かつて、魔王が跋扈していた時代があった。

人々は魔王の脅威に晒され、大いに苦しんだ。そこに、勇者達が立ち上がり、力を合わせ、魔王を討伐し、後世にその名を残した。

そして月日が流れ、再び魔王の魔の手が伸びようとしていた。

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2人の勇者

 

 

 

かつて、魔王が跋扈し、人間を苦しめた時代があった。

 

魔王は次々と侵略を続け、領土を拡大していき、人間にとってそれは、暗黒時代であった。

 

この、魔王の暴挙を阻止するべく、立ち上がったのが『勇者』だった。

 

勇者は、侵略してくる魔王の手下を次々退け、奪われた領土を取り返していく。

 

そして、勇者は魔王と対峙し、そして、魔王に勝利した。

 

このフルギニア大陸には、勇者の伝承があった。

 

誰もが勇者に敬意を表し、誰もが、勇者に憧れ、勇者を目指した時代があった。

 

勇者が国を守り、大陸を守り、大切なものを守る時代があった。

 

年月が過ぎ、勇者の伝承は古いお伽噺となり、今や知る者ほとんどいない。

 

長い時を生きた老人が孫にお伽噺を聞かせても、その話を真に受ける者はいない。

 

お伽噺の勇者は、もういない。

 

そして、年月を経て魔王が復活し、再び大陸に、侵略の魔の手が、伸びようとしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

「今日の仕事は……っと、なんだ、これだけか…」

 

銀髪の10代後半程の1人の青年、ロディ・ナイブズが、とある建物内にある掲示板に掲載されている用紙を眺めてげんなりする。

 

「マスター…、依頼こんだけ? しょぼいな~」

 

「これでもまだマシな方だ。またドブさらいでもしてえのかロディ」

 

文句を付ける銀髪の青年、ロディに対し、文句を付けられたマスターと呼ばれた者がジトッとした視線を送る。

 

場所は、俗に派遣センター、通称『センター』と呼ばれる場所で、ここでは、仕事を斡旋してもらえる。

 

掲示板にその日にセンターに来た仕事の依頼が張り出され、センターに仕事を求めにやってきた者が、その中から気に入った仕事の用紙を取り、用紙に記載された場所に行き、仕事をこなし、報酬を貰う。

 

ここで仕事を受ける者達を通称『自由人』と呼ばれている。

 

「それだけは勘弁してくれ、あの後3日、ドブの臭いが落ちなかったんだよ…」

 

ロディはドブさらいに嫌な思い出しかないか、顔を顰めた。

 

「なんか割りのいい仕事ないの? 最近ろくな飯食ってないんだよ~」

 

「これでもウチで扱ってんのは他所に比べりゃマシだ。そんなに金が欲しけりゃ、『ギルド』にでも行け。そこなら、こんなところじゃ一月かかっても得られないような報酬が転がってんぞ」

 

「……冗談きついぜマスター。『ギルド』なんざ、命知らずのバカの行くとこだろ」

 

「ハハッ! ちげーねぇ」

 

軽口を交わすロディとマスター。

 

「ま、お前さんには前に世話になったからな。上物の依頼を取っておいたぞ」

 

マスターが1枚の紙をロディに差し出す。

 

「王国からの依頼だ。あそこは払いがいいからな」

 

「恩に着るぜ、マスター!」

 

差し出された紙を懐にしまい、マスターに礼を言う。

 

「構わねぇってことよ。また来いよ!」

 

マスターと別れを告げ、ロディはセンターを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

依頼を受け取ったロディは王国に向かって歩き出す。

 

「ん?」

 

ふと、街の一角に視線を向ける。

 

大きな桶を運ぶ少女に、とある建物からお世辞にもガラが良くない、屈強そうな男達が談笑しながら出てくる。

 

 

――ドッ!!!

 

 

案の定、前が見えない少女と話に夢中で余所見をしていた男がぶつかってしまう。

 

ぶつかった衝撃で倒れ込む少女。そして、ぶつかられたことに怒る男。

 

「こんのクソガキ! どこ見て歩いてやがんだ!」

 

「きゃっ!」

 

苛立った男が起き上がろうとする少女を足蹴にした。少女は地面を転がるように倒された。

 

「ご、ごめんなさい…。服は洗濯しますので…」

 

「謝って済むとでも思ってんのか!? こんな汚ねぇシミ付けやがって、これはてめえみてえなクソガキじゃ一生かかっても払いきれねぇもんなんだぞ!? どう落とし前付けんだ、あぁん!?」

