Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~   作:Me No

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 2017/12/17 作中で矛盾が生じていますので一部文章を訂正しています。


異形の種族

 カルネ村にあるエモット家。

 テーブルに並べられた宝の山を前に一匹の黒猫と少女が語り合う。

 

「今回持って行くアイテムはこれじゃ」

 黒猫の名はシコク。

 ナザリック地下大墳墓第二階層にある忘却領域に封印されていたNPCだ。

「綺麗な瓶ですね」

 少女の名はエンリ・エモット。

 カルネ村に住む村娘であり、村の救世主に特に可愛がられている少女である。

 

 宝の山から引っ張り出されたのは一本のガラス瓶。

 見事な細工が施されたその瓶はそれ自体が高級な美術品のように見える。

 ガラス瓶の中には赤い液体が満たされていた。

 

「あ、あのシャ、シャーデン……フロイデ、さん?」

「呼びにくいなら猫さんでもよかよ?」

 名前が呼びにくいからと言ってそれはないだろう。

 それでは自分も妹も人間さんになってしまう。

「じゃあ、シャーデンさん」

「なんじゃろ?」

 エンリはテーブルに置かれたガラス瓶を指差して言った。

「こんな高そうな物を本当に頂いていいんですか?」

「遠慮なく受け取るのが吉」

「わ、分かりました」

 エンリはテーブルに並べられた宝の山に視線を向ける。

 一目見た時からお金持ちなんだろうとは思っていたが、まさか知り合ったばかりの村娘にこれだけの物を譲渡する程とは思わなかった。

 困惑するエンリを落ち着かせるように黒猫は語る。

「これからエリリンはカルネ村の外に出て、城砦都市エ・ランテルに赴くことになるが、道中や滞在中に危険に見舞われることはなかろう。なんせ、うちとミカ様が守るけん」

「シャーデンさんも来るんですね」と思ったが、真面目な話の最中なので心の中で突っ込むだけにしておく。

 人語を解する猫に見守られるなど、まるで御伽噺の世界に迷い込んでしまったような気分だ。

「気をつけるとすれば……うちとミカ様、この両名から離れるような状況は作らんことじゃね」

「はい」

 エンリは自分が助けられた時の事を思い出して、少しだけ寒気を感じた。

 自分達姉妹に親身になって接してくれる優しい人の冷酷な一面。

 あんな場面は出来ることなら二度と目にしたくない。

 

「しかし、それはあくまでこちらの事情。そちらにはそちらの事情があるだろうから、うちは無理強いはせん。ミカ様がどうかは知らんけど」

「う~~ん」

 確かに許してくれないだろうな、とエンリは苦笑した。

 あの人の過保護さはどうかと思う反面、親身になってくれる所は嬉しい。

「不自由じゃろうが、そこはどうか御容赦願いたい。この村を襲った騎士達が報復しようと狙ってくるかもしれん」

「いえ、そういう事なら私もお二人から離れるようなことはしません」

「その配慮に感謝を」

 丁寧に頭を下げてくる黒猫を見て、猫なのにしっかりしてるなぁ、と暢気な感想を抱いてしまう。

 新しく出来た人外の友達と外に遊びに出て行ったネムにもこの折り目正しさは見習ってもらいたいものだ。

 

「エリリン。ちなみにこの瓶に入った液体のことを何と言うか分かるじゃろうか?」

「い、いえ。分かりません」

「そか。ポーションと言うんじゃけど、聞いたことないかのう?」

「あっ、それならンフィーレアから聞いたことがあります。薬草からポーションを作ったりするんですよね?」

「ほほう。薬草からポーションを作っとるんじゃね」

 あれ?

 違っただろうか?

「はい。確かその時に聞いた話では薬草だけ、薬草と魔法、魔法だけで作る場合と、三種類くらいあったような気がします」

「そかそか。それは大変面白いことを聞いた」

 エンリの返事を聞いた黒猫は笑う。

 それは本来、猫が浮かべる糸目の可愛らしいものではなく、無理に人間を真似たような歪な笑い方だ。

 愛想笑いを浮かべるエンリの顔も自然と固いものになってしまう。

 

「………………」

 どうしても嫌な記憶が蘇ってくる。

 この顔は解体した騎士を見つめるあの人のようで、何だか、少し怖い。

「あの! このポーションはどんなポーションなんですか?」

 浮かんだ不安を払拭すべくエンリは殊更、明るい声で問いかける。

 エンリとしては三種類の製法のどれで作ったのかという質問だったが、黒猫の返事はエンリの予想を裏切る物だった。

「詩的に言えばチェス盤をひっくり返すポーションかのう」

「えっ? えっと……どういう、意味なんでしょう?」

「どういう意味じゃろうね?」

 黒猫は猫が本来浮かべるだろう笑顔を見せて答えをはぐらかす。

「そういうところ、ミカ様に似てますね」

 いかにも飼い主である彼女が好きそうな手に思えた。

「褒め言葉として受け取っておこうかの。大事に持っておくとええよ」

 

(必要になると言われてもどういう物か分からないと使えないんだけど……ンフィーレアに尋ねればいいのかな?)

