Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~   作:Me No

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瑕疵なき忠誠

 

 差し迫った問題にタイトルをつけるとしたら……『五年振りに仮想現実のRPGを遊んだらログアウト出来ず、どうも異世界転生までしちゃったみたいなんだけど何か質問ある?』とかどうだろう。

 

 ナザリック地下大墳墓第六階層アンフィテアトルム。

 古代ローマ建築を模して作られた円形闘技場――私は貴賓席の椅子に座って闘技場で行われる実験を眺めていた。

 誰もこちらに注目していないので、今日何度目かになるため息をこぼす。

 すでに深夜だというのに、夕方の立食パーティでは挨拶ばかりでロクに食べてもいない私の胃が空腹を訴えてこないのは不幸か幸運か。

 こういう異常事態に際してはたとえ腹が空いていなくても何かを詰め込んでおこないといけない。

 これが終わったら何かを食べようと心に決めつつ、逃避していた意識を現実に呼び戻す。

 

 実験はおおむね良好な結果に終わってくれた。

 魔法や特殊技術、種族スキルなどの発動は可能。

 マジックアイテムの使用、アイテムボックスの使用も問題なし。

 これなら、どうにか己の身を守るくらいのことは出来そうだと確信し、つい現実逃避してしまうほどに。

 

 しかし、どこかの掲示板に立てるスレッドのように言ってみたが、現状は今も非常に深刻である。

 朝起きると自分が芋虫になっていることを発見した人の気持ちが今なら実感出来るかも知れない。

 

(私はまだ人型になれるからいいですけど……どうなんでしょう? 急に骸骨になってることを発見した人は)

 

 目の前で魔法の実験をする年上の友人――今でも友人と呼ぶことが許されるのか分からないが、その人の気持ちを考えてみる。

 ユグドラシルでもトップクラスの知名度を誇るギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長モモンガさん。

 至高なる四十一人のまとめ役――個性豊かな異形動物園の園長さんだ。

 この人の人柄があったからこそ、あの四十人はまとまっていたのだと思う。

 

 少しばかり意外なのは、私が知る頃よりも冷静さに磨きがかかったところだろうか。

 

 この異常事態に際して、的確に、冷静に、恐怖することもなく毅然と行動するところは感心するほかない。

 この五年の間に大きく成長されたようで、私には眩しいばかり――このまま浄化されてしまいそうだ。

 

「おおっ、あれは――《サモン・プライマル・ファイヤー・エレメンタル/根源の炎精霊召喚》」

 苦労して作ったギルド武器――それに秘められた能力の一つを使用したようだ。

「おや?」

 てっきりギルド武器の使用確認だと思ったのだが、何故かこの階層の守護者である双子のダークエルフ、アウラとマーレが戦い始めた。

 

「………………むう」

 

 また一つ新たな情報が私の脳内に書き込まれた。

 これは嬉しくないニュースである。

《フレンドリィ・ファイア/同士討ち》は解禁されたらしい。

 元のゲームでは出来なかったが、ここではギルドのNPCがこちらの命を狙ってくることも出来るわけだ。

 苦い顔を浮かべた私に、何かが繋がったような奇妙な感覚が走った。

 

『みかかさん――聞こえますか?』

「は、はい。聞こえてます」

『《メッセージ/伝言》の魔法も使えるみたいですね。繋がったのはみかかさんだけですけど』

「……そうですか」

 他の仲間には繋がらない――考えられる可能性はいくつかある。

 ここにいるのは自分達だけ、魔法の発動条件が変わってしまった、相手が繋げたくない等々、どれかは分からない。

『後、セバスからの情報ですけど、ナザリックの外は草原になってるそうです』

 その情報は――知りたくなかったかもしれない。

 単純にゲームが現実になった、ならまだどうにかなったかもしれないのに、よりにもよって何処か分からない場所に本拠地は転移しているというのか。

「いよいよ異世界転生待ったなしですか。ここから見てましたけど、フレンドリィ・ファイアも解禁したみたいですね」

『その事なんですけどいざとなったら宝物殿に逃げ込みましょう。あそこなら他のNPCは来れませんから』

「そうですね」

 助けがこないかもしれない状況で篭城など愚の骨頂だが、それしか方法はないだろう。

 ナザリック全NPCが敵に回れば、逃げることすら困難を極める。

 特に第八階層にいるアレがNPC達の手に渡れば不味いどころの話しではない。

 現状、アルベドとセバスに第六階層守護者のアウラとマーレはこちらに忠誠心を持っているように見える。

 脅威となるのは表向きには後三人――この三人が味方なら、とりあえず内乱の可能性はなくなる。

 

(それでも忠誠値が下がって反乱する可能性はあるわけですけど……)

 

 胃が痛くなってくる話しばかりだ。

 

『じゃあ、そろそろ皆も集まりますので――みかかさんはそのまま監視をお願いします』

「らじゃりました」

 魔法の効果が終わり、私は再びため息を一つ。

 