 

ふと見ると、ぶつかられた男のスボンにシミが付いている。少女が運んでいた桶の中に水が入っており、不幸にもその水が男のズボンにかかり、シミとなってしまった。

 

大の男が上から見下ろしながら少女に凄む。完全に怯えきってしまい、声も出せないほどに震える少女。

 

「…小さなシミくらいで可哀想に…(ボソッ)」

 

「また勇者よ…、いい迷惑だわ…(ボソッ)」

 

遠巻きに眺める中年女性達がボソボソと会話を交わしている。

 

今、男達が出てきた建物は『ギルド』と呼ばれ、男達は通称『勇者』と呼ばれる者達だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

かつて、魔王が跋扈していた時代では、勇者は多数おり、勇者は魔物の手から人々を守り、世界を平和へと導く英雄的存在であった。

 

だが、魔王が倒され、その残党も掃討されていくと、勇者は半ば、無用の存在へとなり始めた。

 

需要がなくなり、勇者を名乗って活動してきた者はどんどん行き場を失っていった。

 

勇者の力と立場を捨て、別の道を歩む者も増える一方で、残った勇者達が行き場を作るために生まれたのがこの『ギルド』と呼ばれるものだ。

 

勇者はその特性上、武勇に優れていたり、魔術に長けているので、その特性に見合った仕事を与え、活躍の場を提供するのが『ギルド』だ。

 

その武勇を生かし、力仕事をしたり、魔術を生かして暮らしを便利にしたりなど、新たに活躍の場が生まれた事により、勇者は人々に新たな形をもって貢献を始めた。

 

だが、それも年月が過ぎると、時代の奔流と共に形を変え始めてしまう。

 

魔物の脅威がなくなれば、人々は発展を始める。発展が始まれば競争が始まる。競争が争いが始まる。…そして、平和が長く続くと人間同士で争いが始まる。

 

魔王がいなくなって数十年。自分が生き残るため、ひいては、更なる発展を遂げるため、人々は競争相手を蹴落とし、出る杭は打つ。

 

この頃には勇者は、金さえ払えばどんなことでする何でも屋となっていた。

 

それは、依頼を受けた競合店の妨害とその用心棒であったり、泥棒あったり、果ては暗殺であったり。金さえ貰えるなら非道な行いさえ躊躇わず行う。

 

真っ当に生きられないゴロツキや、楽して金儲けをしたいがクズが最後に行き着く場所。それが今の勇者。

 

一昔の誇りなど一欠けらもない。気分1つで無意味に暴れたり、因縁を付けたり。勇者は人々から煙たがれ、一族から勇者が生まれようものなら一族揃ってクズ扱いされてしまう。

 

これが、今の勇者。平和という風が生み出した成れの果て…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

「…」

 

ゴロツキが多い勇者が今日も些細なことで因縁を付けている。

 

ロディからすれば見慣れた光景。彼からすれば、その少女は運が悪かったと思うだけ。

 

「なに見てんだてめぇっ!!!」

 

「…(サッ)」

 

「…(ソソッ)」

 

ゴロツキ達が視線に気付き、声を荒げる。女性達は視線を逸らし、そそくさとその場を去っていく。

 

絡まれ、巻き込まれでもしたらたまったものではない。被害を被る前にその場から立ち去ってしまうのが吉なのである。

 

少女が助ける求める視線を周囲に向ける。だが、遠巻きに眺めている者達は一様にその視線から目を逸らすだけ。

 

「ちっ! 弁償してもらわねぇとな…100Gだ。それで勘弁してやる」

 

「そんな…100Gなんてとても払いません…」

 

100G…。センターの依頼で丸1日働いて得られるお金が精々30G。その法外な請求額に、少女は涙目になりながら拒む。

 

「払ねぇなら……てめえの身体で償いやがれ!」

 

ゴロツキが足を振り上げ、少女を足蹴にしようとする。

 

誰もが息を飲む。大柄な男に幼気な少女が足蹴にされれば大怪我は免れない。

 

 

――ゴチン!!!

