金髪さんの居ない銀英伝   作:ドロップ&キック

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大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。
また、待っていてくれた皆様、本当にありがとうございます。


第054話:”舌火・思考誘導の実践”

 

 

 

「全艦隊、停止」

 

キルヒアイスが座乗する”フォルセティ”率いる艦隊は、ちょうど「”アルテミスの首飾り”のセンサーに捉えられるが、射程外」の位置で命令と共にぴたりと進撃を止めた。

 

そして、キルヒアイスはご丁寧な事に全周波数チャンネルでの発信を命じ、

 

「叛逆者マクシミリアン・カストロプに告ぐ。ただちに通信に出なさい」

 

徐にそう切り出した。

言うまでもなく最初っから挑発である。

貴族を示す”Von(フォン)”も入れていなければ、爵位もつけていないのだからそれ以外の何物でもないだろう。

無論、カストロプの領地も爵位も既に”公的に過去のもの”となってる以上、間違いではないのだが。

 

そして垣間見える思い切りの「上位者としての口調」だ。

つまりキルヒアイスはこの短いセンテンスの中に、「もはやお前は栄光ある帝国貴族ではない。農奴以下のただの叛徒である」という意味を込めてるのだ。

 

平行世界(げんさく)”でも定評ある温厚な彼からはちょっと想像のつかない露骨な行為だが、今の帝国騎士位をもつジークフリート・()()()・キルヒアイスならこの位はできて当然の芸当なのかもしれない。

幼少の頃から深い付き合いのある”先生(ヤン)”のおかげ、あるいは”せい”でこの少年の面影を残す甘いマスクの青年は否応なく貴族と言うものを相応に理解しているのだから。

 

『貴様……!!』

 

そう立体スクリーンに映ったのは、ある意味において貴族らしいといえる育ちは良くとも中身の剣呑さが滲み出た、中々に顔立ちの整った長髪の男だった。

 

安い挑発だとはわかっているはずだが、だが自分の通信に出ないとなればそれこそ貴族にとっては重要な”面子”が木っ微塵になるだろう。

 

”ジーク、貴族って生き物とって「名誉を汚される」というのは我慢しがたいことなんだよ。要は面子の問題さ。そのためには命を懸けることも珍しくない。度し難いことにね”

 

師であるヤンの言葉を胸中で反芻し、

 

「退廃と享楽と放埓は貴族の嗜みですか?」

 

と、キルヒアイスはマクシミリアンの手に抱かれたままの「はだかくびわ」の幼女を見やる。

媚薬でも投与されているのであろうか?

その目に光は無く、口と股の間からは違う種類の体液をだらしなく垂れ流しているその哀れな性玩具と成り果てた姿を見ながらも、キルヒアイスの心中は自分でも驚くほど動じなかった。

 

嫌悪感のようなネガティブな熱量を持った感情は沸き起こらず、ただ深く冷たく沈降するような……頭の芯から冴え冴えするような感覚だけが残った。

 

『羨ましいか?』

 

「特には。小官は別に幼児性愛者(ペドフィリア)というわけではないので。ただし、」

 

キルヒアイスはスッと目を細めた。

 

「忠告申し上げるなら、ご自身が既にそのような特権を振りかざせる立場にはないことを自覚するべきだと思いますが?」

 

その声は自身でも驚くほどに温度がなかった。

 

『貴様!……何が言いたい?』

 

敵、マクシミリアンが通信に出た時点で術中にはまっているのはわかっていた。

だからこそ、より完璧を期すのが自分の仕事だとキルヒアイスは自覚しており、

 

「エリザベート・イリヤ・フォン・カストロプが率いる艦隊は全滅しました。完膚無きにまで……徹底的に殲滅しましたので」

 

『バカなっ!! この短時間でできるはずはない!』

 

「お疑いならば、これから転送する座標を御確認することをお奨めしますよ。ああ、ただし電波/電磁波/量子等の能動的な(アクティブ)探査手段はジャミングをかけてますので、”アルテミスの首飾り”に搭載された受動的な(パッシブ)光学センサーで確認した方がいいでしょう。無論、最大望遠で」

 

 

 

『なっ!?』

 

マクシミリアンの驚愕に染まる顔を見て、キルヒアイスは少しだけ溜飲を下げつつ、

 

「もっとも現状見えてるのは約45分前の姿ですがね」

 

カストロプが確認できたのは、凡そ2700光秒前先に小惑星(アクシズ)あったときの姿だ。

参考までに言っておけば太陽→木星間の距離が2596光秒とされているのでほぼ等しいと考えていいだろう。

 

