マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
テスラ撃破後、わたしたちは地上へ戻った。すると、まるで図ったように紫電の大階段は消失した。
わたしたちは再び地下に潜って、どうにかアングルボダから炉心として埋め込まれた聖杯を取り外した。わたしは取り外した聖杯を受け取って、それをリカとフォウさんに見せて、ひとしきり喜びを交わした。
これで第四特異点はじきに修正されるだろう。
ジキル氏とフランさんにはドクター・ロマンから成功の連絡を入れてもらった。お二人はわたしたちを忘れるとしても、直接お世話になったお礼を言いに行けないのはそれにて許していただこう。
「お疲れさんだ、盾公、リカ。お前たちのおかげであれこれ助かったぜ。ロンディニウムは救われた。オレ以外の誰かに蹂躙されることはなかった。めでたしめでたし、だ。じゃあな」
「はい。ご協力ありがとうございました、モードレッド卿。あなたの指南を忘れません」
あとはレイシフトを実行してもらって、カルデアに帰還すればミッション・コンプリート。
何だかんだと、アパルトメントから駆けつけたアンデルセンさんとシェイクスピアさん。そして、こちらに加勢すべく地下まで降りてきてくださった、坂田金時さんと玉藻の前さん。くす、今回は賑やかな終わりになりそう。――そんなふうに気を緩め切った時だった。
《みんな気をつけろ! 地下空間の一部が歪んでいる! 『何か』がそこへ出現するぞ! サーヴァントの現界とも異なる謎の現象だ!》
え……どう、したの? 何の異常もないのに、このひどい寒気は何なの!?
「フォウ! フォーウ!」
「先輩……?」
リカがわたしを支えようと腕を回した。わたしは堪らず、リカを片腕で抱き寄せた。杖にしてごめんね、リカ。でも、そうしないと立っていられないの。
莫大な圧力を惜しみなく撒き散らす“何か”が、出てきた。
「下らない。実に下らない。やはり人間は、世代を重ねるごとに劣化する」
《ああくそ、シバが安定しない、音声しか拾えない! どうした!? 何が起きたんだ、マシュ!》
「わ、分かりませんっ。人影……らしきものが、ゆっくりと歩いてきて」
金時さんが斧を担いで前線に出た。
「下がってな、レディ‘s。ありゃあヤクいぜ。真っ当な娘っ子が直視していいモンじゃねえ」
「オイ、何だこのふざけた魔力は。竜種どころの話じゃねえぞ。これはまるで――」
「無尽蔵の魔力。存在するだけで領域を押し潰す支配力。まさに神に等しい! というか神そのもののような気さえします! そうですな、我が友アンデルセン? 我々そろそろお暇したほうがよろしいかと!」
「貴様はどうしてそう大袈裟なんだ。俺が怖いのは編集の神だけだ。……まあ、逃げの一手には賛成だが。まさか『本命』がこの段階でやって来るとはな」
「無様にも、無惨にも、無益にも生き延び、決定した滅びの歴史を受け入れない――カルデア。私の事業に唯一残った、私に逆らう愚者の名か」
ついに――そう、ついに。“それ”はわたしに視認できる域に入ってしまった。
赤と白の典礼服。浅黒い肌。水銀色の髪。実体として目に見えるほどに放射される、どす赤い魔力。
震えている――場合じゃないでしょう、マシュ・キリエライト! わたしは「先輩」なんだから、リカの前に立って奴からリカを護らないとだめでしょう! だから、お願い――動いてよ! わたしの足!
