金髪さんの居ない銀英伝   作:ドロップ&キック

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実はちょっぴり政治(?)的力学の話も……


第028話:”じんじ!”

 

 

 

単純なハードウェア的な意味でのスペックから考えれば、”ガルガ・ファルムル”こそが銀河英雄伝説最強の船だと宣言してもさほど異論を上げるひとはいないだろう。

 

全長1.2kmを越える巨体に、4門と砲数は少ないが砲撃戦でいかなる戦闘艦をもアウトレンジで撃破できる発振器直系40cmオーバーの巨砲を備え、それに飽き足らず膨大な容積を生かして180艇ものワルキューレを格納。

防御力も当時の最先端だった傾斜装甲の概念を取り入れ、ベースとなったヨーツンヘイムを軽く凌駕していた。

巨体なら鈍重とも思われがちだが、それは事実と異なる。合計で帝国軍標準型戦艦8隻分に相当する推力を発生するエンジン4基を左右ポッド状態に搭載し、高速戦艦に劣らぬ速度と標準戦艦を上回る旋回性能を確保しつつ、被弾時には誘爆するまえにエンジンブロックを切り離し投棄するということも出来た。

 

ヨーツンヘイム級の2番艦という扱いだが、実質的には”改ヨーツンヘイム級”と呼べるほど改良が成された船であり、単艦として出鱈目なハイスペック、いやオーバースペックを持つガルガ・ファルムル……だが、ヤンにとっては前世といえる原作では戦果に全く恵まれなかった。

唯一の戦歴であるラグナロック作戦では二度とも”()()()()()”、敗北。

 

そして最後はオーディンの数多い別名であるガルガ・ファルムル=「吊るされた男」の名のとおり、首吊り自殺という形で主を失い、以後戦闘旗艦として戦場へ出る機会は永遠に失われた……

 

確かに沈むことはなかったが……戦船として造られながらも戦場に立つことを存分に出来なかったというのは、戦場で果てた先輩のヨーツンヘイムよりある意味、不幸なのかもしれない。

 

そんな自分と微妙に関わりのあるガルガ・ファルムルを、ヤンは放っておく事ができなかったらしい。

まあ彼のことだから、他にも理由はあることだろう。何しろ思考から感傷を平然と排除できる男だ。

 

ともかくヤンは自分の提言で起業されたヴェンリー船舶技研を筆頭にヴェンリー造船やヴェンリー兵器開発など複数の財閥傘下企業が帝国軍、特に試作艦開発に関わっていたため、そのコネを幸いに入手に漕ぎ着けたようだ。

 

形式上は下賜の形が取られたため、きっとアンネローゼも暗躍したに違いない。

何よりヤンが元帥府開闢に伴い、「陛下からの恩賜品」として賜った船は、これだけではないのだから……まあ、それは後のお楽しみとしておこう。

 

 

 

ただ、このガルガ・ファルムル、どうも原作と大分雰囲気が違う。

形自体は同じなのだが、前話で書いたように表面が()()、つまりブリュンヒルトと同じ色なのだ。

勘のいい皆さんならすでにお察しかもしれないが、実は装甲表面処理にはブリュンヒルトと同じくシュピーゲル・コーティングが採用されており、前世で「ミスター・レンネン」が座乗したそれより更に防御力が引き上がってるようだ。

 

外見から分かるのはこの位だが、他にもヤンの趣味というか戦術やドクトリンに合わせ色々改良されてるようだが……まあ、それもそのうち明らかになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

さて、しばし後……

 

「カール、ご苦労様」

 

ヤンにぴっしりとした敬礼を返すカール・ロベルト・シュタインメッツ。

 

「船旅は快適だったかい?」

 

「ガルガ・ファルムルは、見かけや図体に反して素直な特性ですからね。艦長席の座り心地も抜群です。強いて言うなら……」

 

シュタインメッツは戦艦乗り、昔で言うなら海の男らしい癖のある笑みで、

 

「”乗り手に優しく、敵に厳しい戦艦”ですな」

 

ヤンもにっこり笑い、

 

「そいつは何より」

 

 

 

場所は再び元帥府本庁舎の中だが、部屋は会議室に移っていた。

 

