マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
決戦の日は来た。
正統ローマ帝国軍はついに、連合ローマ帝国の首都に辿り着き、進軍を開始した。
皇帝であるネロさんさえ剣を執って争乱の巷に降り立った。ネロさんが檄を一つ飛ばすたびに、兵士たちは歓声を上げてネロさんを褒め称えた。
わたしは、敵兵を退けるより、ネロさんを、そしてリカとフォウさんを護る盾役に徹した。防衛戦であれば比較的得意分野だ。あくまで比較的、だけど。
斬りかかってきた敵兵の剣を受け止めて、盾から振動が両腕に伝わる。これはその痺れであって、わたし自身の震えじゃない。震えてなんか、ないんだから。
《サーヴァントの反応を感知した! 近いぞ、前方に見えるはずだ!》
ドクター・ロマンの管制を受けて、わたしは正面に出て盾を構えた。
「……勇ましい。それでこそ、当代ローマを統べる者である」
「何奴!?」
視認した。王宮の入口に、一騎のサーヴァント。しかも今の声は、魔術による拡声とかじゃない。肉声だ。
「そうか、お前がネロか。何と愛らしく、何と美しく、何と絢爛たることか。その細腕でローマを支えてみせたのも大いに頷ける。さあ、おいで。過去、現在、未来、全てのローマがお前を愛しているとも」
そのサーヴァントが語りかけた当のネロさんは――傍目にもはっきり分かるくらい、愕然としていた。
「こんな、ことが。あって、よい、のか……いや、しかし……あれは……一瞥しただけでも分かってしまう……
なおもサーヴァントはネロさんに語りかける。
「ネロよ。私へと帰ってくるがいい、愛し子よ。私こそが、連合帝国なるものの首魁である。お前も連なるがよい。許す。お前の全てを、私は許してみせよう。お前の内なる獣さえ、私は愛そう。そうだ――
「あ、ああっ……あなたは、あなただけはありえぬと……信じていたのだ、信じていたかったのだ。なのに! あなたは余の前に立ちはだかるのか、神祖ロムルス――!」
神祖ロムルス――ローマ建国王にして、数多の時代の「皇帝」の
ネロさんは戦慄いている。もう声は聴こえないのに。
けれど、こちらの心情なんて知りもしない敵兵は、容赦なく襲ってくる。
ネロさんを狙って来た相手を、わたしは内心慌てて盾で跳ね返して――
「先輩っ。その人、へ、兵士じゃ、ない……っ」
――リカの言う通りだった。わたしがたった今跳ね飛ばしたのは、鎧も槍も持たない一般市民。
よくよく見回せば、戦場の中にはあちこちに市民が混じっている。
彼らはまるで連合帝国の兵士であるのように、手に棒きれなんか持って振り回したり、石を次々と投げたりしている。
こんな力の無い市民と――無辜の民と、この盾で戦えっていうの?