(ぶくぶく茶釜さん――私は疑心暗鬼の塊です。ごめんなさい)

 

 アウラとマーレは自分が貴賓席にいることに気付いていない。

 レベル100のNPCで優秀な野伏であるアウラが存在に気付けない――それはみかかが、アウラの感知力を上回った証拠だ。

 アウラの感知力を上回ったのは万全を期して課金アイテムを用いて存在を隠匿しているというのもあるが、元々、自分がギルドメンバーの探索役だったというのも大きい。

 

 みかか・りにとか・はらすもちか。

 種族は吸血鬼の上位種《オリジンヴァンパイア/始祖》

 職業は暗殺者――幾つかの職業を取っているがほぼ全てが主たる暗殺者技能に密接に関連しているため物理攻撃役もこなせる。

 同じギルドメンバーである弐式炎雷に似ているといえば似ているのかもしれない。

 つまり、高火力、高機動、紙装甲のプレイヤーだ。

 ひじょうに限定的な条件をクリア出来れば、物理攻撃役の中でも有数のダメージディーラーにだって化けることが出来る。

 そんな自分が潜んでいるのは当然、NPCを警戒してのためである。

 

 ギルド武器と世界級アイテムを装備しているモモンガであれば、集まった階層守護者達が結託して襲い掛かっても撤退くらいは何とか出来る。

 だが、みかかの物理耐性は魔法職のモモンガとさほど変わらない。

 モモンガは魔法攻撃耐性は高いが、自分は魔法攻撃耐性も薄い。

 そういうわけで襲い掛かられると少し厳しい――特にコキュートスは自分の天敵とも言える相性なので、正面から戦えばほぼ確実に負けるだろう。

 というかナザリックにいる戦闘が出来る高レベルNPCで、自分が真正面から戦える存在などいない。

 

 そういうわけなので彼女は隠れ潜んで、問題がなければ久々に帰還した仲間として皆に紹介するという事になっていた。

 

(なのに何だろう……この、体育の授業を見学してるみたいなやるせない疎外感は)

 

 楽しそうに飛んだり跳ねたりしてるアウラを見ていると、そんな彼女を警戒してる自分の底意地の悪さに憂鬱になってしまう。

 いや、こんな異常な事態なのだから警戒するのは当然のことだ。

 だが、どうも――落ち着かないのだ。

 ギルドメンバーであるモモンガを前にしてこそこそ隠れている自分が気に入らない。

 理性で納得できても感情で納得できていない。

 

 闘技場から貴賓席の物理的な距離が、自分と皆の心の距離を表してるようで不安になる。

 

 根源の炎精霊を倒したアウラとマーレを労わるモモンガの姿。

 転移してきたシャルティアがモモンガに抱きつき、アウラに何かを言われたのか二人が言い争う姿。

 次々にモモンガの元にNPC達が集まってくる――その姿には、造物主への反乱の影など微塵もうかがえない。

「………………」

 遠く離れた位置からでも確認できる。

 一斉に守護者たちが跪き、アルベドを前に立て、その少し後ろで一列になって隊列を組みだした。

 そして一人ずつ一歩前に出て深く頭を下げ、臣下の礼を取っていく。

 

(これなら……大丈夫そうね)

 

 即座に反乱が起きる可能性はなさそうだ。

 後は彼らの忠誠心を維持出来るように心得るべきだろう。

 問題があるとすれば後は――。

 

「――私だ」

 

 たった一人残ったモモンガと急に音信不通になってひょっこり帰ってきた自分――彼らの忠誠度はどこまで異なるだろうか。

 

『みかかさん――いいですか?』

「はい」

 

 審判のときがやってきた。

 果たして、自分は階層守護者やセバス達にとってどんな存在なのだろうか?

 

 

 結論から言えば、それは完全な杞憂だった。

 

 第一、第二、第三階層守護者であるシャルティアは言う。

「私では届きえぬ位置に立つ吸血鬼――まさに我が理想たる姫君でありんす」

 

 第五階層守護者であるコキュートスが言う。

「無情ノ刃――死ヲ追求シ、ソノ技ヲ極メラレタ方カト」

 

 第六階層守護であるアウラが言う。

「慎重さと大胆さ――相反する二つの心を正確に推し量れる理性的なお方です」

 

 同じく第六階層守護であるマーレが言う。

「み、皆様に愛されている素敵なお方です」

 

 第七階層守護者であるデミウルゴスが言う。

「どのような困難な状況であろうと目的を遂げる強い意志、そしてそれを成すために必要な行動力を有するお方です」

 

 執事長であるセバスが言う。

「他の至高の御方々から多くのことを学ばれ、成長された方。その在り様で皆を癒された優しきお方です」

 

 最後を守護者統括アルベドが締めくくる。

「至高の花園にて守り育てられた一輪だけの気高き華――全身全霊をかけて愛すべき方々の一人です」

 

