マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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 この戦闘シーンのためだけにフラグメンツを読み返した。


ロンドン7

 開戦の狼煙はパラケルススが上げた。

 

 パラケルススが口にしたのはたった三音節。

 

「風よ」

 

 わたしは最前線に出て魔力防御を発動した。なのに、わたしの露出した肌は擦過傷を負った。ふり返ればモードレッド卿も、頬を擦り剥いた痕がある。まるで不可視の刃を幾重にも放たれたような……いいや、「ような」ではない。パラケルススは実際に風を圧縮して弾幕にしたんだ。

 

 だが、こちらもやられっぱなしではすまさない。おもにモードレッド卿が。

 

 モードレッド卿は瞬きの間にパラケルススと距離を詰め、真っ向から王剣で斬りかかった。

 パラケルススは瞬時に生成した氷塊を防具にして後退することで深手を免れたものの、下がれば追い縋るモードレッド卿に押し負けるのは時間の問題だ。

 

 わたしもモードレッド卿に加勢しようと追いかける、その前に、リカが後ろからわたしに抱きついた。

 

 肌の擦り傷が綺麗に消えた。リカが治してくれたんだと分かった。やっぱりわたしの後輩は最高だ。

 

 リカが離れてすぐ、わたしはモードレッド卿とパラケルススを追いかけた。

 

 ――まずいな。パラケルススを追えば追うほど、民家の多い地帯に入り込んでしまっている。仮にここで宝具勝負になったら大きな人的被害を免れない。まさか――パラケルススはそれを狙って?

 

「モードレッド卿、深追いしています! 一旦離れて……!」

 

 大きく下がったモードレッド卿。わたしは彼女の横に並んだ。

 

 互いが負った手傷だけを見ればパラケルススが完全に形勢不利だ。

 でも、パラケルススの貌は勝利を諦めた者のそれではない。

 

「水よ」

 

 気づけばわたしとモードレッド卿は水球の中に閉じ込められていた。

 

 わたしは盾で水を掻いたが、何度やっても水球は破れない。まずい。このままだとわたしもモードレッド卿も溺れ死ぬ――!

 

「ナーサリーちゃん!!」

 

 リカの悲鳴がくぐもって聞こえた。

 

 追い上げたリカのリュックサックから魔本が飛び出て、リカの手に落ちた。リカは開いた魔本片手に、わたしたちにもう片方の手を向けて、何らかの詠唱をした。

 すると、わたしとモードレッド卿を捕らえていた水球が爆ぜ散った。

 

「っけほ! カハ……ッ!」

 

 突然戻った呼吸につい咳き込み、肩で息をした。

 

 リカとフォウさんが、膝を突くわたしたちに駆け寄ってきた。

 

「先輩! モードレッドさん! 大丈夫ですか!?」

「フォフォーウ!」

「なん、とか……リカのおかげで助かったよ」

 

 リカはぶんぶんと首を横に振った。

 

「あたしだけじゃ無理、でした。この本、あった、から」

 

 魔本――そういえばアンデルセンさんは「高速詠唱の助けにはなる」と言っていなかったか。本の姿をしていてもキャスターのサーヴァント。リカの魔術に威力を上乗せしてくれたのか。

 

 リカは魔本を地面にそっと置くと、わたしとモードレッド卿にそれぞれ両手を置いた。それでわたしたちの濡れた衣服や髪は乾いた。――そうか。モードレッド卿の帯びる魔力は雷寄りだから、濡れたままだと感電して自爆しかねなかった。

 

「クソッタレ。円卓の泳ぎ達者はケイだけだってんだ」

 

 実に同感。ケイ卿のあれは変態的だった。

 

 モードレッド卿が王剣を杖にして立ち上がると、両手で王剣を構えた。

 わたしも急いで立って、リカを背に庇って盾を握り直した。

 

 パラケルススの視線はわたしたちを通り越して、リカに向かっている。

 

「――無礼を詫びます、カルデアのマスター。私は貴女を見くびっていました。貴女は未熟だが、稀なる将来性がある。ゆえにこそ、私は悲しみを禁じえません。前途ある若き芽を、この手で摘み取らねばならないことに――」

 

 パラケルススの手に短剣が現れた。あれは、アゾット剣だ。魔術師が一人前になる時に師から弟子に与えられる証の杖。魔術礼装としては初級品なのに、かのヴァン・ホーエンハイムの主武装だというのか。

 

「魔術師ふぜいが、剣士の真似事か? 構えがちっとも成ってねえぜ、錬金術師!」

 

 モードレッド卿の野次にも、パラケルススは眉一つ動かさず、静かにアゾット剣の切っ先をわたしたちに据えた。

 その刀身の輝きに、わたしの二の腕をぞわりとしたものが駆け巡った。

 