 多分、飼い主である少女に尋ねても同じ対応をされるだろうとエンリは思った。

 

「気にすることは無いよ。さて、こっちの準備は済んだし、ミカ様の様子でも見に行ってくるかのう」

「あ、あの、シャーデンさん」

「なんじゃろ?」

「ありがとうございます」

「………………」

 礼を言うエンリを黒猫はジッと静かに眺めている。

「気にすることはないんよ。色々と教えてもらった対価じゃけん。それにミカ様にエリリンを守るように頼まれとる」

「分かりました。でも、嬉しかったので……ありがとうございます」

「そか。うちの猿の手で良ければ幾らでも貸してあげるけん。困ったときは頼ると良い」

「は、はい。そうします」

 猿?

 猫に見えるのだけど。

 そんな事を思いながら、人の言葉を話す不思議な猫を見送り、エンリも出発前の最終確認に入るのだった。

 

 

「こんな所でソリュシャは何をしとるん?」

「……シャーデンフロイデ様」

 罰の悪そうな顔をしたソリュシャンがエンリの部屋の前で立っていた。

「それがそのミカ様が……」

「ああ、その顔を見れば皆まで言わずとも分かった。着替えの手伝いなど不要だと言われたんじゃろ?」

「……はい」

 シュンとソリュシャンは肩を落とした。

 今もそうだが、みかかは着替えや入浴に際して誰かが手伝おうとするのを一切断っている。

「気にすることはなか。恥ずかしがっとるだけじゃよ」

「そうなのですね」

「ミカ様の用意が出来次第、うちらはここを発つことになる。留守番よろしう」

「かしこまりました」

「ニグレドによる監視が行われておるから問題ないと思うけど、有事の際はトブの大森林にいるアウラ様とマーレ様の元に向かうこと。優先順位は御主、ロックス、ネム、フラ爺じゃ。後はどうでも良い」

「はい。了解しております」

「うちはこれからミカ様と話があるけん。席を外してくれるかのう?」

「ハッ」

 ソリュシャンは一礼して去っていく。

 それを見送ってから、シコクは中にいるみかかに声をかけた。

 

「みかか様。用意は出来たじゃろうか?」

「ええ。入ってもいいわよ」

 扉が開き、シコクは中へと滑り込む。

「こんな感じだけど、本当にこれでいいの?」

「うむ。上出来じゃ」

 一言で言えば、そこにいるのは男装の麗人だ。

 その身を飾るのはアウラが着ている衣装の色を反転させた物。

 男装し、眼鏡をかけ、ウィッグを被ることで髪型と色を変えている。

 それだけで見た目の印象は大きく異なる。

 化けるのは女なら差異はあれど心得ている技術である。

 

 ちなみに、みかかが保有する特殊技術の一つに変装というものがある。

 リアルであれば映画で用いられるような特殊メイクの技術もこの世界では思いのままだ。

 しかし、何故か今回はそこまで使う必要がない、とシコクから忠告されていた。

 

「まぁ、吸血鬼の私にとっては姿形なんて余興みたいなものだけど……これには何の意味があるの?」

「これから街に行くんじゃろ?」

「そうよ」

「だったらそっちの方が良い。あんなこれ見よがしに短いスカートを穿いて街にでも行こうものなら寄ってくる男に辟易することになるじゃろうね」

「ああ、成程」

 リアルではそういう相手を寄せ付けない為に、強面の男が付き添い役としてついてきたものだ。

「女の姿で街に出向いて、一目惚れでもされると面倒な話になりかねん」

「一目惚れとか馬鹿馬鹿しい。それは単にそいつが発情期なだけでしょう。そういう輩はパターンに当てはまる相手なら誰だっていいのよ」

「……発情期、ねぇ」

 くだらないと断じるみかかに対してシコクは含みのある物言いをする。

 

「言いたいことがあるなら言いなさい」

「では、遠慮なく。恋を知らない哀れな方じゃのう」

「今、なんて言った!」

 確かに知らないが哀れまれるような覚えはない!

