Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~ 作:Me No
純銀の聖騎士が残したもの
異世界に転生されたと仮定してから三日目。
緊急時におけるナザリックの連絡網の作成。
異世界に転移したナザリック地下大墳墓の隠蔽工作。
第六階層でのログハウスの作成など。
それぞれに仕事を割り当てられた守護者達はまさしく身を粉にして働いており、始まったばかりではあるが着実な成果をあげている。
シモベ達が頑張っている以上、支配者である自分達もそれなりの結果を出しておきたい所だ。
そういうわけでギルド長であるモモンガの部屋でモモンガとみかかはそれぞれ鏡と向き合っていた。
《遠隔視の鏡/ミラー・オブ・リモート・ビューイング》
その名の通り遠隔視――遠くのものをその場に居ながら見ることが可能な鏡である。
基本は街などの人通りの多い場所を覗いて、買い物などを手早く済ませることが出来るかを確認するために使われているものだ。
敵地の偵察などに使えるような高性能なものではなく、簡単な魔法で阻害やカウンターマジックを受けてしまうものなのでユグドラシルでは微妙なアイテムと言えよう。
しかし、外の風景を簡単に映し出せるというのは現状ではありがたいものかもしれない。
ただ、そんな遠隔視の鏡の使用方法がユグドラシルと異なり分からなくなっていた。
俯瞰する高さを調整出来れば広範囲を見渡せるのだが、果たしてどう操作すれば出来るのか?
二人はかれこれ数時間。
黙々と鏡の前で指や手を動かして目的の操作方法について試している状態だ。
手で色々と操作方法を試しつつ、みかかはまったく別のことを考えている。
勿論、考えるのは今回の異常事態についてだ。
二日目の円卓の間での休憩時間にも話してはいたのだが、何故、こんな異世界に飛ばされたのだろうという謎については一向に解決していない。
異世界転生――かつて流行を博した物語のジャンルである。
理屈屋なところがあるみかかは説明が出来ないことを嫌う傾向にある。
理解が及ばないのはいい。
しかし、説明がいかないのは嫌いだ。
きっと理由はある筈なのだ。
とはいえ、今回の議題は答えを出すには難問過ぎた。
(たまたま飛ばされた異世界が偶然、自分達の住む星に酷似した大気環境でした。何故でしょう?)
きっとそんな問題を見たら、問題作成者の正気を疑っただろう。
科学が未だ発達し続ける世界において、未だ自分達は外宇宙生命体に出会っていない。
それどころか移住出来る様な大気環境にある星さえ見つかってない。
そんなご時勢にゲームで遊んでいたら、サービス最終日に違う星に飛ばされて、転送先は生命の住めそうな星でした、というのだ。
(さすがに荒唐無稽すぎる。それならユグドラシル運営会社と政府がグルになって五感を再現できるDMMORPGを開発――それが試作段階であるため強制的にテストプレイさせてるほうがマシか?)
それだって荒唐無稽な話だが、すくなくとも異世界――惑星間転移されたと考えるよりはマシだろう。
しかし、仮にこれが人間の仕業だとしても、NPCが人形ではなく魂を持った生命体として機能しており、五感も再現されていることを考えれば、それは一つの世界を作り出したと言ってもいいのではないだろうか?
無神論者だったが、ここまで来ると神なる存在を信じてみたくもなってくる。
自分は高次の生命体に捕らわれ、異世界という檻の中で観察される実験動物になったのではないかと考えた辺りで思考を放棄した。
(う~~ん、無理。現状では答えなんか出せない)
ただ、それがどれだけ難問でも問うことをやめたりはしない。
理解不能な状況でも、理解しようとすることは放棄しない。
(今は起こってしまったことの理由は考えない。だって泣き叫んでも、落ち込んでも現状は変わらない。やれることを最後までやる。今はそれでいい)
そうすれば、命の灯が消える時と場所は選べないとしても、笑って死ねるかどうかくらいは選び取れるだろう。
今はそれで満足すべきだろう。
どの道、考えたところで結論が出せる問題ではない。
「………………」
チラリと視線を横に流すと、黙々と作業を続けるギルド長の姿があった。
「おっ!」
そのモモンガが驚きと喜びの入り混じった声をあげた。
「操作方法が分かりました?」
「ええ。これでバッチリかと」
みかかが褒める前に拍手が鳴り響いた。
部屋に居たセバスと他の近衛に一般メイド――果てはみかかの護衛達が一丸となって「おめでとうございます」と惜しみない賞賛を送る。
やりすぎだろう、とみかかは思ったが皆の賞賛は心からのものだ。
「ありがとう、セバス。皆も付き合わせて悪かったな」
「何をおっしゃられますか、モモンガ様――」
(あっ、この話――長くなりそう)
敏感に空気を察したみかかは二人が話し合う中、自分の鏡でモモンガと同じ動作を行ってみる。
(………………ふむ)
どんどん俯瞰する高さが高くなり、ナザリック周辺の地理が判明する。
そして、村のような光景が鏡に映った。
ナザリック地下大墳墓から南西方向。
感覚的には徒歩なら二時間から三時間くらいで着くのではないかと思う。
近くには鬱蒼とした森があり、村の周辺に麦畑に似た何かが広がっている。
古い映画で見るような田舎の光景だ。
文明的なレベルはそう高くないように見える。
(さてと、じゃあ拡大してみましょうか)
俯瞰しすぎているため、村は見つかったがそこに住んでいるのが人かどうか分からない。
朝も早くから元気なことで家に出たり入ったり、走ったりしている。
(なんか騒がしいな。何してるの?)
