Overlord of Overdose ~黒の聖者・白の奴隷~ 作:Me No
「……良し」
ありったけの課金アイテムと第十位階魔法を封じたマジックスクロールにワンド、魔封じの水晶を即座に使用出来るようにセットする。
ユグドラシルなら、例え攻略適正レベル100のダンジョンにいるエリアボスと対峙したとしても十分間は耐えられると確信する大赤字覚悟の装備である。
この世界が蘇生魔法が適用されるかどうか分からない以上、ここで出し惜しみするのは愚の骨頂だろう。
戦闘だけではなく、交渉に対する備えも行っている。
毒物生成の特殊技術の中に特殊な気体を精製、散布することで様々な効果を生じさせるものがある。
階層守護者のアウラが持つ強化・弱体化の吐息と似たようなスキルだ。
みかかが使用しているのは交渉を有利に働かせるもので、ユグドラシルならNPC相手の商談やクエスト時の会話選択にボーナスが発生するものだった。
医療技術と同じく、このスキルもナザリックでは試していない。
ナザリックのシモベ達は交渉の必要がなく簡単にみかかの要求が通るためだ。
その為、この特殊技術が役に立つかは分からない。
(……交渉か。上手くいくといいんだけど)
みかかは左手で十字を切り、両手を合わせて祈りを捧げる。
(主よ、助けてくれとは申しません。私の邪魔をしないで下さい)
どれだけ理不尽な困難や苦境に襲われようと神にだけは助けを乞わない。
そういう者の末路は判を押したかのように悲惨な最期を迎えるものと相場は決まっている。
拳を握り、開く……その手は緊張のせいか痺れるような不快感を伝えてきた。
心を落ち着かせるべく天を仰ぎ、大きく息を吐く。
すでに遠隔視の鏡でこちらに向かってきている王国戦士長と思われる騎兵の集団を見つけている。
かなり近い――もうすぐ、この村に彼らはやってくる。
(王国戦士長がまともな人物であることを祈るばかりだ)
カウンターマジックを受ける危険性を考慮して、かなりの高度から位置を確認しただけなので相手の力量も装備も分からない。
王国、そして法国がどのような国か分かっていない現状では友好的な関係を築くべきだろう。
そのためには周辺国家の状況を詳しく知る必要があるが、必要な情報を満足に得られていない。
治療に時間を費やしたためにろくな一般常識すらおぼつかない状態だ。
近くの森に逃げ込むという案が却下されたのも痛い。
村を護る壁などがない状態だったので、近くの森には危険が少ないと予測したのだが……まさか、近くに魔獣が住んでいるが今まで襲われなかったから大丈夫だろうという楽観論だったのは驚きだった。
(でも、あの村娘と約束しちゃったし……可能な限り助けないとね)
流れる雲をぼんやりと眺めていたみかかの元にこちらに向かって走ってくる足音が聞こえてきた。
「……サエグサ様!」
村の中央にある広場で座りながら天を眺めていたみかかの元の声が聞こえてきた。
どうやら村人もこちらにやって来る人影に気付いたようだった。
「……来ましたか」
みかかは立ち上がって、村長のほうに身体を向ける。
「はい。如何致しましょう?」
(私は別に村の人間ではないのだけどね)
みかかの視線の温度が下がったことも気付かず、村長はこちらを心配そうに見つめてくる。
「そうですね。私と村長はここで待ちましょう。他の生き残りの方は広場の後方に待機するということで」
「分かりました」
村長が一人の男に指示をし、男は広場にあった鐘を鳴らして村人を集めて指揮を執る。