 

 

「痛てっ! 誰だ!?」

 

足を振り上げたゴロツキの頭に石つぶてがぶつけられる。ゴロツキは頭を押さえながらその犯人を捜す。

 

「やめろ!」

 

突如、ゴロツキと少女の間に割って入る1つの人影。

 

その人影は、暴力を働こうとする勇者に勇ましい声を上げる。

 

「何だてめえは!?」

 

「私はセシルだ! こんな少女相手に恥ずかしくないのか!? それが勇者のやることか!?」

 

その人影は、金髪を後方で束ねる程の長髪で、外見は15・6歳程で、抽象的な顔つきで、一見すると人目を惹く顔立ちだ。

 

「お前達のような無法者に、勇者を名乗る資格はない! とっとと勇者の名を捨てて立ち去れ!」

 

周囲に良く通る声で勇者に言い放つ。

 

「クソガキがっ…!」

 

当のゴロツキはこの言葉に従うわけがなく、より一層怒りを露わにし、セシルと名乗った者に歩み寄っていく。

 

少女はその様子に身体を竦ませる。

 

「(おいおい…、大丈夫なのかよ…)」

 

ロディは眉を顰めながらその光景を眺めている。

 

セシルとゴロツキは背丈も身体付きも違う。長躯で屈強な身体付きのゴロツキに対し、セシルは背は低く、線も細い。ロディは、セシルに勝ち目があるようには思えなかった。

 

「ごちゃごちゃうるせーんだよクソガキッ!」

 

怒りを爆発させたゴロツキがセシルを足蹴にする。

 

「あうっ!」

 

足蹴にされたセシルは小枝の如く蹴り飛ばされ、数メートル転がされる。

 

「(…弱っ!)」

 

やはり、ロディの予想通り、セシルは簡単に蹴り飛ばされてしまう。

 

「ゴホッ! ゴホッ!」

 

「お兄ちゃん!」

 

苦しそうに咳き込むセシル。それに駆け寄る少女。

 

「弱ぇーくせに粋がりやがって!」

 

ゴロツキは怒りに顔を歪ませ、さらに追い打ちをかけるべくセシルに歩み寄っていく。

 

「やめて!」

 

「どけ、クソガキ!」

 

「あうっ!」

 

セシルを助けようゴロツキの足にしがみつく少女だが、うっとうしげに足で蹴り飛ばされてしまう。

 

「死ね!」

 

ゴロツキが足を振り上げ、セシルを蹴り上げようとする。

 

「お兄ちゃん!」

 

涙目でセシルの名を呼ぶ少女。

 

 

――ゴチン!!!

 

 

「あがっ!」

 

その時、そのゴロツキの頭に高速で石がぶち当たる。当たった衝撃でゴロツキは倒れこんでしまう。

 

「だ、誰だぁっ! ふざけた真似しやがったのはぁっ!」

 

石をぶつけられたゴロツキは立ち上がり、周辺の野次馬を睨みつける。野次馬は、一様にその視線から目を逸らすだけであった。

 

「この中に犯人いるんだからよ、名乗り出ねぇならここにいる全員ぶち殺しちまうか?」

 

ゴロツキの仲間が突如、下卑た笑みを浮かべながら言い出す。それを聞いた野次馬が怯えだす。

 

「こらぁっ! 何をやってるかぁ!」

 

その時、武装した4人の兵士が声を荒げながらやってくる。

 

「ちっ! 警兵だ、おい、行くぞ!」

 

「クソが!」

 

警兵がやってきたことにより、ゴロツキ2人組はその場を去っていく。

 

警兵とは、国の治安を守る兵であり、国内の犯罪者を取り締まるのが仕事の兵である。

 

他にも、魔物や他国から侵略者と戦う戦兵や、王国防衛専門の国防兵もいる。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「うん、大丈夫だよ。ごめんな、助けられなくて」

 

上半身だけ起き上がったセシルに、少女が駆け寄る。

 

「…」

 

石を片手に持ったロディは、静かにその場から去っていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

依頼書を片手に王国…、ローランド城までやってきたロディ。

 

城門の前までやってきたロディは、城門の前に立つ国防兵に依頼書を見せる。

 

「…うむ。通っていいぞ」

 

「どうも」

 

国防兵に許しを得て、場内へと進んでいく。

 

場内をぶらつくロディ。

 

「ん~? どこにいきゃいいんだ? 広すぎんだよ」

 

場内で迷子になるロディ。

 

「ん? そこのお前、こんなところで何をしている?」

 

ウロウロしていると、警備中の国防兵に声をかけられてしまう。

 

「あー、迷子になって…」

 

照れ笑いを浮かべながら事情を説明するロディ。

 

「全く、しょうがないな…、こっちだ、付いてこい」

 

事情を聞いた国防兵は、溜息を吐くと、ロディの前を歩いて先導してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

「ハッハッハッ! さすが王国!」

 

