Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~   作:Me No

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リアルプレイ

 ゲームからログアウト出来なくなり、どうも異世界に転移したと思われる――そんな異常事態が起きて一日が過ぎた。

 巨大なギルド本拠地であるナザリック地下大墳墓の隠蔽工作、ナザリック内の警備の強化と連絡網の作成。

 これらの作業を元はゲーム内NPCであり、今は自らの意思を持って動いてるシモベ達に任せつつ、モモンガとみかかはナザリック地下大墳墓第九階層『円卓の間』で今後の方針について議論を交わしていた。

 

「ギルド長の発言は却下です。現在は非常事態なんですからそんな凄いNPCがいるというなら、直ぐに投入すべきです。何が嫌なんですか?」

 この異常事態に頼れる仲間はいくらいても困らない。

 みかかの期待に満ちた眼差しがモモンガには痛かった。

「あ~~いや、その――本当に、パンドラズ・アクターを出すんですか?」

 パンドラズ・アクター。

 モモンガの作り出したNPCで設定上、ナザリックでもトップクラスの頭脳と知略を持っている存在だ。

 そして、レベル80程度に落ちるがギルドメンバー全員の能力を再現できるという汎用性に優れた力を有している。

 

「出さない理由が分かりません。猫の手も借りたい状況じゃないですか?」

 みかかは両手で猫の手をつくりながら言った。

「………………」

 昔のしまりのない笑顔でその仕草をしていれば、モモンガの友人であるペロロンチーノとぶくぶく茶釜はさぞや絶賛したことだろう。

 だが、今のダウナー系の表情でそれをやられるとどう見ても罰ゲームで嫌々やっているようにしか見えない。

 罰ゲームといえばモモンガの生み出したパンドラズ・アクターを皆の前に晒すのも同様の措置と言えよう。

 モモンガは会議をする前にパンドラズ・アクターに会いに行ったのだが、予想以上に濃いキャラを目の当たりにし、何度か精神の沈静化が起きるほどのショックを受けてしまった。

 正直、あれを人前に晒すのは避けたいところだった。

 

「『アインズ・ウール・ゴウン』は多数決を重んじるギルドでした。私とモモンガさんの意見が別れた以上、本来ならコイントスやじゃんけんなど公平な方法で決めるべきでしょうけど、この状況で論理的でない行動をされるなら理由を聞かせて下さい」

「……うっ」

 正論だ。

 まさに正論である。

 彼女は年齢的には最年少ながらも委員長的気質のある少女だった。

 実際、モモンガもパンドラズ・アクターを使うことを考えていなかったわけではない。

 しかし、モモンガの作ったNPCは決して組織運営のためではない。

 パンドラズ・アクターは『アインズ・ウール・ゴウン』の形――去っていった仲間達の姿を残すために生み出したものなのだ。

 それが、非常に感情的な答えだというのは分かっている。

 モモンガが口を開こうとした時を、事前に察知したかのようにみかかが先に喋りだす。

 

「……やっぱり、やめましょう」

「えっ?」

「よく考えれば宝物殿を守る守護者も必要ですよね。私達に気付かれず宝物殿に進入できる者がいてもおかしくないんですから」

「………………」

 相変わらず空気を読むのがうまい。

 地雷を踏まない――そもそも彼女は地雷原を見たら引き返すタイプだ。

 それは逆を言えば、あまり内面には踏み込まれたくないということでもあるのだが……。

「ありがとうございます。これは一つ借りということで」

「モモンガさんがそうおっしゃるなら貸しにさせて頂きます」

「はい」

 モモンガは少し浮かれていた。

 かつての仲間と過ごすこの時間が楽しくて仕方なかったのだ。

 この事が二日後にモモンガをおおいに後悔させることになるのだが、そんな未来のことなど今の彼に分かる筈もない。

 