騎兵の集団が来るまで、もう少し猶予はありそうだ。
みかかは村長に問いかけた。
「村長。法国の騎士の遺体はどうしましたか?」
「は、はい。サエグサ様のご要望通りに遺体は一箇所に集めてあります。彼らの持ち物と軍馬はいつでもお渡し可能です」
「ありがとうございます。何分、派手に殺したので、さぞ御不快だったでしょう? 皆様の治療代ということで了承頂けると助かるのですが……」
頭を下げたみかかに村長は慌てた。
「そんな、どうか頭をお上げください! 多くの者が命を救われたのですから、これくらい当然のことです!」
「そうですか。何にせよ御好意に感謝致します」
現実でのドロップ品漁りは精神的にくるものがあるな、と思う。
少なくとも自分はバラバラ死体などから持ち物を漁るのは嫌だ。
ユグドラシルとは違い、相手の持ち物を全て奪えるのは喜ぶことなのかもしれないが。
そんなことを考えていたみかかに村長の不安そうな声が聞こえた。
「大丈夫、でしょうか?」
緊張した面持ちの村長にみかかは気楽な口調で話しかけた。
「大丈夫ですよ。もし襲われそうになったらどうにかしてあげますから」
そういって広場の中央にある少し高くなった木製の台座に腰掛ける。
まるで緊張していないみかかを見て、村長もわずかだが笑みを浮かべた。
彼も腹をくくったのだろう。
やがて馬に騎乗した戦士達がゆっくりとこちらにやってきた。
(武装に統一性がない。しかも、数が少ない――斥候部隊かな? いや……)
二十名と少しの騎兵の中で一人だけ明らかに他の連中とは違う印象を持つ人物がいる。
暴力を生業とする者の獰猛な雰囲気と言うか、全体的な印象が堅気ではないと訴えかけてくる危険な空気を纏っていた。
現にみかかの特殊技術でも明らかに他の連中とは違う強さを持っている。
だが――。
(それでも、レベル的には弱いのだけど……)
一人だけ狩場に似合わない強さを持った敵、いわゆるエリアボス程度の認識だ。
騎士達は村長とみかかの前で見事に整列し、最も強いと判断した男の乗った馬が一歩前に出てくる。
男は村長を軽く一瞥し、台座に座ってぷらぷらと足を揺らす自分を見つめた。
いつもの笑顔仮面――出来ているかどうか知らないが、しまりのない笑顔を浮かべて相手と視線を交える。
「………………」
「………………」
鋭い視線だ。
隣にいる村長はわずかに怯えている。
どうやら眼を飛ばしているようだが、この手の視線による恫喝は稼業の絡みで慣れたものなのでニマニマと笑いながら受け流す。
男はしばらくこちらを見つめていたが満足したのか視線を外した。
「――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を退治するために王の御命を受け、村々を回っているものである」
静かで渋い声だ――モモンガの声の方が断然好みなのだが。
(それにしても……本当に、王国戦士長だったか)
騎士たちの装備は統一性がない。
それぞれ多種多様な装備をしている――騎士や部隊というのは装備を統一するものだと思っていたが、この世界がユグドラシルに酷似しているなら、こちらの方が理に適っていると言えるかもしれない。
斬撃武器に耐性を持つ敵と遭遇すれば、単純に剣を用いるだけでは苦戦は免れない。
その点、ここにいる連中は多種多様な装備をしている為、様々な状況に幅広く対応できるだろう。
一人一人の強さも法国の騎士より王国の騎士の方が上だ。
(でも――何故、こんなに人が少ないんだろ?)
