マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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 リカのSG1、オープン。


オケアノス9

 ――――なにが、おこって、いるの?

 

 

 目の前。満身創痍の黒髭が、胸を、十字槍の穂先で貫かれて、血をボタボタと甲板に落としている。

 

 

 ――――まって。ねえ、どうして、こんなことになったんだっけ――?

 

 

 わたし、は……リカとフォウさんと一緒に女王アンの復讐号(クイーン・アンズ・リベンジ)に乗り込んだ。

 最初にあの十字槍の男と戦おうとしたんだけど、アン・ボニーとメアリー・リードのコンビに阻まれて、辛くもこれを退けた。そして、あれよあれよと黒髭本人との決着へ。

 わたしやドレイク船長も、黒髭も、死力を尽くして戦い、そして――ああ、そして!

 

 黒髭の胸を、あの男が背後から十字槍で貫いた。

 顔色一つ変えずに、あの男は、キャプテンを裏切った。

 

 

 

 

「ティーチ!? クソ、テメエ仲間を……!」

 

 わたしの理解が追いつくのを待っていたかのように、世界に音が溢れ返った。

 

「道理で、裏が読めぬ相手、だと……しかし、この状況で裏切るとか、アホでござるか、ヘクトール氏は」

 

 ヘクトールって……あのヘクトール!? トロイア戦争で、勇者アキレウスと数年も鎬を削り続けた、拠点防衛に特化した大英雄――!?

 

「いや何、オッサンもそれなりに勝算があってやっていることでね。それじゃ、船長。アンタの聖杯を頂こうか!」

 

 ヘクトールが黒髭から抜いた十字槍の穂先には、金の光。ヘクトールが光を握って開くと、それは見慣れた金の六面錘を結んだ。わたしたちにとっての聖杯に違いなかった。

 

 するとヘクトールはひらりと黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)に跳び移り、上手いことエウリュアレさんのすぐ目の前で着地してみせた。

 ヘクトールはエウリュアレさんの両手を後ろに捻り上げると、十字槍の刃を彼女の首筋に添えた。

 ――完全にエウリュアレさんを人質に取られた。

 

「はな、せええええええええ!!!!」

 

 アステリオスさんがヘクトールめがけて突進した。ヘクトールもこれには面食らったようで、エウリュアレさんを盾にすることもせずその場から飛びのいた。

 

「能無しのバーサーカー程度に後れをとるほど落ちぶれちゃ――いねえよッ!」

 

 ヘクトールはエウリュアレさんを掴んだまま、十字槍でアステリオスの下腹部を穿った。

 アステリオスさんは血がどんどん溢れる患部を片手で押さえながら、それでも立ったままでいる。

 早くアステリオスさんを助けに戻らなくちゃ――!

 

 わたしは急いで船の桟に足をかけて、あちらの船に戻ろうとした。

 

「目的は達した。悪いな、海賊諸君!」

「きゃあ!?」

 

 ヘクトールはエウリュアレさんを担ぎ上げると、海に身を投げた。ちがう。いつのまに用意してあったのか、小型船があって、ヘクトールはその船に着地した。

 

 

 視界の端を。

 亜麻色の髪が掠めた。

 

 

 船から跳び下りたのはわたしではなかった。――リカが、それをやらかした。

 あ、あの子、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 音はここまで聞こえない。ただ、あの着地、というか落下態勢は絶対に痛い。

 なのにリカはすぐ立ち上がって、エウリュアレさんを引っ張り寄せて、諸共に海に飛び込もうとした。

 でも、ヘクトールの十字槍のほうが、リカより速かった。

 ヘクトールは十字槍の石附でリカだけを小型船から突き落として、エウリュアレさんを再び確保した。

 

 

 ――何でよ。

 何でこんな時こそ「先輩(わたし)」を呼ばないのよ、あの後輩は――!

 

 

 わたしは盾を消して、デッキから海へ身を投げた。

 

 冷たくて塩っ辛い水を掻き分けてしゃにむに泳いだ。

 ――見つけた。リカがさっき突かれたお腹を抱えるようにして水中を漂っている。

 わたしはリカめざして海水に逆らって、リカの体をようやく確保した。

 

「ぷはっ! リカ…っ、(リツ)()!! しっかりしなさい!」

「ッ、つ…ぁ…せん、ぱ…い……?」

 

 上から縄が垂らされた。見上げると、黄金の鹿号(ゴールデン・ハインド)からボンベさんを始めとするドレイク海賊団の皆さんが、わたしたちを引き揚げようとしていた。

 掴まれ、と言われたので、わたしは縄で自分とリカの体をぐるぐる巻きにした。

 