「ありがとう、皆」

 全員の輝く視線を受け、自分の顔が恥ずかしさから紅くなってることが分かった。

 彼らがふざけているわけではないのは分かる――だから、自分も真剣な顔で彼らの忠義に応える。

「こんな時に言うのも妙な話しだけれど――私はこれ以上にないほど幸せよ、幸せしかない。一遍の迷いも微塵の不安もないわ――ここに最高の従者がいるんだもの」

 自分の心からの言葉に皆の顔に笑顔が浮かぶ。

「皆の考えは私も友も理解した。私の仲間達が担当していた執務の一部をお前達を信頼し、委ねることにしよう。今後とも忠義に励め――私たちは円卓の間にて今度の対策を行う」

「皆、通常とは異なる状態だけど焦る必要はないわ――だけど、急いで頂戴。兵は神速を尊ぶというやつね」

 再び頭を下げ拝謁の姿勢を取るのを見ながら、二人は転移を行った。

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 無事転移した二人は微動だにしない。

 しばらくの間、円卓の間を沈黙が支配した。

 そして二人は示し合わしたように大きく息を吐いた。

 

「予想の斜め上をいく展開です――忠誠心マイナスだと思った? 残念、マックスでした! って感じですね」

「いや、何? あの、在り得ない高評価」

 モモンガも肩にのしかかる精神的な重圧におかしくなってしまいそうだ。

 失礼なのは承知だが、みかかの評価を聞いていて少しだけ笑ってしまいそうになったのは内緒だ。

「まさか、ここに来てまであんなに褒められるとは思いませんでした」

「……?」

 リアルでもあんな――傍から見ると、正直引くほど褒められる人物だったのだろうか?

「しかし、みかかさんにも言ってましたけど……アルベドの発言が少し気になったんですよ」

「何でしょう?」

「いや、私にも言ってたんですけど愛しい方って言ってたときの目が怖いというか、何と言うか……」

「………………ああ」

 ギルド長は知らないのだろうか?

「モモンガさんはアルベドの設定って見たことあります?」

「いえ、ないですけど?」

「今度見ておくといいです。ちなみに、あれは真剣と書いてマジです――ライクじゃなくてラブな意味で」

「はっ?」

 

 理解出来ないという表情を浮かべるモモンガにみかかは昔、タブラ・スマラグディナから聞いた彼女のことを話すことにする。

 というか、大雑把に言えば一文で彼女は説明できるのだ。

 

『守護者統括アルベド、彼女はビッチである』

 と。

 

「え。何、それ?」

 思わずモモンガの目は点になる。

「あの方は、ギャップ萌えでしたから」

「それにしても酷いのでは? 思わずまた沈静化が起きましたよ」

 その言葉にみかかはひっかかりを覚えた。

「沈静化? 何です、それ?」

「えっ? みかかさんはアンデッドなのにないんですか? こう……感情が高ぶると急に何かに抑圧されたみたいに平坦化するんです。多分、アンデッドの種族的特長の精神無効が関係してるんだと思ったんですけど」

「いえ、ないですね……いや、あるんでしょうか?」

 少し緩んでた精神を再び締めて思い返してみる。

 一番動揺したのは――最初の転移の時だろう。

 あれは正直迂闊な行動だったと思うし、後で思い返してみると怖かった。

 怖かった――のだが、確かに何と言うか他人事のように自分の命を軽視していたようにも思う。

「推測するに……私も沈静化の影響はあると思います。ただ、モモンガさんほどじゃないのかと」

「ああ、確かにシャルティアも怒りっぽいみたいですし、沈静化が弱いのかもしれませんね」

「ゲームをしてたときにも思ってたんですけど、本当に精神無効なら血の狂乱も起きないですからね」

「なるほど、確かに」

 血の狂乱とはシャルティアとみかかが共通して持っている特徴で血を浴び続けると精神的抑制が効かなくなってしまう反面、戦闘力が跳ね上がるという特性だ。

 

 自分達は人ではない異形種だ。

 身体の変化が精神にも変化を及ぼすというのは十分に考えられる。

 前途が多難すぎて心が折れそうだが……これに似た状況をみかかはすでに経験していた。

「なんかユグドラシルをもう一回初めからやらされてる気分です」

「ですね。この訳の分からない状況、一体何をどうしたらいいのか不明な感じは」

 ある意味慣れた――しかし、現実になおすと洒落にならない状況にモモンガがため息をつく。

 みかかも正直頭を抱えたい状況だが、こうなったら開き直って動くしかない。

「まずは己を知り、次は敵を知ることでしょう――そうすれば百戦危うからず、です」

「敵か――いるんでしょうか?」

「いますよ、絶対に」

 それだけは自信を持って断言出来る。

 未知の世界で、何も分からない状態だが、それだけは確信を持って言えた。

 

 平和を欲するなら戦いに備えよ。

 

 それはみかかが昔、祖父から聞いた古い格言。

 そして彼女自身がそれは真実だと確信する言葉だった。

 

 


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