マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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冬木3

 次の通信もまたリカの通信端末に届いた。

 わたしは、リカの端末からドクター・ロマンの声が聞こえてすぐ、リカの手首から端末を外して、オルガマリー所長に差し出した。

 

「ちょっとロマニ。何で直接私のほうに繋がないのよ」

《いや、こちらも所長に通信しようとしたんですが、何度試してもエラーでして。仕方なくリカ君のほうに……》

「故障かしら。まあいいわ。それで? 現状は」

 

 所長がドクターと、カルデアの状況について話し合いを始めた。

 わたしは、リカと一緒に一歩引いて、待った。

 

 

「先、輩」

 

 リカはわたしと目が合うと、怖じるように顔を逸らして、俯いて、両手を強く握り合わせた。

 

「さ、さっき。その、ま、守ってくれて、ありがとうござい、ます」

 

 リカはそれだけ言うと、わたしに背を向けた。照れている、のとは違う。この子は怯えている。わたしが気分を害していたらどうしようと、本気で怖がっている。

 

 ――初めて会った日からこの子はそうだった。自分の何気ない一言や態度が、全てマイナスに働くと思い込んでいる。そんなことないのに。見ていて痛々しいよ、リカ――

 

 

「ではこれより、藤丸立香、マシュ・キリエライトを探索員として、特異点Fの調査を開始します」

 

 オルガマリー所長は通信を切って、端末をリカに突き出した。返された端末を、リカは恐々と受け取って、自分の手首に着け直した。

 

「所長。よろしいのですか? ここで待機して救助を待つという案もありますが」

「――今回のことで、協会からどれほど抗議があるか。手ぶらでは帰れない。連中を黙らせるだけの成果を持ち帰らないと。悪いけど付き合ってもらうわよ、アナタたち」

 

 わたしは了解した旨を答えようとして――全身に走った鋭い予感に、盾を握って踵を返した。もう教えられなくても分かるようになった。

 

「先輩?」

 

 わたしはリカの手を取った。

 

「所長。サーヴァントの気配を感知しました。今すぐここから離れましょう!」

 

 リカも所長も顔色を蒼白にした。

 

 わたしはリカの手を引いて走り出した。

 

 この中でサーヴァントの気配が分かるのはわたしだけ。つまり、今まさに迫りくる脅威から、正しく逃げるべき方向が分かるのもわたしだけなんだ。

 だったら、本当は足が竦んでいたって、わたしが先頭を走らないと。

 

 とにかく急いで、走って。

 わたしたちは大きな川に架かる大橋の下へ出た。

 

 そこでわたしたちは足を止めざるをえなかった。まるで逃げるわたしたちを捕らえるように、幾条にも鎖が張り巡らされていたからだ。

 何にせよこの鎖をどうにかしないと進めない。

 わたしは息を呑んで鎖に触れようとした。

 

「先輩!」

 

 リカが急にわたしの腹に抱きついた。わたしは後ろに引っ張られて、リカと縺れるように尻餅を突いた。

 

 鎖がうねった。リカが止めていなければ、伸ばした手を鎖に絡め捕られていただろう。

 

 堤防の上から女の声がした。

 

「残念。新鮮な獲物を逃がしてしまいました」

 

 フック状の刃をした鎌を持った長髪の女。気配で分かった。アレはサーヴァントだ。得物が鎌なら、クラスはランサーだろうか? いえ、騎乗の逸話がある英霊なら武器が何であっても関係ないから、ライダーという線もある。

 

 きっと(仮称)ライダーの後ろの石像は、ライダーに石にされた人たちだ。

 

 どうあれこの状況で撤退は難しい。ならば。

 

「戦うしか、ない」

「戦う、って。アレと? 先輩、が?」

 

 盾を構えてじりじりと前に出る。

 

 本音を言うと逃げ出したいくらい怖い。わたし一人だったらきっと逃げ出していただろう。

 だけど今は、わたしの後ろに、わたしを先輩と呼び慕った子がいる。

 

「アナタ、サーヴァントとして戦うのは初めて? なら先輩として教えてあげる。言動には注意しなさい。戦うと宣言した以上――行為はもう始まっているのですから!」

 

 ライダーは一瞬でわたしの懐に潜り込んだ。

 幸いにして初撃は盾で防ぐのが間に合った。これがライダーの出力水準なら、この盾は受け流せる。現に次に来たライダーの突きも薙ぎも、防げた。

 

