マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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 長かったり短かったりラジバンダリ


ロンドン9

 ……戦果報告。

 ヘルタースケルターの襲来を切り抜け、廃墟と化した大英博物館へ辿り着き、地下の魔術協会跡地に潜ったわたしたち。

 

 大当たり。それはもう大当たりだった。アンデルセン先生ご所望の資料はしっかり現存していた。

 資料本そのものは結界のせいで持ち出せなかったが、アンデルセンさんがその場で読んで暗記した。

 アンデルセンさんの速読中、書斎の外にいたわたしたちは、魔本に似たエネミーやヘルタースケルターとの防衛戦を強いられ、しかもジキル氏のとんでもない変貌を目撃したが、うん、収穫はあった。

 

 

 と、いうわけで――ここはアパルトメントのジキル氏の部屋。

 

「諸君らの尽力である疑問が解消された。改めて礼を言う。マシュ、そしてサー・モードレッド」

「お、おう」

 

 モードレッド卿、顔、赤いですよ。卿の性別には触れませんが、そういう初心な表情は殿方に見せないほうが身のためかと思います。現に、ほら。

 

「懐が寂しいので一ペンスの謝礼も出せないが、そこはこの考察で相殺してほしい」

「うん、楽しみだよ、ミスター・アンデルセン。体中の筋肉痛も気にならないぐらい」

 

 見よ、ジキル氏のあの目が笑っていない笑顔を。モードレッド卿に厚意的だと思ってはいたけど、まさか、「その意味」でアンデルセンさんに敵意を飛ばしているんじゃ……ないよね?

 

「では。一刻も早く安静になるべきジキル氏の容態を考慮して本題に入ろう」

 

 そしてアンデルセン先生も確信犯でジキル氏を煽り返した。

 

「結果は読み通りだった。降霊儀式・英霊召喚とは、もともと七つの力を一つにぶつける儀式らしい。決して呼び出した英霊同士で競い合わせるものじゃない。聖杯戦争の元になった『英霊召喚』は“一つの巨大な敵”に対して、“人類最強の七騎”を投入する用途の儀式だった」

 

 アンデルセンさんは少し長い話をした。

 

 ――英霊とサーヴァントの相違点。召喚儀式の難易度と、その難易度を補い後押しする人外の“何か”。「英霊召喚」と「聖杯戦争」はハッキリと別物の儀式であり、今までの特異点で召喚されてきたサーヴァントは、後者寄りのシステムによるもの。聖杯戦争という儀式への根本的な疑問――

 

「ええと、つまり?」

「儀式“聖杯戦争”には手本になったものがあるということだ。今はそれだけでいい」

 

 さすがは世界三大童話作家、ハンス・クリスチャン・アンデルセン先生。実に研ぎ澄まされた観察眼だ。

 

「俺は英霊召喚のシステムに引っかかりを覚えただけだ。仮に我々が一つのシステムによって呼び出された通常の霊基(クラス)だとしたら――――このシステムの元になった原典の七つは、一体どれほどの霊基を与えられていたのか、とな」

 

 しん、と部屋が静まり返ったのは一呼吸の間のみ。

 

「この辺りの情報が、散逸して然るべき部分まで、ご丁寧に一か所に集めてあったのは偶然とは思えん。我々の訪れを予期して、そうしておいた『何者か』がいるんだろう」

 

 アンデルセンさんは語りたいことを語り終えたようで、カップを取って紅茶を飲んだ。

 

「まー、そりゃいいんだが、なんつーかさ」

 

 ソファーにあぐらを掻いていたモードレッド卿が、カラになったシードルのグラスを傾けた。グラスの中の氷が、からん、とぶつかった。

 

「ヘルタースケルターの多量発生って問題には、さして影響ないよな。それって」

「そ、それは……」

《ま、まあそうなんだけど……んん? いや待てよ、待ってくれ。アレがこうしてこうなって、だからつまり……》

「ドクター?」

「フォウ?」

《そうだよ! ヘルタースケルターはボクらには不明の技術で造られた機械だ。でも問題視すべきは技術体系じゃなかった。あれが、魔力で形成された機械だという点だ!》

 

