サーヴァントは肉体を持たない。故に病に侵されることはない。
例外として、デミサーヴァントのマシュや受肉したサーヴァントがいたり、霊基に届く毒などがあげられるが、全て稀な例と言える。
しかし、そのサーヴァント契約するマスターは別だ。稀に自動再生したり心臓が無かったりするが、普通の人間なのだ。
当然カルデアにいるマスターである俺は、そんな不可思議な能力を有しているわけはない。
___ようするに俺は、体調を崩す時がある。___
いつも俺が生活をするマイルームは、この時ばかりは病室のように見える。
完全に隔離された部屋に、白を基調とした壁や床がそう思わせるのだろうか。いつもより居心地が悪いように感じる。
しかし、カルデアのスタッフには普通の人もいるので動き回るのはどうかとも思う。
このまま
マシュがいてくれたら看病をしてもらえたのだろうが、マシュはデミサーヴァントである。ここに来てしまえば、感染するかもしれないので、当然来ないようには言っておいた。
あとでエミヤが食事を持ってくると言っていたので、それまで時間を潰せばいいのだろうが……。
「先輩、体の調子はどうですか? 痛みなどはありませんか? 高熱の時は体の節々が痛むということがあるそうです。何かあったら直ぐに言ってくださいね。高熱と言えば、熱はもう測りましたか? まだのようですね。では体温計の用意をしておきますので、待っていてください。ついでにタオルは必要でしょうか? もしも汗が気になるようでしたら、私がお拭きします。わかりました。では、体温計とタオルですね。お水はテーブルの上に置いてありますので、お好きな時に飲んでくださいね」
なんでいるの………。
俺は確かに止めたはずなのだが、もしかして聞き取れていなかったのだろうか。
熱もそうだが、喉にも痛みがある。声はあまり出していないが、エミヤと話した時には声がかすれていた。
マシュに話した時にもそうだったなら、聞き取れなかった可能性はある。
それなら、今からでも伝えたほうがいいだろう。
「ただいま戻りました。では先輩、辛いでしょうが少しの間体を起こしますね」
マシュが戻ってくる。
その手には、タオルと体温計と液体の入った小瓶が握られている。
どうやら本当に持ってきたようだ。ここまでしてもらっておいて帰れというのは、人としてどうなのだろうか……。
「では先輩、まずは薬を飲んでください」
そう言って、先ほど要望になかった小瓶を此方に差し出す。
恐らく、パラケルスス辺りが渡した風邪薬だろう。
それを口に含むと、何とも言えない苦みが口の中で広がる。
「では、少し待っていてくださいね」
薬を飲んだことを確認すると、少し濡れたタオルを取り出す。
恐らく、お湯に浸しておいたのだろう。
良く気がまわる後輩を心配する気持ちと、甘えたい気持ちがぶつかり合う。
しかし、ここまでしてもらっているのならもう感染しているに違いない。
発症しないかもしれないし、もしマシュが倒れても俺が看病すればいいのだ。
そこまで考え、俺は意識を手放した。
「しっかり寝てますね……」
先ほどまで看病していた男が眠ったのを確認すると、少女はその体を抱きしめる。
壊れないように慎重に、体を全て密着させるほど大胆に。
「パラケルススさんの薬は良く効きますね。すぐに寝てしまいました」
少し呆れたように言葉を紡ぐ。しかしその顔は、とても嬉しそうな笑顔だった。
少女は、しばらくの間男の寝顔を楽しんでいたが、ふと何か思いついたように目を細める。
「今なら……先輩の唇をいただけますね」
静謐さんに先に盗られましたけどと呟きながら、少女の唇が男の唇へと近づく。
「先輩……いただきます」
人は、怖いものとは何かと聞かれれば何と答えるだろうか。
それは物であったり、はたまた生物であったり、環境であったり、空想であったりと、人によって違うものだと思う。
しかし俺は、その環境において怖いものが変わる。
レイシフト先では敵サーヴァントであったり、食堂ではアルトリア、嘘を吐いたときは清姫、そして………
「貴方はそのまま寝ていてください。大丈夫。この部屋の清掃は完璧です。熱は確かに高いようですが、切除する必要もありません。では、私は衛生管理に戻りますので何かあれば」
……
「なんでナイチンゲールがここに?」
「何故?看護と治療と衛生管理が私の仕事です。そこに罹患者がいるのなら、その場に向かうのは当然です。それに、あの小娘は看護の知識を持っていません。役不足です」
「小娘って………」
恐らくマシュのことだろう。道理で起きてから姿が見えないはずだ。
ナイチンゲールが追い出したのだろうか?
仕事熱心な彼女ならあり得る話だ………ん?
「でも、いつもより遅くなかった?」
「………」
そう聞くと、ナイチンゲールが顔を顰める。
彼女ならマシュが来る前にでも、いやエミヤに会った時には既に来ていてもおかしくないのだ。なれば当然、何かあったと考えるべきだろう。
「いえ、道に負傷者がいたので治療していただけです」
「負傷者?」
「槍を持った青タイツの男性です」
「クー・フーリンか」
最近クー・フーリンが怪我をしているところを見かけるが、大丈夫だろうか。偶に死んでいるが、しばらくすると戻ってくるので心配ないのだろうが、流石に怪我の原因はどうにかしたほうが良いだろう。
とりあえず、ナイチンゲールが治療してくれたなら安心だろう。
「とりあえずクー・フーリンは無事なのか……」
「ええ、ベッドの上で元気にしていることでしょう」
……ん?ベッドの上?