一気に俯瞰図を拡大し、みかかは事の真相を知った。
「………………ッ!」
みかかは眼前に広がった光景を見て、奥歯をかみ締める。
ここに住む村人と思われる粗末な服を着た人々を全身鎧で武装した騎士が追いかけ、その手に持った剣で殺していた。
(……厄介なものを見つけちゃったな)
どうするかと悩んでいたところで、みかかは強い視線を感じた。
「みかか様――如何なさいましたか?」
(……鋭い)
感情の変化を気取られたのだろう。
セバスが声をかけてきたので、二人にも見えるように鏡の鏡面を向けた。
「これは……」
セバスの声音に硬いものが混じる。
「……チッ」
モモンガの気配に不快なものが混じった気がして、みかかがわずかに姿勢を移動させて見えづらくする。
フィクションならともかく実際に人が殺されるところを見て、気分が良くなる者はいないだろうという判断だ。
「如何致しますか?」
静かな声でセバスが自分とモモンガに問いかけてきた。
答えなど決まっている。
「「見捨てる」」
二人の言葉は唱和した。
「何故なら助けに行く理由も価値も利益もないからな」
モモンガが自分の言葉に補足説明をつけてくれた。
みかかは心の中で頷いた。
むしろ――現状では決して助けに行ってはならないとさえ言えるだろう。
「――畏まりました」
「………………」
セバスの硬い口調からは二人の受け答えにどういう想いを抱いたかは読み取れない。
みかかはセバスから視線を逸らす。
きっとセバスを作成した彼なら答えは違っていたのかもしれないと思って、何となく罰の悪さを感じたからだ。
「なっ……たっちさん」
そして、モモンガの呟いた言葉に凍りついた。
(まずい。この流れは非常にまずい!?)
視線を逸らしたまま、みかかはモモンガの様子を探る。
超人的な能力を得たせいだろう。
見えてすらいないのに、何かを決心したような気配を感じ取ることが出来る。
(駄目だ――今、モモンガさんを向かわせるのは危険すぎる)
「ギルド長!」
「えっ?」
「私、この村を助けに行きます」
みかかは鏡を操作して、村全体を見渡せる程度に映像を拡大させる。
生きている村人を探すためだ。
それと同時にアイテムボックスからスクロールを一枚を取り出す。
「みかかさん。なら、私も――」
「いいえ。私一人で向かいます――念のためにシャルティアを完全武装で待機させておいてくれますか?」
二人の少女が逃げる姿を視界の端に捕らえた。
「待機って、まさか一人で行く来なんですかっ?! 護衛や後詰の準備が必要でしょう!?」
少女は追いつかれ、破れかぶれか騎士を殴り飛ばす。
そして、妹なのか小さい少女を連れて逃げようとした。
「不要です」
「は? な。何を言って――」
モモンガは途中で言葉を噤む。
「駄目ですよ。ここで借りを返してください」
「………………」
そういって静かに微笑むみかかの顔がモモンガから言葉を奪い去った。
「ギルド長、私に任せてほしい。私には、わずかな勝算と確かに逃げ切れる根拠があります」
数秒の沈黙の後、モモンガは観念したように呟いた。
「分かりました。みかかさんにおねがいします」
もう時間がない。
「はい! どうぞ、みかかにお任せあれ!」
ただちにスクロールを発動させる。
《上位転移/グレーター・テレポーテーション》
みかかに転移魔法は扱えない。
そして、スクロールは本来その魔法を扱うことが出来るクラスを保有していないと発動しない。
しかし、一部の盗賊系クラスの特殊技術があればその限りではない。
その一部の盗賊系の特殊技術をみかかは保有していた。
本来であれば転移失敗率0%の《転移門/ゲート》を使用したいところだが、あれは一定時間行き来できる場を作ってしまう。
もし、自分がなす術もなく殺されれば、転移門を通じてナザリックの皆が虐殺される可能性もある。
《上位転移/グレーター・テレポーテーション》なら、その心配もない。
本来なら転移阻害やカウンターマジック用の対策を行ったうえで発動すべきだが時間がない。
そこは賭けだ。
そして、結果的にみかかは命を代価にした賭けに勝った。
無事に転移は成功し、視界が変わる。
みかかの眼前に広がる光景は、まさに命を奪われんとする絶体絶命の窮地だ。
