金髪さんの居ない銀英伝   作:ドロップ&キック

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今回は、イリヤ vs 貴族のダイジェスト的なノリで。


第041話:”ベルセルク”

 

 

 

「では授業を始めようか?」

 

会議室に集まった面々、こうして全員集合するのはわりと久しぶりな気がするヤン元帥府の面々を見回しながら、ヤンはおどけた様子で会議開催の宣言をする。

 

だが、ここに集まる歳若の提督はそれを冗談だと思っていない。彼らにとってヤンの見解を聞ける機会は、まさに”特別授業(レクチャー)”以外の何物でもないのだから。

ヤンの生徒として年季の入ってるキルヒアイスやロイエンタール達は勿論、まだ買ったばかりの雰囲気が取れてない端末片手のミュラーも真剣な表情だった。

 

「さて、まずは”第一次カストロプ会戦”の概要から説明しよう。ああ、名称は適当に私がつけたもので公式のそれじゃないよ」

 

そしてヤンはコンソールを操作し、まずは『カストロプ星系へ向かう約5000隻の貴族連合艦隊』を投影する。

 

「最初から貴族艦隊は勝ち目があるとは思えない……結論から言えばそうなるね。第一の敗因は、まずは事前の調査不足だ。敵を侮ることに関しては天下一品の貴族に対して言う台詞じゃないかもしれないけど、彼らはカストロプ領の戦力分析を怠った」

 

次に投影されたのは、カストロプ本星に巻きつくように静止衛星軌道上に配置された、無人攻撃衛星群……”アルテミスの首飾り”だ。

第038話でもヤン自身が言っていたが、彼はかなり早い段階で”首飾り”の存在を掴んでいたが、それを貴族達と情報共有することは無かった。

後で問われたとしても、

 

『頼まれても無いのに、どうして私がわざわざ情報を進んで提供する必要があるんだい? そんなお節介をしたところで、彼らがへそを曲げるだけだよ』

 

くらいは言ってのけるだろう。

 

「結局、衛星群がなんなのかわかってない貴族艦隊は不用意に近づき……カストロプにしてみればぎりぎりまで引き付けたところで、一斉射撃を開始した」

 

画像はその首飾りの発砲シーンに切り替わる。

画像データがえらく緻密だが、どうやらヤンはカストロプ領にも監視艦を潜り込ませてるようだ。あるいは偽装監視所かもしれないが。

 

「そして第二の敗因は、撤退に失敗したこと。より正確に言うなら首飾りの砲撃に驚いて、戦力の建て直しも出来ずにそのまま壊走してしまったことだね」

 

まさにその状況が投影される。

元々貴族艦隊は、数に任せてカストロプ領を攻めるつもり……有体に言えば烏合の衆であり、例えば旗艦を中心に艦種ごとにまとめて理路整然と配置して進軍してたわけじゃない。

 

そこに首飾りから主に艦船密集地点に向けて一斉射を不意打ちで喰らったのだから結果は押して知るべきだろう。

 

「最後に第三の敗因は……”()()”の存在」

 

 

 

画面に映るのは、威風堂々と敗残貴族軍を討ち取るべく進軍するカストロプ私設艦隊……いや、

 

()()に敬意を表して”イリヤ艦隊”とでも名付けておこうか? 貴族艦隊の索敵圏外に待機していたイリヤ艦隊の約4000隻が突撃を開始し、壊走する艦隊に後から一斉に殴りかかったのさ」

 

それはあまりに一方的な戦いであり、

 

「古今東西、撤退戦っていうのが一番被害を出すものだけど、この場合も同じだ。注目して欲しいのは、首飾りで撃ち抜かれた数よりもイリヤ艦隊に屠られた数のほうがかなり多い」

 

つまり、

 

「アルテミスの首飾り()()は脅威ではない……とまでは言わないけど、カストロプ防衛の肝はむしろ『首飾りと防衛艦隊の有機的連携』にあると思えるね。トーチカなんかの固定砲台と機動兵力による防御戦は、ある意味古典的でさえあけど……現状において決して侮っていい相手じゃない。実際に連携はかなり上手いよ。”第二次カストロプ会戦”でもそれは証明されている」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

第040話でのエピソードは、第一次カストロプ会戦の直後の話であったが……

見事に貴族連合を返り討ちにしたことで門閥若手は縮み上がり、カストロプ討伐に対して及び腰になってしまった。

 