「では、NPCの話は終わりにして次の議題にしましょう。この異世界ですけど、外に出たセバスとお付のナーベラル、現在隠蔽工作中のマーレの体調に異常が見られないことから私達の住む世界よりかなり清浄な環境にあるのでしょう。一応、毒などの耐性がなく、呼吸を必要とするシモベも外に出してみましたけど生息が可能だった事から、私たちの星と同じような惑星だと思われます」

 思われるというのは大気に含まれる成分などを測定する方法がないからだ。

 現在、体調の管理に関しては、魔法と物理の両面から行っている。

 ちなみに物理というのは医学的な側面のことでみかかが行っている。

 彼女は主たる暗殺技能の補助職として毒・薬などの生成と医療技術を取得しているためだ。

「早いうちに何らかの知的生命体を見つけたいですね。それだけでも世界の方向性が定まります」

「世界の方向性?」

「SFなのかファンタジーなのかホラーなのかアドベンチャーなのか、みたいな物ですよ。『アーベラージ』みたいなパワードスーツを着た人達が原住民だとユグドラシルVSアーベラージみたいな話になるでしょ?」

 

 アーベラージ――ぷにっと萌えさんや弐式炎雷さんがはまっていた別ゲームのことだ。

「……そうですね」

 モモンガはみかかの意見に感心しつつ考え込む。

 確かにこの世界にそもそも人間が存在するかのすら分かっていない。

 だが、彼女がいなければ人の姿形をした生物と遭遇した時点で、モモンガは人間と思い込んでいただろう。

 しかし、姿形が似ているからと言っても、それが人間だとは限らない。

 中身がドロドロの粘体かもしれないし、虫の集合体かもしれない。

 元は人間だったが、他の星からやって来た寄生虫のようなものに支配された星かもしれない。

 その可能性を考慮するのとしないのとでは行動方針が大幅に異なってくる。

 そういう意味ではファンタジーを切実に希望したい所だが、それにしても――。

「みかかさんはよく色々考えつきますね」

「いえいえ。こんなの全部どこかで見たアニメやゲームや映画とかの受け売りですよ」

 そういえば彼女は古い映画の話しでタブラさんと盛り上がっていたことがあったような気がする。

「むしろ、モモンガさんのほうが凄いと思います。モモンガ様の時の声の変わりようは正直痺れましたね」

「い、いやぁ――なんか、照れますね」

 若い女子の手放しの賞賛――もしリアルなら少し紅潮していたかもしれない。

「その点、私は駄目ダメです――NPCの子達には笑顔仮面の印象が強いみたいで、凄く不機嫌に見えるみたいで、心配されたり怖がられたりしてるんですよね。まぁ、リアルの時もそうだったんですけど……」

「そうなんですか?」

「………………」

 聞き返したモモンガに対して、みかかは何も答えずに無表情でこちらを見つめてくる。

「………………」

「………………」

 二人はそのまましばし見つめあい……。

「……すいません。降参です」

 モモンガが空気に耐えられず両手をあげる。

 何と言うか、全体的に無気力な印象を受けるのに不思議な圧力を感じてしまう。

「やっぱり、モモンガさんにも怒ってるように見えるんですね? 別に不機嫌なわけじゃないですけど、元々口数が少ないからかもしれませんね。でも、皆の手前、笑顔の練習でもしたほうがいいのかもしれません」

「笑顔って練習するものじゃない気もしますけどね」

「まったくです。どうにかして、笑顔仮面戻ってきませんかねぇ」

 うんうんと頷きながら、みかかは重いため息をつく。

 それは非常に実感の篭ったものだった。

 

(……さあ、どういう返事を返すべきだ? 難しい話になってきたぞ)

 

 女子の機嫌を損ねないような受け答えをしなければならない。

 女性との交際経験がないモモンガにはちょっと厳しい試練だった。

 

「ええっと……」

「モモンガさん。どうかしました?」

(一体、何をどう言えば正解になるんだ?)

 むしろ話を別の方向にぶん投げるべきだろうか?

