マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
「黙ってくれますか、成金ヤロー」
――――ああ、やっと、すっきりした。
「ヒューッ! カッコイー! ――ったく。塵屑風情が生意気な。マスター諸共、今すぐ消えてくれよ」
すっきりした……代わりに、現実感が戻って来た。
胸を襲うのは猛烈な後悔。軽率だった。イアソンに心の底からああ言いたい気持ちは嘘ではなかった。だがそれは味方を加速度的に窮地に追い込んだ。ごめんなさい、ごめんなさい、ああ、どうしよう……!
「メディア! 私の愛しいメディア!」
「はい。お呼びですか、マスター」
マスターって、イアソンが!? 聖杯を持たないあの男がどうやってサーヴァントを召喚できたというのか。
「私の願いは分かるよね? あいつらを粉微塵に殺してほしいんだ。君が弟をバラバラにした時みたいにね!」
「弟をバラバラ、ですか? マスターは時々妙なことをおっしゃるのですね。でもそうでした。イアソンさまはそうでした。今はそういうふうなのですよね。だから細かいことは気にしません」
「そして、ヘラクレス! お前もやれ。私はここで、お前たちを見守ろう」
妻を前線に駆り出して自分は戦わず安全圏から高みの見物。このイアソンはまごうことなき――
「この世にオレ以下の屑がいるとはなー。世界広いなー。そしてギリシャ狭いなー」
オリオンさんの言うそれ、そう、男の屑!
だというのにメディアは盲目で忠実に、悠々と飛翔して、わたしたちの前に舞い降りた。
メディアが杖を一振りすると、デッキが竜牙兵で溢れ返った。多勢に無勢だ。なのにメディアは「まだまだ材料はありますよ」なんて厭味な念押しを笑顔でしてきた。
「私は全てを捧げ、全てを捨て、全てを擲ちます。見返りがなくとも、益がなくとも。だってそれが、私が島を出た理由なのですもの」
「全てを――」
わたしはすぐさまリカを背に庇って盾を構えた。
竜牙兵が襲来する。
わたしは真正面に来た一体の雑な剣を盾で防いでから、盾でその竜牙兵を薙ぎ払った。あえて砕くほどの威力にしなかったのは、吹き飛ばした竜牙兵をぶつけて第二波のいくらかを転倒させるためだ。
メディアは分かっていない。人海戦術は広い戦場でやるべきもので、こんな小さな船を竜牙兵で溢れさせたら、互いに身動きが取れなくなる。共倒れさせる隙は万と生まれる。魔術が人一倍でも、実戦にはわたしに一日の長があるんだから。
でも、メディアは自分の失策には聡かった。
「ごめんなさい、私では押し切れないわ。ヘラクレス、やっぱりアナタの出番ね」
ヘラクレスが咆哮した。それだけで全身が竦んだ。
「はな、れる、な……!!」
「何言ってるの。迷わず逃げるのが当然でしょ。あんなの、災害みたいなもの。雪崩に立ち向かう人間は勇者じゃない、ただの無能よ。そんな無能を、私……何人も見てきたもの」
「でも、だれかが、やらなきゃ。それなら、おれ、がいい。だって、おれ、かいぶつ。なんにんも、こどもを、ころした。なんにんも、なんにんも、なんにんも、なんにんも……! だから、おれが、たたかう!!」
猛進してきたヘラクレスを、アステリオスさんががっしりと受け止めて、押し合いが始まった。進ませまいとするアステリオスさんと、エウリュアレさんを狙って進もうとするヘラクレスの間で均衡が生じた。
「■■■■■■■――――――!!!!」
「かのじょ、は、わたさ、ない! う、ぅ、あああああああああ!!!!」
アステリオスさんの肉厚の張り手がヘラクレスの左胸を全力で叩いた。あれなら、筋肉の向こうの心臓までダメージが届いている。わたしは勝利を半ば確信した。
だが、またも、聞くだけで不快な気分になるイアソンの嘲笑が聞こえた。
「おー、頑張るねえ! そこで君たちにとっておきの情報だ。ヘラクレスはね、死なないんだよ。神から与えられた十二の試練を踏破したソイツには、それだけの命が報酬として与えられている。ま、つまりあと11回倒さなきゃいけないということで。ま、頑張ってくれ」
《ふ、不可能だ。イカサマ過ぎるぞこんなの……!》
黄金の鹿号に残ったドレイク船長から、撤退の号令が届いた。船に戻って来い、とドレイク船長はわたしたちに叫んでいる。最初からエウリュアレさんだって言っていたじゃないか。ヘラクレスは災害みたいなもの、迷わず逃げるのが当然の選択だって。
「ははははは! いいね、最高だ! 圧倒的な暴力で敵を駆逐する。これが正義の醍醐味だ! 聖杯は手に入れた。あとはエウリュアレと、アーク。それで全てが揃う」
《アーク……だって!?》
ドクター・ロマンが本気で唖然としている?
