マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
――女王ブーディカが虜囚となって敵軍の手に落ちた。
伝令兵からその報せを受けたわたしたちは、急いで本陣のネロさんのもとへ戻った。
ネロさんは、わたしたちよりずっと早くブーディカさんが囚われたことを聞いただろうに、未だ葛藤の渦中にあった。彼女の顔を見れば分かった。
「ネロさん――」
「ん。いや、少し考え事をしていたのだと思う。そして、今こそ余は決断したぞ。余は、ブーディカを助け出す!」
――彼女ならそう言う気がしていた。ブーディカさんが滅ぼされたブリタニア女王だからではない。純粋に、一度自分のものになった者が横から取られるのが許せないから。
「幸いにして、敵拠点の砦を荊軻が発見した。一気呵成に攻め入って、ブーディカを救うぞ」
通信の向こうでドクター・ロマンがごく小さく唸った。
《何か引っかかるな……ブーディカを捕らえたのはサーヴァントのはずだ。ただの人間にできることじゃない。だがなぜ彼らは砦などに立て籠もっている? 連合首都との距離もそう遠くない。なら、そっちへ戻ったほうが遙かに有利だろうに。ただこちらの軍を殲滅したいだけなら、そのほうがきっとマシなはずだ》
「敵はこちらを誘い込んでいる。そういうことでしょうか」
それも、人間とサーヴァントの決定的な違いを把握した、恐ろしい「敵」が。
わたしはいい。デミだけどサーヴァントだ。リカも……うん、ギリギリで、いい。あの子だってマスターで魔術師だし、いざって時は先輩としてわたしが護る。
でも、ネロさんは? 彼女は生身の人間で、この時代の人理定礎を大きく担う人物だけど――ここで素直に待っていてくれるような御仁じゃない。
「罠ならば踏み潰すまで! 共に征くぞ、マシュ、リカ!」
ほら、やっぱり。心配する暇さえ与えてくれなかった。
ネロさんが号令を出して、2台の戦車を呼んだ。戦車の1台にはネロさんが乗って、もう1台にはわたしとリカで乗り込んだ。
「目標は砦一つ。一気呵成に攻め落とす。余の手足たる兵たちよ、心してかかるがよい!」
戦車が荒野を走り出した。
こちらの陣容が向きを変える。その中でも砦に急行するわたしたちの戦車は突出するから、連合帝国兵がこの目に見えて分かりやすい獲物を狙わないわけがない。
こういう使い方、したことはないけど――
「リカ。わたしに掴まって。絶対離しちゃだめだからね」
「はい先輩っ」
「フォウ」
わたしは盾を構えた。――スキル「魔力防御」発動。戦車の正面に魔力の防壁を展開。
さあ、どいてもらいましょうか。進行方向にいたら魔力の壁で撥ね飛ばすからね!
「先輩、あれっ」
「ええ、見えてる。きっとあれが砦ね。陛下! このまま突っ込んでも!?」
「許す! 先ほどの何やら怪しげな壁で中に突貫するのだ! ――騎手たちよ、停まるな! マシュ総督が我らを守護し敵陣を粉砕するゆえそのまま砦の門へぶつかれ!」
わたしの体を巡る魔力量が大きく増した。リカが魔力を回してくれたんだ。今でも充分過ぎるくらいだけど、より確実な強度を「魔力防御」に注ぎ込むだめに。
砦の門はもう目の前に迫っている。ここだ!
