マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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ロンドン3

 ――リカとの始まりは本当にありふれたものだった。

 

 初めて来館した外部採用のマスターとの顔合わせ。多分そんな理由だったと思う。

 レフ教授だったかドクター・ロマンだったか、とにかくわたしは第三者によってリカと引き合わされた。

 

 初めて会ったあの子は、声の小さな人見知りの女の子だった。とても長い亜麻色の髪で沈鬱な顔を隠した――

 

 

“よ、よろしくお願い、します……キリエライト先輩……”

 

 

 ――先輩、とわたしを呼んだ。

 

 先輩、という呼ばれ方に戸惑った。いずれはわたしこそが誰かを「先輩」と呼ぶんだろうと漠然と思い込んでいたから、よけいに。

 あとから聞いたが、理由は単に成績がわたしの次だったから。わたしが首席、あの子は次席。それだけ。

 

 やめてほしいと言えばリカは先輩呼びをやめたと思う。

 ただ、それは、やっと宿を見つけた捨て犬を雨の中に放つように残酷な気がして、言えなかった。

 

 それからは何かにつけて、リカと会って話す機会が多かった。

 

 リカに「先輩」と呼びかけられるごとに、不思議な使命感が灯った。

 この子にとって頼れる先輩でありたい。この子を護れる先輩になりたい。

 この子がいつか心からの笑顔で「先輩」と呼びかけてくれるわたしになりたい――と。

 

 …………

 

 ……

 

 …

 

 はあっ、はあ……っ

 

 わたしとモードレッドは辛くもメフィストフェレスを撃退した。

 

 奴の宝具「微睡む爆弾(チクタク・ボム)」の効果が、わたしの、というかギャラハッドの聖性と相性がよかったおかげだ。呪いへの対抗手段を保有していなければ、わたしはもちろんリカも、いつメフィストフェレスに爆破されてもおかしくなかった。奴の宝具はそんなデタラメ性能だった。

 

「今回の召喚では、それほど愉しめませんでしたね。やはりマスターは必要なのでしょう。どうこう、ではなくて。ええ、そうではなくて。切なる願いを叶えると決めたマスターに、子供一人くらいは手にかけさせなくては、聖杯戦争の醍醐味を味わえないというもの。ああ、貴女様が妬ましい、盾のサーヴァント! 貴女はこれから先、何度でも、マスターを裏切り、絶望へ落とす機会がある! 何と、妬ましい……!」

 

 おぞましい。その一言に尽きた。メフィストフェレスはそんな空恐ろしい理由で、本気でわたしを妬んでいる。

 

 モードレッドが王剣をメフィストフェレスに片手で振り下ろした。片手での剣閃であれ、メフィストフェレスにトドメを刺すには充分だった。メフィストフェレスはそれで呆気なく消滅した。

 

「中に入るぞ」

「ぁ、あの、でも、仕掛け……」

「家主のじいさんが死んだんだ。もう機能停止してんだろ。行くぞ」

 

 

 

 

 

 ヴィクター博士の屋敷は、それはもう広かった。モードレッドが先導してくれたからこそ、わたしたちは無事、書斎に辿り着くことができた。

 

「……ぁぅ」

「凄惨だな、こりゃ」

 

 べっとりと血がこびりついている。天井まで続く書棚にある本の背表紙に。文机に突っ伏した、おそらく老人らしき、遺体に。

 

 わたしはごくりと生唾を呑んでから、慎重に、血だまりを踏まないように進んだ。

 遺体が突っ伏す文机の上を覗き込むと、幸いにして血に濡れていなかった、一枚のメモを見つけられた。

 

 

“私は一つの計画の存在を突き止めた。名は「魔霧計画」。実態は未だ不明なままだが。計画主導者は「P」「B」「M」の三名。いずれもおそらくは英霊だ”

 

 

 そこで部屋の奥まったスペースからモードレッドの声がした。

 

「おーい。面白いもん見つけたぞー」

 

 本棚の置いていない小さなデッドスペースに、無骨な棺が一つ。棺はすでにモードレッドによって開け放たれたあとだった。

 棺に敷き詰められた造花を寝床に、一人の少女が眠っていた。

 

「我が祖父、初代ヴィクター・フランケンシュタインの製作した一体目の人造人間――だとさ」

《フランケンシュタインの怪物、だね。でも小説によれば最後は燃え尽きていたような? フランケンシュタイン、と呼ぶのが正しいんだろうけど、ちょっと小説のイメージに合わないね。何をコンセプトに設計されたんだろう。略式の花嫁衣裳?》

