マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
モードレッドがわたしたちを案内したのは、大きなストリートに面した、そこそこ豪華な
モードレッドが部屋のドアを乱暴に叩いた。
「おーい、ジキルぅ。帰ったぞ~」
「はいはい、セイバー。鍵を開けるから、またドアを蹴破ったりしないでくれよ」
かちゃん、ぎぃ……
ドアを内側から開けて現れたのは、いかにも英国紳士らしいスーツ姿の男性。
「モードレッドさん、の、マスター?」
「ちーがーうー。利害の一致で一時共闘中ってとこだ」
「……ああ、もう。セイバー。見知らぬ人にすぐ真名を明かしちゃうんだ、君は」
モードレッドはどこ吹く風とばかりに、男性の横を通り抜けて部屋に入っていく。
「話したじゃないか。名乗るならばせいぜいクラスにしておこう、って。それなのに、君というひとは」
「いいだろ、別に。とっくにこれは、お前の言う“聖杯戦争”なんかじゃないんだし。なあ、シードルないか? のど渇いた」
モードレッドは一人掛けのソファーにどかっと座り、足を投げ出しながら武装解除した。
男性は溜息をつきながらも冷蔵庫からデカンタを取り出して、グラスと一緒にモードレッドに渡した。
モードレッドはソファーの上にあぐらを掻くと、しゅわしゅわした中身の液体をグラスに注いで、それを一気飲みした。
「君たちも中へどうぞ。自己紹介がまだだったね。僕はヘンリー・ジキルという。ロンドンで碩学――科学者をしている。正式な魔術師ではないが、霊薬調合の心得があってね」
ヘンリー・ジキル? 小説『ジキルとハイド』の主人公と同姓同名だ。偶然なのかな。
「失礼しました。マシュ・キリエライトです。デミ・サーヴァントです。おじゃまいたします」
「り、リカです。いちおー先輩のマスター……です。おじゃまします……」
「うん。よろしく。君たちは僕らとは少し違うようだね」
わたしたちはグランドオーダーの概要をジキル氏と、モードレッドにも、説明した。特異点。時代に打ち込まれた七つのボルト。聖杯探索――
「モードレッド、さん。わたしからも一つ尋ねさせてください」
「何だ? 改まって」
「あなたはわたしと融合した英霊の真名をご存じですね?」
「――へえ。どうしてそう思うんだ?」
「最初に会った時です。あなたはわたしに『来るのが遅い』と言いました。それは、ここロンドンに来て当然の誰かを想定した発言です。ですが、わたしとあなたの間に個人的な接点はありません。あなたがわたし個人にかける言葉はないはずです。それでも、まるでよく知る誰かにするようにああ言ったからには、あなたは“彼”を知っている――いいえ、顔見知りで、それも近しい仲だったのではありませんか? 少なくとも、『盾公』なんて愛称で“彼”を呼ぶくらいには」
モードレッドは愉快げに目を眇め、口の端を吊り上げた。
「だって盾公だろ、
「はぐらかさないでください!」
わたしは切実にわたしの正体を知りたいのに。
「本当にいいんだな? オレの口から言っちまっても。自分で探さなくても後悔しねえな?」
「はい。わたしは逃げも隠れもしません」
――ずっと呼んでいる。寂しくて切なくて、ずっと誰かの名を呼んでいるの。
――わたしが知りたいのは、きっと“彼”の強さや戦歴ではなく、その澄んだ想いを溢れさせる心の持ち主が誰なのかということ。
「ギャラハッド」
何の抑揚も感動も浪漫もなく、それはもう呆気なく、告げられた。
ギャラハッド。
最後にキャメロットに辿り着き、円卓の呪われし席に自ら座った騎士。
聖杯探索に失敗した多くの円卓の騎士の中で、ただひとり聖杯を手に入れ、そして天に返した聖者。
それが、わたしに宿った英霊の正体……
「盾公! リカ! 気を抜くなよ。ここからは連中の縄張りだ」
「はい。ご忠告ありがとうございます。モードレッドさん」
うん、大丈夫。いつも通りにしゃべれてる、わたし。
――現在。わたしとリカ(とフォウさん)はモードレッドの案内で、ある人物の屋敷へ向かう途上にある。
ヴィクター・フランケンシュタイン。
ジキル氏の協力者であり、スイス出身の老碩学。
ジキル氏とは普段から連絡を取り合っていた仲だったが、今朝からヴィクター博士と無線が繋がらないという。そのヴィクター博士の安否確認と、可能なら保護を。ジキル氏にそう頼まれて、道を知るモードレッドが先頭を行って、今に至る。
ジキル氏は、自分が道案内できれば話は早かったが、生身の人間である自分は外に出られないと言ってすまなさそうにした。
――三日前から都市に発生した有毒魔力の濃霧、通称「魔霧」の中では、一般人は一時間で死んでしまうというのがジキル氏の分析だ。生身のリカが平気なのは、わたしとの契約を通じて加護が働いているから。――正確には、わたしの中のギャラハッドと。
