マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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セプテム2

 わたしたちはどうにか敵サーヴァントを退けることに成功した。

 

《霊体化して移動したようだ。退散したといった所か。マシュ、お疲れ様。よく頑張った》

「いいえ、ドクター。わたしでも何とかできてよかったです。ところで、先ほどのバーサーカーですが」

《うん。狂戦士が自ら戦線離脱とは考えにくい。もしかしてマスターが存在していて、呼び戻されたとか?》

「先輩っ」

 

 リカが駆け寄ってきていた。少し土汚れがあるのは、丘を降りる時に転びでもしたからか。擦過傷のたぐいを見受けられないのは幸いだけど。

 

「怪我、ないですか?」

「ないよ。心配してくれてありがとう」

 

 リカは大きく首を横に振った。リカ、頭の上のフォウさんが落ちちゃうよ。

 

 リカは次にドレスの女性をふり返って、ごく普通に近づいた。

 

()()。失礼いたします」

「む?」

 

 リカが女性の二の腕に触れること、約10秒。訝しんでいた女性の表情が驚きに変わるまで、さして時間はかからなかった。

 

「これは……どうしたことかっ。体が軽い。痛みもない。傷が癒えた、のか? 娘よ、これはそなたの仕業か? そなたは魔術師なのか?」

「ええと、ええと、はい。魔術師です、一応。駆け出しのペーペーですけど」

「そうであったか! ということは、そなたの神秘が余を癒したのだな。ならば余の玉体に触れたことは咎めぬ。盾持ちの少女も、だ。余は寛大ゆえな」

「ありがとうございます」

 

 あれ? 治療をしたのはリカのほうなのに、何でリカがお礼を言う運びになったの?

 ――そんなわたしの疑問は、女性の名乗り口上によって晴らされることになる。

 

「氏素性を尋ねる前に、まずは余からだ。余は、真のローマを守護する者、まさしくローマそのものである者。――余こそ、ローマ帝国第5代皇帝、ネロ・クラウディウスである!」

 

 

 

 

 カリギュラの撤退後、わたしたちはネロ陛下の助っ人としてローマの首都に同行を許された。というか、わたしもリカもネロ陛下の勢いに負けて引っ張って来られた。

 

「見るがよい、しかして感動に打ち震えるのだ。これが余の都、童女でさえ讃える華の帝政である!」

 

 おー、と一番にリカが拍手した。わたしも続いてとりあえず拍手。

 

 都は実際にとても活気があって、賑わい、笑顔の人々が市を行き交っている。空気が明るいとはこういう場所での形容詞だろう。

 

「“初めに七つの丘(セプテム・モンテス)ありし”。全てはそこから始まったのだ。神祖ロムルスと、かの丘と共に、栄光の歴史は幕を開けた」

 

 ネロ陛下は楽しげにローマの歴史を語り始めた。ふるさとを語る人の表情は、民草であれ皇帝であれ大差なく明るいものなのだと、わたしは知った。

 

 道中、ネロ陛下が青果店の屋台からリンゴを一つさらりと取って行った。店主はもちろん代金など求めず、ネロ陛下に平身低頭していた。

 

「はぐ――うむ、これは美味い林檎だな。お前たちもどうだ? やや行儀が悪かろうと気にするな。戦疲れには甘い果物がよい。やる気だけは回復するぞっ」

 

 そのような無邪気な笑顔で迫ら――もとい勧められると断りにくいと申しますか……

 

 ええい、こうなったら勢いだ。わたしはネロ陛下が齧ったリンゴを受け取って、一口齧りついた。わ、本当に瑞々しくて甘酸っぱい。そういえばカルデアには立地的に青果が届くことがあまりなかったから、新鮮な味わいでもあるんだ。

 

 すると、リカの肩にいたフォウさんがわたしの肩に飛び移って、リンゴを嗅いでからがぷりと一口。フォウさんも気に入ったんですね。

 