「ククク。言いたいことがあるならと言えとか言うからじゃ。口に出してはいかん言葉があるし、口に出さねばならん言葉もある」

「ん? 何? もしかして、何か言いたいことがあるの?」

 シコクの物言いに何かひっかかるものを感じて問いかける。

「流石はみかか様。話が早い」

 その声に含まれた機嫌の良さに逆に不安になる。

 その予感は正しいものだった。

 みかかが最も聞かれたくないことを問いかけてくる。

 

「みかか様。どうかうちに教えてほしい。何故にあんな娘を守らねばならん?」

「………………」

 シコクに対してはぐらかすのは無意味だ。

 みかかがこの世で最も苦手とした相手、あの子は他人の嘘を、特に姉である自分がついた嘘を見抜けないことがなかった。

 

「ナザリックに属する者以外に情けをかけるのは褒められた行為ではないよ?」

「それは、分かってる」

「一部のシモベを除き、みかか様を裏切るような者はナザリック地下大墳墓にはおらん」

 一部のシモベ?

 エクレアのことか?

 それとも他にも裏切る可能性がある者が存在するのか?

 

「それ以外の者がみかか様の命を違えることはない。そんな状況で不確定要素の塊を飼う必要性を感じん」

「そうかしら? 有能な人材がいればナザリックに引き入れるべきではない?」

「それは奴隷、或いは家畜という意味でかえ? 有能な人間を飼い殺すというのであれば賛成じゃよ」

 あまりにも乱暴な意見にみかかは眉を寄せる。

「私には短絡的な意見に聞こえるのだけど違うわよね?」

「それはみかか様が奴隷や家畜という言葉に対する負のイメージが強すぎるからじゃろう。奴隷も家畜も虐げるために存在するのではない。ただ、生殺与奪の権利をこちらが保有しとるだけの話しじゃよ」

「……人間は信用出来ないということ?」

 この世界では獣とも会話による意思疎通が出来る。

 それなら友好的な関係を築けるのではないかと思うのは間違いだろうか。

 

「守護者統括殿から聞いておったが原因不明の事態が訪れとるのは本当のようじゃ。みかか様は少しばかり混乱しとるのう」

 シコクはみかかの発言にため息をついて返した。

「信用とは面白いことを言う。種族の差と言うのは相互の認識や価値観に致命的なズレがあるという事じゃ。そんなもんが分かり合えると思ってはいかん。どうやら、みかか様は分かり合えると思っとるようじゃが、それはみかか様が特別な存在――ある意味で異形種の中では異端な存在だからじゃよ」

 それはそうだろう。

 自分は生まれついての異形種ではない。

 ただゲームの中で異形の姿を選んだだけの人間なのだ。

 この世界に来て、その精神性は大きく歪められてしまったが記憶が存在する限りは人の魂は残滓となって残る。

 言ってしまえば、今の自分は人間と異形種の中間のような存在なのだろう。

 

「何を悩んでおるのか分からんが、人間と共存共栄出来るかもしれんとか夢のような考えをしておるなら辞めておくべき」

「互いに意思疎通が出来るのよ。友好的な関係を築くのも可能な筈でしょう?」

「そう思うなら、あの小娘達の前で偽りの姿ではなく本性を見せ、内に隠しておる感情を曝け出してくるとよい。それであの小娘達が今と変わらん対応をするならそういう可能性もあるじゃろうね」

 その言葉はみかかの心を傷つけた。

 偽りの姿――たしかに、今の自分は本当の姿ではない。

 己の意思一つで醜い化け物に変貌してしまう。

 醜い化け物に変わってしまった。

 みかかの思い出したくない事実の一つだ。

 

「みかか様はこの村に住む人、そしてあの姉妹から確かな信頼を勝ち得ている。じゃが、そんなもん状況一つであっさり覆る。そもそも信用とはその程度の儚いものじゃろ」

 みかかに見えるようにシコクは猫の手の平をくるりと返して見せた。

「人間と共生する事が出来ないなどとは言わん。うちらの力にひれ伏す者や恩恵に預かろうとする者もおるじゃろう。だが、情をかけるなどもっての他じゃよ。仮に状況が逆転していたら人間はうちらに情けをかけてくれたじゃろか? 種の生存競争とはそんな生易しいものではない。そんな考えでは、いつか必ず己の身を滅ぼすことになる」

