金髪さんの居ない銀英伝   作:ドロップ&キック

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第050話:”決着”

 

 

 

自由惑星同盟軍の現用旗艦型戦艦”アキレウス級”には、エンジンブロックより後方100m以上伸びるテールフィンが一般に装着されている。

”亜空間スタビライザー”と呼ばれるそのパーツは、名前のとおり亜空間(ワープ)航行中に船体を安定させる働きを持たせる部品として取り付けられているが、実は戦闘が行われる通常空間でもメインノズルからの噴射ガスをフィンの表面に発生させた力場でベクトル制御し、一種の高機動デバイスとしての役割も担っていた。

今の地球の用語に当てはめると”ベクタード・スラスト・コントロール”とでもなろうか?

 

無論、宇宙船の姿勢制御や機動制御などは船体各所に無数に配置されたスラスター群、例えば取り付けられる位置によってバウ・スラスターやハル・スラスターと呼ばれるそれらによっても行われるが、現在の宇宙船の通常空間航行方法がガス噴流による反動推進式である以上、最大推力のメイン・スラスターのベクトル制御は運動性に大きく関わる。

加えてフィン自体をアクティブに動かし、言うならばUCガンダム世界におけるAMBACに相当するような能動的重心移動による機動補助も行っているようで何気に多機能なフィンユニットのようだ。

 

アキレウス級の中でも、重武装と引き換えに運動性を原型から大幅に劣化させた”クリシュナ”型ともなれば、その依存度はより大きいに違いない。

そしてイリヤが座乗する”ベルセルク”は、元同盟の”ハーキュリーズ(ヘラクレス)”……クリシュナの相似形のような姉妹艦だった。

 

 

 

「イリヤ様……」

 

「どうにもならんな」

 

珍しく自嘲的に笑う彼女……

 

()()を壊されてはどうにもならん。ベルセルクの図体はでかいからな……いくらメイン・エンジンは無事でも、スラスター運動だけであの”赤いの”の攻撃をかわせるとは思えん」

 

上手い場所を狙ったもんだとイリヤは嗤う。

だが、同時に意図も読めた。

どんな理由かはわからないし、どうせろくでもない理由だとは思うが……

 

(殺す気はないということか……)

 

亜空間スタビライザーはその構造上、破壊されれば運動性に大きく影響ができるが反面、極めて誘爆しにくい部品であった。

つまり攻撃を受けても船体そのものには爆沈させるようなダメージを与えず、運動性能や亜空間航行能力だけを殺す……名前にちなんで言うなら、まさにアキレウス級の”アキレス腱”とも言える場所のみを射抜いたのだから、最初からそのつもりだったと考えるべきだ。

 

「肉便器だの性欲処理器だのという余生は、正直勘弁して欲しいものだな……そういうのは、兄上の周辺で食傷気味だ」

 

「イリヤ様……」

 

イリヤを心配そうに見るのは、同じような外見年齢の黒髪を短くそろえた副官兼侍女ポジのメイド服の少女だった。

ヤンにとってのキルヒアイスのようなものだろうか?

 

「”ミュウ”、冗談だ。差し手(戦い方)を見れば、ある程度は人間性がわかる……少なくとも、()()に肉棒を無理やりねじ込むような下品な感性はしてないだろうさ。あの赤いのにしても青二才にしてもな」

 

(というかそんなシンプルな獣性を持ち合わせていなさそうなあたりが、逆に厄介そうだが……)

 

「イリヤ様……上を」

 

オペレーターの一人が恐る恐るという感じで、艦直上を映すカメラ画像をホログラム・モニターを拡大投影させた。

だが、イリヤは不適に微笑み、

 

「ほほう……いっそ見事ではないか?」

 

そこに映っていたのは、相対速度を合わせ舳先をブリッジに突き立てるようにぴたりと静止する赤い戦艦(バルバロッサ)だった。

いつでもブリッジを零距離で撃てる……その意味がわからぬほど、愚かではない。

 

