Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~ 作:Me No
その日、カルネ村の村娘であるエンリ・エモットは人間が解体されるところを目撃した。
人が死ぬところは今日だけで何度か見た。
同じ村の住人であるモルガーさん、少しうるさいが気立てのいい彼は剣で斬られ、倒れた所にさらに剣を突き立てられて殺されてしまった。
そう、殺されたのだ。
だが、今目の前に転がっている騎士は違う。
エンリはほんの数分前のことを思い出す。
エンリに殴られ激情した騎士が剣を振り上げる。
背中を斬られたショックで地面に尻餅をついている自分では到底剣を避けることなど出来ない。
自らの腰にしがみつく妹もいるのだ――最早、自分が生き残る手段はない。
だが、諦めきれない。
決して屈しないと騎士を睨みつけて、在り得ないものが見えて眉を寄せた。
騎士の後ろにいつの間にか若い少女が立っていた。
本当に若い――自分と妹の間くらいの年だろう少女だ。
「かつて神をも殺したこの刃!」
「なにっ?!」
いつの間にか背後を取られた騎士は慌てて振り返る。
そして、そのまま凍りついたように動かなくなった。
それもそうだろう。
見た目エンリより若い少女が左手に持った物騒極まりない大型の刃を今まさに投げつけようとしているのだ。
「その身に受けて、悔い改めよ!」
瞬間、大気がビリビリと震えた。
そんな錯覚。
エンリが今まで生きてきた人生の中で耳にしたことのない異様な叫び声。
それは決して少女のものではない――大型の刃が吼えたのだ。
「はっ? えっ? な、なに?」
武器が吼え声をあげたのだ――騎士の間の抜けた反応もおかしくない。
エンリだけでなく腰にしがみついてた妹のネムもいつの間にか顔をあげて、その光景に魅入られていた。
だって、御伽噺ですらそんな武器の話しを聞いたことがないのだ。
地面すれすれを走る刃が騎士の前で大きく跳ね上がり、頭上から迫る。
それはまるで獲物に飛び掛ろうとする狼のような動きだった。
(いけない?!)
瞬間、エンリの第六感が働き、妹のネムを抱きしめる。
「うわっ!」
高速回転する刃を騎士は剣で受け止めようとしたのだろう――その剣を手応えもなく切り裂き、高らかと更なる吼え声をあげて、刃は騎士を護る鎧ごと脳天から真っ二つに切り裂いた。
回転した刃のせいだろう――エンリの頬や服の至る所にピタピタッと跳ねた血がこびりつく。
(えっ? えっ?)
エンリの視界が灰色に染まって行くような感覚の中、ゆっくりと騎士の身体が左右に倒れていく。
幼馴染であり、博識な友人であるンフィーレアに話せばきっとこう言って笑われるだろう。
「エンリ――人の身体は一つだ。左右に倒れるなんて出来やしないよ」
と。
出来るのだ。
簡単だ――身体を真ん中から二つに引き裂いてやればいいだけのことだ。
ドサドサッと音を立てて、二つの身体が地面に倒れて一人の人間が死んだ。
「ひ、ひぃ」
あまりの恐ろしさに妹の身体を抱きしめつつ、エンリは瞳を閉じた。
しかし、見える。
瞳を閉じたのに見えてしまう。
チラリと見えてしまった人体の断面図が、見たこともない人の身体の中身が、エンリの網膜に焼き付いたまま消えてくれない。
それどころか何度も何度も――切り裂かれて倒れる所を忘れないようにと繰り返し再生してくれる。
とてつもない恐怖は冬の厳しい寒さとなってエンリを身体の心から凍えさせ、歯の根が合わずガチガチと音を立てて震えさせる。
(し、しししし――し、失礼だわ。あ、あの、あの、あの子は、わわ、わ、私を助けようとしてくれくれ、たん、だからっ!!)
ブルブルブルと震えながら、エンリは片目を開く――勿論、死体から目をそらしてだ。
「………………う、そ」
そして、信じられないものを見た。
見てしまった。
会心の笑みを浮かべて拳を握る自分より幼い少女の姿を。
(な、なんで? そんな……人を殺してるのに、どうしてそんな嬉しそうに笑えるの?!)
震えは止まり、今度はまるで蛇に睨まれた蛙のように凍りつく。
あまりのショックに意識が真っ白になってしまって動けない。
そんなエンリを無視して異様な光景は続いていく。
「おいで、ティンダロス」
人を殺した刃が自分の周りを回るのを見て、どうしてあんなに嬉しそうな顔が出来るんだ!?
「ティンダロス、ステイ。よーしよし」
左手の少し上でピタリと止まる刃――それを、どうしてあんな物に自分が妹を見るかのような視線を向けられる。
まるで悪夢の世界にでも迷い込んでしまったようだった。
怖い。
死体を見つめる少女の瞳は爛々と輝いている。
強烈な違和感を感じる。
あの目は何だ?
あれはひどく場違いな感情を抱いた目だ。
そう、まるで……まるで。
(好きな食べ物を出された時の、妹のような?)