その間、カストロプ勢力は隣のマリーンドルフ星系に侵攻し、2星系からなる地方王国の設立を目論んでいた。

事態を『()()()()()()()()()()()』皇帝は、その名において以下のような勅令を発布した。

 

『カストロプを討ち取りし者には、没収するカストロプの財産と領土の半分、ならびに爵位の無いものには爵位を与え、爵位のある者には爵位を一つ上乗せすることを約束しよう』

 

無論、貴族向け……貴族の戦力を消耗させるための言葉である。有体に言えばテコ入れである。

竦んでいた貴族達は、若手だけでなくそこそこ名のある者までも欲には勝てずに参戦を表明する。

こうして再び貴族の私設軍を中核とする第二次討伐軍が編成された。

だが……

 

「第二次討伐軍、前回より増えて合計6000隻だったけど……正直、戦術が前回よりもまずかった」

 

ヤンは画像を切り替え、

 

「首飾りを恐れるあまり、戦術をアウトレンジと思われる場所からの”遠距離レーザー水爆弾頭ミサイルによる惑星への直接攻撃”に切り替えたのさ」

 

カストロプ領まで手に入るというのに、地表を核攻撃というのは本末転倒という気がするが……

無論、貴族達も考えてないわけは無い。

つまりカストロプ邸以外の場所に核を落とし「ちょこっと地表を焼いて脅し、継戦意思を砕く」のが目的で、都市に落とせば領民が、農地に落とせば農奴が蒸発するだろうが、「平民や農奴が何人死のうと彼らが感知するところではない」ので問題なく実行された。

 

「だが、やっぱり彼らは首飾りの性質を理解してなかったのさ。今や対艦隊兵器に分類されてるけど、本来は惑星に落着してくるデブリや隕石なんかの超高速質量体排除を目的とする”メテオ・スィーパー”が御先祖様だ。当然、対ミサイル迎撃能力は一流だったのさ」

 

基本的にアルテミスの首飾りは、自動迎撃システムであり定点設置のイージス艦のような役割も担っている。

遠距離からのミサイル攻撃で防衛線を突破しようというのなら、それこそゼントラーディ艦隊が地球を死の星に変えたような半端じゃない飽和攻撃が必要なのではないだろうか?

 

無論、貴族連合にその覚悟があるならこのような結果はないだろうが……

 

「第一波の惑星直接攻撃があっさり防がれた後、貴族艦隊は懲りずにそのまま第二波ロングレンジ・ミサイル攻撃を敢行しようとしたけどね……そこをイリヤ艦隊に狙われた」

 

画面は猛然と突っ込んでくるイリヤ艦隊に切り替わった。

アングルから考えて、残存艦のデータに残っていたものだろうか?

 

「意識が惑星に集中し()()()タイミングを狙ったとしか思えないけど、実に鮮やかなものだよ。だが、問題はそれだけじゃない。こうも簡単に奇襲を喰らったのは理由がある……」

 

ヤンは腕を組み、

 

「貴族達に言わせれば『こんな場所にイリヤ艦隊はいるはずない』だろうね」

 

「欺瞞、だな?」

 

重さを感じるメルカッツの声に頷き、

 

「まさに。貴族達の情報では、イリヤ艦隊は”侵攻したマリーンドルフ領”にいるはずだった。だけど実際はそうじゃなかった」

 

「というと?」

 

金銀妖瞳に面白そうな光を浮かべるロイエンタールに、

 

「ウルリッヒ」

 

回答を促したのは懐刀ともいえる情報参謀だった。

 

「確かにマリーンドルフ領への侵攻を行ったときは、”イリヤ艦隊は()()()()揃っていた”はずです。ただし、マリーンドルフ()()に降りたのは大気圏降着/離脱能力がある”帝国艦”だけでしょうね」

 

ケスラーの言葉にヤンは満足そうに微笑み、

 

「そうだね。イリヤ艦隊の主力は今となっては同盟艦だろう。イリヤ嬢の駆る旗艦”ベルセルク”を含めてね」

 

 

 

”ベルセルク”、イリヤの二つ名である”BERSERK”の名がつけられたこの船は、元はと言えば事故で廃棄された事に()()()()()アキレウス級バリエーションの1隻で、同盟時代は”ハーキュリーズ”と呼ばれていた。