妹と思われる少女を守るように抱きしめつつ、決死の覚悟で騎士を睨む栗毛色の髪の姉の視線がこちらに向いたのを感じる。
騎士はまだ数メートル後ろにいる自分に気付いていない。
即座にみかかは己の武器を取り出した。
「かつて神をも殺したこの刃!」
叫んだのはこちらに注意を引くためだ。
「なにっ?!」
剣を振り上げた騎士の背中がびくりと跳ねて、こちらを振り向いて慌てふためく。
「その身に受けて、悔い改めよ!」
みかかは騎士目掛けて渾身の力で手に持った武器を投げつけた。
それはホラー映画はもちろんこと、アクションやサスペンスなどの様々な場面で、本来とは異なる目的で愛用されてきた物騒極まりない道具だ。
一言で言えば丸型ノコギリ――円形のチェーンソーである。
直径一メートルはある金属製の刃は、みかかの手から離れた瞬間、駆動音という名の咆哮を上げて在り得ない加速と高速回転をしつつ獲物に襲い掛かる。
「はっ? えっ? な、なに?」
自らに迫る高速回転する致死の刃。
そんな物を未だ見たことのない騎士は起こった事態が飲み込めず間抜けな声を出すばかり――。
瞬間、何の手応えもなく回転鋸の刃が騎士の脳天から股下を走り、その身体を真っ二つに引き裂いた。
(一撃で死んだ? いや、それなら尚、良し!)
予想外の手応えを前にして、思わず拳を握ってガッツポーズを取る。
伝説物級武器『ティンダロスの猟犬』
見ての通り投擲型武器であり、みかかの主力武器を補佐する副武装の一つだ。
ユグドラシルにおいてはMPを消費する代わりにターゲットを決めて投げると一定時間ごとにAIによる自動攻撃を行うというもので、欠点は武器がある程度のダメージを受けると地面に落ちて拾われ奪われてしまうことだ。
利点は自動で攻撃してくれるので自分は両手に武器を持って戦うことが出来る。
みかかが本気で戦うときより二段階低いこの武器を使ったのは、当初はこれを囮にして逃げるつもりだったのだ。
しかし、予想以上に相手が弱いことに助けられた。
そして、この武器――遠隔視の鏡のように、ユグドラシルとは異なる性能を有しているようだ。
高速回転するノコギリの刃と自分に繋がる線のようなものを感じる。
理由も根拠もなく――この武器は自分の意思に従うのだと理解した。
「おいで、ティンダロス」
思念を送ると、まるで飼い主に呼ばれた犬のようにみかかの元に戻り、はしゃぐように自らの周りを飛び回っている。
どうやら、この世界ではAIが意思に変化したようだ。
(おおっ。なに、これ――可愛い!!)
人の身体など簡単に両断してしまう物騒極まりない忠犬が誕生した瞬間だった。
「ティンダロス、ステイ。よーしよし」
さらに思念を送ると、回転ノコギリの刃はピタリと回転を止めて、ゆっくりとみかかの手に収まる。
そこには決して主を傷つけまいとする優しさすら感じられた。
ユグドラシルの時は自動攻撃AIの作成がうまくいかず、正直イラッとするところのあった武器だったが、今は違う。
ひじょうに便利で素直な武器になり、不思議と愛着が沸いてきた。
無論、それが異常であることは理解している。
自分の身を守る刃を信頼するのは当然だろう。
しかし、この可愛い猟犬は先程、人を無残に殺した殺人機械だ。
人を殺してもなんとも思わない自らの心の変化が少しばかり残念だと思う。
元々、ホラーゲームも遊んだりしたし、ホラー映画も良く見る方なので残虐シーンには耐性はあるつもりだ。
しかし、これは現実だ。
濃厚に香り立つ血の匂いと胃液と消化物が混じった不快な匂い――解体されてそこら中に散らばった臓物のグロテスクさは作り物ではない現実さを訴えかけてくる。
通常であれば目を背けるようなものだと思うが、今はむしろ――少しばかり気分が高揚している感じさえする。
特に血の匂いに、堪らなくそそられる。
地面にぶちまけられた大量の血液とその血の匂いが、まるで高級ワインに見えてきた。
それに吸い寄せられるように一歩を踏み出したところで、正気に戻った。
(一体何を考えてるんだ、私は。血に酔うな、力に溺れるな)
焦りは失敗の種であり、冷静な論理思考こそ常に必要なもの。
ギルドメンバーであるぷにっと萌えの言葉を思い出して、自らを律する。
物言わぬ死体に釘付けになった視線が横に逸れた。
(敵感知……こっちに来てる!)