自らの想像にエンリは吐き気すら覚えた。
嫌だ、あの騎士なんかより少女はずっと怖い、これ以上見たくない、早く消えてなくなって欲しい。
そんなエンリの胸中など気付くこともなく、少女の瞳がギラリと輝くと後ろを振り返る。
やや遅れて、近くにある家の脇から新たな騎士が現れた。
新たに現れた騎士は、少女の手の上に浮かぶ刃と死体を見て怯えたように後ろに下がった。
少女は背中を向けたまま立ち止まっている。
左手に浮かんだ刃も動こうとしない。
顔が見えないのが恐ろしい――少女は一体、どんな表情を浮かべているのだろう?
「やりなさい、ティンダロス!」
そう思った瞬間、刃が怒号をあげて回転する。
「い、嫌だ! た、たすけ……」
背中を向けて逃げ出した騎士が三歩も歩かぬうちにバラバラに切り刻まれて落ちる。
あまりにあっけない最後だった。
少女は人を二人殺したというのに、動揺することもなく、なんだかつまらなそうな顔を浮かべている。
きっと人なんか殺しなれているのだろう。
この村に住む猟師や一部の男性は生きた獣や家畜達を平然とした顔で捌いてしまう。
エンリがまだ小さい頃に、どうして平然と生き物を殺せるのかと父親に聞いたことがある。
父親は彼らは生きるために仕方なく家畜を殺しており、決して殺したいからしているのではないとエンリに時間をかけて丁寧に教えてくれた。
あれから成長したエンリも、今ならば何故かは分かる。
生きるためというのもあるだろうが、慣れたのだろう。
家畜の断末魔の悲鳴など聞き慣れてしまって何とも思わないのだ。
少女も、きっと同じだ。
そして、自分達の番がやってきた。
自分達を見据えて、真っ直ぐにこちらにやってくる。
凍り付いていた意識が死の恐怖から全身の震えを呼び起こした。
抱かれたままのネムも震え上がる姉の様子を感じて、泣きながら姉の腰にしがみついていた。
「………………」
魔獣の鳴き声を発する刃を連れた少女が腰が抜けて動けない自分を見下ろす。
とんでもない美人だが、自分を見る目はあまりにも冷たい。
礼を言わねば、いや、妹の命だけでも助けてもらえるように懇願すべきか?
早く言葉にしなければならないのに、歯の根が合わず声も出てこない。
少女はストンとしゃがみ込んで、自分の瞳をしっかり見据えて口を開いた。
「ねえ、貴方――私の言葉は分かる?」
今が千載一遇のチャンスだ。
これを逃せば一瞬で殺される。
はい、と口を開こうとして大きく息を吸い込んだのが失敗だった。
強烈な死臭が鼻腔に大量に流れ込んでくる。
余りの生臭さに、エンリは言葉を発することも出来ず、その場で嘔吐した。
◆
(何なの!? よりにもよって、人の顔を見てリバースしたわよ、この村娘?!)
咄嗟に後ろに飛びのいて、顔を背ける。
こういう時に大幅に強化されてしまった自分の六感が恨めしいと思う。
耳は嘔吐する音を繊細に捕らえ、鼻腔をくすぐるすっぱい匂いに思わず服の裾で口と鼻を覆う。
吐いた姉に釣られてしまったのか妹もリバースしたようだ。
(人の顔を見てリバースするとか失礼すぎるでしょうに……)
最悪の展開だ。
この世界の人間にとって自分の顔は吐き気を催すほど醜悪なのだろうか?
そんなに二人と変わらないと思うのだが、整形しすぎて気持ち悪いレベルなのかもしれない。
もしくは、人を助けることは忌避される行為なのか。
(もしくはこれが最大級の礼だったりするのかしら? だとしたら嫌過ぎるんだけど)
ともかく、自分達とは価値観が大きく異なる世界なのかもしれない可能性に胃の辺りが重くなるのを感じる。
(はぁ……もう、どうしよう。なんか言葉も通じてるんだか微妙そうだし)
普通に考えれば明らかに自分の国とは異なる容姿である少女達と言葉が通じるはずがない。
むしろ、異世界に来て自分達の言葉が通じるなんて夢にも思っていない。
初めての異世界人との交流開始だ。
「あ、あの――だ、大丈夫ですかぁ?」
三歩ほど大きく後ろに下がりつつ聞いてみる。
返事はない。
こちらに背を向けてぜえぜえと荒い息をつく姉の背中には血が滲んでいた。
どくんと。
自分の胸が大きく鼓動を打つのを感じた。
(はっ? ん? 今の反応は何?)
自らの身体の反応に思わず首を傾げてしまう。
(えっ? 今、私……あの村娘に対して、ちょっと不適切な想像をしなかった?)
やまいこさん辺りに話せば「教育的指導」のお言葉と共に拳骨を喰らいそうな妄想だった。
(随分と倒錯した性的思考だったけど……やっぱり暴力に酔ってるのかしら?)