「だらあああああああああああ!!!!」
大砲を城門にぶつけたような粉砕音だった。自分がしたことながら、この盾の堅さが末恐ろしい。
いきなり突入してきたわたしたちを見て、砦の兵士たちは面食らっていたが、我に返った者から挑みかかってきた。わたしはリカとフォウさんを背にして、向かってくる連合兵を盾で殴って退けた。
「どこだ、ブーディカ! 返事をしろ! よもやまだ死んではいまい! 分かるぞ、余には分かる。貴様は死なぬ!」
「……それはずいぶんと勝手な物言いじゃないかな」
空気が塗り替わった。――サーヴァントの気配。それも2騎。
わたしは兵士の迎撃をやめて、ネロさんより前に出て、硬く盾を握り直した。
「でも安心していいよ。彼女は無事だ。今は彼の魔術ですやすや眠ってる」
「拘束の魔術だ。すやすや眠る、とは違う」
「でも彼女、寝てたよ? すやすや」
戦場の只中にあって、その2騎の会話は至って和やかだ。なのに動けない。踏み出したら潰される、なんてプレッシャーを否応なく感じさせる。特に紅髪の少年のほうが。
怯むわたしと対照的に、ネロさんは泰然とした姿勢を崩さない。
「両名共に、この砦の将と見た。許す。自らの名をこの皇帝ネロへと告げてみよ」
「名乗らせてくれるのかい? うーん、そうだな。どういうふうに言おうかな。僕は名前が複数あるんだ。悩むね。――よし。僕は、アレキサンダー。正確には、アレキサンダー三世という。で、彼が――」
「ロード・エルメロイ二世。縁あって彼の軍師をしている。真っ当な英霊ではない。英霊としては他の名になるのだろう。故に、私の名は忘れてくれて構わんよ」
言われてみれば、確かに。エルメロイ二世と名乗った男性の服装は、現代の紳士服。眼鏡や煙草だってこの時代ではオーパーツと言っていい。英霊の座に時間の概念はない。わたしたちの時代の「エルメロイ二世」という人間が何らかの功績を成して、将来的に座に刻まれて、ここにサーヴァントとして召喚された、って感じかしら。
少年が不意打ちにこちらを――ネロさんをまっすぐ見た。
「そういうわけにも行かないさ。僕たちは、彼女にとっては敵将なんだ。ね、ローマ皇帝さん」
「無論だ。この期に及んで敵対せぬとも言うつもりか?」
「うん」
――はい?
「ここで待っていたんだ。きみが来るのを。ちょっと興味が湧いたからね。あれこれとちょっかいをかけたのはそのためだ。きみと話がしたかったんだ。できれば――こうして、戦いの只中で」
「……わからぬ。てんで分からぬ。少なからず、貴様の軍で余の兵は命を落とした! 今なお……それを、ただの話一つが目的だと言うのか、貴様!」
「うん。こうするのが一番だと思ったんだ」
大勢の雄叫びが聴こえた。砦の目と鼻の先まで戦線が移動したんだ。闘気と熱気を肌に感じる距離で、ネロさんの兵とアレキサンダーの兵が衝突している。なのにアレキサンダーは、このシチュエーションこそ我が意を得たとばかりに強気に笑んだ。
「ローマ帝国第5代皇帝、ネロ・クラウディウス。きみは――
――それは、今までのわたしの観点にはない、根幹の問いかけだった。
歴史的に間違っているのは「連合ローマ帝国」の存在そのもの。だからそれを正すこと、正すために戦争という手段を取ることに些かの疑問もなかった。
だめ。こんなIFを描くのはいけないのに。もし皇帝ネロが連合ローマ帝国に恭順していれば、たくさんの兵士が戦って死ぬことはなくてすんだのに――なんて。
「無用……無用と言ったのか。貴様。この戦いを」
「言ったよ。ならばどうする?」
「――許さぬ」
ネロ陛下は真紅の長剣を力強く地面に突き立てた。
「死から蘇った血縁であろうと、過去の名君であろうと、古代の猛将であろうと、伝説に名高き大王その人であろうとも。今! この時に皇帝として立つ者は、ネロ・クラウディウスただひとりである! 民に愛され、民を愛することを許され、望まれ、そう在るのはただ独り! ただ一つの王聖だ! ただひとつだからこその輝く星。ただひとりだからこそ、全てを背負う傲慢が赦される!」
ついにネロさんが長剣でアレキサンダーに斬りかかった。アレキサンダーは
「たとえローマの神々全てが降臨せしめて連合へ下れと告げようとも、決して退かぬ! そう信じて踏破するのが我が人生、我が運命! 退かず、君臨し、華々しく栄えてみせよう! 余こそが! まごうことなき