 問題は攻撃手段だ。

 剣――出そうと思えば出せる……気がする、何となく。

 でもきっと通用しない。わたしと融合した“彼”のクラスはエクストラ、シールダー。剣や槍が得意ならセイバーやランサーが基本設定になるはず。そうならなかった時点で攻撃力は見込み薄だ。

 無茶でもこの盾を武器に攻めなくちゃ。

 

「やあああああっ!!」

 

 盾の面に威力を載せての、肩からのボディアタック。

 

 ライダーを下がらせることには成功したが、ライダーはそのまま跳んで鎖の上に着地してしまった。ダメージが入った様子がまるっきり無い。やっぱり盾での攻撃には無理があったか。

 

「わたしじゃ敵わない――リカ、逃げて!!」

「できませんっ!」

 

 リカ……!?

 

「先輩、管制室であたしを置いて逃げなかった! だからあたしも絶対、先輩のこと置いて逃げたりできないよ……!」

 

 あなたは、何て――

 

「いいガッツだ。小娘は小娘でも、それなりの(つわもの)じゃねえか。ならほっとけねえな」

「何者!?」

「何者って、見れば分かるだろ、ご同輩」

「貴様――キャスター!」

 

 向こうの堤防の上に、またサーヴァントの気配。空色のローブを纏った青毛の男性がいた。助けて、くれるの?

 

 彼は空中にいくつもの文字を描いた。

 あれはルーン文字だ。文字そのものが魔術的意味を持つ、攻防一体の神秘。わたしはルーンを学習しなかったから意味までは読めないけど。

 

 キャスターさんのルーンは全てが光弾へと変じてライダーを撃った。

 わたしは反射的に盾を構えて、着弾の余波からリカと所長を庇った。

 

「オレはキャスターのサーヴァント。故あって奴とは敵対中でね。敵の敵は味方ってわけじゃないが、今は信用してもらっていい。構えな、盾のお嬢ちゃん。腕前はともかく、度胸じゃアンタは負けてねえ」

 

 不思議と、キャスターさんの言葉は腑に落ちて、わたしを奮わせた。

 

「せんぱい……」

「大丈夫――待ってて」

 

 リカは泣き出しそうな顔を、くしゃりと、精一杯の笑みの形に結んだ。

 

 命令がなくても。指示がなくても。激励がなくても。約束がなくても。わたしには、怖がりなあなたがなけなしの勇気で作った笑顔で、充分だよ。

 

 わたしは盾を手に堤防を駆け上がった。

 

 石像の合間を縫って、ライダーとキャスターさんは戦っている。いや、あれは。キャスターさんが防戦一方だ。あの猛攻の中では詠唱の隙がない。普通ならそう思うけど。

 

「お嬢ちゃんッ!!」

 

 わたしは疾駆して、キャスターさんを庇う位置に割り込んで、盾でライダーの鎌を真っ向から受け止めた。

 

「ルーンに詠唱なんざ要らねえんだよ。学び直してきな!」

 

 再び。キャスターさんがいくつものルーン文字を中に描いて、それらを光弾としてライダーへ放った。

 広場の中心に巨大な爆発。

 煙が晴れて、果たして、そこにライダーの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 敵はもういない。脅威はひとまず去った。そのことを実感していくにつれて安心感で足元が危うく――

 

「先輩ッ!!」

 

 まるで見透かしたようなタイミング。いつのまにかリカがわたしの前まで駆けて来ていて、わたしの胸に飛び込んだ。

 

 わたしの背中に回ったリカの両腕は、きつくて、震えていた。

 怖がらせてしまったことが申し訳なくて、わたしはそっとリカの両肩に手を置いた。

 

「もう大丈夫だから。怖いことは終わったから」

「本当、に……? 先輩、どこも怪我してない? どこにも痛いとこ、ない?」

 

 わたしは認識違いをしていた。

 この子が怖がったのは、目の前でくり広げられた殺し合いではなかった。この子は、わたしが傷つくことを恐れていたんだ。わたしみたいな人間のために、心を不安に切り刻まれて。それでも、一切口出ししないで、わたしの生還を信じて待っていた。

 

 ああ――今、深く、実感した。

 リカは、わたしの、本当に大切な「後輩」だ。




* 冬木編はアニメ版をベースに展開します。

* メドゥーサをあえて「ライダー」で表記したのは、イメージのしやすさを作者なりに気にした結果です。メドゥーサがこの時はランサークラスだったことは承知の上でやりました。
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