「見事な食べっぷりだ。うむ、改めて、余はそのほうらが気に入った。実の所、言っていることはよく分からぬが、おぬしらが正直者であることは分かるのだ」

《そう言っていただけるとこちらも助かります、ネロ陛下。ボクたちのことは魔術師とその弟子たち、と覚えてさえいただければ結構です》

「あい分かった。それで? 余を助けるのが目的、そう言っていたな?」

「はい。その認識で間違いありません。陛下。わたしたちの求めるものは、聖杯と呼ばれる、特別な力を持った魔術の品です。現在のローマを蝕んでいるのは、その聖杯である可能性が高いのです」

「ほう。聖なる杯が、余のローマを、か。不思議と違和感がないな。よし、そなたら、余と共に宮廷へ参れ。そこでじっくり話を聞こう」

 

 

 

 

 

 宮廷に招かれたわたしたちは、セネカさんという文官の案内で豪奢な一室に連れて行かれた。部屋には長テーブルがあって、わたしたちはそこに着席して待つようにと言われた。

 

 わたしとリカが座ってからそう間を置かず、ネロ陛下が再びお出ましだ。

 変わった点といえば、服装。金の月桂冠と、赤いキャミソールにパレオという、おそらくは彼女の普段着。同性のわたしでさえ目のやり場に困る露出度である。

 

「大儀であった、セネカ。――そのほうら、楽にせよ」

 

 ネロ陛下は一段高い位置にある瀟洒なイスに腰を下ろした。

 

「さて。余を助けに来たというそなたたちであれば知っているやもしれぬが、余のローマは今、危急の時にある。突如として姿を見せた、余ならぬ複数の『皇帝』どもが統べる、連合ローマ帝国。彼奴らめは『皇帝』を自称し、帝国の半分を奪ってみせた。そして、連合の並み居る敵将の一人、カリギュラ。あれは――」

「お亡くなりになってる、ですね」

「……ああ。正直な所、連合帝国はあまりに強大だ。各地で暴虐の戦いを引き起こし、民を苦しめている。口惜しいが、もはや余一人の力では事態を打破することはできまい。ゆえに、だ。貴公たちに命ずる。いや、頼もう!」

 

 ネロ陛下が拳を握って上座の椅子から立った。

 

「余の客将となるがよい! ならば聖杯とやらを入手するその目的、余とローマは後援しよう!」

《願ってもない申し出だ。おそらくボクらの目的は共通ではある》

「はい。陛下、微々たるものですがお力添えさせてください」

「そうか、快諾か! では貴公たちの内一名に総督の座を与えよう。それと、先刻の働きへの報奨もな」

 

 総督、と来たか。

 軍を率いて命を預かる地位は、優しいリカには重すぎる。わたしにとっても決して軽い責任ではないけど、ここは「先輩」が意地を見せるべき場面だ。

 

「では僭越ながらわたしがその任を拝命します」

「うむ。では、それぞれに総督にふさわしい部屋を用意させよう。――と。姿の見えぬ魔術師殿にも必要かな?」

《ボクのことはお構いなく。寝床についてはそこの二人だけで充分だ。時に陛下。レフ・ライノールという魔術師に覚えはあるかな?》

 

 はっとした。そうだ。仮に連合ローマ帝国の「皇帝」がサーヴァントだった場合、マスター候補はレフ教授が最有力じゃないの。

 

「いや、とんと聞かぬ名だが。連合には強大な魔術を操る輩がいるとは、兵たちの噂に聞いた。因縁がある者か?」

「彼は、わたしたちの仇敵です。わたしたちカルデアは、何としてでも、彼の行いを清算させなければいけません」

「――――」

「あい分かった。貴公たちが仇敵を討ち果たすこと、余も、ローマの神々と神祖とに願おう」

「ご厚意、感謝いたします。――」

 

 皇帝陛下、と続けようとしたのに、喉に声がつっかえた。皇帝。その尊称が、妙に舌になじまなかった。“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――

 

 ぼんやりしてきた思考を呼び戻すように、手を弱く重ねられた。リカから。

 

 リカは心配そうにわたしを無言で見つめている。

 後輩の前で、「先輩」が気弱な顔しちゃだめだよね。

 わたしが微笑むと、リカは小さく顔を輝かせた。今は、これだけでいい。

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