「……ァ……」

 

 彼女の開かれた瞼の下から現れる、樹海の湖のように澄んだ両目。その両目が、わたしたちを鏡のように映した。

 彼女は棺から上体を起こして、不思議そうにわたしたちを見回した。

 

「かわいいっ!」

「……ゥ」

 

 リカの無邪気な感想で、彼女は照れたようだ。

 

「あっ、ご、ごめんなさい、つい。気に障りましたか?」

 

 彼女は首を横に振った。そうだよね。かわいい、と言われて嬉しくない女子はいない。わたし? いえ、わたしは外見も中身も特筆するほど可愛げはないので、そう言われる機会はないでしょうから、ノーコメントで。

 

「よ、よかった。えっと、ふ、ふらんけんしゅたいんさん……で、合ってます?」

「舌嚙みそうになってるぞ。まどろっこしいから、縮めて『フラン』って呼ぼうぜ」

 

 若干押しつけがましいモードレッドの提案だったが、彼女は微かに笑んで受け入れた。

 

「ここに置いといても何だし、とりあえずジキルのとこに連れて帰ろうぜ」

 

 さすがに家主の許可を取らない同居人の増員はいかがなものか、モードレッド卿。サーヴァントになって鷹揚になったが、雑な面までは変わらなかったようだ。

 

 というわけで、フランさんを連れて館を出る道すがら、わたしは無線機なりの通信機を探した。ジキル氏と連絡を取り合っていたヴィクター博士の館ならあるはずだ。

 案の定、廊下に、古式ゆかしい電話機らしき機械が置いてあった。

 

 わたしはドクターに操作法を聞きながら無線機をいじって、ジキル氏のアパルトメントへ発信した。

 

《ヴィクター!?》

「あ……すみません、ミスター・ジキル。わたしです。マシュです。我々が館に着いた時には、ヴィクター博士はもう……」

《そう、か……うん、そうか。――何があったんだい?》

 

 わたしは館の中で発見したフランさんの件と、彼女をアパルトメントに滞在させていいかを尋ねた。

 ジキル氏は快諾してくれた。

 

《帰ってくる前に一つ、新しく入った情報を伝えておくよ》

「えー? まだあんのかよぉ。――ああフラン、お前じゃねえよ。館に入る前にピエロがいたんだ。そんだけ」

《ソーホーエリアに妙なものが現れた。何でも、屋内にまで入り込んで市民を襲う、人間くらいの大きさの本らしい。仮にこれを“魔本”と呼ぶことにした。対処をお願いしていいかい?》

 

 

 

 

 

 わたしたちは一旦アパルトメントに戻って、ジキル氏にフランさんを託して、ソーホーエリアへの道を一路歩いていた。

 

「でかい本、ねえ。ドラゴン、巨人と色々相手にしてきたが、書物の怪物なんていなかったな」

 

 特に知識はないはずなのに、わたしは同意できた。

 深い森や険しい山、突風の絶えない断崖。いわゆる人の立ち入らない領域は、幻想種の恰好の巣となる。

 

「ああ、あとアレだ。ピクト人。北の蛮族。当世風に言うと、SF映画? とかに出て来そうな感じだった。エイリアンな」

「き、騎士のお仕事って、エイリアンと戦うのもアリ、なんですか!?」

「いや、本来ならナシなんだが。並の兵士や騎士じゃ勝てねえんだから、円卓の騎士が迎撃しなきゃどうしようもねえだろ」

「キャメロット……過酷な職場、だったのですね……」

「フォウ、フォーウ……」

 

 そこでフォウさんがしんみりと同意するのは何故に?

 

 唐突にモードレッドがわたしをふり返ったので、わたしはつい肩を強張らせた。

 

「東洋じゃ何て言うんだっけ。(エン)、だったか。確かにその使い方なら英霊召喚の難易度は下がる。正直オレとしちゃ妙な気分だが」

 

 使い方とは、わたしの盾のこと?

 そういえば、今さらの疑問だけど、どうしてわたしはシールダーなんてエクストラクラスを割り当てられたんだろう? この盾はわたしの肉体に埋め込まれた召喚触媒とやらと関係あるのかしら?

 

「あの、モードレッド……さんは、英霊召喚に詳しいのですか? 魔術の素養があるとか?」

「何言ってやがる、盾公。オレに魔術の素養があるとか、今さら厭味かテメエ…………ってそうか。ん~――よし。めんどくさい! お前めんどくさいぞ、マシュ!」

「すみません! 何故叱られているかは不明ですがすみません!」

「叱ってねえよ、ただの愚痴だよ! そういうとこも似てるな、お前ら!」

 

 お前『ら』? わたしとギャラハッドの言動はそんなに似ているの?

