金髪さんの居ない銀英伝   作:ドロップ&キック

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今回はこの時点で名前が出てくるのは珍しい人が……


第052話:”卑怯者”

 

 

 

さて、時はケスラー&ミュラー・コンビがイリヤと会敵する直前あたりまで遡る……

 

 

 

哨戒網を徹底的に破壊したカストロプ星系、それも主星にほど近い場所を進む艦隊があった。

その数、約3000。その中心となるのは旗艦型戦艦”フォルセティ”。

近未来の戦場で必要とされるであろう次世代型旗艦の要素を過不足無く備えた船であり、従来と最新の技術バランスが良い船でもあった。

 

そして、それを指揮するのは……

 

「では、”提督”もお気をつけください」

 

外身は優雅に中身は質実剛健……確かにフォルセティの主であることにキャラクター的にも存在的にも違和感無いのが、この赤毛のノッポ。

ジークフリード・()()()・キルヒアイス准将である。

 

『ええ。”()()”の足を引っ張らぬよう粉骨砕身の覚悟で任を果たして見せましょう』

 

通信モニターの向こう側で恭しく一礼するのは、執事服姿の中年男性。

年齢的にはオーディンの屋敷を守るシューマッハより一回り以上年上だろう。

割と整った顔立ちの白人男性で、執事服も着慣れた様子だ。

 

さてさて、我らがキルヒアイスがどこに通信を繋げているのかといえば……実は自由惑星同盟の現行旗艦型戦艦、アキレウス級の1隻だった。

 

 

 

その船は、標準のアキレウス級より長い船体に、両サイドにそれぞれえ巡航艦1隻分の推力を発生させる副反応炉と推進器を備えたバルジを装着しているのが特徴だった。

そのため全幅は標準の72mに対しほぼ倍加してしまっているが、そもそも標準ドックの幅が同盟より広い帝国内での運用なら問題ないだろう。

ただバルジを装着したせいか、船体側面のスパルタニアン発進口はなく、おそらく艦載機として搭載しているのはシャトルなどの連絡艇や脱出艇などではないだろうか?

それを補うためか逆に対戦闘艇用の12cm口径五連装対空荷電粒子砲は増設され、標準の左右合計8基40門から14基70門へとなっている。

 

このような特徴を持つのは、アキレウス級の中でもエピメテウスやヘクトルであり、おそらく元はそれらの船の姉妹艦だったのだろう。

言うまでも無く特徴は、余剰推力の大きさゆえの高速性……最新の帝国旗艦型各艦と比べても速度で引けを取らない高速戦艦ということだ。

 

だが、明らかに今の”彼女”が同盟の船ではないことを示すのは、その肌色と”アクセサリー”だ。

つまり船体は同盟のグリーンではなくネイビーブルーに塗られ、艦首付近に誇らしげに描かれるのは”そよ風の紋章(ゼビュロス)”……そう、つまりはヴェンリー財閥所属の船、より正確にはヴェンリー警備保障が現在3隻保有する鹵獲したアキレウス級の1隻だった。

 

かつての艦名はわからぬが、現在の艦名は”ニーズヘッグ”……ゲルマン神話に登場するラグナロクを生き延びた魔竜であり、その意味は「怒りに燃えてうずくまる者」だ。

そのニーズヘッグは、ヴェンリー財閥全部門からかき集められた指向性ゼッフル粒子発生装置搭載の工作艦群とその護衛艦隊を率い、今回の作戦に参加する為にやってきていたのだ。

 

 

『それにしても若様とこうして轡を並べて宇宙を駆ける日が来るとは感無量ですなぁ……生き延びてみるものです。まこと人生は面白い』

 

そうニーズヘッグの艦橋から微笑む男にキルヒアイスは苦笑で返し、

 

「若様はよしてくださいよ。それは遠くない将来に生まれるだろう先生と奥様の子供に相応しい呼び方です。そうは思いませんか?」

 

幼い頃から知る執事服姿の男に呼びかける。

 

「”()()()”提督」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーサー・リンチ

 

かつては同盟軍少将であり、エル・ファシル駐留艦隊の司令官だった男だ。

だが、「民間人を見捨てて逃亡」したうえに「帝国の正規軍ではなく貴族に投降」し捕虜になった、大いなる”同盟軍の面汚し”だ。

 

もし、”エル・ファシルの英雄”がワイドボーンとラップのコンビだとするなら、リンチは見事なまでの汚れ役……”最悪の卑劣漢”だろう。

英雄が英雄として成立するためには必ずその対比、あるいは()()()がいる。

軍の正規将官が「民間人を見捨てる」などあるまじき軍の存在意義に関わる不祥事、さらには「軍人ではなく帝国の悪の象徴である貴族に同盟軍が屈した」などという国家の威信に関わる不名誉を払拭するため、是が非でもヒーローを作り上げたかった同盟上層部は、リンチに全ての責任を押し付けることで事態の打開を図った。

 

つまりそれは「リンチの独断による民間人を切り捨てた上での敵前逃亡」であり、対して「同盟軍の命令と存在を遵守したのが二人の英雄」という構図の成立だった。

 

ゆえに同盟軍はマスコミを使い世論を操作し、徹底的にリンチを貶めた。

つまり、「悪いのはリンチと従った者達であり、同盟軍は市民を見捨てたりもしなければ、貴族に屈したわけでもない」という風潮を作り上げたのだ。

まさに政治である。

 

 

 