またも、わたしに向かってくるのは兵士ではなく市民。意思とは関係なしに、足が半歩下がった。たじろいだ。
その市民の、うなじに、ブーディカさんが剣の柄頭を容赦なく叩き込んだ。
それでその市民は白目を剥いて倒れたけれど、死んではいない。
「戦場で呆けないッ! 死ぬよ!?」
「は、はい! すみませんでした!」
「――マシュ。どうしても戦えないなら、死なない程度に殴るよう心掛けるの。ぶっつけ本番だろうが、戦場に立って日が浅かろうが、その甘さを通したいなら、それができなきゃだめ。分かる?」
……甘さ、なのよね。これって、やっぱり。兵士と市民。命は等価値のはずなのに。
「あんたもだよ! ネロ公! シャキッとしな、皇帝陛下!」
ネロさんの若草色の目に、微かに光が戻った。
「荊軻が王宮への侵入経路を探りに行った。あたしは、戻ってきたスパルタクスと呂布の面倒を見に行くから。皇帝を頼んだよ、マシュ。リカもね」
ブーディカさんが踵を返して、戦乱の中にまぎれて姿が見えなくなった。
ネロさんは一度、深呼吸して、わたしたちに顔を向けた。
「……情けない姿を見せてしまったな。まさかああまで取り乱すとは」
「いいえ。無理もありません」
カリギュラやカエサルとの戦いでも動揺を隠せなかった彼女だ。今回はその中でも特大のショックだっただろう。
「――もしや、と。確かに思った。神祖の声を聞いた時、あろうことか、余も、神祖に降ればよいのだろうか、と……いや、言おう。言ってしまおう。降りたくて仕方がない。それが余の偽らざる気持ちだ! 神祖だぞ!? 建国王その人に他ならぬ! 余の道が誤りだと断ずるのならば、任せてしまいたい。連合の『皇帝』となって!」
ネロさんは大喝と共に地を踏み締めた。
「
兵士たちが、敵も味方も問わず一斉に、ネロさんをふり返った。
「いかに完璧な統治であろうと、笑い声のない国があってたまるかッ!!」
戦場が、しん、と静まり返って。
凄まじい喝采が沸いた。
――やっと気づいた。今さらになって。
落ち込んだり寂しげにしたりするネロさんも、ローマ帝国皇帝のネロ陛下も、相反するように見えるけど、どちらもネロ・クラウディウス。
“人”を捨てず“王”で在る、その王道が眩しくて、引き寄せられた。
仕えたいわけじゃない、単に、ほっとけなかった。
「何が相手であっても迷うことなどない。余は、余の成すべきことを成そう」
「はいっ。その意気です、ネロ陛下。進みましょう。荊軻さんが侵入ルートを探ってくれています」
「うむ! これより連合ローマ帝国の首魁を討ち果たしに行く。最後の戦いになる。余と共に、来てくれるか?」
「もちろんです」
「お邪魔でないなら、ご、ご一緒……します」
ネロさんが笑う。大輪の薔薇のように綻んだ笑顔だった。
わたしたちは、戻ってきた荊軻さんと合流して、彼女の道先案内で王宮に入り込んだ。
――王宮の内装は、首都ローマにある宮廷とそっくり、いいえ、同じだった。あえて似せて建造したとしか思えない。思えば、都市そのものも首都ローマに似た街並みだった。そこに連合ローマ帝国の執念を見た気がして、わたしは薄ら寒いものを感じた。
荊軻さんが突き当たりの大扉を指した。
「あそこが玉座の間だ。神祖ロムルスはあの中にいる」
わたしたちは扉から一定の距離を保って立ち止まった。
わたしはネロさんをちらりと覗き見た。
――まっすぐで、華々しく、眩い横顔。よかった。これならきっとロムルスと対峙しても、彼女は揺らぐまい。
「よし。荊軻、そなたは引き返せ。そして、そなたは先の侵入路から内部に手勢を引き入れよ。ブーディカの軍には王宮正面から攻め上がるよう伝えよ。……神祖は、余たちが討つ」
「よいのか? 仮にも皇帝御自ら」
「杞憂だ。余は負けぬ」
荊軻さんは元来た道を逆走していった。気配はすぐに消えて察知できなくなった。
強張った面持ちで背後に立つリカと、頷き合う。
わたしは玉座に続く扉を力いっぱい開け放った。
玉座にいたのはただ一人。――神祖ロムルス。
「来たか、愛し子」
「うむ、余は来たぞ! 誉れ高くも建国成し遂げた王、神祖ロムルスよ!」
「……良い輝きだ。ならば、今一度呼びかける必要はあるか、『皇帝』よ」
「いいや、必要ない。過去も、現在も、未来であっても、余こそが! ローマ帝国第五代皇帝に他ならぬ! ゆえにこそ余は、余の剣たる強者たちと共に、そなたに相対する!」
ネロ陛下が真紅の長剣を構えたので、わたしも横に立って盾を握った。
「許すぞ、ネロ・クラウディウス。私の愛、お前の愛で見事蹂躙してみせよ。見るがいい。我が槍、すなわち――
さてここでクエスチョン。
ネロの「連合に下りたい」発言に無反応だった兵士たちですが、どうして「だが!」以降のネロの言葉だけは聞き取れたのでしょうか?
ヒント:防音結界