 

「我慢できないんで戦おう。盾を構えろ。叩きのめしてやる」

 

 モードレッドの言った意味がすぐに分からなくて、わたしは立ち止まった。

 そのわたしとモードレッドの間に、リカが割り込んだ。

 

「ま、待って、くだ、さい! 今は仲間なのに、戦うなんて、何で……!」

「へえ。マスターらしいとこあるじゃねえか。全身が震えてなきゃもっとカッコよかったけどな」

「はぅ……」

「弱者は弱者らしく引っ込んでいればいいものを。そうやって出しゃばるから、真っ先に死ぬんだぜ」

 

 モードレッドが王剣を揮った。

 わたしは我に返って、リカを庇って盾で王剣を防いだ。

 

「先輩っ」

「リカは下がって! モードレッドは本気よ!」

「生意気にもオレの初撃を受けやがったか。ようやく『らしい』使い方しやがったな。それでいい。行くぜ、盾公! 先輩騎士として、徹底的に鍛えてやる!」

「言われなくても!!」

 

 わたしをこき下ろすのはいい。でも、“僕”のリカを馬鹿にするのは許さない。

 

 

 

 

 先攻はモードレッド。赤雷を帯びた王剣を、まっすぐわたしの盾にぶつけた。重、い……!

 でも、下がれない。わたしの後ろにはリカがいる。

 

 って、きゃあ!?

 モードレッドに足払いをかけられて、わたしは地べたに横ざまに叩きつけられた。しまった、剣に注意を割きすぎた。

 

 王剣を大上段から振り下ろそうとしたモードレッドに向けて、わたしは街路の砂を投げた。一時的に視界を失ったモードレッドから逃れて、わたしは間合いを保って構えた。

 

「――先輩」

 

 ふいに背中に寄り添った、体温。小さな擦過傷が消えた。リカの治癒魔術だ。

 

 リカが離れられない間にも、モードレッドは再びわたしに王剣を向けて迫ってくる。

 どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうすれば――

 

 わたしは盾を地面に突き立てた。もうこの手にも慣れた。モードレッドと接敵の瞬間を狙って、仮想宝具を疑似展開して吹っ飛ばす。モードレッドの王剣を受けて盾が平気なのかなんて弱気、今は考えない。

 

 だって、それ以上に。こんなに強く叫んでいる。

 彼女を護れと。あの子を護りたいと。わたしの盾が、わたしの鎧が、わたしの胸が――!

 

 その時、わたしの全身がフラッシュした。

 

 鎧にはより騎士らしいアーマーパーツが増えた。右の腰に射してあるのは、ダビデ王に頂いた細身のロングソード。

 ……霊基が変わった。より強い力を引き出せるようになったんだと自覚できる。

 

「リカ、フォウさん! わたしから離れないで!」

 

 モードレッドの王剣が横一閃に盾を斬った。――今だ。

 

仮想宝具(ロード)人理の礎(カルデアス)!」

 

 魔力でコーティングした上でスキル「自陣防御」発動。

 モードレッドは見事に宙を舞い、見事にストリートに着地した。

 

「おっし。予想以上だ。どうだ? その霊基(からだ)の動かし方、少しは分かったか?」

「は、い。何かこう、心の枷が一つ外れた気が……、……って、もしかしてあなたは、そのために――」

「荒療治だよ、荒療治。ショックで凹んで盾筋が鈍ってんのが見え見えだったからよ。……まあ、何だ。お前に宿ったアイツの真名を教えたのはオレだ。そこだけは責任持ってやる。そこだけはな」

 

 次にモードレッド卿が向き直ったのは、リカだ。

 

「それと、リカ。無礼を詫びる。お前は弱いが、心は堅い。それなりに担ぎ甲斐のあるマスターだ」

「そんな、こと……あたしは先輩に護られてるだけのお荷物マスターで……」

「もうっ、またそんなこと言って。リカは護られてていいの」

「はいはい、ゴチソウサマ。糖分多くて胃もたれどころか吐きそうだぜ。――んじゃ先を急ぐぞ。マシュ、その盾をしっかり構えて付いて来な」

「はい! ありがとうございました、親切なモードレッド卿!」

 

 前を行くモードレッド卿が足をもつれさせて転びかけた。

 いいじゃない。このくらいのささやかな仕返しはお目溢しいただきたい。




徐々に一話ずつが長くなっていく…
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