「とりあえず、まずは私の元帥府の基本方針を発表しよう」

 

ヤンはコホンと咳払いし、視線が集まるのを確認すると、

 

「既に知ってる面々もいるけど、私は人を階級で呼ぶのも階級で呼ばれるのも好まない。無論、爵位でもだ。それと堅苦しいのは苦手でね。堅苦しいことを要求される場所以外では貫かせてもらうよ」

 

”まず最初はそこから!?”とツッコミを入れたくもなるが、ヤンとして譲れない一線だった。

 

「ちなみに元帥府は”堅苦しさを要求される場所”では()()()ない」

 

ヤンは断じてを特に強調し、

 

「私自身、たまに忘れるが……こう見えても私は貴族でね。だからとても我侭なのさ。元帥府が法的には私の”準私有地扱い”になる以上、好きにさせてもらうよ」

 

初めてヤンとエンカウントし、そのキャラの破天荒さに面を食らってる真っ最中のミュラーとキスリングはともかく、他の人間は付き合いの長さの差はあれど既にこの「軍人もしくは貴族にあるまじきフランクさ」の洗礼は既に経験済み。

だから苦笑をもって答えるだけだ。

 

 

 

「では次は早速、人事を発表するとしようか? もったいぶる必要もないしね」

 

とヤンは明日の天気を語るような気楽さで、

 

「まずは元帥府副指令はメルカッツ先輩、お願いします」

 

「うむ」

 

鷹揚にうなずくメルカッツに、

 

「また全艦隊が一丸となって動く場合は、戦闘艇群(こうくう)統括参謀もお願いします。この元帥府には若い者が多い……良きお手本になっていただければと」

 

「やれやれ。年寄り使いの荒い奴め」

 

「年寄りと呼べるほど歳はくってないでしょうに。私の義祖父(リヒテンラーデ)に言わせれば『ようやくヒヨコから卒業したばかり』とか言われますよ?」

 

「それは比べる相手が間違ってるぞ」

 

と会議場のあちこちで笑い声が上がる。

 

 

 

ブラウベア(オフレッサー)、君は”装甲擲弾兵”の最高司令官って立ち位置は変わらない。だが管轄は元帥府付の複合陸戦任務群となった。守りはこの元帥府はもちろん、場合によってはオーディン全域が入ることになるかもしれない」

 

「おいおい。随分と穏やかじゃないな」

 

無論、オフレッサーはヤンが言わんとすることを理解していた。

帝都オーディンは、『流血帝』と恐れられたアウグスト2世をあげるまでもなく、歴史的に見て血と腐臭には不自由しない土地柄なのだ。

 

「そんな事態には、勿論ならないに越したことはないんだけどね……それはともかく、君には前にも話したと思うけど敵地、ことさら地上の要所を制圧できるのは陸戦のスペシャリストだけだ。艦隊は地上を焼き払うことは出来ても、直接占領することはできない」

 

ヤンは言葉を選ぶような表情で、

 

「よりによって君に揚げて欲しい首級(みしるし)は、宇宙にない場合が多いんだ」

 

「それはそうだろう。バッカス(ヤン)が供物に欲しい首は、別に提督の首じゃあるまい?」

 

「まあね」

 

ウムと鷹揚に、そしてどことなく嬉しそうに頷く。

 

「ワシは存分に斧を振るえる戦場さえ用意してくれれば、文句はないぞ」

 

「冗談。トマホークだけじゃなく用意した他の装備を使いこなしてくれなきゃ困る。君らを投入する予定の戦場は、いくらブラウベアでも人力じゃどうにもならないことも多いんだ」

 

「そいつぁ楽しみだ!!」

 

ガハハと豪快に笑うヒグマ殿である。

 

 

 

「お次は、我が元帥府の主力たる中将の面々だね?」

 

実はヤンの元帥府には、上級大将が二人もいるが、大将がいない。

基本、ヤンを除けば下級貴族と平民だけ、しかも上級大将二人を除けば若手だけなので必然的にそうなってしまう。

 