「あなたが、今までの人たちが言っていた『王』……なのですね」
わたしが使い物にならないから、じゃないだろうけど、一番にリカが口火を切るほどには異常事態だった。
「――よかろう。その浅知恵に免じて聞かせてやろう。我は七十二柱の魔神を従え、玉座より人類を滅ぼすもの。名をソロモン。数多無象の英霊ども、その頂点に立つ七つの冠位の一角と知れ」
ソロモン、と名乗った。
紀元前10世紀に存在した、古代イスラエルの王こそ己であると、宣告した。
《ソロモン、だって……? こんな、こんな馬鹿なことが――!》
リカが地下空洞のあちこちを見やる。
「小娘、私の召喚者を探しているならば、それもまた浅知恵だ。私は人間に召喚されない。私は死後、自らの力で蘇り、英霊に昇華した。英霊でありながら生者である。ゆえに私の上に立つマスターなどいない」
リカは言葉にならない小さな喘ぎを上げて、口元を両手で押さえた。
「私は私のまま、私の意思でこの事業を開始した。この宇宙で唯一にして最大の無駄である、お前たち人類を一掃するために。私にはその手段があり、その意志があり、その事実がある。すでにお前たちの時代は、時間を超える七十二柱の魔神によって滅び去った」
《いや、待て、でも! あれらは
「哀れだな。時代の最先端にいながら、貴様らの解釈はあまりに古い。魔神は受肉し、新生した。だからこそあらゆる時代に投錨する。我が真価たる宝具は、天に渦巻く光帯。あれこそは我が第三宝具『
そ、んな。そんな途方もないスケールで、ソロモンは人類を焼き払ったの?
「そちらの質問には答えた。次はこちらの番だ、カルデアの生き残りよ」
ソロモンの眼光がわたしたちに向いた。
わたし、こんなのと戦うの? 戦って――勝てるの?
《マシュ、しっかりするんだ! 心を保って、しっかり敵を見る。どんな相手であれ、敵はサーヴァントだ。なら勝機は必ずある! キミに宿った英霊は聖杯に選ばれた聖者だ。英霊の格は決してソロモンに引けを取らない!》
「――――ハ。英霊の格だと? そんなものが基準になると本気で思っているのか、貴様らの司令官は」
ソロモンが邪悪な笑みを刷いて、両腕をローブの下から出した。両手の十指には、指輪。ソロモン王の伝承に曰く、神より与えられた全知全能の天恵。
「もはや私が気に留めるのは、娘、その盾を持つ貴様のみだ。さあ、楽しい対話を始めよう」
殺しに来る。逃げられない――戦わなければ生き延びられない。わたしも、リカもフォウさんも、ここにいるサーヴァントみんなが!
盾よ、開いて。わたしは死にたくないし、リカや皆さんを死なせたくない。だから。
シールドエフェクト、発揮。スキル「自陣防御」を最大火力で展開。わたしの味方の陣営を護る!
「薄いな」
ソロモンがわたしに向けて気だるげに手を向けた。それだけだ。たったそれだけの所作で、わたしが展開した防壁は砕け散り、同時に、サーヴァントたちの霊核が爆ぜた。
わたしはその場に膝から崩れ落ちた。
シェイクスピアさん、金時さん、玉藻の前さん。わたしの力不足で死なせてしまった!
「先輩……! しっかりしてくださいっ、先輩!」
モードレッド卿がわたしたちの前に駆け込んで王剣を構えた。こんなにも緊張したモードレッド卿の背中を“僕”は見たことがない。
「テメエ、一体どうなってやがる! 英霊としての格より、出力そのものが違う――!」
「貴様が今口にした通りだよ。英霊としての格ではない。霊基の格が違うのだ。――王殺しの英霊モードレッド。貴様は特に念入りに燃やすとしようか」
またもソロモンが気怠げに腕を上げる――あ、ああ――!
「
モードレッド卿の輪郭を黄金色の光が隈なくなぞった。けれどその黄金色はソロモンが一手を指しただけで弾けて蛍火となって消えた。でも、殺されたサーヴァントたちとは違って、モードレッド卿は生きている!