仕事を終え、報酬を貰い、気分も上々のロディ。

 

仕事内容は、王宮内の各部屋の清掃、洗濯、ベッドメイキングである。長年センターに通っているロディからすれば朝飯前である。

 

「たった数時間働いただけで50Gとは、金を貯めこんでるだけあって払いが良いねぇ」

 

報酬を貰い、街へと戻ってきたロディ。

 

「飯には早いし、どうするか……ん?」

 

そこに、武装をしたゴロツキ……勇者達がロディの横を通り過ぎていく。

 

「(…随分と物騒だな。またどっかで魔物でも出たか?)」

 

近年、各地で魔物が出没している。当然、王国の領土内に現れれば討伐しなければならないのだが、兵を動かせば装備や兵糧も消耗する上、金もかかる。果ては、兵力が消耗してしまう。

 

過去の勇者の活躍により、魔物の脅威がなくなった今では、人間同士の戦いをしている。隙を見せれば領土の拡大を窺う他国にきっかけを与えてしまうことになりかねない。

 

その為、魔物が小規模の場合、王国は兵を動かさずに勇者に依頼にする。失敗すれば金を払う必要はなくなるし、討伐に成功した際の報酬も兵を動かすよりかは安いからだ。

 

勇者達は、街の外へと向かっていった。その後ろに、先ほどの金髪の、セシルと名乗った者がいたことに、ロディは気付かなかった。

 

「さてと、センターでもうひと稼ぎしますかな…」

 

センターへと足を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

場所は変わり、街から数キロ離れた平野。

 

この先のある山林から、魔物が現れたという報告がローランド王国内に入った。規模が小規模だった為、王国は、勇者に依頼した。

 

実際、魔物の規模は小規模で、数は20に満たない程であった。腕に覚えがある勇者数人ならばものの数ではない。だが、話はそう簡単ではなかった。

 

「ハァ…ハァ…くっ!」

 

金髪のセシルが、傷を手で押さえながら後ずさっていく。

 

「ひゃっひゃっひゃっ! 弱い、弱すぎる! これが勇者かぁぁぁっ!?」

 

魔物の1匹が高笑いを上げる。

 

魔物討伐に来たセシルを始めとする勇者達。だが、いざ討伐を始めると、魔物達によって返り討ちとされてしまった。

 

特に、今、高笑いを上げている、人型の全身黒色の魔物の強さは桁違いで、軽く力を行使しただけで勇者は戦意喪失してしまった。

 

基本、魔物は知性が乏しいものが多いのだが、中には高い知能、それこそ人語を話し、人間と同等……あるいにはそれ以上の知性を持つ魔物もいる。そして、知性が高い魔物程、高い戦闘力を有している。

 

勇者側は、勇んでこの魔物を討伐しようとした者が魔法で屠られ、統率の取れた魔物達によって手傷を襲われ、最後には、このセシルを囮にして一目散に逃げていった。

 

「後はお前だけぇぇぇぇん!? 可愛い魔物達の餌にするかぁぁぁん? それともぉぉぉん、俺様の魔法でぇぇん、細切れにしてやろうかぁぁぁん?」

 

人語を話す、魔物が、ジリジリとセシルに近づいていく。

 

「くっ、来るな! 来れば斬り捨てるぞ!」

 

何とか立ち上がり、剣を構えるが、魔物達は意にも返さない。

 

セシルは足を怪我している為、逃げることも叶わない。

 

「きぃめぇたぁぁぁん! 俺様の魔法でぇぇぇん、まる焦げだぁぁぁん!」

 

魔物が掌に魔力を集め始め、魔法を繰り出そうとしている。

 

「っ!」

 

それを見たセシルは身を竦ませ、目を瞑る。

 

自分の死はすぐ目の前。セシルの瞳からは涙が流れた。それは、死への恐怖ではなく、魔物を前にして抗うことも出来ない自分自身の不甲斐なさに…。

 

「(こんなところで僕は死ぬわけには…、誰も守れずに死ぬわけには…!)」

 

目の前に迫る『死』という現実を覆したいセシル。だが、もうそれを覆すことは出来ない……はずなのだが…。

 

「…………?」

 

いつまで経っても自分に魔法が襲ってくる気配がないことに違和感を覚える。恐る恐る目を開けると、魔物達はセシルではなく、皆、明後日の方向を向いている。

 

「?」

 

それに釣られてセシルも魔物達の視線の先を追うと、そこには…。

 

「♪~♪」

 

鼻歌を歌いながらスタスタと歩く銀髪の青年の姿が。

 