「傷は塞ぎ、臓器は一部摘出し、四肢は切除しました。あの様子なら一命を取り留めるでしょう」
「え? あっ、うん。そうだといいね」
あまりの
寧ろ治療をした後の方が重症患者に見えるだろうが、後で俺が治療すれば問題ないだろう。
「そうだ。ナイチンゲール」
「人の心配をしていないで、回復に努めなさい。」
「いや、もうだいぶ治ってkゲホッ! ゲホッ!」
「……貴方も司令官であるなら、私の言う事には従うように。言ってもわからないようなら、まずはその喉を切除しましょう」
咳が出ただけでこの心配のしかたはおかしい気がするが、それでも伝えたいことがある。
たとえ喉が切り裂かれ、これ以降声が出せなくなったとしても……バーサーカーとして呼ばれるほどに頑張った彼女には、心に届かなくても伝えたい言葉がある。
「……ナイチンゲール」
「なんですか」
「ありがとう」
「………」
たとえ
今までの経験から、感謝されることは多かっただろう。この言葉は、今まで多くの人に言われてきた言葉のはずだ。でもそれは、生前の彼女には届いていない気がするのだ。
だから……
「……やはり、貴方はおかしなことを仰る司令官ね」
「そう……かな?」
「いいから、寝てしまいなさい。看病は引き続き継続します」
「うん、ありがとう。ナイチンゲール」
そう言い残し、瞼を閉じる。
暗闇の中に意識が溶けていく感覚。それは眠りに落ちる感覚だろうと理解するが、抗う気は起きない。
ふと、手に何かのぬくもりを感じた気がするが、それが何かはわからない。
もうほとんどない意識の中で、今日のことを思い出す。
ほとんどベッドの上だったが、マシュのおかげであまり退屈はしなかった。
ナイチンゲールがいたときは驚いたが、何事もなく___風邪の時点で何事もなかったわけではないが___一日を終えることができた。
明日には、体調も治っているだろう。
偶に体調を崩したりするけど、今日もカルデアは平和だね。
「眠りましたね」
男の手を握っていた女性がゆっくりと立ち上がる。
そして腰にある銃に手を伸ばし、ベッドの下へと銃口を向ける。
「出てきなさい、今ならまだ見逃してあげましょう」
「………」
男のベッドの下から、髑髏を模した仮面の少女が這い出る。
その少女は、女性に向き直ると、一本のナイフを取り出す。
「なんで……わかったの?」
「彼の病状は、風邪ではなく。毒によるものなのは見てわかります」
「……そう」
「毒のほとんどを中和できても、蓄積すればこうなるということです」
少女はその言葉を聞くと、少し俯きながら扉へと歩いていく。
表情は見えないが、少し寂しそうに感じる。
「後は…お願いします」
「当然です。それと」
「……?」
女性の言葉の続きを待つ少女。ほんの数秒の溜めの時間は、少女にとっては数分に感じた。
「貴方によってもたらされた病は、私が治します。だから安心して。」
「………はい」
その言葉は、どんな意味が込められていたのだろうか。
それは、当人たちにしかわからないだろう。
少女は無言で扉の前に立ち、女性の方を向く。そしてそのまま一礼をし、扉から出ていく。
「まったく、らしくもないことですね」
女性はそう呟き、男の頬に手を添える。
死んだように眠る姿を見て、慈愛に満ちた母親のように優しく。同族を見るような目で微笑む。
「狂っていなければ耐えられない地獄の所業。貴方は私のように折れることなく……いいえ、折れながら突き進んだ。そんな貴方を、私は尊敬します」
苦しそうに、悔しそうに紡がれる言葉。
そこには女性が見たであろう地獄と、男が見たであろう地獄。両方の地獄を見たからこその想いがあった。
____ありがとう。ナイチンゲール____
「天使……ふふっ、おかしなことを仰る司令官が居たものね」
女性は笑う。その顔に憎しみのこもった眼差しはなかった。
あるのは、純粋な笑顔………。
「私には、貴方の方が天使に見えます」
「ふむふむ。やはり面白いにおいで溢れていますよ~」
軽薄そうな男が、笑みを浮かべながら歩く。
青タイツの男が倒れ、褐色のコックが駆けずり回り、青いジャージを羽織った少女が通りすがりのセイバーを切り倒し、どこか嬉しそうに紫髪の男が倒れ伏す。
現在天使の微笑みの中で眠る男がここに居れば、恐らくは起きなかった事態だろう。
男は笑顔のまま、その現場に立ち尽くす。
「フフ、フハハハ! やはりここに来たのは正解でしたね~ここでは退屈することはなさそうですから」
そう言って、男は再び歩み始める。
しかし、少し先の部屋でまたも立ち止まる。
そこには、マイルームと呼ばれている部屋があった。
「しかしイケませんね。マスターが居てこそ、私も楽しめるというのに…」
初めて男から笑顔が消える。
そこには先ほどの軽薄そうな男ではなく、ただただ主を心配する男が居た。
しかしそれもすぐに元に戻った。
「フフ、フハハハ! まあいいでしょう。マスターがそう簡単に死ぬとは思えませんし」
大声で笑う男は、そのまま廊下を歩いていく。
その姿が見えなくなっても、笑い声だけは廊下に響いていた。
「アハハハッハハッゴホゴホッ! 噎せましたアハハハうぇ……」
(まったく。今日もカルデアは
予定よりも長くなったので、メフィストの部分は削ろうかと思いました。
活動報告にてお知らせを書いておきました。
宜しければ見ておいてください。