そんなみかかの胸中を他所にガゼフは村長に問いかける。
「この村の村長だな? 横にいるのは誰か教えてもらいたい」
「それは……」
「それには及びませんわ」
みかかが手で村長を制して、ぴょんと台座から飛び降りる。
「はじめまして、王国戦士長様。私はミカ・サエグサ。この村が騎士に襲われておりましたので助けに来た旅の者です」
尼僧服の裾をつまみ、腰を曲げて頭を深々と下げ、膝も深く曲がっている。
カーテシー。
ヨーロッパの伝統的な挨拶であり、偶然にもこの世界の貴族社会でも通じる伝統的な挨拶だった。
周りの騎士達に動揺が走っている。
まるで機械の如き正確な所作――何千、何万回と行っただろう大貴族に匹敵する作法。
それを行う少女が辺りにまだ残っている大量の血痕を作り出した当人だと言うのだ。
「やはりか。それにしてもあなたのような方が……失礼」
口上の途中でガゼフは馬から飛び降りる。
そして、重々しく頭を下げた。
「この村を救って頂き、感謝の言葉もない」
再び騎士達の間に動揺が走り、今度は村長も加わっていた。
「………………」
みかかは笑顔仮面を維持することに神経を使いながらも、得られる情報を必至に分析するために頭を回転させる。
どうやら周りの反応から察するに、騎士が頭を下げるのは相当珍しいことなのだろう。
(中世的価値観なのかしらね、多分)
だとすれば、どの程度の地位にあるかは知らないが、普通人とは異なるガゼフが何処の誰とも知れない自分に頭を下げるのは彼の人柄が良いからなのだろう。
「いえいえ。ただの通りすがりですからお気になさらず」
「通りすがり? 随分とお若いようだが、その年で冒険者でもされているのだろうか?」
「冒険者? そうですね……それに近いものですわ、戦士長様」
「………………」
ガゼフの視線がみかかの頭からつま先まで一巡した。
そして、疑問を感じる。
着ている尼僧服と高価そうな皮製のブーツは、まるで卸し立ての新品に見えたからだ。
「ふむ。かなり腕の立つ冒険者とお見受けするが……寡聞にしてサエグサ殿の名は存じ上げませぬな」
「遠方からやって来たものですし、名を売りたいとも思っていませんので当然かと」
「そうか。遠方から……その髪から察するに南方の生まれかな?」
「……あら? そういえば髪の色が同じですね。もしかして戦士長様は南方の出なのでしょうか?」
みかかは質問には答えずに問い返す。
南方の話を広げられても答えられないからだ。
「いや、私は王国生まれ王国育ちだ」
「そうなのですか。もしかしたら、生まれが同じかと思ったのですが残念ですわ」
嘘ではないが真実でもない答えで煙に巻く。
この手の話題がもうしばらく続けば、馬脚も現れただろう。
だが、みかかにとっては幸いなことに話はすぐに本題へと向かった。
「ところで大変申し訳ないのだが、村を襲った不快な輩について詳しい話を聞かせて頂きたい」
「それはむしろこちらからお願いしたい位です。真実かどうか分かりませんが、相手の目的も聞き出してあります」
「ほう。もしや、何人か捕らえておられるのだろうか?」
「いいえ。村を襲った騎士は全員一人残らず殺し尽くしました」
「………………」
わずかだが、金属鎧の擦れる音が響いた。
音の原因はガゼフの配下である騎士たちだ。
「殺し尽くした、か。それは貴殿が行ったのかな?」
「むしろ、それ以外の答えが存在するのならどういう物なのかお聞きしたいのですけど?」
みかかとしては単なる好奇心だったが、騎士達には挑発に聞こえたようだ。
わずかに険のある顔を浮かべる者もいた。
「確かに仰るとおりだ。それにしても、その若さで帝国の騎士を倒す腕を持つとは余程優秀な魔法詠唱者のようですな」
「ありがとうございます」
ガゼフの見当外れの答えにみかかは胸中で冷笑を浮かべた。
ユグドラシルであれば、見た目の年齢など強さに何の影響もしない。
それこそ、みかかより幼い姿の強者など吐いて捨てるほどに存在する。
だが、ガゼフの発言から推測するに、この世界は見た目や年齢と強さが一致するようだ。
そして単純に無手であることから魔法詠唱者と判断したなら単純すぎる。
(ブラフの可能性もあるけど、これなら大丈夫。少なくとも、この男より私は圧倒的な強者だ)
この世界の理解が足りてない以上、未知数な部分はあるだろう。
だが、それを考慮しても油断せずに対処すれば恐ろしい相手ではないと確信した。
これで自らの身の安全は確保された。
後は上手に交渉を進めるだけだ。
「では、椅子にでも座りながらゆっくりと聞かせてもらおうか。それと時間が時間なのでこの村で一晩休ませてもらいたいと思っているのだが……」
「まことに残念ですが、時間はあまり御座いませんよ? 村を襲ったのは帝国騎士を偽装したスレイン法国の手の者で目的は王国戦士長である貴方の暗殺。騎士はあくまで陽動の為の餌であり、六色聖典とかいう暗殺部隊が貴方を狙っているそうです」
「なんだとっ?!」
みかかの投じた爆弾発言にガゼフと配下の騎士は驚愕を露にする。
「サエグサ殿、それは確かな情報なのか?」
「さあ? 尋問したスレイン法国の騎士はそう言っていました」
「……むぅ」
ガゼフは唸りつつ、情報を分析する。
村を襲った騎士が陽動だとすれば、自分達は尾行されているのではないか?