近くにある家の脇から新たな騎士が現れたからだ。
大方、ティンダロスのエンジン音を聞きつけたのだろう。
暗殺者である自分がこんな爆音を轟かす騒音武器を使う理由の一つに、その音で人をおびき寄せることがある。
騎士は危険極まりない見た目の回転ノコギリを凝視した後に、転がった死体を見つけ、わずかに後退する。
(――弱いな、こいつ)
最初の戦闘では調べる時間がなかったが、余裕のある今は違う。
探索役であるみかかの特殊技術が相手の力量を教えてくれる。
腕の良い魔法詠唱者が使う偽装魔法でも使ってない限り、みかかの目は欺けない。
「やりなさい、ティンダロス!」
瞬時にうなり声をあげて殺戮の刃は騎士に向かい、悲鳴をあげて逃げ出そうとする騎士をバラバラに切り刻む。
特殊技術の敵感知には反応がない。
とりあえずこの場の安全は確保出来たようだ。
(それに、どうやら予測も当たったみたい。本当に良かった)
村が襲われるのを見て、ここに来ることを決意するまでの短い時間でも色々な情報が知れた。
もしかしたら、勝てるかもしれないという予感はあったのだ。
まず第一に騎士達の身体能力だ。
全身鎧を着ているとはいえ、村人を追いかける彼らの身体能力は劇的な差はないように見えた。
あの程度の足の速さなら、みかかは少女達二人を抱えてでも走って逃げ切れる自信がある。
そして、そんな身体能力で振るう剣なら大して威力はないだろうとみかかは思った。
無論、村人の防御力が桁外れに高く、騎士の剣は異常に切れるという可能性もあったのだが、身体能力が大幅に上回っている時点で相手の攻撃を受ける可能性は低く、十分に御することは可能だと判断した。
さすがに何の根拠もなしに助けにいかないし、逃げ切れる自信もなかったら全力でモモンガを止めていた。
彼はギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド長であり、ナザリック地下大墳墓の主人なのだ。
感情で物事を判断してはならない立場にある。
もしもここで無残に散った時――確信を持って言えるがナザリックの全NPCは無謀な特攻を挑むだろう。
そこに勝てる勝てないなど関係ない――彼らの忠誠は狂信の域に達している。
そんな一心不乱の忠誠を受ける身としては自殺志願兵を作るような危険は見過ごせない。
仮に勝てたとしても立場が危ういことに変わりはない。
困ってる人を見たら助けるのは当たり前だと思うのはこちらの勝手な価値観で、困ってる人を見たら殺すのが当たり前な世界かもしれない。
そんな狂った世界でなくとも、この虐殺には意味があるのかもしれない。
なんにせよ、村を襲った騎士を殺した時点で何らかの組織的存在に喧嘩を売ったのは事実だ。
(……どこかで落としどころを見つけないと、もしくは自分で何とか出来る算段がつかないとジリ貧必至だわ)
仮にここで騎士たちを全滅させれば、さらに大規模な討伐隊を用意されるかもしれない。
最低でもこの村を調査しようとするだろう。
そうなれば、この村の近郊にあるナザリック地下大墳墓が発見される可能性が高くなるし、その時に抗争して勝てるとは限らない。
騎士は雑魚だったが、そのバックには自分達など単騎で滅ぼしつくせるほどの強者がいる可能性だってある。
それが現時点で考え得る最悪のパターンだろう。
どう足掻いても勝てない存在がいる集団の邪魔をし、あまつさえ喧嘩を売った自分の末路がどうなるかなど考えたくもない。
(ここはもう、賭けるしかない)
まず第一に、自分達と変わらない価値観を抱く連中のいる世界であること。
これが最重要だ。
こちら側の良識を理解してくれる存在があれば、誰かは味方をしてくれる――筈だ。
第二に、この騎士風の男達に敵対する勢力がいてくれること。
これも重要だ。
騎士のバックにナザリック陣営では勝ち得ない存在がいても、対抗する組織があるなら、その庇護下に入ることが出来る。
第三――ある意味では、これも重要なことになる。
これが駄目なら、この異世界で生きていくこと自体が困難を極めることになるだろう。
それだけに最初に確認しておかなければならない。
みかかは意を決して、歩き出す。
向かう先は腰が抜けたようにしゃがみ込み、ガタガタと震える姉妹の元だ。
みかかは座り込んだ姉と目線が合うようにしゃがみ込んでから言った。
「ねえ、貴方――私の言葉は分かる?」
みかか「なんかこのぶちまけられた血とか美味しそう」
エンリ「………………」
次回ははじめての異世界・異文化交流の回です。