 どうにかこうにか、わたしたちは黄金の鹿号のデッキに生還した。

 わたしもリカもびしょ濡れで息も絶え絶えだ。

 

「滅茶苦茶間に合ってるわ、このボケェッ!! さっさとおっちね!」

 

 顔を上げると、崩れゆくアン女王の復讐号(クイーン・アンズ・リベンジ)の上で、ドレイクさんと黒髭が最後の言い合いをしていた。

 

「は、いいさ、いいさ、いいってことさ! 黒髭が誰より尊敬した女が! 誰より焦がれた海賊が! 黒髭の死を看取ってくれる上に、この首をそのまま残してくれるなんてな! さらばだ人類、さらばだ海賊! 黒髭は死ぬぞ! くっ、はははははははははは!!」

 

 黒髭の霊基消滅、および女王アンの復讐号(クイーン・アンズ・リベンジ)の崩落を目視で確認。ひとまずは一歩前進、で、いいのかな……?

 

 ドレイクさんとアステリオスさんがこちらの船にジャンプして戻って来た。

 

「――先に逝ってな、エドワード。どうせアンタもアタシも地獄行きだ。海賊らしく無様にみっともなく、悪行の報いとやらを受けようじゃないか」

 

 

 

 

 一応は敵を撃破したんだ。となれば、今のわたしがやるべきことはただ一つ。

 

 わたしはリカの両の二の腕を掴んで、まっすぐリカと顔を合わせた。

 

「リカ! 何であんな無茶したの!」

「……ごめんなさい」

「謝ってほしいんじゃなくて! どうしてなのかを聞いてるの! 答えて、立香!!」

 

 ――その、瞬間。

 リカの両目の焦点が現実から外れた。

 

「……じゃない、立香じゃない、立香なんかじゃない。あたし、立香って名前じゃない! ()()()()()()()()()ッ! リカだもん! お兄ちゃんじゃ、ないもん!!」

 

 わたしが呆気に取られている間に、リカは蒼白な顔色のまま、船倉へと駆け降りて行った。フォウさんがそれを追いかけて行った。

 

 リカが、わたしから、逃げた。

 怒鳴ったから怖がらせた? ううん。それじゃああの叫びの意味が分からない。

 そもそもわたし、リカにあんな大声で言い返されたの、初めてだ。

 

《あちゃー……今のは良くなかったな。そうか。マシュ相手だとあんなふうになるのか。油断した》

「――何か、知っているんですか。ドクター」

《リカ君があんなに本名で呼ばれるのを嫌がる理由について?》

「……はい。理由が、あるのですね」

 

 わたしが知らないリカのこと。

 

《あるよ。本当はボクの口から話すべきことじゃないんだけど》

 

 胸が、つきん、と小さく痛んだ。

 

《きっとあの子は、自分からは話さない。何も言わないのに理解して、なんて甘えなのにね――》

 

 ドクター・ロマン? 声にどこか哀愁が感じられるような。気のせい?

 

《彼女のお祖母さんはね、認知症を患って、彼女を彼女のお兄さんだと誤認したまま亡くなったそうだ。大好きな祖母の目の前にいるのは彼女なのに、当のお祖母さんには笑って兄の名で呼ばれ続けた――お祖母さんが息を引き取る瞬間まで、ずっと。彼女が『リカ』と呼ばれることに拘る原点はそこだよ。マシュだって、例えば融合した英霊の名で呼ばれて、第三者がマシュをその英霊であるかのように扱ったら、寂しいだろう?》

「それは……はい。きっと身を切るような想いに囚われると思います」

 

 わたしの個体名はあくまで識別のために付けられたものだけど、ドクター・ロマンやダ・ヴィンチちゃん、オルガマリー所長、スタッフの皆さん、たくさんの人が今日までわたしを「マシュ」と呼んでくれた。それがある日突然、撤回されたら。

 ――リカは過去にそんな辛さを味わったんだ。

 

「もしかしてリカがカルデアに来たのは、お祖母さんの死でお兄さんと諍いがあって――」

《それはない。そもそも彼女の兄は、彼女が産まれた日と同じ日に亡くなった。交通事故だそうだ。享年5歳。彼女とは会ったこともない。お兄さんの名前も、(フジ)(マル)(リツ)()。さっきのエピソードを成立させる、もう一つの大きなファクターだ》

 

 リカとリカの亡くなったお兄さんが、同じ、名前?

 リカは最初からお兄さんの名前をつけられた子供だった?

 

《ただし、リカ君が本名を呼ばれて錯乱するなんて、マシュが初めてだ。ある意味、リカ君はマシュに一番心を許してるんだよ》

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