 ど、どういうことなのか、わたしにはさっぱりなのですが。この方面に明るそうなジキル氏も困り顔だ。

 

《要は、あれは宝具なんだ。魔力によって編み上げられた、力あるカタチ。ヘルタースケルターはそれそのものが宝具で、宝具の所有者が生産、稼働させている。いわばリモコンで動くロボット軍団さ。リモコンの持ち主、つまり宝具の所有者であるサーヴァントを叩けば、ヘルタースケルターは一斉に停止する》

「何だ、一気に話が見えてきたじゃねえかっ。あとは件のサーヴァントがどこにいるかだな」

 

 リモコンの持ち主に該当するサーヴァントの探し方。魔力の痕跡を辿ることは、魔霧の影響でできない、とドクターは告げた。ジキル氏もお手上げ。うーん、どうしたものか……

 

「――――先輩」

 

 ん? って、ひゃあ!? り、リカと、フランさん? 二人してキッチンから顔の半分を出して、こっちをじ~っと見つめて。まるでわたしたちの誰かが気づくのを待っていたような目。絵面がホラーだよ……

 

「ヘルタースケルターのリモコンがどこにあるのか、分かりますよ」

 

 ――今、何と?

 

「正確には、フランさんが分かるそうです。辿れるそうですよ、魔力の痕跡」

「そ、そうなの?」

 

 リカはフランさんと揃って、こっくり、頷いた。

 

「それ知ってたんなら先に言えよ!!」

「…………」

「ゥ。ア、ァ、ゥァ」

 

 ぐ。確かに、フランさんの言う通り。リカかフランさんがそのことを申告する前に、魔術協会行きを決めたのはわたしたちだけどもっ。

 

 とはいえ、そうと分かれば行動開始。

 帰ってきたばかりだけど、さっそく外に出てリモコンを潰しに行こう!

 

 

 

 

 

 ……と、元気いっぱいにアパルトメントを出発したのはいいのですが。

 

「どうした、盾公。浮かない顔して」

「――モードレッド卿。わたしに宿った英霊はギャラハッドなのですよね」

「ああ。そこは間違いねえよ」

「“彼”の宝具になりうるエピソードを、何かご存じないですか?」

「いや、知らねえな。てかアイツ、円卓に来てさして経たずにキャメロットを出てったからな。例の聖杯探索で」

「ああ……()()()()()()()()()()()

「何だ。宝具の真名までオレから聞き出そうとしたのか?」

「……はい」

 

 恥を知らない? 承知の上。だって、せっかく“彼”の真名が分かったのに、わたしはそこで二の足を踏んでいる。

 このままでいるわけにはいかない。もっと強くならないといけない。わたしはあの子の「先輩」だから。「先輩」として、「後輩」を護れるだけの力を備えないと。

 

「ばーか。きっと()()()()()()()()()()強いぞ」

「え……?」

「マシュはギャラハッドよりめちゃくちゃ強い。オレが言うんだから間違いない。宝具でハンデつけられてるだけで、他の部分は負けてない。――そうだよな!? リカ!」

 

 フランさんと一緒に前を歩いていたリカが、素っ頓狂な悲鳴を上げた。

 

「え? えっと、その……あ! 先輩はかっこいいですよっ。あたしにはもったいないくらい魅力的な人だと、思います」

 

 か、かっこいい。かっこいいと来たか。いや不快ではないんだけど、あの子に言われると、照れる。

 

「先輩は最初からかっこよかったですけど、真名を知ってから、もっともっとかっこよくなってる。きっと今の先輩なら、あたしがいなくても困りません。だから、先輩、あたしが――」

 

 続く言葉を聞くことはできなかった。

 

 駆動音だ。()()()()()()()()()騎士が走る弾みで甲冑がぶつける不協和音とは違う。完成された機械の足音、とでも言うのか。力強い前進。近づいてきている。

 

 ついに霧から出た「それ」の全容が明らかとなった。

 