もしも、この少女の言う事が全て事実であるなら、ここで包囲でもされると非常にまずい。
相手は信仰系魔法詠唱者を多数有する国だ。
直接的な暴力は不得意だが、魔法を用いた遠隔からの攻撃と範囲攻撃力は騎士の比ではない。
「戦士長! 今すぐに離脱すべきです!!」
副長が即座にガゼフに進言した。
「離脱? まさか、襲われた直後の村を放置して逃げるのですか?」
少女と村長の非難するような視線が自分に刺さるのは分かった上で、副長は無視して続ける。
「戦士長が離脱すれば、法国の目的は失敗に終わります。六色聖典も村を襲ったりはしないでしょう」
「それはどうでしょうね? そもそも帝国が法国の仕業だと偽装した可能性だってありますし」
「ま、待て! 君の情報は嘘かもしれないのか?」
「さあ? 自称スレイン法国の騎士がそう言っただけですから? 嘘かもしれませんし、本当かもしれませんね?」
「ちっ!」
副長は苛立ちを隠そうともせず、みかかを睨みつける。
そんな二人のやり取りを諌めようとしたガゼフは妙な既視感を覚えて眉を顰めた。
副長が苛立つのも分かる。
少女の情報が本当なのか嘘なのかで行動指針が大幅に変わるからだ。
情報を得るならその真偽は徹底的に、拷問などを行ってでも確認する必要があるのはどの国でも常識のことだ。
たった三つの誤情報で滅んだ国がこの世界には存在するのだから。
そのことを知っているのか知らないのか、この非常時に笑顔を浮かべながら底抜けに能天気な態度を晒している。
何故だ?
何処かでこれに似たような場面を目撃した記憶がある。
そうだ。この少女は、自分が今までの人生で知り合った誰かに似ているような気がする。
思わず言葉を失って二人のやり取りを観察するガゼフの視線をみかかが拾う。
「戦士長様。私はそちらの方が言うような結果にはならないと思います」
「サエグサ殿。それはどういう意味だろうか?」
いささか険悪なムードになった空気を払拭するため、ガゼフが二人の間に位置するように立つ。
「私が指揮官であれば、逃げられた時点で手段を嫌がらせに変更します。要するに……失敗した腹いせに、この村を滅ぼし尽くすでしょう」
「………………」
その言葉に皆が言葉を失った。
嫌がらせで、何の罪もない人を殺し、村を燃やすというのか?
いや、少女が語るのはあくまで机上の空論だ。
だが、襲われた村の長を前にして、救った村に対して、年若く美しい少女がこんな発言をするか?
黙って立っていれば深窓の令嬢として多くの寵愛を得られるだろうに、何がこの少女をこのような化け物に変えたというのか?
心の何処かで騎士を殺しつくしたという言葉を信じられなかった騎士たちだが、事ここに至り、その認識を改める。
この少女ならやる――殺しつくせると確信するに至った。
「絶対にこの村の人間を逃がしたりしない。老若男女の区別なく、暴力と陵辱の限りを尽くしてから殺す。何故なら、周辺国家最強と呼ばれる戦士長様は、そんな哀れな村人を見捨てることが出来ないお優しい方ですもの」
そういって少女は満開の花が咲いたような暖かな笑みを浮かべた。
「………………」
その笑顔の何とおぞましいことか。
咲き誇る薔薇の花のような笑顔の周りには刃物より鋭く尖った茨が近づく獲物を殺そうと潜んでいる。
「まさにサエグサ殿の言う通りだ。ここで逃げるようであれば、そもそも村を救いに来たりしない」
邪悪極まりない発言をする少女に対して、ガゼフは臆することなく胸を張り言葉を返した。
「戦士長!?」
副長は叫んだ。
この少女は本当に村を救ったのか?