「おぉぉぉぉいん、そこのお前ぇぇぇぇぇぇん!」

 

「♪~♪」

 

青年は聞こえていないのか無視しているか、何もなかったかのように歩いていく。

 

「待てって言ってんだよぉぉぉぉぉん!」

 

叫びと共に取り巻きに魔物達が青年を囲む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

「……ん?」

 

仕事を終え、ひと稼ぎしたロディが鼻歌交じりで家へ向かっていると、突如大声が耳に聞こえてきた。振り向くと、そこには魔物の姿があった。

 

「人間ごぉときがぁぁぁん、この俺様を無視するとはぁぁぁん、いいぃぃぃ度胸じゃねぇえぇぇぇかぁぁぁぁん!」

 

「っ! 声でか…。うるせえ奴だな」

 

耳を塞ぎたくなる程の魔物の声量に、青年は顔を顰めながら耳を塞ぐ。

 

「(……あいつ、どこかで)」

 

辺りを見渡すと、魔物以外に少し離れた場所に1人、剣を握り、傷ついた少年、セシルの姿があった。

 

「……あぁ~、状況理解しちまったわ」

 

今、この場がどういう状況なのか、ロディは瞬時に理解した。

 

最近、ローランド城近辺で、魔物が暴れているという話を聞いたことがあり、傷ついた少年は魔物の討伐に来て返り討ちになったのだろう。

 

「逃げて下さい! ここは危険です!」

 

必死に逃げるよう、声を張り上げる少年。

 

「いや、ハナから関わる気はねぇよ……俺はそこのガキとは無関係だから、勝手にやってくれ」

 

ロディは手をヒラヒラさせながらその場を後にしようとする。

 

「はぁぁぁぁぁん!? てめぇ、逃げられると思ってんのかぁぁぁぁぁん!?」

 

指差しながら威圧する魔物。ロディは無視して歩き続ける。

 

「きぃめぇたぁぁぁん! まずはお前からまる焦げだぁぁぁぁぁん!」

 

魔物は再び掌に魔力を集め始める。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉっ!」

 

「死んねぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 

――ゴォォォォォォォォォォォッ!!!

 

 

制止させる為に叫ぶセシルだが、その願いは叶わず、無情にも魔法は放たれる。ロディがまさに今いたその場所に、大きな火柱が上がった。

 

「あぁ…」

 

火柱が収まると、その場所一帯が黒焦げとなっており、ロディがいた痕跡は何1つなかった。

 

「ヒャァーーーーハッハッハッ! ちょぉぉぉぉっとやり過ぎちまったかぁぁぁぁん? 消し炭すら残んなかったぜぇぇぇぇい!」

 

満足気に高笑いをする魔物。

 

「………はぁん?」

 

突如、魔物が笑い声を止める。

 

「……えっ?」

 

セシルも、異変に気付く。魔法が放たれた場所から数メートル離れたその場所に…。

 

「♪~♪」

 

何事もなかったかのように鼻歌を歌いながら歩いているロディの姿があった。

 

「てんめぇ! 今、何しやがったぁぁぁぁん!?」

 

何が起こったか理解出来ない魔物は目を血走らせながらロディを指差す。当のロディは無視して歩き続ける。

 

「俺様を無視してんじゃねぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

無視するロディについに怒りを爆発させる魔物。

 

 

――ゴォォォォォォッ! ゴォォォォォォッ…!!!

 

 

再び魔法をロディに向けて放ち続ける魔物。だが…。

 

「♪~♪」

 

ロディは健在。魔物が魔法を放つと別の場所に…別の場所で何事もなかったかのように歩いている。

 

「こんのぉ…!」

 

放つ魔法が命中しないことに怒りをさらに膨れ上げていく。

 

ロディはそのまま歩き続け、一軒の簡素な建物にたどり着くと、ドアノブを握った。

 

「人間ごときがぁぁぁぁん! 俺様の魔法をかわしてんじゃねぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 

――ゴォォォォォォッ!!!

 

 

「…………は?」

 

魔物が魔法を放つと、今まさに入ろうとした建物が消し飛んだ。

 

「俺の……家…」

 

ドアノブを握った態勢のまま茫然とするロディ。

 

「次はてめえがそのボロ小屋のように消し飛ぶ番だぁぁぁぁん!」

 

「………ボロ小屋?」

 

ボロ小屋という発言にロディは肩をピクリとさせる。

 

「じっとしてろよぉぉぉぉん? 今度こそてめえを――おぉん?」

 

掌をロディに向けた瞬間、魔物の視界からロディの姿が消え失せる。

 

 

――バキィッ!!!