「見事! その答えが、どうしても僕は聞きたかった」
得物のリーチならアレキサンダーに不利があるはずなのに、やはり人間とサーヴァントの膂力の差か、それとも両者の剣技の差か。アレキサンダーは片手剣で長剣を真っ向からふり払った。
「合格だ。きみは覇王になるがいい。いいや、皇帝に! きみにはその資格があるだろう。魔王にだってなれるよ、きみは!」
「黙れ、黙れ黙れ黙れ!!」
このままネロさん一人に戦わせるわけにはいかない。
わたしはそう思って、盾を前に踏み込もうとしたけれど、わたしが動くより早く、足を阻むように巨大な円柱が正面に落ちてきた。
「先輩!?」
「フォーウ!」
答える暇がない。円柱は最初のものと加えて8本、わたしを囲んで配置された。さらに上から八卦炉が蓋をした。
決して脱出できない布陣ではないのに。何で? 膝が勝手に、頽れ、て……
「これぞ大軍師の究極陣地、『
しまった! アレキサンダーばかりに気を取られて、エルメロイ二世の妨害を考えていなかった。わたしの注意不足だ。
リカが駆け寄ってきた。でも、陣に手を近づけただけで静電気のようなものが走って、リカは手を押さえて後ろにまろんだ。
それを見てわたしは閃いた。――リカの手の甲には令呪がある。
「リカッ! 令呪ちょうだい!」
あの子にもそれでわたしの意図が伝わった。
「第25ラインから第40ラインまでパスに編入。魔力供給。――先輩! 『その陣地を破ってください』ッ!」
リカ自身の魔力と令呪の魔力リソースが同時に供給された。
わたしは立ち上がって足を一歩後ろへ。正面に盾を構えた。
「! まさか――そんなデタラメを!?」
そのまさかですとも、ロード・エルメロイ二世。俗に言う「レベルを上げて物理で殴る」方式で、この陣地を破らせてもらいます! 全力防御で――ボディアタック!!
わたしがぶつかった円柱に亀裂が入った。亀裂は円柱全体に広がっていって、ついに折れて崩れた。
わたしは改めてエルメロイ二世と対峙した。
――本当はネロさんの援護をしたいけど、またエルメロイ二世の妨害が入ったら厄介だ。正直、あの宝具を二度突破する自信はない。
先に彼から、潰す。
エルメロイ二世はいつのまにか煙草ではなく羽毛扇を持っていて、それを一振り、わたしに突きつけた。
小さな八卦炉から光条がわたしへ発射された。
わたしは魔力で盾の前面をコーティングして突き立てた。
「
あえて盾に全ての光条を受けて、光条をエルメロイ二世へと
逆転した光条はエルメロイ二世の胸部、腹部、太股を穿った。エルメロイ二世は太股の傷を押さえて片膝を突いた。
「先生!?」
「よそ見をするでない! 貴様の相手は余であろう!」
「く――!」
真紅の長剣と片手剣がぶつかり合って火花を散らしている。
エルメロイ二世はというと、ダメージを負ったとはいえ健在だ。なのにアレキサンダーを魔術で援護する様子がちっとも見られない。どうして?
「私は、はぐれだ。マスターを持たん。この時代に召喚された意味くらいは知っている。人理の危機なんだろう?」
「はい……」
「人類史の終焉など、私もアレキサンダーも望んではいない。ゆえに目的を、ネロ・クラウディウスとの対面を果たせた暁には――」
甲高い金属音がして、わたしは反射的にふり返った。
ネロさんの剣がアレキサンダーの剣を手から弾き飛ばした所だった。
ネロさんはその隙を取り零さなかった。真紅の長剣を、アレキサンダーの心臓部に、深く刺した。
ネロさんが長剣を引いて正眼に構え直した。息切れを隠してもいない。でも――これ以上、鎬を削る必要はない。今の一突きはアレキサンダーにとって致命傷だったんだから。
「もう一つ、言葉を残しておくよ。可愛い皇帝さん。咲き誇る花のごとき輝きは尊いものだろう。けれどそれは、きっと危険なものでもあるはずだ。どうか……」
彼が何を言おうとしたのかは永遠に分からない。言い切る前にアレキサンダーは消滅を迎えた。
はっとしてふり返ると、まるであとを追うように、エルメロイ二世の姿も消えていた。
「陛下……」
「余は、間違ってなどいない。何一つ……余は、ただひとりの……皇帝、だ」
カエサルとの戦いが終わったあとと同じで、わたしにはネロさんに告げるべき言葉が見つからなかった。