 色々考えた末、モモンガは話を変えつつ、聞きたかったことを聞くという方向に決めた。

 

「みかかさんは、元の世界に戻りたいですか?」

「えっ?」

 みかかは急に話題が変わったせいで少しばかり驚いたのか、きょとんとした顔でモモンガを見つめる。

「あっ、いや……すいません! そりゃ帰りたいですよね!? なんと言っても異世界ですから!」

 

「その、自分は骸骨なので表情が出ないから色々な面で助かっているんですけど、みかかさんはやっぱり女性ですから自分の顔が変わってしまうというのはショックなのかなと思って――」

 

「――だとしたら、一刻も早く帰りたいでしょうから、パンドラズ・アクターも出したほうがいいのかな、と」

 

「………………」

 モモンガのマシンガントークをみかかは黙って聞いている。

 

(失敗した。なんだ、このテンパった新入社員の営業みたいなトークは)

 

 自分に呆れつつ、最後に一言フォローを入れる。

 

「でも、私は――その顔も、素敵だと思います」

 そして、項垂れるように頭を下げた。

 

「………………むっ」

 

(ああっ、失敗した。やっぱりイラッとしますよね。そりゃ言葉にも出ますよね)

 

 良く考えれば、フォローになってない。

 作り物の顔を褒められて、それで嬉しがる女性はいないだろう。

 みかかは外装職人ではないのから。

 

「意外にいい所を突きますね、ギルド長」

「………………」

 やはり彼女は一刻も早く帰りたいようだ。

 モモンガはパンドラズ・アクターを宝物殿から出すことに決める。

 そうなれば幾つかのワールドアイテムも出したほうがいいかと考え始め――みかかから驚愕の事実を告げられた。

 

「昔からこういう顔です。変わってませんよ、私」

「えっ?」

 モモンガは頭を上げて、少し大人びた表情で笑うギルドメンバーを見つめる。

 

(どういう意味だ? 昔からこういう顔? 変わってない?)

 

 その言葉が脳に染み渡り、何を言っているかを理解して、モモンガは驚きの余り円卓を両手で叩いて立ち上がった。

 

「――はぁっ?!」

 

「でーすーかーらー。私のこの外装は生身のままですって。リアルプレイです」

「リアルプレイ!?」

 外装を作るのではなく現実の自分をそのまま投影するプレイ方法だ。

 電脳法では他人の姿を投影することは犯罪だが、自らの存在であれば問題ない。

 目や肌の色や髪型などを好きに変えられるので、ユグドラシルにも少なからずそういう人物はいた。

 

(だけど――え? う、嘘、だろっ?)

 

 モモンガは驚きのあまりみかかの顔を覗きこむ。

 元の世界では掛け値なしにモデルや映画女優と言っても通じるほどの美貌である。

 ひじょうに手の込んだ外装でさぞかし名のある外装職人に頼んだのだろうと思っていたが……まさか、本人だったとは。

 立ち上がったモモンガを見ておかしそうに笑うと、みかかも立ち上がると指を鳴らす。

 すると、彼女の盛り上がった胸があっと言う間になくなる。

「ま、その――胸はパッドですけど。他は天然物です」

「………………」

 それは知っている。

 あの胸パッド入りの下着はペロロンチーノ渾身の悪ふざけ装備で防御力こそ紙装甲だが、二回攻撃を無効化出来るという特殊な能力がある装備だ。

 

(なんせ、ペロロンチーノさんと一緒に素材集めに行ってたからな。まさか下着を作るとは思わなかったけど)

 

 素材集めが終わり出来上がった装備をモモンガに自慢げに見せつつ「これでみかかさんも、うちのシャルティアと良い勝負が出来ますよ」と言っていたが、あれがプロポーション的な意味だということに気付いたのは、昨日アウラとシャルティアが喧嘩した際の偽乳発言の時だ。

 

(あの時は戦闘的意味合いだと思ってたけど、ほんとにペロロンチーノさんもブレない人だよなぁ)

 

 ちなみにプレゼントした後に「セクハラか!」とぶくぶく茶釜さんに叱られることになった。

 

