化の大きい異常――キャラクターの表情についてだ。

 先程夢想したユグドラシルの大幅なバージョンアップというのは在り得ないだろう。

 感情表現の組み込みなど現代の技術では実現不可能といっていい。

 だが、それ以外にこんな高度な技術が再現可能なのだろうか?

「う~~ん」

「謎ですよね。この異常事態……どうしたものやら」

 単なる会社員であるモモンガやみかかには如何ともしがたい現状だ。

 

「異常でございますか? どうかなされたのですか――モモンガ様、みかか様?」

 

 自分の左横から耳慣れない女性の声が聞こえてきた。

「………………」

 モモンガは凍りついたように固まるみかかに気付いた。

 みかかの視線は自分の後方――玉座の左手側を見つめている。

 

(まさか、まさか……)

 

 モモンガもおそるおそる顔を向けて、言葉を失う。

 声の主はナザリック地下大墳墓守護者統括アルベド――つまり、NPCのものだった。

 

「な、なんで……」

 みかかは絶句し、無意識にモモンガのローブの裾を掴んでいた。

 驚愕の度合いはモモンガも似たようなもの――普通なら驚いて、玉座から飛びのいていただろう。

 

(どうしたんだ、俺。随分と……落ち着いているような?)

 

「モモンガ様、みかか様――何かございましたでしょうか?」

 立ち上がろうとするアルベドを見て、みかかがモモンガのローブの裾を引っ張る。

 

(ここは男として、彼女を護らなければ)

 

 下手なホラー映画より怖い展開だというのに、異様なまでに落ち着いた思考をする自分に驚きつつ、モモンガは優しく骨だけになった手を彼女の手の甲に重ねた。

「……モモンガさん?」

 幾分冷静さを取り戻した彼女の声に安心しつつ、モモンガは無言で頷く。

 そしてこちらに向かってくるアルベドを左手で制する。

 

「アルベドよ、問題ない。少し下がっていろ」

「かしこまりました」

 アルベドは頭を下げると、ススッと床を滑るようにして後ろに下がった。

「………………」

「………………」

 二人は互いに見つめあい――それから頷く。

 理由も何が起きたかも分からない。

 しかし、これは異常事態だ。

 単なるサーバーうんぬんの話しではない。

 

「セバス、メイド達よ!」

「ハッ」

 モモンガの声に執事長と戦闘メイド達が応えて立ち上がった。

 分かったことが一つ。

 アルベドだけではない――他のNPCも動いている。

 

(全NPCがそうなのか? それとも、ここにいる連中だけ?)

 

 分かったことより、分からないことだけが膨大な勢いで増えていく。

 異常事態に際して、何よりも必要とされる物――それは。

 

「まずは状況の把握だ」

 小さく、しかし力強く冷静なモモンガの声が傍にいたみかかに聞こえた。

 そして、モモンガが安心させるために添えていた手から離れる。

 

(どうやらみかかさんも冷静になってくれたようだ)

 

 そのことに安心する反面、極上の触り心地だった手が離れたことに、少しだけ残念な思いがこみ上げてくる。

 そういう内心の葛藤を他所にモモンガは極めて冷静で冷淡な口調で、セバスに命令を下した。

 

「セバス、プレアデスの中から一人を選んで大墳墓周辺の地理を確認しろ。仮に知的生物が存在した場合は友好的に交渉し、こちらに連れて来い。行動範囲は周辺一キロに限定、戦闘は極力避けろ。他のプレアデスは第九階層の警備にあたれ」

「畏まりました、モモンガ様!」

 皆の声が綺麗に唱和し、即座に行動を開始する姿にモモンガは感動を覚える。

 猛練習を繰り返して得たような一糸乱れぬ見事な動きだった。

 

「………………うあ」

 そんなモモンガにみかかの苦い呟きが聞こえてくる。

「どうしました? みかかさん」

「モモンガさん――これは本格的に、まずいかもしれないです」

 みかかがモモンガに左手を開いて見せた。

 良く見れば親指に血が滲んでいる。

「血?」

「親指を噛んだんです――傷はすぐに治ったみたいですけど、痛覚が再現されてます」

「………………」

 その言葉にモモンガの背筋に寒気が走った。

 

 当たり前だが、DMMORPGにおいて痛覚の再現は行われていない。

 そんな物を解禁していれば、このゲームは多くの死者を出すデスゲームと化していただろう。

 やはり、異常事態――いや、異常極まる事態だ。

 

(あるのか――そんな夢物語のような可能性が?)

