マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
わたしたちの船はついにヘクトールの小船を捕捉した。
ここに来るまでに嵐に遭ったりもしたが、竜種の鱗で船体を補修したのが吉と出た。
ドレイク船長は、ヘクトールの小船に問答無用で
その間にわたしは盾を実体化。船の桟に片足をかけて、いつでも小船に飛び移れる態勢を――
「アステリオス! 抑えろ、抑えろー! 鎮まり給えー!」
「えうりゅあれ……!!」
「いま飛び出したら槍の的になりにいくようなもんだぞ! はいし、どうどう。はいどうどう」
わたしは――そっと桟から足を下ろして、アステリオスさんを引き留めるべく奮闘しているオリオンさんに加勢に行った。
「アステリオスさん! 気持ちは分かりますが我慢して! あなたが傷ついたらエウリュアレさんが悲しみます!」
「分かった! あと10秒待て!」
1、2、3…っ、く、重、い…! とてもわたしとオリオンさんだけじゃ引き留めておけない。
3カウントまで粘った末、ついにアステリオスさんはわたしとオリオンさんを振り解いて、咆哮して小船に飛び移って行った。
あの巨躯で何て身軽さなのか。って、そういえば、アステリオスさんは船に乗り込む前に、リカに足枷を外してもらっていた。俊敏で当たり前だった。
「リカ! ともかくわたしたちも行きましょう! わたしから離れないで!」
「はい先輩っ」
「フォウ!」
リカとフォウさんがわたしにしかと抱きついたのを確認。わたしは今度こそヘクトールの小船に突貫した。
アステリオスさんがヘクトールに殴りかかって、ヘクトールはそれを飄々と躱している所に出くわした。
「ったく、めんどくさいねえ。やれやれ。だけど、オジサンはねえ――」
小船には乗組員が一人もいない。魔力での自動操縦? いえ、ヘクトールはあくまで槍のサーヴァントであって魔術の素養はないはず。別所から何者かが魔術で牽引していると考えるのが妥当だ。つまり――ヘクトールには援軍の宛てがある。
「守るのだけは、嫌になるほど得意なんだよなあ!」
ヘクトールの貌が戦士のそれへと変わった。
――守るのだけは得意? そんなこと言われたら、わたしだって闘志に火が点くこともある。
わたしと“彼”のクラスはシールダーだ。この霊基に懸けて、“護り”で負けるわけにはいかない!
わたしは盾を構えて前に出た。
ヘクトールが十字槍で、真っ向から盾を突いた。ただの刺突――なのに、横に逸らせない!? 軸の固定が堅実すぎる。わたしのほうが捉えられた。
十字槍による斬撃のラッシュが始まった。
わたしが踏み出して盾でボディアタックに出ようとしても、ヘクトールは正確にわたしの予備動作を予期して、態勢を崩すポイントを狙った。結果としてわたしはそれを防ぐしかなく、攻めを封じられる。
――離れて仕切り直したい。
「先輩! 緊急回避、付与します!」
「避けろ」という指向性が染み込んだ魔力が、わたしの両腕を巡った。
ひと瞬きの間だけ、わたしの盾捌きがヘクトールの槍捌きを追い抜く。わたしは盾をあえて十字槍とぶつけ合わせて、反動でヘクトールから距離を取った。
「フォウフォウ!」
「先輩っ、だ、大丈夫、でしたっ?」
「ええ。ありがとう、リカ。助かった」
わたしと入れ替わりに、アステリオスさんがまたヘクトールに殴りかかった。ヘクトールはアステリオスさんの拳を十字槍の柄でいなしている。今なら……!
「リカ。強化をお願い」
「はいっ。瞬間強化、付与します」
リカの魔力が全身を巡る感覚を確かめてから、わたしは――爆ぜた。
魔力防御の反発力を利用して加速、ヘクトールの斜め下まで瞬時に移動。防御がお留守のヘクトールの足を盾で思いきり殴った。
「チッ……!」
ちょうどその時、船室のドアが開いた。中から出てきたのは、エウリュアレさんを連れたアルテミスさんとオリオンさん。お二人にはまたも水の上を歩いてこっそり回り込んでいただいた。
――形勢逆転だ。
「英雄ヘクトール。誰に仕え、何を目的としているか、説明していただきます!」
「これだから盾持ちの英雄ってやつは――ま、今回はオジサンの粘り勝ちだ。時間切れだぜ、お嬢さん」
「――、あ」
この船の運航が魔術による牽引だとしたら。わたしが仮定したのに、わたし自身が戦いに気を取られて仮説を忘れていた。この船はわたしたちが戦っている間にも「本陣」に向かって進んでいたんだ――!
「はい、その表情頂きましたっと! あの船にいるのが、今の俺の上司でね」
わたしはとっさにヘクトールが指さした方向を見てしまい、そして愕然とした。
ガレオン船ではない。ヴァイキングの船でもない。それこそ、神話の絵本でしか見たことないような形をした船――――神話の、絵本?
「ふぅん。あれってもしかして、アルゴー号?」
「アルテミス、さん」
「ご名答だこんちくしょう! ありゃ正真正銘“アルゴノーツ”だ!」
――アルゴー号。金羊の毛皮を求めて旅立った冒険者たちの船。
純粋に装甲が硬かった黒髭の船とは違う。あれは船体そのものが神秘を宿している。聖杯の加護のある
アルゴー号は黄金の鹿号の反対側から小船に接弦した。
直後、砲弾や銃弾ではなく、岩が、豪速でこちらに投げ込まれた。
「ど、け……! ぬ、おおおおお!!」
アステリオスさんが全身で、剛速球ならぬ剛速岩を受け止めて、勢いに押されながらも岩を海へ投げ捨てた。
エウリュアレさんがアステリオスさんに駆け寄った。
「あっはっは! ギリギリで受け止めたか!」
わたしは盾を構え直してアルゴー号を見上げた。
二人、いる。全身をまんべんなく金で飾った男と、あじさい色のドレスの少女。
「あそこにいる蛮人は……何だアレ? 獣人か?」
「まあ。あの方、おそらくアステリオスさまですわ。またの名をミノタウロスと申します。神牛と人の狭間に生まれた、悲劇の子です」
「何だ、人間の出来損ないか! 英雄に斃される宿命を背負った滑稽な生物! 向こうの人材不足も深刻だなあ! あっはっはっはっはっは!」
――わたしの中から、混乱とか不安とか弱気とかが消えて、ひどい静寂がわたしをつんざいた。
「マシュちゃん、イアソンの言動に振り回されんな。あいつはケジラミのほうがマシって人格だから、いちいち相手してたらキリがねえぞ」
わたしは改めてその男を見上げた。――イアソン。アルゴノーツのリーダーで船長。
「い、あそ、ん……!」
「――不敬だな、ミノタウロス。私の名前は、畏怖と崇拝と共に呼称されるべきだ。だが、退治される醜い獣である君には、特別に許してあげよう」
ここで唐突に、ドクター・ロマンから通信が入った。
《撤退を推奨する。あれは、無理だ。エウリュアレを確保したのなら、すぐにでも引き上げるんだ。
「――――」
「先輩……?」
“それ”はむくりと立ち上がると、足音を轟かせ、こちらの船に跳び移って来た。
「■■■■■■■――――――!!!!」
わたしの目の前に大英雄ヘラクレスがいる。
なのに――わたし、こんなにも平然としている。
「さて、君たち。そこのアーチャー、エウリュアレを引き渡せ。そうすればヘラクレスをけしかけることだけはやめて――」
わたしは産まれて初めて、心から、
「黙ってくれますか、成金ヤロー」
――人を、罵倒した。