 

ハーキュリーズとは”Hercules”と書き、”ヘラクレス”の英語読みだ。

この船は、アキレウス級の中では最も巨大な”クリシュナ(同盟第8艦隊旗艦)”の同型艦として生まれ、巨大な図体に強力な火器を押し込んだはいいが運動性が悪く扱いが難しいとされていて、それを示すように試験航海中に小惑星に座礁/大破し、そのまま廃棄された事になっているが……何の復活の呪文が唱えられたかデータ上は廃艦のままモジュラー・ブロックごとに修復/アップデートされ、隠蔽されたままカストロプに運び込まれて再結合、名前の異なる戦艦として復活を遂げていた。

 

「だけど同盟艦は大気圏への降着/離脱機能はない。ならば降りてくるのは帝国艦だけ……もし、帝国艦と同盟艦の混成艦隊だった場合、降りてこない同盟艦はどこにいると思う?」

 

「普通は、惑星近海に待機してると思いますね」

 

とはキルヒアイス。

 

「そうだ。占領を()()()なものにするなら、マリーンドルフ星系に艦隊拠点すら作りたがるかもね」

 

ヤンの言い回しに最初に気づいたのはロイエンタールで、

 

「まさか……マリーンドルフ領の侵攻自体が、貴族艦隊をおびき寄せ、油断を誘う罠だったと……?」

 

ヤンは頷き、

 

「マクシミリアンがマリーンドルフを併合して地方王国を作りたいっていうのは本音だろうけど、イリヤ嬢は現有戦力では難しいと考えたんだろうね……だから、その状況を最大限に生かす状況を整えた。そんなところじゃないかな?」

 

「ええ。となればマリーンドルフ本星に降着した船の周辺にしか陸上兵力を展開していない理由にも説明が付きます」

 

ケスラーは自分の入手した情報を脳内で反芻する。

カストロプ家は亡父も息子も、傲慢さと強欲さでは帝国貴族の中ではトップクラスと目されている。

なのに侵攻を受けたマリーンドルフでは、未だに主要都市が占拠され暴挙狼藉が日常的に行われているという報告は入っていない。

 

むしろ占領軍は都市からある程度離れた場所に降り、主砲を都市に向けて睨みを利かせているが、それ以上の行動はしていないようだった。

 

「理由は即座に撤収できるようにだろうな。制宙権をとられ敵地に取り残された陸上軍など、遠からずに壊滅の憂き目を見る」

 

唸り声のように発したのはオフレッサーだった。

おそらく、過去にそのような経験があったのだろう。だが、その状況を乗り越え生きてるあたりが流石といえるが。

 

 

 

「さて、このように再び奇襲を成功させたイリヤ艦隊だったけど、その先の攻め方も中々見事でね。ミサイルの発射準備にあった船を片っ端から蹴散らしながら半包囲を展開、首飾りの射程まで巧みに押し込んでいるのさ」

 

艦隊と衛星の挟撃に晒された貴族艦隊がどうなったかなど、もう語る必要もないだろう。

その貴族艦隊6000隻の半分は、軍事顧問として同行していた貴族系軍人のシュムーデ少将麾下の2000隻が含まれていたが、それが戦場で大きな役割を果たすことは無かった。

どちらかといえば、全うな軍事顧問というより『貴族に逆らわない軍人で、戦力の水増しになる』という判断で選ばれた男なのだから無理も無いだろう。

 

そして第一次、第二次のカストロプ会戦は、イリヤが確かに”狂戦士(ベルセルク)”の二つ名に相応しい存在であることを証明してしまっていた。

 

ヤンは冷めて台無しになる前に紅茶を飲み干すと、

 

()はこういう手合いだと理解してほしい。理解したうえで対策を考えるんだ」

 

そして告げる。

 

「私の予想が正しければ、そろそろ私()にも回ってきてほしくないお鉢が回ってきそうだしね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




キャラは色物だけど、戦闘は色んな意味でガチBERSERKなイリヤお嬢様でした(^^

実はこのお嬢、1万隻くらい食ってるんじゃないだろうか?
ヤンにしてみても、「想像以上に出来るなぁ」と思っていそうです。

ヤン「まあ、貴族を噛ませ犬にした甲斐はあったかな? 大体、好む戦術も読めてきたし」

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