「聞け。聞け。聞け。我が名は蒸気王、チャールズ・バベッジ。有り得た未来を掴むこと叶わず、仮初めとして消え果てた、儚き空想世界の王である。貴様たちには魔術師『B』として知られる者である。この都市を覆う『魔霧計画』の首魁が一人である」

「……本当に宝具の所有者まで一直線に案内してくれたわけだ。敵の親玉とは予想してなかったぞ、くそ」

 

 それぞれに王剣と盾を構えたわたしたち――に先んじて、フランさんが前へ出たかと思うと、わたしたちからバベッジを守るように両腕を広げた。

 

 フランさんは言っている。「戦わないで」「彼はこんなことをする人じゃない」「何かの間違い」――

 決定打だ。フランさんはバベッジを知っている。彼の人格を把握している。だから、彼女はバベッジを庇おうとしている。

 

「これでもあたしだって、フランさんと色々お話してたんですよ?」

 

 リカは自嘲めいた笑みを刷いてこちらをふり返った。あなたでも、そんな顔すること、あるんだ――

 

「フランさん、ヘルタースケルターの由来をとっくに知ってたんです。もし自分が案内した先に、本当にチャールズ・バベッジがいたら? 本当に敵に回っていたら? 私はどうすればいいの――って、かわいそうなくらい不安がって。だから、あたし提案したんです。一直線に会いに行こうって。会わないと、話もできませんから。フランさんの気持ちが決まるまで、あたしはヘルタースケルターの正体を知った上で黙っていました。――先輩。怒りますか?」

 

 ――怒れるわけないじゃない。

 わたしはフランさんの悩みに気づかなかった。誰も彼も気づいてあげられなかった。そんな中で、リカだけが、ずっと言い出せないでいたフランさんの不安を見抜いた。

 それに引き換え、わたしがフランさんにしたことは何? ヴィクター博士の屋敷から無責任に連れ出して、それから何もしてあげなかった!

 

 わたしは、盾を霊体化させた。

 

「怒らないんですね。……ごめんなさい、先輩。卑怯な後輩で」

 

 フランさんはバベッジと相対している。バベッジと戦う前に、せめてフランさんとの対話の時間を。そのくらいしかわたしにはできなかった。

 

 

 

 

[Interlude]

 

 チャールズ・バベッジ。私はあなたを知っている。あなたは私を覚えていますか?

 

「おお――おお。忘れるはずもなきヴィクターの娘。そこにいるのか、お前は。可憐なる人造人間よ」

 

 あなたはこのような所業をする人ではなかったはず。それが、どうしてこんなことをしているのですか? 人の世に発展と幸福をもたらすために硯学を追い求めたあなたが、どうして?

 

「そう、だ――私は、我らは、硯学たる務めを果たさねば。我らは人々と文明のためにこそ在るはずだ」

 

 もしあなたにこの非道を強いている者がいるのなら、どうか教えてください。私がその者を誅しますから――

 

「ゆえに……グッ!?」

 

 バベッジ!?

 

「これ、は……アングルホダ、の、介入か……! 組み込んだっ、聖杯……『M』が、この私、さえも……!! ヴィクターの娘……逃げ、ろ……!」

 

 いいえ、いいえ! しっかりして、バベッジ――!

 

「――もういい、フラン」

 

[Interlude out…]

 

 

 モードレッド卿は、フランさんに重々しく告げた。

 

「お前は言うべきことを言ったし、あいつはあいつで応えた。よくやった。だが、こういうこともある。想いが届かず、刃で決着をつけざるをえない。そういうことも、な。あるんだよ」

 

 ――彼女は笑いながら、どんな切なさを言葉に込めたのだろう?

 モードレッド卿が王剣を手に実体化させた。わたしも盾を実体化させて地面に突き立てた。

 

 バベッジ氏との対話はもう不可能だ。今の彼はわたしたちを襲うだけの大型機械。

 組み込んだ聖杯の影響、とバベッジ氏は言った。聖杯から直接の執行命令を解呪なんてできない。戦って止めるしか、ない。

 

 わたしはフランさんを窺った。

 フランさんは両手でドレスの裳裾をきつく握り締めて――頷いた。

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