ヘラクレスがまたも突進してくる。今度はアステリオスさんも受け止めきれなかった。
弾き飛ばされたアステリオスさんの後ろにいたエウリュアレさんに、ヘラクレスの剛腕が、届いてしまう――
「ぅ、お、おおおおおッッ!!!!」
アステリオスさんが後ろからヘラクレスの胴に腕を回して、ヘラクレスの猛進を阻止した。
「ダメよ、敵わない、私たちでは敵わないのに……どうして!? アステリオス!!」
「……ころ、した。ころした、ころした、ころした! なにもしらない、こどもを、ころした! ちちうえが、そうしろって。ちちうえが、おまえはかいぶつだから、って。でもぜんぶ、じぶんのせい、だ。きっとはじめから、ぼくのこころは、かいぶつだった。でも」
泣き出しそうに穏やかなアステリオスさんまなざしの先には、エウリュアレさんがいた。
「
わたしのそばにいたリカが息を呑んだ気配が伝わった。
「みんながわすれた、ぼくの、なまえ……! なら、もどらなくっ、ちゃ。ゆるされなくても、みにくいままでも、ぼくは、にんげんに、もどらなくちゃ!」
――わたしは叫びたい気持ちを噛み殺して、エウリュアレさんに駆け寄った。
アステリオスさんは振り解かれようと何度だって立ち上がる。だからわたしも、この盾に懸けて、エウリュアレさんには指一本触れさせない。
後ろに控えていたメディアが浮かび上がって宙に魔方陣を展開、そこから魔力弾を幾重にも発射した。わたしはその全てを、守護円陣を疑似展開して防いだ。同じく空を飛べるアルテミスさんに助力願いたくても、彼女たちは竜牙兵の掃討で手一杯。わたしがやるしかないんだ。
メディアへの防御に集中していたわたしにとっては唐突に、オリオンさんが叫んだ。
「アステリオス、避けろッ!」
「……いや。あれは、だめ、だ」
視えた。ヘクトールがアルゴー号の桟に立って槍を投げようとしている。莫大な魔力の集束を感じる。ヘクトールは宝具を撃つ気だ!
「止めたければアキレウスかアイアスの盾を持ってくるんだな! ――標的確認、方位角固定。吹き飛びな!
ヘクトールが投げた十字槍は、ロケットランチャー並みの推力でアステリオスさんへ向かっている。
―――させない。
だって、盾ならここにある!
アステリオスさんに駆け寄ろうとしたわたしの、手首を、リカが両手で掴んで、首を横に振った。行っちゃだめ、とリカの涙目は雄弁に訴えていた。
リカに引き留められたわたしは、間に合わない。
十字槍が、アステリオスさんとヘラクレスを貫いた。
――アステリオスさんは避けなかった。
「ありがとう、りか」
ああ、そんな―――そういうことだったなんて。
アステリオスさんはわざとヘクトールの槍を受けたんだ。そうすれば槍が楔になってヘラクレスを縫い止める。アステリオスさんがヘラクレスを抑えている間に、わたしたちは黄金の鹿号へ撤退する。
リカはわたしより速くアステリオスさんの覚悟を全部理解したから、わたしを行かせまいとした。
「うまれて、はじめて、たのしかった……ぼくは、うまれて、うれしかった! ぜんぶ、えうりゅあれのおかげ、で……ぼくは、えうりゅあれが、だいすき、だ!」
怪物だった己への罰を厳かに受け入れるかのように。
アステリオスさんは十字槍に貫かれたまま、ヘラクレスを抱えて海へ飛び込んだ―――
ここだけはカットできなかった。
リアタイで観た自分はこのシーンでボロ泣きした覚えがある。