「理解した。貴方の忠言に耳を貸さないほど愚かではないつもりよ」

「……本当かのう?」

 二人は静かに見つめあう。

 しばらくして、シコクはため息をついた。

 

「不思議じゃのう。みかか様はアインズ・ウール・ゴウンでは『人間狩り』の異名を持つ人間専門の殺し屋ではないか。殺した人間の数なんて数えるのも馬鹿らしいほどじゃろうに。それが今更になって人間に情けをかけるとはどういう心境の変化なん?」

「えっ?」

 ああ、そういう印象なのかと納得する。

 それはあくまでユグドラシルの中での話だ。

 だが、あくまでNPCであるシコクから言わせれば、みかかは人を専門に殺す吸血鬼なのだろう。

「また読みを外したか。おかしいのう……どうも、至高なる御方々のことになると読みが噛み合わん時がある」

「待って。貴方の知識を試したくなった。リアルって、どんな世界か知ってる?」

「知らん。おぼろげな記憶を頼りに推測するに面白い世界ではないようじゃね」

「……そう」

 

 幾らシコクが超常的な直感能力を有していても出来ることには限りがあるようだ。

 NPCの知識は設定に左右されるが、無理がある設定は破棄されていると考えるべきだろう。

 

(この子なら原因不明の事態の究明が出来るんじゃないかと思ったけど……流石に無理があったか)

 

「重ねて質問。これから言うシモベについて、貴方はどんな印象を持ってるか聞いてもいい?」

「かまわんよ?」

「ユリ・アルファ」

「何故か知らんが頭が上がらん」

「アウラとマーレ」

「決して口には出さんが頼りにしちょる」

「シャルティア」

「少しばかり困った方じゃな」

「そう。何だか改めて聞くとこそばゆいわね」

 どうやらNPC同士の仲は自分達の関係を受け継いでいるようだ。

 その事実に思わず笑みが浮かんでしまう。

 

「時にみかか様。上手いこと話をはぐらかしたつもりじゃろうが、そうは問屋が卸さんよ。エリリンは別に有能な人物ではなかろう?」

「……むぅ。放っておけばいいのに、貴方も大概しつこいわね」

 みかかは不服そうに口を尖らせる。

「まったく仕方のない人じゃのう。理解はしたが納得はしておらんという所かの。まぁ、いいじゃろ……しばらくは好きにしてみるとええよ。フォローはしておくけん」

「是が非でも関係を断ち切ろうとは思わないのね」

 なんせナザリック地下大墳墓に属する者は人間軽視の巣窟である。

 みかかに悪影響のある者はすべからく滅するつもりかと思ったのだが。

 

「そこまで狭量ではないよ。実際、みかか様はあの姉妹と接してる時は楽しそうじゃからね。うちもエンリの何がみかか様の琴線に触れたのか興味がある」

「だったら――」

「――ただ、それと異形種と人間種が分かり合えるかは別の話、それだけの事じゃ。線引きは明確にしておかねばならん。それがお互いの幸せの為じゃ」

「そうね。ありがとう」

 シコクなりにみかかを心配してるのだろう。

 他者の考えを曲げさせるのは容易なことではない。

 それが種の本能的なものであれば不可能と言ってもいいだろう。

 むしろ、無理に曲げさせるのは自然の摂理に反する行為だ。

 

「みかか様もお年頃、という所かの?」

「んっ?」

「うちもこんな事は言いたくないんじゃが……」

「何?」

 言い淀むなんて珍しい。

「さっきの話ではないんじゃけど発情期ならあんな村娘ではなく、シャルティア様でも誘ってみてはどうじゃろ? すっきりすると思うよ?」

「はっ?」

「ほら、うちは今、あの方の所に居候させてもらっておるじゃろ? まぁ、暇があれば飽きもせずぎったんばったん大騒ぎしちょるから正直、居心地が悪くてのう」

「ぎ、ぎったんばったん?」

「みかか様の誘いとあれば断る者も少なかろう。うちもやぶさかではないが、なんせこんな体型じゃから満足いくとは思えん。みかか様より胸はあるかもしれんけど」

「なっ?!」

 みかかの顔が真っ赤に染まり、怒りから目尻が釣り上がる。

 

「ちっがうわよ! 何言い出してるのよ、この馬鹿、大馬鹿、特上馬鹿!?」

 

 それまでの真面目な空気の全てを払拭するみかかの大絶叫がエンリ家に響き渡った。

 




 十月半ばまで本格的に忙しくなりますので更新は不定期です。
 合間を見て更新出来たらいいなと思ってます。


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