マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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オルレアン3

「――先輩!!」

 

 リカが走ってきてわたしに正面から抱きついた。

 

「先輩。よか、った、無事で。あたし、何の手助けもできないで、見てるだけで。ごめんなさい、ごめんなさい! いき、生きてて、よかったよぉ……!」

「り、リカ、落ち着いて。わたし、ケガしてないから。大丈夫だから」

 

 リカをあやしながら、カーミラの宝具である棺を見やった。

 棺には、薔薇を象ったガラス細工が突き刺さっていた。

 

 わたしたちの後ろから、ヒールが石畳を踏む音が聞こえてくる。

 

「優雅ではありません。この街の有り様も。その戦い方も。思想も主義もよろしくないわ。貴女はそんなに美しいのに、血と憎悪でその身を縛ろうとしている。善であれ悪であれ、人間ってもっと軽やかにあるべきじゃないかしら?」

 

 ――それは、紅いドレスを纏った少女のカタチをしていた。

 今が戦闘中であることも忘れて見惚れてしまうくらいには、彼女は「少女」の理想形だった。

 

「我が愛しのフランスを荒らす竜の魔女。無駄でしょうけど質問をしてあげる。貴女はこのわたしの前で、まだ狼藉を働くほど邪悪なのですか? 革命を止められなかったわたしという愚かな王妃以上に、自分は愚かな魔女であると公言するの?」

 

 フランスで、王妃で、革命といったら。わたしの歴史的知識の中に該当する人物が一人しかいない。――ヴェルサイユ宮殿の華、マリー・アントワネット王妃。

 

 竜の魔女が目を眇めてから、微かに瞠目した。――そうか、竜の魔女には真名看破のスキルがある。彼女もこのサーヴァントがマリー王妃だと分かったんだ。

 

「宮殿で蝶よ花よと愛でられ、何も分からぬままに首を落とされた王妃に、我々の憎しみが理解できると?」

「そうね、それは分からないわ。今のわたしに分かるのは、貴女はただ八つ当たりしているだけということ。そんな貴女に向ける礼はありません、わたしはそこの、何もかも分かりやすいジャンヌ・ダルクと共に、意味不明な貴女の心を、その体ごと手に入れるわ!」

 

 ジャンヌさんは困惑しきりに頬を赤らめた。

 それはそうだろう。同性とはいえ、体を、なんて言われた日には、わたしだって同じリアクションをする。

 

《マシュ》

「すみませんドクター、今取り込み中で」

《声は抑えて。逆に考えるんだ。場が混乱している今こそ撤退のチャンスだ。おそらくは、最後の。いいかい? 街を出る最短ルートを駆け抜けるんだ。下手に隠れようとしなくていい。どうせワイバーンに上空から追いかけられたら丸見えだ》

 

 この窮地を脱する、ラストチャンス。

 

 わたしは、片腕に抱く形になっていたリカに、囁いた。

 

「……リカ。今から逃げるけど、走れる?」

 

 リカは囁き返した。

 

「……はい。先輩が行くとこなら、あたし、どこまでも追いかけて走れます」

 

 ――――こんな殺伐とした局面なのに、不意打ちないじらしい返事に、つい両手でこの後輩をハグしたくなった。

 

《最短ルート確保。ナビゲートはボクがする。キミたちはとにかく走ればいい。行くぞ。3…2…1…スタート!》

 

 わたしは盾の実体化を解いて、ジャンヌさんとマリー王妃を大声で呼んだ。それからリカと一緒に体の向きを反転、スタートダッシュを切った。

 幸いにも意図は正しくジャンヌさんたちに伝わったようで、お二人もわたしたちを追って来てくれた。

 

 必死で逃げるわたしたちの中で、マリー王妃だけが明るく言った。

 

「お待たせしました、アマデウス! 鎮魂歌をよろしくね!」

 

 アマデウス?

 

「任せたまえ。死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)

 

 天からオーケストラが舞い降りたように、壮麗で重厚な楽器の調べが頭上から聴こえた。

 わたしたちを追うはずだったワイバーンは軒並み地に落ちて、地上から追尾してきた竜の魔女の尖兵たちも足を止めている。

 

「こっちこっち」

「はい?」

 

 瓦礫の陰から出てきた瀟洒な男性は、手にタクトを持っていた。あの演奏はこの彼が?

 

「安心なさって。わたしの古い知り合いです」

「彼もサーヴァント……ですよね。気配が」

「ウィ、マドモアゼル。でも自己紹介はまたあとで。今はこの街から離れるのが最優先なんだろう?」

「は、はい! ――ドクター!」

《分かってる! ルート変更はなし、そのまま11時方向に全力疾走――!》

「わたしたちも付いて行きましょう、アマデウス」

「キミの好きにするといいさ。マリア」

 

 

 

 

 

 

 

 走った。

 街を抜けて草原に出ても、まだ追いつかれやしないかと漠然と恐ろしくて、走り続けた。

 

「はっ、はぁ…っ! ひっ、ひぁぁ…!」

 

 リカは息を乱して、むしろ喘鳴を上げて、それでもわたしに並走している。

 

 ラ・シャリテの街が地平線の彼方に消えた所で、わたしは足を止めた。

 

 わたしの斜め後ろを走っていたリカは、立ち止まり方が前のめりだったせいで、その場にべしゃっと座り込んで、荒い呼吸をくり返した。長すぎる亜麻色の髪は草に広がって、一部は汗だくの顔面に貼りついている。

 

「リカ――」

「だい、じょうぶ、ですっ…まだ、走れます、から…っあ」

 

 立ち上がろうとしたリカは物の見事に足をもつれさせてバランスを崩した。わたしは慌ててリカの体をキャッチした。

 

《もう大丈夫。あちら側の反応は圏外だ。ついでに言うと、そこからすぐ近くの森に霊脈の反応を確認した》

 

 召喚サークルが設置できれば物資補給を受けられる。カルデアからふわふわの毛布でも送ってもらえたら、リカに二度目の野宿はさせずにすむ。霊脈を目指すべきだ。

 

「あの、ジャンヌさん。マリーさん」

「マリーさん、ですって!?」

「し、失礼しました。アントワネット王妃」

「失礼じゃないわ、とっても嬉しいわ! いまの呼び方、耳が飛び出るくらい可愛いと思うの! お願い、素敵な異国のお方、これからもそう呼んでいただけないかしら!」

 

 結局、彼女の呼び方は「マリーさん」になった。

 

 そんなやりとりを挟みつつ、わたしたちは霊脈のあるポイントへ向かった。

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