 

 

「ギャホッ!」

 

突如、魔物の顔面が弾かれ、猛スピードで吹き飛んでいく。魔物はゴロゴロと転がっていき、大岩に激突したところで止まった。

 

「……はぁん?」

 

何が起こった分からない魔物。顔を上げるとそこには、拳を握ったロディの姿があった。

 

「てめえ……、俺があの家手に入れるのに、どれだけドブさらいしたと思ってんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

怒りを爆発させるロディ。先ほど魔物が消し飛ばした建物は、ロディのマイホームだった。決して安くはない家。ロディはコツコツ働いて金を貯め、王国から離れた、放置されていた、かつては魔物の見張り台を兼ねた建物を安く買いたたき、修繕を重ねたロディの家。

 

「覚悟は出来てんだろうな?」

 

指をポキポキと鳴らしながら威圧するロディ。

 

「…ぐっ! て、てめえら、やっちまぇん!」

 

『おぉぉぉぉぉん!』

 

ロディの迫力に圧倒され、慌てて配下の狼の姿をした魔物達に指示を出す。狼達が一斉にロディに襲い掛かる。

 

「やかましい!」

 

 

――バキィッ! ゴッ…!!!

 

 

飛びかかる狼に打撃を撃ち込み、迎撃するロディ。打撃を喰らった狼は一撃で屠られていく。

 

「くそっ……だったらァん…!」

 

魔物が掌を地面に翳すと、複数の魔法陣が地面に現れる。すると、そこから先ほど倒された魔物と同等の狼が大量に現れた。

 

「てめえも、これだけの数の魔物を相手にすることは出来ねぇだろぉん?」

 

勝ち誇ったかのような表情をする魔物。ロディの周囲には、50を超える狼が囲んでいた。

 

「…」

 

ロディの表情は別段変わらず。

 

「かかれぇぇぇぇぇぇん!!!」

 

魔物の号令と同時に狼達が一斉にロディに襲い掛かる。

 

「…」

 

四方八方から襲い掛かる狼の群れ。かわすことを迎撃することも困難。すると、ロディは右手を頭上に翳し…。

 

「トルネード」

 

 

――ゴォォッ!!!

 

 

そう唱えると、ロディの周囲に竜巻のようなものが現れた。

 

「うおぉぉおぉぉぉっ…!」

 

すると、ロディを囲むように展開していた狼とそれを統率していた魔物が竜巻に飲み込まれていく。

 

次に、左手を広げ、横に伸ばし…。

 

「ヘブンズフレイム」

 

 

――ボォッ!!!

 

 

そう唱えると同時に左手から炎が現れる。

 

「炎の嵐で燃え尽きろ。ファイヤーストーム」

 

 

――パチン!!!

 

 

炎が現れると、左右の手を正面で合わせると、先ほど出した竜巻に炎が融合する。

 

『ギャオォォォォォン!!!』

 

炎の竜巻に狼達と統率者である魔物が煽られ、次々と焼失していく。

 

「合体魔法だとぉぉぉっ!? なんで人間ごときがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

断末魔の言葉を叫ぶと、ロディの周囲を囲っていたすべての魔物達は焼失した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・

・・・・

 

 

「すごい…」

 

魔物達が屠れていく光景を目の当たりにし、セシルはただただその感想が漏れた。

 

今、屠られた魔物は決して弱くはない。自分達も先ほど挑み、魔法によって返り討ちあったことからも明白だ。

 

「あぁ…、俺の家が…、コツコツ修繕した俺の家が…」

 

魔物が全ていなくなり、炎の竜巻が収まると、ロディは外れたドアノブを握りながら茫然としながら座り込んだ。

 

「あ、あの…」

 

痛む身体を堪えて立ち上がり、ロディの下へ歩み寄り、声を掛けた。

 

「あっ? あー帰れ帰れ。俺今は傷心中なの」

 

話しかけられると、ロディは鬱陶し気な表情をし、手をヒラヒラさせた。

 

「あの……助けてくれて、ありがとうございました」

 

鬱陶しがられながらも、セシルはロディに礼の言葉と共に頭を下げた。

 

「…俺は家を消し飛ばした恨みを晴らしただけだ。俺はもう行くぞ。……ちくしょう、今晩どうするか…(ブツブツ)」

 

頭を下げたセシルに背を向けながら立ち上がると、ロディは歩き出した。

 