どうもこちらの世界に来てから、普段の冷静さを失う機会が多い気がする。
初めてのリアルデスゲームだから仕方ないのかもしれない。
(とりあえず友好的な関係を築くためにも怪我の治療をしてあげますか)
自分の特殊技術では周囲に敵は感知できない。
今ならば問題はないだろう。
そう判断して、みかかは武器をしまうと少女に近づいて、その傷口に手で触れた。
「痛っ……」
「ん?」
今、この村娘は自分達と同じ国の言葉を喋らなかったか?
いや、痛むときの口調なんて万国共通、ではなかった気がするが無視して医療系の特殊技術を発動させる。
対象の損傷回復と傷口の縫合――この程度なら低位の技術で十分治療可能だ。
「治したけど――どう、まだ痛む?」
言葉が通じないことを考慮して、傷口辺りを手の平で軽く叩いてやる。
「………………」
少女は信じられない物でも見たかのように目を開いて、こちらを見ている。
それから左手で傷口を確認するように何度か触った。
「そんな……どうして?」
「んっ? ねえ、貴方。もしかして、私の言葉が分かってるんじゃない?」
「は、はい! すいません!! 分かります! ご、ごめんなさい……まさか、助けてくれるなんて思わなくて」
「………………」
助ける以外に何をするというのか、と突っ込みたいところだが、それよりもだ。
(やっぱり言葉が通じてるのか……一体どういう世界設定なんだ、ここは?)
ようやく会えた知的生命体に対して問い詰めてやりたい所だが、今は他に優先すべきことがある。
「その手も怪我をしてる。ちょっと見せなさい」
少女の返事を待たずに傷ついている右手を握り、治癒能力を発動させる。
「どう? まだ痛む?」
「いえ、大丈夫です。もしかして、貴方は魔法使い様なのですか?」
「そうよ、旅の魔法使い。ええっと……知ってるなら教えて。何で貴方達は襲われてるの?」
「わ、分からないです。でも、もしかしたら帝国と戦争をしているので、そのせいかもしれません」
「……ああ、そう」
詳しく聞きたいところだが、理解するまでに長くなってしまいそうだ。
ならば、今は救える者を救うほうが先決だろう。
「私はこのまま村を助けに行く。貴方達はここで隠れてなさい。後で聞きたいことがあるからそのつもりでいて頂戴」
「村を、助けに? まさか、助けて頂けるんですか?!」
なるほど。
ここまで不思議そうな顔をするということは、人を助ける行為自体が相当珍しい行いなのだろう。
そして、この嬉しそうな顔から察するに良い行いであるようだ。
「誰かが困っていたら助けるのは当たり前、よ。そうでしょう?」
ここは恩を売るべくしたり顔で例の台詞を決めてみる。
「そ、そんな……私、なんてことを」
どうやら選んだ答えは正しかったようだ。
目に見えて少女の好感度が急上昇したのが分かった。
(最初は見捨てるつもりだったけどね。でも、良い感じに異世界交流出来てるじゃない)
「ただ貴方達が襲われるかもしれないから、ええっと……これをあげるわ」
気を良くしたみかかは昔、ぶくぶく茶釜さんから「お嬢ちゃん、お小遣いをあげよう」と言って貰った大量のアイテムから一つの角笛を取り出して少女の手に握らせる。
「その笛は吹いたら貴方の命令に従うゴブリンって小鬼がなんか適当な数出てくるものよ。危なくなったら使いなさい」
「こんな物まで、あ、ありがとうございます!」
「かまわないわ。最後に一つ、もし凄く大きな音が鳴ったらその時は隠れてないで逃げなさい。私が失敗した時の合図よ」
「………………」
みかかが話してる間にも少女の瞳にどんどん涙がたまっていく。
「心細いかもしれないけどもう少し我慢なさい。私がこうしている間にも人が殺されてるのよ?」
「……お願いします。私が自分勝手なことは、十分に承知してます。だけど、貴方様にしか頼ることが出来ません! お願いします。どうか、村の皆を……お父さんとお母さんを、助けて下さい」
「………………」
少女の必至の願いが胸に刺さった。
自分はこの村を見捨てる選択を選んだ――今もそれが正しいことだと思ってる。
その事を少女は知る由もない。
だから、見当違いの感謝を自分に向けている。
「了解した。私に出来る範囲のことはしてあげる」
少女が向ける尊敬と期待の眼差しに気まずいものを感じ、みかかは背を向けて行動を開始した。
「ありがとうございます、ありがとうございます! あの、お名――」
「それは後の楽しみにとっておきなさい」
思い切り土を蹴り、疾風の速度で駆ける。
少し時間をかけすぎた。
一体何人の村人が生き残っているだろうか。
みかか「せんせー。あそこの血塗れの村娘をリョナリョナしていい?」
やまいこ「ここはR15だから駄目だよ? 後、教育的指導!(女教師戒めの拳骨」
みかか「と、言うわけで助けに来たわ。だって、誰かが困っていたら助けるのは当たり前だから!」(どやっ!)
エンリ「どー考えてもオーバーキルだし、死体を見つめる瞳も異常だったけど、本当は優しいサイコさんなんですね、素敵!」
という回です(ひどい