「ミュウ、全艦に武装の安全装置ロックと機関停止命令を。”敵も味方も”絶対に()()()()がないようにオープン・チャンネルで伝達しろ」

 

ミュウこと”ミュヒャエラ・エーデルフェルト”は、その命令を即座に実行する。

無論、その意図は理解している。

つまりイリヤの命令を無視し戦闘を続行するようであれば、それは既に彼女の指揮下ではないと宣言するに等しい。

そして、その意図を察するように……

 

『降伏勧告をする前に先手を打つとは、素早い判断に感服の極みだよ』

 

「フン……心臓の真上に銃口を突きつけられてるのだ。悪党の口からお決まりの台詞が出るのを待つ必要はあるまい?」

 

モニターの向こう側に映る男は苦笑を浮かべ、

 

『酷いな。それじゃあまるで私が悪党のように聞こえる』

 

「違うとでも? ウルリッヒ・ケスラー」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

端的に言って、イリヤ艦隊は王手詰み(チェック・メイト)状態だった。

旗艦はすでにブリッジの真上にバルバロッサから砲口を向けられ、艦隊自体もケスラーの奇襲に合わせて前進を始めたミュラー艦隊により半包囲されていた。

無論、バルバロッサと共に突入してきた1000隻は未だほぼ健在……

 

ケスラーの手痛い一撃で旗艦の周囲に展開していた200隻は瞬く間に沈められ、ベルセルクの周辺には残骸漂う空間があるだけだ。

この状況でなお戦おうとする者は、それこそ自殺志願者……いや、ここで生き残っても「確実な死」が待ってる者だけだろう。

 

『聞くまでもないが降伏は受け入れてくれるね?』

 

「言うまでもないが受け入れよう」

 

とイリヤは鷹揚に頷く。

それはとても降伏したとは思えぬ堂々たる姿であり、

 

「だが、同時に命の保障は欲しいな。当然、我のではないぞ? 降伏した艦隊の者達のだ。叛乱に加担()()()以上、我が言えた義理ではないが、我が命に従っただけの者達には寛大な処置を願いたい。それが降伏の条件だ」

 

無論、イリヤとて自らが交渉を持ちかけられるような立場にいるとは思ってない。

だが、これは一つ通過儀礼(イニシエーション)……貴族としては領民に、提督としては部下のためにやっておかねばならぬことだろう。

 

『いいだろう』

 

そしてイリヤの読み通り、そのままケスラーは受け入れた。

端っから殺す気はないのは百も承知だ。だが、こちら側から言い出すことに意味がある。

まさか()()()()に勝った側から殺す気はないと口頭で言い出せるはずも無く、また負けた側から命乞いしそれを受け入れることで寛容さを演出できるというものだ。

 

『しかし……未だ戦闘態勢を解かぬ船は、一体どうすればいい?』

 

ケスラーの言葉通り、不穏な動きをする船も少数だがあるにはある。

よほど捕虜になりたくない事情があるのだろうが……

 

「知れたこと。我が声を聞かぬというのであれば、それは既に我が旗の下より離反したという事……何のために我が未だオープン・チャンネルで降伏を受け入れる旨を流し続けてるかは、理解できよう?」

 

 

 

ケスラーはイリヤの想像を超える聡明さに内心舌を巻いた。

なるほど確かに三次元チェス最年少女王、駆け引きも読みも一流だ。

 

(なるほど……閣下が欲しがるのも道理だ)

 

無様は見せられないとケスラーは、イリヤが停船命令を流した時からクラスター・フラクタル・モデリング・システムに抽出/追尾させていた『敵対行動を止めぬ船』をロック・オンし、

 

()を殲滅せよ!』

 

この戦場における最後の閃光が輝いた!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長かったイリヤVSケスラー+ミュラーの戦いもようやく決着です(^^

後は”種明かし”と戦後の交渉(?)
そしてついに赤毛のノッポさんの見せ場かな?


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