リンチは、本来なら野垂れ死にと大差ない悲惨な最期を迎えるはずだった。

例えば同盟軍は、公式に「アーサー・リンチの軍籍を剥奪した上に不名誉除隊処分。今までの全て功績も破棄。またいかなる意味においても捕虜返還要求リストにその名を加えない」と宣言した。

不名誉除隊である以上、恩給などの退役後の福利厚生が全て水泡に帰すのは当然としても、なお厳しいのは「現在だけではなく過去にまで遡ってアーサー・リンチなる恥知らずな軍人は”同盟軍には存在しない”」とされたのだ。

 

これは明らかに前世より悪い、あるいは徹底した処置だ。

ヤンはやる気はないだろうが……例えこの世界にラインハルトがいたとしても、リンチを工作員として送り込むことは不可能だということを意味してる。

 

更には主に同盟市民に都合のいい怒りの矛先として「命の危険がある」ことを理由に、妻とは超法規的措置で即座に離婚が成立。妻子ともども別の戸籍と名が用意され、「リンチとはかかわりの無い人間」として生きてゆくことになった。

 

おそらく銃殺や終身刑を除けばもっとも重い処置だった……否、もし軍籍を持ったまま帰国すれば、そのまま軍法会議→軍法廷。敵前逃亡やサボタージュは銃殺刑になることも珍しくないため、ある意味においては温情とも取れる措置なのかもしれない。

つまり軍籍剥奪の上、過去の功績も抹消では軍法会議でも軍法廷でも裁けるはずも無い。

蛇足ながら軍法は、無論全てでも万事でもないが一般に民法や刑法より厳しい処罰が下りがちだ。

 

だが、この報告を劣悪な環境で有名……五年後生存率の低さでは帝国で五指に入る収容所に収監されていたリンチは、看守が面白おかしく話す上記の内容を耳にしたとき、心より絶望した。

いっそこの地獄に近い場所で朽ち果てたほうが幸せかもしれない……

そうとすら思った。

 

だが、そんなときに一人の来客があった。

無論、リンチに帝国で面会を求めに来る様な知り合いはいない。

誰かといぶかしみ、いざ面会に応じてみれば……

 

『なっ!?』

 

リンチは比喩でなく絶句した。

軍人、あるいは貴族とは思えぬ柔らかで優雅な物腰のその青年は、

 

『はじめまして、リンチ提督。私はヤン・ユリシーズ・フォン・ヴェンリー。一応、子爵で少将だ』

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

『端的に言ってしまえば、私は貴殿をスカウトしに来たのさ。ただし軍ではなく、わが社の社員としてだけどね』

 

最初、リンチはなんの冗談かと思った。

自分は貴族に投降した腰抜け、民間人を見捨てた薄汚い卑怯者……そう評されているはずだ。

実際、ヤンにもそう告げ、

 

『冗談なら止めてくれ。貴族サマってのはこんな辺鄙なところにまで俺をからかいにくるほど暇なのか?』

 

帝国で貴族にこんな口をきけば、帝国人でも眉間に穴が開いても不思議じゃない。

ましてや捕虜ならなんの呵責も無いだろう。

それがわかった上での口のきき方だった。

 

『ところが冗談じゃないのさ』

 

しかしヤンは軽く皮肉を流して切り返してくる。

 

『リンチ提督、確かに君の名誉は地に落ちた。ただしそれは”同盟において”さ』

 

『……なにが言いたい』

 

『君は英雄を生み出すための捨石にされた。そして画策したのはロボス中将あたりじゃないかな? 中将は中々の”軍政家”でらっしゃるようだしね』

 

『!?』

 

『今回の一件、上手く民衆の矛先を政府や軍から逸らせれば、間違いなく出世の一材料にはなるだろうね。ロボス中将は”()()()での戦い”の腕前も悪くないようだよ? 特に最近は、政治家との関係構築に熱心なようだ』

 

ヤンは誘導し、明確な走り出す方向を指し示した。

無論、時には怒りや憎しみが巨大な起爆剤……落ちぶれ絶望のそこに沈んだ男が再起するに十分な威力の起爆剤になることを熟知していた。

 

 

 

『”泣くな、復讐しろ”……古い諺だ』

 

それが例え復讐という怨念に支えられた物だとしてもだ。

 

『だけど、こうも続く。”最高の復讐は幸せになることだ”とね』

 

『幸せ……だと? この俺にか』

 

『ああ』

 

ヤンは大きく頷き、

 

『同盟に戻ったところで貴殿にそれは望めない。だが、帝国でならば私が手助けできるかもしれない……ただし、捕虜のままでは無理だろうね。いや、既に貴殿は軍籍を剥奪されてる以上、捕虜ですらない。ただの戦争犯罪人としてここに収監されている』

 

『……俺に亡命しろと?』

 

ヤンはもう一度頷き、

 

『私が手を貸せるのは、君が帝国の人間になってからだ』

 

そして一呼吸置いてから、

 

『”アーサー”、帝国人としてやり直す気はないかい?』

 

 

 

 

 

それは過去……ほんの小さな出会い。

その出会いに歴史的意義など無いのかもしれない。

 

だが、紛れも無くヤンにとっては前世との大きな相違であり、同時に明確な分岐点だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リンチ提督、華麗に登場!(挨拶

ただし帝国側だけどね(笑

この作品のヤンは、基本的に「清廉潔白な綺麗なキャラ」ではないんですよ。
ヴェンリー領だけで30億の領民を抱え、食わせていかなければならないので、綺麗ごとはいってられないようです。


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