いや、もしかしたら……彼女こそ、六色聖典の一人なのではないか?
人の命をまるで遊戯の駒のように考える悪魔だからこそ、あんな顔が出来るのだろう。
そして、そんな悪魔なら戦士長を殺すために村を襲うという手を思いついてもおかしくない。
「やめないか、副長。彼女は自分の考えを述べているに過ぎない」
「そうでしょうか? 村を救ったという恩人相手に申し訳ないが言わせてもらう。むしろ貴方こそ、村を襲った者の仲間なのではないか?」
「なんですとっ!?」
副長の言葉に、何よりも早く反応したのは村長だ。
しかし、その反応は副長が予測したものとはまったく異なるものだった。
「すまない。部下の不徳は私の責任だ――どうか、先程の無礼を許して欲しい」
「も、申し訳ありませんでした」
上司であるガゼフが頭を下げているのに、部下の自分が頭を下げないわけにはいかない。
突き刺すような村長の視線――自分達より目の前の少女の方が信頼を得ているのは確実だ。
「気にしていませんので頭を上げてくださいな。こうして無駄な時間を過ごして頂ければ私としては好都合、いよいよ貴方達も逃げられなくなるでしょう?」
「っ!?」
「やめろ、副長。サエグサ殿、村を救うために悪役を買って出る心意気は評するが、私は元より逃げるつもりはない。だから、彼をからかうのはこの位にしてくれないか」
「……左様で御座いますか」
ガゼフの言葉にみかかの表情が変わる。
今までつけていた笑顔の仮面が剥がれ、素の彼女が顔を見せたのだ。
まだ幼さの残る少女の顔から理性的な女性の顔への変貌。
それはガゼフ達に今までの全てが演技だったと思わせるほどの強烈な変化だった。
「こちらこそ、大変失礼致しました――どうかお許しください。ここで貴方達がいなくなれば、救った村人をもう一度地獄に叩き込むことになってしまう。そんな事は許されない――貴方達にはこの村を守る義務がある筈です」
「………………」
その変化に度肝を抜かれた副長は困惑した。
(村を見捨てて逃げようとする私を止めるために呷っていたのか?)
挑発に乗り、思わず感情的になってしまった自分に反省する。
間近に迫る命の危機を前にして自分は判断を誤った。
助けを求めたときに現れる力ある者がいることを示すため、自分達はここに来たのだ。
「………………」
そんな部下の横でガゼフも相手の真意を測りかねて困惑していた。
場を取り持つために咄嗟に出た言葉だ――だが、それは意外に的を得たようにも見える。
ここまで演技が上手だとガゼフではその真意を読めない。
心底村人を救うために道化を買って出たようにも見えるし、ただ単に冷静に冷酷に状況を判断しただけにも見える。
ただ、さすがに法国の一員であるというのだけはないと思った。
彼女は村人から確かな信頼を勝ち得ている。
王国戦士長である自分以上の信頼を。
「副長――皆を連れて、周囲の警戒にあたれ。私は彼女の言葉を信じる」
「ハッ」
さきほどのやり取りで副長も騎士達も彼女の評価を改めたようだ。
彼女への敵意も感じない。
周囲に散っていく部下達の顔色を確認し満足するガゼフにみかかは声をかけた。
「時間もそう多くは残っていないでしょう。戦士長様、ここからは建設的な会話を行いたいと思うのですが如何でしょう?」
「無論、異存はない」
「では、早速。スレイン法国の六色聖典という暗殺部隊が敵だと仮定して勝てますか?」
「数も把握できてない状況だが……正直、難しいな」
「周辺国家最強の戦士といわれる貴方でも?」
「ああ。貴族どもを動かし武装を剥ぎ取ってまで行った計画だ。まず勝てる見込みはない」
「お待ちを――武装を剥ぎ取ってと仰いましたか? 今の貴方は全力ではないということですか?」