 あれを解放させてはいけない。

 

 アゾット剣の刀身が淡く光を放ち始める。

 パラケルススはさらにそこに、赤、青、緑、黄色の宝石を添えた。

 宝石が刀身を囲んで回るごとに、魔力が集束していくのが分かる。解放させたらこの路地裏に添った家々は焼尽する。

 

 ――やらせない。

 わたしは盾を地面に突き立てた。

 

元素使いの(ソード・オブ)――」

 

 ――守るだけの武器はいびつだ、と古代ローマで会った女王は苦笑いしていた。いびつでもいいじゃないか。わたしは、剣と盾なら、盾を選びたい。遠き日の()()故国の、勝利の女王。

 

「――魔剣(パラケルスス)!」

 

 放たれた虹色の怒涛を、わたしは盾で受け止めた。

 

 超高密度の光の螺旋が盾にぶつかった瞬間、不覚にもわたしは一歩の後退を許してしまった。

 冬木でアーサー王の聖剣を受けた時と同じだ。盾が耐えられても、聖剣レベルの威力でなくても、こんな小さな体では踏ん張りが効かな――効か、ない――?

 

 そんなことない。どうして? たったさっきまであんなにも重く感じられた虹色が、今なら押し返せると、四肢がそう叫んでいる!

 

 わたしは肺の底から盾を開くスペルを吼えた。

 

仮想展開(ロード)人理の礎(カルデアス)!!」

 

 

 

 

 

 光の怒涛が治まっていく。

 

 視界が戻ってからふり返っても、立ち並ぶ民家に破壊の余波は及んでいない。

 よかった。護れたんだ、わたし。ロンディニウムの人たちを護りきれたんだ。

 

 ずしゃ、と尻餅を突いたのは、わたし――ではなく、リカだった。

 わたしは慌ててリカの肩を抱き支えた。

 

「リカ!? 大丈夫!?」

「ごめ、なさ……礼装の新しい、効果で……霊子譲渡……あたしのありったけ、先輩に……」

 

 ――さっき急に力が増したように感じたのは、だから。わたしじゃない。リカがくれた力だったんだ。

 わたしは感極まってリカを抱き寄せた。

 

 モードレッド卿が王剣を手にパラケルススへと歩み寄っていく。

 

 問答はなく、呵責もなく、ひとひらの慈悲もなく。

 モードレッド卿はパラケルススを一刀の下に、斬った。

 

「…………それでこそ、剣を持つ英雄です」

 

 与えられた最期を、パラケルススは歓んで受け入れたように見えた。だって、彼は仮初めの肉体が崩壊していく中にあって、笑っていたのだ。

 

「この世全ての悪を斃して、この世全ての欲に抗って、この世全ての明日を拓いてみせる者たちよ。貴女たちの行く手に、どうか……真なる、光、を……」

 

 パラケルススの全身が光にほどけるように消失した。

 

「何が『明日を拓いてみせる者』だ。オレはそんなんじゃねえぞ、ったく」

 

 モードレッド卿は言い捨てながら王剣を霊体化させた。

 満更でもないのでは? とか口が裂けても言わない。言おうものならわたしが斬られる。

 

 ――剣を持つ者が明日を拓くのなら、盾を選んだわたしは今日の営みを維持するので精一杯だろうな。

 霊基が再臨したわたしは右の腰に剣を装備している。抜こうと思えばいつでも抜ける。でも、ここまで一度も抜剣しようという気にならなかった。人を直接傷つける武器を握る勇気がなかっただけかもしれないけれど。

 

「『人生は歩く影が如く、哀れな役者に過ぎぬ』――悪くないものを見せていただけました」

 

 あ。

 シェイクスピア……さん。パラケルススとの戦闘に必死で、彼の存在が頭からすっかり抜け落ちていた。というか、よく付いて来られましたね?

 

「吾輩が目にしたのは一端だけですが、かの魔術師殿、なかなか良い結末に見えました」

「バカ言ってんな。気のせいだよ、それは。――盾公、一度ジキルのアパルトメントへ戻るぞ。どうせリカはもう歩けねえ。負ぶさってやれ。夜明けも近い。哨戒はここまでだ」

「ぁ……すみ、ません」

 

 リカはしゅんとした。そんなに落ち込まないでいいのに。あなたがくれた力のおかげで、わたしはパラケルススに押し負けずにすんだんだから。

 

 目の前ではモードレッド卿とシェイクスピアさんが、付いて来るないやいや行きますと侃々諤々。まあ、きっと、またジキル氏に同居人増員のお伺いを立てねばならなくなるだろう。

 

 よいせ、っと。わたしはリカをおんぶして立ち上がった。




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