「先輩、朝ですよ。起きてください」
暗闇の中から聞き慣れた声が聞こえてくる。
目を開くと、声の主である大好きな後輩の姿が目に入る。
「おはよう。マシュ」
「おはようございます。先輩」
可愛らしい笑顔を浮かべる後輩に挨拶を済ませ、重い体を起こす。
時計を見ると11時を過ぎており、明らかに寝過ぎていることがわかる。
「先輩、早く両手を上げてください」
一月ほど前に人理修復を果たして以来、どうにもぐだぐだすることが多くなっている。
最近では、毎日のようにマシュに起こしてもらうほどのダメ人間ぶりである。
「次は右足を上げてください」
しかし、流石に毎日マシュに起こしてもらうのは流石に悪いとは思っている。
近いうちにダ・ヴィンチちゃんに目覚まし時計でも作ってもらおうかな。
「いえ、大丈夫ですよ先輩! 私が好きでやっていることですから。あっ、次は左足をお願いします」
マシュがそういうなら問題ないのだろうか?
しかし、此方ばかり甘えていては申し訳ない気がする。
今度プレゼントを渡そう。
プレゼントは他の女性に相談してみようかな。
「いえ、私は既に先輩から多くのものを貰いました! それに、今みたいに先輩と一緒に居られるだけで私は十分幸せです。」
そうなのか…じゃあ今度二人でゆっくりする時間を作ろうかな。
「そういえば、食堂でエミヤさんが食事を用意してもらったので、早く行きましょう」
そういって、マシュが俺の手を引きながら歩き出す。
時計を見ると、もうすぐで12時になるところだ。早めにいかねば、食堂が込み合ってしまうだろう。
俺はマシュに手を引かれながら、部屋を後にすることにした。
あれ?俺ってマシュにプレゼントのこと話したかな?
(二人きり……今度パラケルススさんに使えそうな薬でも貰っておきましょう)
食堂では、何人かのスタッフとサーヴァント達が食事をしていた。
厨房で忙しなく働くエミヤ、数十人前はあろうかという程に大量の料理を口に運ぶアルトリア、その光景に目を奪われているクー・フーリンの料理に薬品を混ぜるパラケルスス、その料理を食べて死ぬクー・フーリン。
食事はエミヤが既に作っているそうなので、大人しく席に座って待つことにする。
ところでアルトリアの体積よりも料理の体積の方が大きい気がするが、気にしたら負けだろうか。
「
ま
す
た
ぁ
♥
」
「っ!?」
耳元で囁かれた絡み付くような声に鳥肌が立つのを感じる。
この独特の話し方と背後からの寒気から、一人の女性の姿が脳裏を掠める。
「お、おはよう。清姫」
「もうこんにちはですよ。マスター」
「そ、そうだったね。改めてこんにちは」
「クスッ ええ、こんにちは。マスター」
彼女はそう言うと、自分の隣の席に腰掛ける。彼女もこれから食事のようだ。
「そういえば、昨晩の食事はいかがでしたでしょうか。わたくしの自信作なのですが……」
昨晩?
………たしかステーキだったはずだが、自信作ということはソースまで作ったのだろうか。
あれは毎日でも食べたいくらい美味しいステーキだったのを覚えている。清姫が自信作と称するだけのことはある。
「凄く美味しかったよ。あれなら毎日でも食べたいk……」
そこまで言ったところで自身の過ちに気づく。
毎日でも食べたいなんて言えば、清姫が
血の気が引き、汗が頬を伝う感覚がする。引きつっているであろう顔を、隣にいる清姫へと向ける。
「すみません、流石のわたくしでもあれを毎日用意するのは難しいのです」
「あっ、えっと……別に無理しなくていいよ! 清姫が作りたいと思ったときに作ってくれれば!」
普段はエミヤが作ってくれるし! と笑いながら、予想と違う答えに少し困惑する。
あの清姫が暴走しないところを見るに、かなり特別な食材が必要なのだと事故完結させるが、何か引っかかる気もする。
「ではマスター。わたくしはこれで」
「あれ?ご飯は食べないの?」
「ええ、わたくしは既に頂きましたので」
そういって清姫は席を立つ。
どうやら隣に座ったのは、料理の感想か聞きたかっただけのようだ。
「じゃあ、またね」
「ええ、ごきげんよう。マスター♥」
扉へと向かう彼女を見送り、エミヤの料理を待つ。
今日は和食か洋食か、はたまた中華なのか。
「すまない、待たせたなマスター。今日は和食がメインになっている」
「ありがとう。エミヤ」
「そうですか。
本日も緩やかに一日が終わる。
風呂ではランスロットと黒髭が覗きをし、巻き添えでクー・フーリンが死に。
夜にはニコラ・テスラとエジソンが喧嘩をしてエレナに怒られたり、ナーサリー・ライムやジャック、ジャンヌ(サンタ)達に誘われてお茶会に参加したり、乱入してきたエリザベートが緊急ライブを始めたり、通りがかったクー・フーリンが死んだり、ブーディカとメディアが夕食を作ってくれたりした。
いつもと同じように感じる日常。
しかし、毎日少しだけ違う日常が過ぎ去っていく感覚に自然と頬が緩む。
そういえば、エミヤとクー・フーリンがやけに体調の心配をしてきたが、何かあったのだろうか。
「まあ、何かあれば教えてくれるだろうし、寝坊が多いことを心配してたのかな」
今日はもう眠いし、考えるのは明日にしよう。
「マスター……起きて…いますか?」
「………」
返事はない。恐らく眠りについているのだろう。
念のために、気配を消してベッドから這い出る。
音を立てないようにマスターに近づく。そこには、あどけない寝顔のマスターがいた。
起きていないことに安心すると同時に、少しだけ……寂しい気持ちになる。
「ごめんなさい、マスター…私は…貴方以外に…私が触れても…死なない人を…知らないのです」
答えの帰ってこない謝罪を済ませ、マスターのベッドに潜り込む。
寄り添うような距離ではなく、手足を絡めて離れないようにする。
自分の中を暖かい何かが広がっていく感覚に溺れていくのが本能的に理解できる。
「ごめんなさい……これは…私のワガママ…でも…これでも足りないのです」
求めれば求めるほど、それ以上に求めてしまう感覚。
いずれこの行為でさえも、満足するには至らなくなるだろう。
それほどまでに、マスターは私にとって甘美な毒なのだ。
「ごめんなさい……今日も…お借りします」
それだけ言って、マスターの自分の唇を重ねる。
幾度となく行ったこの行為は、いつもの殺す為の行為ではなく、抑えることのできない程の愛を示す行為となる。
名残惜しいが、ゆっくりと唇を離す。
顔が熱くなるのを感じつつ、静かにマスターのベッドの下へと戻る。
「おやすみなさい……私の……マスター…」
「朝ですよ、先輩。起きてください」
聞き慣れた声に目を覚ます。
重い体を起こし時計を見る。……8時過ぎか。
今日は早めに起きれたようだ。
「おはよう。マシュ」
「はい!おはようございます。先輩」
今日も今日とて、いつもの日常が始まる。
騒がしくも楽しい毎日が、これからも続くのだと根拠もないことを思う。
「マシュ」
「何ですか?先輩」
「……何でもない」
「…?」
今日もカルデアは平和です。