「それにしても、まさかリアルプレイだったなんて、あまりのショックに沈静化が起きましたよ」

 モモンガの慌てる様子が余程おかしかったのか、みかかはクスクスと笑っている。

「これがぶくぶく茶釜さんに他の人には言っちゃいけないよと言われた私的七不思議の一つです」

 ぶくぶく茶釜の言い分も分かる。

 リアルプレイだと知られたら、ギルドメンバーの彼女に対する対応も変わっていただろう。

 それはギルド崩壊の危機を招いたかもしれない。

 それにしても驚いた。

「しかし、後六つも不思議があるんですか?」

「まぁ、それはおいおいということで。あ、それとさっきの質問ですけど――別に、私は帰りたいとは思ってませんよ?」

 くるりと背を向けてみかかは続ける。

「あそこはもう、私の帰りたい場所ではありませんからね」

「………………」

 当然だが、背を向けたみかかの顔は見えない。

 見せたくないのだろう。

 これほどの美貌を持ちながら、それでも戻りたくない場所とはどんな場所なのかモモンガには分からない。

 

「ま、そういうわけですので――」

 再びくるりと反転し、丁寧に頭を下げた。

「――これからも宜しくお願いします」

「いえ、こちらこそ。宜しくお願いします」

 まるで新入社員が初めましての挨拶をするように互いに頭を下げあい、顔を上げてから笑った。

 ここが何処だか分からないが、一人ではない。

 あの輝かしい時代を共有する友がいる。

 それだけでもモモンガの肩の重荷は随分と軽くなってるのが分かる。

 

「そろそろ一時間経ちますね。では、休憩兼方針会議はおしまい――皆のところに戻りましょうか?」

「そうですね。では、引き続き色々試したりするということで」

 円卓の間は至高なる四十一人の会議に使われていたのだが、この部屋があって良かったと思う。

『この場所は至高なる四十一人のみが入室を許された聖域であり、シモベ達を入れるわけにはいかない』

 そういう体で休憩をすることが出来るからだ。

 現在のモモンガとみかかには近衛兵と身の回りの世話をするメイドが二十四時間体勢で付き添っている。

 何をするにしても視線を感じ、支配者として一瞬たりとも気が抜けない状態であるため精神的な疲労は凄い。

 その為、こうやって毎日決まった時間に円卓の間に集まって、他のNPC達の前では見せない本当の自分達を曝け出すことでガス抜きをしているのだ。

 ユグドラシルもそうだが、やはり仲間がいるのといないのでは全然違う。

 もし、こんな訳の分からない異世界に一人で来てたなら、すぐに支配者の演技に精神的に疲れきってしまう所だっただろう。

 

 その疲れから何かとんでもない間違いをしてしまうことだって十分に考えられる。

 

 未だ謎は多いが、それでも彼女がいれば自分は頑張れる。

 もしかしたら新たな気持ちでユグドラシルをプレイするように未知を楽しめるのではないか。

 そんな楽観的な想いすら、モモンガは心の何処かで抱いてさえいた。

 

 彼女の存在という蝶の羽ばたきが世界に何をもたらすのか。

 もしも、イレギュラーである彼女の存在がなければどうなっていたのかなど、この世界の正しい歴史を知る神にしか分からない。

 

 故にこそ神の目を持つ存在なら分かるだろう。

 

 超越者が過剰投与されたこの世界の歴史は早くも歪み始めていることを。

 




みかか「この姿はリアルの私だったんだよ!!」
モモンガ「な………なんだってーー!!」
ペロロンチーノ「ついでに胸も補正しようぜ」
ぶくぶく茶釜「死刑(はぁと」
 という謎の主人公補正がかかる回でした。

 おめでとう。一話の伏線はここで回収された。

 ちなみに体型はシャルティアと良い勝負――つまり、出るところが出て、引っ込む所は引っ込んでいる。
 ↑
 シャルティアと同じ体型という事はフラットフットという事だ!(つるぺたりん

 プロローグ部分である第一章は今回で終了となります。
 

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