「ふざけているな。一度防いだだけでこれか」
歩み出たのはアンデルセンさんだ。彼は渋い顔で、小さな手に余るサイズの本を閉じた。
「ふん。肉体労働は嫌いでな。――だが、おかげさまで読めたぞ、ソロモン。貴様の正体、その特例の真実をな」
「ほう? いいぞ。語ってみよ、即興詩人。聞き心地のいい賞賛ならば楽に殺してやろう」
「ああ。とくと聞くがいい、俗物め」
アンデルセンさんの行動は時間稼ぎか。それとも、わたしたちにもソロモンの真実を聞かせるためのものか。
――どちらであっても、この場からの逃亡なんて許されないし、不可能だ。なら――わたしだけは一言一句逃がさず聞き届けないと。作家アンデルセンが命をかなぐり捨てて綴る遺稿を。わたしは彼の
「我らが個人に対する兵器なら、貴様は世界に対する兵器。霊長の世を救う決戦魔術にて、霊長の世への大災害を討つべく呼ばれるはずの存在。その属性の英霊たちの頂点、
「そうだ。よくぞその真実に辿り着いた! 我こそはキャスターの中のキャスター! ゆえにこう讃えるがよい――――グランドキャスター、魔術王ソロモンと!」
「さて――では褒美だ。受け取れ、即興詩人。五体を百に分け、念入りに燃やしてやろう」
思い返せば、この時が初めてだったかもしれない。ソロモンが明確な意思で標的を定めて魔術を行使したのは。
そう、思考が現実逃避するくらいには、アンデルセン先生の死に様と叫びは凄惨だった。
「凡百のサーヴァントよ。所詮、貴様らは生者に呼ばれなければ何もできぬ道具。私のように真の自由性は持ち得ていない。どう足掻こうと及ばない壁を理解したか?」
「っ―――……、は。ここまで四つも聖杯を奪われて、何を偉そうに。どうせ、もう半分もこいつらにやられて、慌てて出て来たんだろう? 負け惜しみにしちゃあ、みっともないぜ……!?」
「人類最高峰の馬鹿か、貴様? 一つも六つも私には取るに足りぬ些事である。全てを獲得してようやく、なのだ。――では帰るか」
へ――帰る――って、言った? わたしたちを殺しに来たわけじゃなかった、の?
「はあ!? テメエ、一体何しに来やがった!」
「単なる気まぐれだが?」
わたしもモードレッド卿も絶句するしかなかった。こいつは最初からわたしたちを見てもいない。ただ通りすがった、本当にそれだけなのだ。
ソロモンが踵を返した。
見逃された。生かされた。その現実に、心から安堵している自分がいる。屈辱やみじめさを上回るほどに、生存できてよかったと――
「そうして燃やした
ちょ、リカ、何を言って……! せっかく脅威が去るっていうその寸前で!
「――意外な反応をしたな、人間。問いを投げるのか? この私に、貴様らをどう利用するかを一から十まで解説しろと。ハッ、その問いに答える義務が私にあるとでも?」
「答えが、っ、得られなくても……問うこと自体が、人としての義務だからッ!」
「小娘。人の分際で生を語るな。死を前提にする時点で、その視点に価値はない。オマエたちはこの3000年何をしていた? ひたすらに死に続け、ひたすらに無為だった。死を克服できないのであれば、死への恐怖は捨てるべきだったというのに。死を恐ろしいものだと認識するのなら、その知性は捨てるべきだったのに!」
ソロモンは本気で怒っている。でも、奴の怒りが人間の何に由来するものかが、わたしには分からない。
だって、死ぬのが怖いならそう知覚する脳と心を捨てて、ただの肉塊になれってことでしょう? そんな言い分、理性的にも本能的にも許容できるわけない。
「あまりにも無様だ。それはお前たちも同様だ。カルデアのマスターとサーヴァント。何故まだ生き続けようと縋る。お前たちの未来には、何一つ救いがないと知りながら」
見くびらないで、と叫びたい。わたしは短命のものとして産まれたけど、この「わたし」を捨てたくはない。今日も生きている奇跡に感謝して、生きてきてよかったと想いながら「わたし」のまま死にたい。そういう生き方をしたいんだ。
「あまりに幼い人間よ。人類最後のマスターよ。これは私からの唯一の忠告だ」
「え……」
「お前はここで全てを放棄することが、最も楽な生き方だと知るがいい」
ソロモンは今度こそ大空洞から去った。
――見つけた。あたしの運命のひと。
その選択肢をあたしに堂々と提示した、初めてのひと。
あたしだけが楽になる方法を教えてくれた、優しいひと。
あたし、決めました。あたしはグランドオーダーを超えて、もう一度、あなたに会いにいきます。その時を思えば、この先に待つ三つの特異点なんて怖くもありません。
どうか会いに行かせてくださいね―――あたしの運命の、あなた。
不 穏 な フ ラ グ が 立 ち ま し た
初めて色文字を使いました。今後もちょくちょく出てくると思います。