「現在、アクシズと名づけた小惑星は徐々に加速しながらあなたの星に接近してます。最終的な加速は光速の0.1%ほどになる予定ですが」

 

『貴様、正気か!?』

 

 

 

アクシズと言うと、元ネタのガンダムに登場した小惑星アクシズは”長辺:約5.3km/短辺:約4.2km”というサイズだったらしい。

だが、形だけとはいえカストロプ主星に星間物質吸引式推進機関(パサート・ラムエアジェット)を吹かしながら接近してくる岩塊は、ケスラーやミュラーの艦隊が表面に偽装駐留していたようにかなり大きい。

具体的には体積比で1000倍くらいはありそうだ。

 

参考までに書いておくなら、6550万年前に地球のユカタン半島に落着し大規模な気象変動と寒冷化を招いた隕石の大きさは長辺10km程度、最終速度は秒速10~20km程度だったらしい。

その被害は、直径150km/深さ30kmのクレーターを作り、周辺にマグニチュード11の地震と大規模な火災、高さ300mの津波を引き起こした。

結果として、当時の地球に存在していた恐竜を含む70%の生物が、衝突と誘発された環境の急激な変化に耐え切れず死滅したといわれている。

 

「生憎と正気ですよ? 我が元帥閣下曰く『これ以上の不動産(わくせい)は通常業務に差し障りが出るために不要』との見解なので」

 

キルヒアイスは表情に一片たりとも変化を生じさせず、

 

「小惑星が落着すれば貴方だけではなく星の多く命が失われましょうが……これは戦。故、看過すべきことなのでしょう」

 

非情ではない、言うとすれば無情だ。

もっともキルヒアイスとしてはわざわざバスター岩石落しをする気はないが、かといってそれを相手に察せられてしまうほど純朴ではない。

やはり、ヤンという男のそばに長らく居たせいで良くも悪くも影響を受けまくっていた。

だからこそ、

 

「なので貴方ができる選択肢は、今のところ御自慢の”アルテミスの首飾り(げいげきえいせい)”でアクシズを止められることを祈る程度です」

 

どこか師匠に通じる優しげで温和な風貌に反するような毒を、何食わぬ顔で吐くこともできる。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

”いいかい、ジーク? 挑発と言うのは立派な戦術だ。舌戦なんて言葉もあるくらいだからね。だから用途は単純に相手を怒らせて冷静な思考力を奪うってことだけじゃないのさ”

 

(感情を刺激して冷静な判断力を奪い、なおかつこちらの意図に沿うように思考を誘導する……)

 

孫子の兵法を紐解くまでもなく、戦争で物理的なそれと同等か場合によってはそれ以上の効果をもたらすのが精神的なそれ、いわゆる心理戦だ。

そして自他共に認める心理戦の名手たるヤン・ヴェンリー・フォン・ローエングラムの内弟子たるキルヒアイスも、また知らず知らずのうちに少なからず心理戦に高い適正を持ち始めていた。

特にヤンがこれと言って奥義を伝授したわけではないが……一種の”門前小僧習わぬ経を読む”という奴であろうか?

 

(これで思考は絞れたかな?)

 

そしてキルヒアイスは先を読む。

すでに若きカストロプの思考は自分の艦隊とその後にある加速装置付きの巨大岩塊、そして今や最後の手札となった物騒な首飾りに固定化されたと考えていいだろう。

 

つまり、

 

「一応、」

 

(他の可能性に気づいた気配はない)

 

「降伏勧告はしましたからね?」

 

フォン・キルヒアイスが微笑んだ瞬間、

 

『なっ!?』

 

カストロプが本拠を構える星の衛星軌道が紅蓮の炎に染まった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




前書きにも書きましたが、お待ちいただいていた皆様、申し訳ありませんでした。
そして何より、お待ちいただきありがとうございました。

いずれ活動報告などにも書かせていただこうと思っていますが、身内が鬼籍に入り、また仕事を変えるなど私事にあまりにも変化があり、しばらく短文の執筆さえままならぬ状態でしたが、此度少しずつでも執筆モチベーションが回復してきてるので、わずかばかりでも書いていこうと思ってます。

かつてとは比べ物にならない程度の遅筆となり、またクオリティも当然のように下がっているでしょうが、またお付き合いいただければこの上なく幸いです。


追記:っこのシリーズのマクシミリアン・カストロプは”道原かつみ”先生の漫画版を参考にしています。


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