「そうだ。王国の至宝たる装備に身を包んでいれば大きく結果も変わるだろうという自信がある」
ガゼフが周辺国家最強の戦士と呼ばれるのはその技量もあるが、それだけではなく王国の至宝たる武装を装備することが許されているからだ。
これらを装備したガゼフはまさしく周辺国家最強の戦士である。
しかし、今はその武装がなくガゼフの力はおおいに落ち込んでいる。
「……その装備がどのようなものかをお聞きしても?」
「何故、そのようなことを?」
「貴方の力量を知るためです。周辺国家最強の戦士である貴方の力は至宝によるところが大きいのか、御自身の力が大きいのかで立てる戦略はまったく異なるものになると思うのですが如何でしょう?」
「確かにそうだな。別段隠しているわけでもないのでお教えしよう。疲労しなくなる小手、常時癒しを得る魔法の護符、アダマンタイトで出来た鎧、魔法で強化された鎧もバターのように切り裂く剣の四つだ」
「……そうですか」
ガゼフの言葉に視線を外して黙り込む。
「常時癒しを得るというのがないのは大きいですね」
「ああ。勿論、どれもが至宝に相応しい性能を秘めているが癒しがないのは辛い」
「………………」
神妙な顔を浮かべるガゼフの横で、みかかは相手の手札の大半が晒されたことに満足を覚えていた。
(至宝? そんな物が国の宝だというの?)
疲労しなくなる小手?
常時癒しを得る魔法の護符?
アダマンタイトで出来た鎧だと?
疲労しなくなる指輪を持ってるし、種族的特長でみかかは常時癒しを得ている。
自分の服に使われた繊維はアダマンタイトよりもはるかに硬度が高い。
剣がどれほど斬れるのか分からないので鎌をかけてみたが、剣より癒しを優先したところを見ると大したことはないのだろう。
(後は実際に戦ってる所を観察出来れば終わりかな。じゃあ、そろそろ仕上げだわ)
大まかな行動方針は決定した。
後は細かなルート分岐を決定するだけだ。
つまり、この国の味方をするのか、しないのか、だ。
「戦士長。どうして、貴方がやって来たのですか?」
「ん? それはどういう意味だろうか?」
「王都からこの村は相当距離が離れていると聞きました。ここから二日ほど行った所に城砦都市と呼ばれる大都市もあるそうですね? なのに、どうして城砦都市の兵士が来なかったのですか? もしかして部隊を分けて一斉に探していらっしゃるのでしょうか?」
だとすればナザリック地下大墳墓が発見される恐れがある。
「……違う。来ているのは私達だけだ」
「理解できません。貴方は王国戦士長という肩書きを持つ方なのでしょう? そのような方であれば部隊の人数ももっといてもおかしくない。わざわざ少数の人間が王都から遠く離れたこの村にやってくる理由が分かりません。何故ですか?」
「そうだな。普通に考えれば、さぞかしおかしい事に思うのは当然だろう」
ガゼフは疲れたように息を吐いた。
「王国は政治的に二分しているような状態なのだ。王族派と貴族派でね――私は王族派にあたる」
「理解しました。政治ですか」
「……そうだ」
「そ、そんな……では、私達は政治で殺されたというのですか!?」
二人が主に話しているが、ここには村長もいる。
村長の憤りは最もだろう。
「戦士長様! 私達はきちんと税を納め、毎年行われる帝国との戦争にも命をかけて出兵しております! その私達を……守るどころか、貴方達は!!」
戦士長の胸倉を掴もうとする村長の手をみかかの手が阻んだ。
「村長。お気持ちは分かりますが、ここは堪えてください」
「っ!? しかし、サエグサ様!?」
「非常事態です。貴方の苛立ちをぶつけている暇はありません」
「くっ……わ、分かりました」
道理だ。
そして、村を救ってくれた恩人に対して無礼を働くわけにもいかない。