「あっ…ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

そんなロディを慌てて呼び止める。

 

「何だようるせーな!」

 

呼び止められたロディは苛立ちながら振り返った。

 

「お願いがあります! 僕の仲間になって下さい!」

 

「……………はぁっ?」

 

突如、セシルから出た言葉に、ロディは怪訝そうに返事をする。

 

「ここ最近、魔物が現れ、人を襲うようになっているのは知ってますよね? 噂では魔王が復活したなんてものもあります。僕はそんな魔物を退治して人々を守る為に旅をしています。でも、僕1人の力では魔物には勝てなくて…。だから、僕と一緒に、魔物を倒す仲間になってください!」

 

「…」

 

魔物退治の為、ロディの力を貸してほしいと懇願するセシル。ロディは1つ溜息を吐くと。

 

「やなこった」

 

面倒くさそうにこう答えた。

 

「お願いします! あなたの力が必要なんです! このままでは、世界が再び魔物の脅威に晒されてしまいます! だから…!」

 

断られても尚懇願を続けるセシル。だが…、

 

「だからどうした?」

 

ロディの返事は変わらなかった。

 

「えっ?」

 

「魔物が現れて確かに大変だな。だが、俺には関係のない話だ。誰が魔物に襲われようと、倒そうと、俺は興味ないね」

 

「そんな……人が襲われているんですよ? こうしている今も、魔物に襲われている人がいるかもしれないんですよ?」

 

ロディの返事が信じられなかったのか、目を見開きながら問いかける。

 

「知ったこっちゃねえよ」

 

「っ!?」

 

冷めた目付きで答えるロディに、セシルは言葉を失う。

 

「人間なんて結局いつかは死ぬ。それが遅いか早いか。病気で寝床で死ぬか魔物に食い殺されるか。それだけのことだろ?」

 

変わらずロディは淡々とセシルに告げていく。そんなロディの冷酷な言葉を聞き、セシルは俯き、身体をワナワナと震わせた。

 

「どうして…、そんなことが言えるんですか…」

 

小さい声だが、それでいてよく通る声で言う。

 

「どうしてそんなことが言えるんですか!? あなたにはあれだけの力があるんですよ!? あの力があれば、人をたくさん救うことで出来るのに、どうして一緒に戦ってくれないんですか!?」

 

叫ぶようにロディに言葉をぶつけるセシル。

 

「…なら逆に聞くが、何で戦わなくちゃならない」

 

「えっ?」

 

「確かに、俺には戦う力がある。あの程度の魔物のなら物の数でもない。…だが、だからといって何で戦わなくちゃならない? 力があるから戦えというのは傲慢じゃないのか?」

 

「傲慢…? で、でも、普通の人は魔物には敵いません。だから、戦う力のある人が――」

 

「ふん。そうやって、力がないってのを言い訳にして力あるやつに押し付ける訳だな?」

 

ロディは鼻を鳴らしながらセシルに言った。

 

「人間ってのはどいつもこいつもそうだ。自分は力がない。傷つくのが怖いからそうやって危険なことを力のある奴に押し付ける。それがさも義務であるかのようにな。ホント、虫唾が走る」

 

苛立ちの表情を浮かべながら言葉を続ける。

 

「お前、英雄記って知ってるか?」

 

「知ってます。かつて、この世界を救った3人の勇者様のお話ですよね?」

 

「ああ。勇者ライル、魔剣士ジュード、パラディンミーア。3人の勇者の旅立ちから魔王を倒すまでを記したお伽噺だ」

 

「何度も読みました。僕は彼らに憧れて勇者になりました」

 

今では英雄記の内容を知る者は少ない。内容を知る者が目の前にいる喜びから、セシルは目を輝かせる。

 

「英雄記は、勇者達が魔王を倒し、世界が平和になったという記述で話は終わっている。…だが、勇者達がその後どうなったか、知る者は少ない。お前、どうなったと思う?」

 

尋ねられ、セシルは思考する。

 

「それは…、きっと、平和になった世界で幸せに――」

 

「まず、勇者ライル。魔王を討伐した功績を称えられ、ここの隣国、セルビスの王宮に迎えられたが、自らの地位を奪われることを恐れた王宮の臣下達に無実の罪を着せられ、国を追放された」

 

「えっ?」

 

「ライルが追放を言い渡されても、誰1人彼をかばう者はいなかった。みんな、口々に彼を称賛してはいたが、本音では、彼を疎ましく、恐れていたんだよ。魔王の脅威がなくなった世界では、勇者は王宮の連中からすれば邪魔以外の何者でもないし、民からすれば、魔王を倒せる化け物でしかなかった。だから、誰も庇わなかった」