「まずはメック。君は私の権限で1階級昇進させ、大将になってもらう。既に三長官には根回し済み、『一人くらいなら元帥府の開店祝いでご祝儀昇進させてよい』だそうだ」

 

だが慌てたのはメックリンガー本人で、

 

「ちょっと待て、ヤン。武勲も立ててないのに昇進というのは……」

 

「まあ聞いてくれメック。君には元帥府付参謀長になってもらおうと思ってるんだ」

 

「元帥府付参謀長?」

 

ヤンは頷き、

 

「ああ。私は最大9個艦隊率いねばならないからね。まずそれだけの数を私が一人で統括するにも限度がある……」

 

ヤンの脳裏に浮かんだのは、帝国/同盟の最大規模の艦隊正面決戦となった”アムリッツァ会戦”だった。

 

「まあ艦隊が9個一丸となって動く機会は流石に少ないと思う。そうなると艦隊を二つに分ける……おそらくはメルカッツ先輩に別働隊を率いてもらうことになる場合が多いだろう」

 

ヤンは腕を組みながら、

 

「その場合、原則として私が直轄で6個、メルカッツ先輩が3個艦隊って規模になるだろう。さてメック、君は6個艦隊を能動的かつ効率的に動かすには、どうしたらいいと思う? それも有能なのは間違いないが、それぞれに個性の異なる提督の特質を生かしながらだ」

 

ヤンの直轄が1個に五人の頼りになる提督がいるとしても、総戦力10万隻に届こうかとする兵力の統括は楽な仕事じゃない。

というよりそれだけの規模の艦隊を動かしたことは、歴史上でも何人いるだろうか?

もしかしたら史上空前規模なのかもしれない。

 

そしてヤンの要求はどうやら単に艦隊を動かすというわけじゃなさそうだ。

 

「……戦場の全体像が見える者を、艦隊統括の専門職に置く、か?」

 

ヤンは頷き、

 

「ただ、その統括役が他の提督と同じ階級なのは、どうにも()()が悪い。馬鹿馬鹿しい話だけど、古今東西、軍隊っていうのは階級が最優先されるからね」

 

「しかし、なぜ私なんだ?」

 

「君の能力も勿論だが、一番の理由は年齢さ」

 

メックリンガーは苦笑しながら、

 

「ヤン、君は私をロートルだと言いたいのか?」

 

だが、ヤンは極めて真面目だった。

 

「下手に若手を抜擢すると、保守層から反発がね……国軍ってのは、組織工学的に保守思想が強くなりがちだ。国防を担うのだから当たり前だけどね。だから基本的に年功序列を好む……この慣習、いや因習じみたそれは軽んじていいもんじゃない」

 

 

 

ラインハルトが、なぜ若手非主流派の軍人以外から、貴族だけならまだしもああも軍全体で嫌われたのかといえば、いくつもの理由が浮かぶが……「若すぎる」というのも大きな要素だった。

一歩一歩地道に努力を重ね昇進してきた人間が、ある日突然能力もコネももってる自分の子供ほどの若造にあっさりと抜かれる……面白いわけはないだろう。

自分が積み重ねてきた日々はなんだったのかとさえ思ってしまうはずだ。

ラインハルトの能力を頑なまでに認めたがらなかったのは、自分の辛かった日々が全て否定されてしまう……そういう思いがあったからであろう。

嫉妬や劣等感というのは無視するには強すぎる感情であり、それは解消されることなく蓄積されていく……その「()()()()()()」に食われ多くの者が破滅していった。

 

前世、帝国軍より風通しが若干良かった”はず”の同盟軍の中ですら、少なからず同じような経験をしたヤンはそれをよくわかっていた。

そりゃ精神的制裁(リンチ)を何度も受けてれば、学びもするだろう。

 

「ところでメック、革新勢力が強い軍隊は、なんて名乗るか知ってるかい?」

 

「いや……」

 

ヤンは不思議と自嘲的、いや自虐的な空気を感じさせる笑みで、

 

()()()、さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ケンプ? ミスターレンネン?
知らない子ですね。

IN → メルカッツ、ファーレンハイト
OUT→ ケンプ、レンネンカンプ

ただし作品にこの先ずっと出てこないとは言ってない(えっ?


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