マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
「先輩っ」
「フォウ!」
わたしは舳先から下りて、すぐそこにいたリカに抱きついた。
もしも上手く行っていなかったら。そんな弱気が今さら込み上げて、平静を保つために誰かの体温が欲しくなった。
リカの両手がおずおずと背中に回った感触があった。
前言撤回。誰の体温でもいいわけではない。わたしは、こうして密に触れ合うなら、リカがいい。
崩れゆくアルゴー号の上。メディアはこちらを顧みておらず、肉塊に倒れ伏すイアソンだけをひたすらに見下ろしていた。
「……めでぃあ、なおしてくれ、ぼくのめでぃあ……いたいんだ、いたいんだ、いたいんだよぅ……」
「――できません。ごめんなさい、イアソン」
よく見ればメディアのドレスは所々が裂けて血が滲んでいた。メディアはそこまで我が身を張って、イアソンを守るべく戦ったのだ。
だというのに、イアソンは――
「まじょ、め……うらぎりの、まじょめ! しね、しね、くたばれ! ちくしょう、ちくしょう、畜生――!!」
メディアの献身に対して、一言の労わりも感謝も口にせず消滅した。
まるでイアソンを追うように、メディアも指先爪先から輪郭がほどけ始めた。
「ごめんなさい。彼からアナタを守りたかったけど、私には手段がなかった。せめて最期の瞬間まで、楽しい夢が見られたらいいのだけど」
メディアが消える。それでは第二特異点のくり返しだ。わたしは彼女に問い質さないといけないことがある。
「待ってください、王女メディア! あなたもレフ・ライノールの仲間だったのですか!? 『彼』とは誰のことなんですか!?」
「それを口にする自由を私は剥奪されています。私は魔術師として彼に敗北していますから」
コルキスの魔女と畏敬されたメディアが、魔術の実力で、負けた――?
「どうか覚悟を決めておきなさい。遠い時代の、最新にして最後の魔術師たち。アナタたちでは彼に敵わない。あの方には絶対に及ばないのです。だから―――星を集めなさい」
星――?
「どんな人間の欲望にも、どんな人々の獣性にも負けない、嵐の中でさえ消えない、宙を照らす輝く星を」
その言葉の意味を問い質すより早く、メディアは消滅した。
彼女が消えた場所には、黄金の六面錘――聖杯だけが残された。
わたしはその聖杯を掌で包み持って、急いで撤退した。
直後にアルゴー号は崩れて沈没していった。
これでこの時代は修正される。わたしたちの第三の旅が、終わる。
「オオーーーイ! これでこのトンチキな海ともお別れだー!」
「やったな野郎ども! でもちょっと寂しいぜ! こっちの海は浪漫に満ちていたからな!」
「おお、バンバン消えてくじゃねえかオレら! やっぱり下っ端から退場するのが世の常かー!」
ドレイク海賊団の子分さんたちが、次々と姿を消していく。誰も彼もが快哉を上げて、後悔も未練もこれっぽっちも言い残さないものだから、わたしの涙腺は今にも決壊しそうだ。
「じゃあな、マシュにリカ! 船長を助けてくれてありがとうよ! オレらはいずれ縛り首だが、アンタらはまともな人間だ。これに懲りたら海賊なんぞに関わるなよー!」
最後にボンベさんが笑顔でエールを贈って去った。
サーヴァントの皆さんもそれぞれに言葉を残して英霊の座へ退去していく。
やがて
《さて、フランシス・ドレイク船長》
「ん?」
《本当にありがとう。今回は特例だらけでボクは何もできなかった。でも現地にキミという頼りになる航海者がいてくれた。おかげでこの歴史も無事修正されそうだ》
「いいってことさね。結局アタシは大したことはできなかったしさ。で、やっぱり修正されると、アンタたちのことは記憶から消えるのかい?」
「あ……」
「――――」
ドレイク船長は軽く笑った。
「答えなくてもそのツラを見ればわかるってもんだけどさ。そっかぁ。アンタたちと世界一周は無理か。残念」
――行きたかった。
――わたしも、ドレイク船長の船で、世界をどこまでも旅したかった。
「さ、行きな。海の人間にとっちゃ、別れはいつだって唐突だ。砲弾でふっ飛ばされて、浪に掻っ攫われて、挙句に行き先を見失って死んでいく。だからアタシたちは、そんな恐怖を、いつでも笑ってごまかすのさ」
「――はい。さようなら、自由の海を渡り歩くキャプテン」
「あばよ、マシュ。ああそれと、リカ」
「は、はいっ?」
「いつぞやのアレを覚えてるかい? アンタは欲しい物が無いんじゃなくて、何も望んでないってヤツ」
「……覚えてます。これからも一生、あたしは何も望みません」
「いいや。アンタが正真正銘の無欲なら、『あたしは諦めが悪い』なんて台詞は出ちゃ来ない。
レイシフトの波が、わたしたちをこの時代から攫って、カルデアへと寄せて返す―― … …
…………
……
…
意識を取り戻したわたしがいたのは、見慣れた青の中央管制室。リカとフォウさんも無事に帰還していた。
これで三つ目の特異点は修正された。人類史を護る、なんて遠大な題目も現実味を帯びてきた。
次で特異点は四つ目。いよいよ折り返しだ。
回を増すごとにイレギュラーが増える旅。第四特異点にどんな魔境が待ち受けているか分からない。
魔神柱についてはドクター・ロマンが調査すると言ってくださったので、ドクターの勧めに甘えて第四特異点への出動までは休息を取ろう。
わたしたちはドクターとスタッフの皆さんに今回のサポートのお礼を言ってから、中央管制室を出た。
「お疲れ様でした、先輩」
「リカもお疲れ様。フォウさんも。頑張りましたね」
フォウさんがリカの肩からわたしの肩に飛び移って、わたしの頬に毛並みを擦り寄せた。くすぐったい。でも、心地いい。
「……先輩。ドレイクさんの世界一周の旅、付いて行きたかったですか?」
リカの問いは淡々としていた。
「本当に行けるんだとしたら、行きたかったな」
ドレイクさんをキャプテンに、海の彼方へ。どこまでも。うん、憧れるだけで眩しいユメだ。
カルデアから出られないマシュ・キリエライトが、叶わない前提だとしても、外の世界をもっと見たいと望んだ。――望めるわたしに変えてくれたのは、間違いなくドレイクさんだ。
フランシス・ドレイクが開拓するのはきっと海だけではない。世界中の人たちの心の眼を、新世界へ向けさせるんだ。
そう考えると、ドレイクさんと航海を共にできたことがとても誇らしかった。
「…………」
「リカ?」
「……すみません。何でも、ないです。おやすみなさい、先輩。フォウくんも。揺れないベッドでぐっすり休んでくださいね。久しぶりに地面の上ですから」
リカは小さくお辞儀して、わたしに背中を向けて、マスター適性者用のマイルーム区画へ歩いて去った。リカ、今日はわたしの部屋に泊まりに来ないんだ。残念。
「フォフォウ?」
「あ。そうですね、フォウさん。聞きそびれてしまいました」
IFの話に過ぎないとしても、世界一周の旅が叶うとしたら――リカは、わたしと一緒に来てくれる? って。