 

「そんな…」

 

衝撃の事実に、セシルは身体を震わせた。

 

「そんなライルの姿を見て、魔剣士ジュードとパラディンミーアはセルビスを…人間を見限り、王国から離れた山の中で2人で静かに暮らす道を選んだ。…だが、それから数年が経ったある日、魔物達の残党が徒党を組み、セルビスを襲おうとしていた。魔物はかなりの数。戦えば兵にも民にもかなりの損害が出る。そこで、セルビスの王は山で静かに暮らしていたジュードとミーアに協力を要請した」

 

「…」

 

「当初、2人は戦友のライルにした仕打ちを思い出し、協力することを渋ったが、それでも、勇者の血が民を見捨てることを拒み、今回限りと要請に応えた。そして2人は魔物と戦った。…たった2人で」

 

「2人?」

 

ロディの言葉に疑問を感じるセシル。

 

「目の前には無数の魔物の群れ。体力、魔力も切れた。だが、それでも2人は退くことは出来なかった。2人の背後には、自分達に向けて矢を構える兵士達と、その後ろに、自分達の子供の喉元にナイフを突きつけた姿があったからだ」

 

「っ!? それって…」

 

「セルビスは、最初から2人だけを戦わせるつもりだったのさ。当時、人間同士の戦が始まろうとしていたからな。ここで兵力を消耗して他国に隙を作りたくはなかった。だから、兵力を温存する為に2人に戦わせた。結局、圧倒的な魔物を前にどうすることも出来ず、2人は死んだ。そして、限りなく減らした魔物の残党をセルビスの軍は悠々と撃破した。記録には、自分達が魔物を撃退したという記録だけを残し、ジュードとミーアの記述はなかった」

 

目を伏せながらロディは語った。

 

「そんな…、そんなことって…!」

 

「この世界を見ろ。これが、勇者達が守った世界の成れの果てだ。浮かばれねぇよ。勇者達は、こんな腐りきった世界と人間を守る為に命を懸けたんだからな」

 

「…」

 

言葉を失うセシル。

 

「俺は御免だね。そんな末路を辿るのは。かつては良き隣人とまで言われた妖精と精霊はここ何十年姿を現わしていない。…人間は傲慢になり過ぎた。もし、人間が魔物に滅ぼされるというなら、それが天命だと俺は思うぜ」

 

「…」

 

「世界を救いたいんだっけ? ま、頑張れよ。だが、俺はそんな損しかないことは御免だ。俺は、俺の為だけにしか戦うつもりはない。…そういうことだ」

 

踵を返し、ロディはセシルを他所に歩き出した。

 

「……それでも、それでも! 私は…! この世界が魔物に滅ぼされるのを黙って見過ごすことは出来ません! 魔物によってひどい目にあっている人を知っているから…。人間は、確かに身勝手の人が多いかもしれません。…でも! そんな人ばかりではないんです! だから私は…!」

 

それはセシルの心の慟哭だった。ロディは一瞬立ち止まると…。

 

「……ふん」

 

鼻を鳴らし、そのまま歩き続けた。

 

「私は諦めません。必ず、この世界を再び平和にしてみせます!」

 

セシルはロディの背中に、誓うように叫んだのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            ※ ※ ※

 

 

ロディとセシル…。

 

勇者の力と勇者の心を持った2人の人間が出会った。

 

この出会いが2人の運命を決めるきっかけとなったことを、2人はまだ知らない。

 

そして、新たな物語が今、始まった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く……?

 

 

 





自由人…現実世界で言う、日雇い労働者。

勇者…ギルドと呼ばれている施設から依頼を受けて報酬を貰う何でも屋


気分転換で執筆した第2号となります。この話は去年から暇を見つけてコツコツ執筆していたものなんですが、この度完成したので投稿します。

自分は何かと他作品からインスパイアされやすいので、『これってあれじゃん』みたいな事があるかと思います。もし、パクリレベルで類似したら削除致しますので…m(_ _)m

かねてより、オリジナル作品を投稿するのが夢だったので、この度、それが叶って感極まっております。

スカスカの設定と内容ですが、もしよろしければ感想お願い致します。

次は、ロボットモノを投稿してみたいですね。とは言っても、自分にあんな緻密な設定を考えるのはまず不可能ですが…(^^;)

それではまた!


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