 

 考えたくはない――だが、この事態はまるで仮想現実が現実になったという、到底在り得ない結論が真実なのではと訴えてくる。

 

 仮にこれらが真実であるとするなら、ここが現実になったのだとしたら――さらに深刻な問題が発生してしまう。

 自分達の身の安全の確保も考えないといけなくなるわけだ。

 

「モモンガ様、みかか様?」

 心配そうにこちらを伺うアルベドが急に恐ろしい存在に見えてきた。

 ギルドメンバーであるみかかはともかく、NPC達が自分たちに襲い掛かってくる可能性だって考えられる。

 もしもナザリック地下大墳墓の全てが敵になれば、自分達は生きてここを出ることすら困難になり、追い立てられれば、遠からず捕まり死ぬことになるだろう。

 

 そう考えれば、ここにいることすら危険になる。

 早急に行動を開始しなければならない――その為にももっと多くの情報が必要だ。

 

「アルベド――各階層の守護者に連絡を取れ。そして第六階層、アンフィテアトルムまで来るように伝言を伝えよ。時間は今から一時間後――ああ、第四、六、八階層の守護者には連絡は不要だ」

「かしこまりました」

「………………」

 アルベドが頭を下げ、足早に玉座の間を出て行くのを注意深く見送る。

 いきなり手に持った世界級アイテムで攻撃でもされたら厄介なことになるからだ。

 しかし、そんなこともなく――しばらくしてから二人はふう、と安堵の息を吐いた。

 

「モモンガさんはどうして、皆を集めようと?」

「この異常事態に関して何か気付いたことがあるかもしれない。それと皆の忠誠度を探るのが目的です」

「う~~ん」

 みかかはその提案にはあまり気乗りしないようだった。

「駄目ですか?」

「いえ……集まったところで仲良く反旗を翻されて全滅、というオチでないといいんですけど。特に私は随分ここに戻ってませんから忠誠度も下がってるんじゃないかなぁって」

「………………」

 みかかの言葉にモモンガは沈黙するしかない。

「私は特にデミウルゴスが怖いです。頭がいいって設定でしたし、悪魔という種族的に絶対、楽には死なせてくれないでしょうし」

「た、確かに……」

 アルベドとセバス、戦闘メイド達は自分達に忠誠を誓ってくれているようだが他の守護者がどうかは分からない。

 それを調べるためのものだったのだが、下手を打っただろうか?

「戦闘になった時のためにありったけの課金アイテムも準備しといた方がいいですね。モモンガさんは魔法や特殊技術は使えるんですか?」

「それを今から第六階層で調べようと思っています――これの実験も兼ねてね」

 そういってモモンガはギルドの証を手にとった。

「あっ、そうか。マジックアイテムも動くか確認しないとですよね」

 それだけ言うとみかかの姿は消えた。

 今の反応は見覚えがある――転移魔法の発動パターンだ。

「みかかさん!?」

 返事の代わりに玉座の間の扉が開く音が聞こえた。

「ただいま戻りました」

 声は玉座の間の入り口から聞こえてきた。

「ちょっとそこの最終防衛の間に転移してみました。リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは機能するみたいです」

「あー、おっかなかった」と声色は全然怯えていないが――胸を撫で下ろしつつ、こちらにやってくる。

「おっかない?」

「いえ。ほら、下手なところに転移して『石の中にいる』とかになったら怖いなぁって」

「……?」

 石の中とは、なにかの比喩表現だろうか?

 首を傾げるモモンガ。

「あーー要するに転移失敗したら怖いなあって意味だと思っていただければいいかと」

 モモンガはユグドラシル以外のゲームにはあまり興味がないことを知っているので、みかかは話しを濁す。

 アインズ・ウール・ゴウンの末っ子として扱われていた彼女は意外に気を使うタイプなのだ。

「なるほど。確かに全然違う場所に転移したりしたら怖いですよね」

「それはともかく無事に指輪も機能するみたいですし、早速第六階層に向かいましょうか?」

「いえ、その前に身の安全の確保が優先です」

「というと?」

「マジックアイテムが無事ならゴーレムたちも言うことを聞く可能性は高いと思います。レメゲトンの悪魔達を確認しましょう」

 レメゲトンの悪魔とは玉座の間の直ぐ傍、最終防衛の間にある希少魔法金属で作り出されたゴーレムだ。

 これならレベル100のパーティー二つ――十二人ほどなら崩壊させられるだけの戦力になる。

「レメゲトンの悪魔――うあ……私、馬鹿ですね」

「えっ? 急にどうしたんですか?」

「いや、もしレメゲトンの悪魔が暴走したらさっきの転移で死んでたかもしれない、ですよね?」

「……ですね」

 まぁ、みかかも歴戦のプレイヤーなのでHPが0になる前にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで離脱出来たとは思うが。

「ううっ、ホームなのにびしびし感じるアウェー感。なんか、おなか痛くなってきます」

「大丈夫。レメゲトンの悪魔さえ命令を聞くなら一気に気も楽になりますから……」

「おっかないですよぅ」

 二人は自分達の本拠地であるにも関わらず、こそこそと目と鼻の先にある最終防衛の間に向かうのだった。

 

 


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