「お話を邪魔して申し訳ありませんでした」
貯まった熱を吐き出すように大きく息を吐いてから村長は二人から一歩退く。
その肩も表情も大きく落ち込んでいる。
ガゼフの表情も暗い。
「話を変えます。王国と帝国は戦争をなさってるのですね。でも、法国とはしていないのですか? もし戦士長が倒されれば法国は帝国に加担したということになりますが、何故そのようなことをするのでしょう? 法国と帝国は同盟国なのですか?」
「聡明に見える貴方がそのような質問をするということは、本当にかなり遠い地から来られたのだな。法国は人類の守護者と自らの国を呼称している。故に彼らは極力、人と争うような真似はしない。内乱が起き、国が荒れている王国を政治的にしっかりした帝国に併呑させるのが狙いなのだろう」
やはり、か。
この国は少し危ういな。
自らの国の護り手である男を政治とは言え、失おうと画策するとは……。
(多分、王国の上層部の誰かが他の国と繋がってるのでしょうね。これは仕組まれた罠だわ)
そしてこんなあからさまな罠に国の切り札となるような存在を、王都からこんな寒村に少数で派遣した王族派とやらもロクなものではない。
結論は出た。
王国に味方するのは愚策だ。
ナザリック地下大墳墓が王国領土内にあると思われる現状、むしろ大いに混乱してくれた方が都合が良い。
残るは他の国の情報だ。
特に調べないといけないのは法国だろう。
「人類の守護者とは大きく出ましたね。法国は何から人類を守っているのですか?」
「………………」
「………………」
その言葉にガゼフも村長も目を丸くした。
「何から、だと? サエグサ殿。貴殿は、本当に……一体何処からやってきたのだ?」
「………………」
しまった――調子に乗って聞いたせいで何か地雷を踏んだか。
「答えてはくれぬか。法国は人間以外の種族やモンスターと戦っている。これは他のどの国でも同じことだ。我ら、人間種は劣等種だからな。それゆえに周辺国家最強の国と言われながらも表立って他の国と争うことはしないのだよ」
「頭の痛い話ですね。外に戦わなければいけない共通の敵がいるのに、貴方達は手も取り合わず争っているのですか」
「………………」
ガゼフにとっては耳にも痛い話だった。
「実は戦士長様達に村人を護衛してもらいつつ、あちらにある大森林に逃げ込もうと画策していたのですが……」
ガゼフと村長はみかかの指差すトブの大森林と呼ばれる森林地帯を見る。
「危険極まる賭けだ。あの森には確か森の賢王と呼ばれる魔獣が住み着いていたはずだ」
「どのような魔獣か知りませんか? 王国戦士長なら倒せるのでは?」
「いや、ある道場の座学で聞いたことがある程度だな。そして倒すのは――分からんな。ただ、森を縄張りにする魔獣の本拠地で事を構えるのは避けたいところだ。それにこの状況で視界の利きづらい場所でさらに敵を増やすのは愚策ではないかね?」
「さて……私には判断がつきかねますけど、戦士長様が仰られるならそうかもしれません」
「………………ふむ」
たしかに平野を村人を連れて逃げ回るなど出来はしない。
しかし、森に入ると言うのも同じく危険だ。
下手をすれば法国の人間に見つかる前に全滅する可能性だってある。
「サエグサ殿。お聞きしたいのだが……」
「時間ですね」
ガゼフの言葉を断ち切ったみかかの発言の意味はすぐに分かった。
一人の騎兵が駆け込んできたのだ。
息が大きく乱れており、その表情から決して良いものではないことは知れた。
「周囲に複数の影あり。村を取り囲む形で接近してきております!」
王国戦士「周囲に複数の影あり。村を取り囲む形で接近してきております!」
○○○「フフフ、怖いか?」
次回はあの方が登場する、筈です。