わたしはリカをふり返った。リカは小首を傾げてわたしを見つめ返す。
長くて綺麗な亜麻色の髪。想い起す。遠い昔に“僕”の胸を打った乙女の面影――
「フォウ!!」
我に返ったわたしは、実体化した盾を、フォウさんが吼えたほうへ向けて突き出した。直後に盾から伝わった振動は、奇襲を受けたことを如実に教えた。
わたしは盾をずらして敵影を視認して、え、と一拍の隙を生じた。
敵は、あのロボットではなかった。無理やり喩えるなら、マネキンに本物の筋や骨を足したオートマタ。
「ひ……っ」
「リカ、下手に動くな! 盾公も動くな!」
わたしの横を赤が駆け抜けた時、目の前のオートマタに赤雷の一閃が炸裂した。
オートマタが分解して地面に落ちるのが早いか。モードレッドがオートマタを斬り捨てた王剣を払い、霊体化させた。
「ったく。だらしねえぞ。先に気を抜くなっつっといたろうが」
確かに言われた。確かに前もって注意を受けていた。フォウさんが敵に気づいてくれなければ、少なからずわたしかリカがダメージを受けていた。完全にわたしの落ち度だ。
「申し訳ありませんでした……」
「
小さな声で返事をしたわたしを、モードレッドは一瞥したものの何も言わず、また先頭を歩き出した。
「フォーウ……」
「ありがとう、フォウさん。フォウさんのおかげで奇襲に対処できました」
「先輩。あの、だ、大丈夫……ですか?」
「ええ、リカ。どこも怪我してないわよ」
「あ、いえ、そっち、じゃ、なくて……え、と……」
もしかしてリカは、モードレッドの物言いにわたしが傷ついたんじゃないかって、心配してくれてる?
それは確かに、傷つきはしたけれど、わたしの注意不足が招いたことだったのだから、粛々と受け止めないと。
「大丈夫だから。ほら、行こう? ね?」
わたしが手を差し出すと、リカはほんのり笑んでわたしに手を預けた。リカはこういう所が危なっかしいけれど可愛らしくもある。
屋敷の建ち並ぶ区画に入ってしばらく。モードレッドが屋敷の一つの前で足を止めた。
「このでかい建物がヴィクターじいさんの屋敷だ」
ほあー、とリカと揃って屋敷を見上げた。広いし大きい。ヴィクター博士は
「ジキルみたいな半端な奴と違って、正真正銘の魔術師だから気をつけろよ。あれこれと結界やらなにやら仕掛けてやがって……知らずにあちこち触ると、サーヴァントでも多少痛い」
そうなのか。ならわたし自身はともかく、リカの身の安全に気を配らねば。
「まずは入口の扉だ。ほら見ろよ、でかい扉の――、――」
「モードレッドさん?」
「――クソ、遅かった」
モードレッドがまとう空気が静電気を帯びたように尖っていく。
わたしも気づいた。
屋敷の格子門の前に、長身のピエロが立っている。
ロンドンの現状でサーカスの興業など催されているはずもない。あの異様な存在感と外観の男は――サーヴァントに他ならない。
「おい、そこのカカシ。それともリビングスタチューか? お前さ、アホみたいに匂うぞ。血と臓物と火の匂いだ。あと、じいさんの好きだった元素魔術の触媒。ここまでぷんぷん匂ってくる。――殺したな? ヴィクター・フランケンシュタインを」
「確かに、確かに」
ケタケタとピエロは語り始めた。
「かの老爺は二度と口を開かず、歯を磨かず物を食べず、息をしないでしょうけれど。ええ、ええ。有体に言えば絶命しているのでしょう。残念なことです。彼は『計画』に参加することを最後まで拒んだ。しかししかし。だが、けれどもしかし。誰がヴィクター・フランケンシュタインを殺したか? それはとても難しい質問かもしれません。何故なら彼は、ひとりでに爆発したのですからね!」
ピエロが頭と腕に巻いた時計が、チクタクチクタク、不協和音を奏でている。
「御託はいい。そのニヤけた口元を今すぐにやめろ」
「はい?」
「ニヤニヤニヤニヤと! 鬱陶しいんだよ! ジジイを殺るのがそんなに楽しかったのか! 移民だろうがあのジジイもブリテンの民だ。いいか、それをテメエは、無断でオレのものに手を出した。あとは分かるな? テメエを殺す!」
モードレッドがついに王剣を実体化させて、ピエロに向けた。
「いやはやなかなか! 殺しますか私を! 殺せますか私を! いいでしょう。我が宝具はすでに設置済み。我が真名メフィストフェレスの名に懸けて! 皆様を面白おかしく絶望に叩き込んでくれましょう!」
メフィストフェレスの宣言に合わせて、地面にいくつもの懐中時計が浮かび上がった。
さっき奴はヴィクター博士が「爆発」したと言った。まさかこの時計は、地雷!?
「リカ、時計のある範囲を出て!! ここでこの敵性サーヴァントを撃破する!!」
「はい先輩っ」
「フォウっ」
自分で書いといてアレですが、「帰ったぞ~」のくだりが飲んだくれ亭主と呆れ女房のやり取りに見えなくも……ない?