マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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アメリカ8

 岩壁を荒く削っただけの隧道にある、牢の一つ。そこに、太陽色の少女が囚われていた。

 彼女がシータさん? ラーマさんと夫婦というよりは、まるで双子の兄妹のような、容姿の酷似。

 

 わたしは先駆けて、シータさんが囚われた牢の鍵を壊して、彼女を外へ連れ出した。

 

「ラーマ様!?」

「シータか? 迎えに来たぞ。迎えに、来たんだ……どこだ? どこにいる……?」

「シータはここにおります、ラーマ様」

「会いたかった、会いたかった……本当に本当に、会いたかったんだ……僕は、君がいれば、それだけでよかった……!!」

 

 ラーマさんが焦点を結ばない目で、腕を上げる。シータさんが手を伸ばす。

 ふたりの指先が重なる――寸前、ラーマさんが前のめりに倒れた。気を失ったのだ。

 すかさずナイチンゲールさんがラーマさんに駆け寄って、ラーマさんを仰向けに横たえた。

 

「申し訳ありません。本来ならばこんな不衛生な場所で治療を行うべきではないのですが、特例です。奥方、遠慮なく彼の手を握り締めてください」

 

 シータさんは戸惑いがちに歩み寄って、気絶したラーマさんの手を両手で包むように握った。

 

 ラーマさんの胸部の包帯を、ナイチンゲールさんは乱暴に破り捨て、どす赤い出血を続ける心臓の縫合作業を始めた。

 施す治療は今までの道行きと変わらないのに、出血量は減って、縫合もほつれにくくなったように見える。シータさんがそばにいることが確かに効果を上げている!

 

「ラーマ様に一体何が……それに、あなた方は?」

 

 シータさんにはわたしから、これまでにあった出来事を説明した。

 ラーマさんを救うにはシータさんの存在が必要だったのだと語ると、シータさんは「お役に立ててうれしい」とラーマさんの手をもっとしっかりと握り包んだ。それから、ぽつ、と口にした。

 

「――ラーマ様にかけられた呪いはご存じですか?」

《バーリという猿を殺した際、背中から騙し討ちにしたことによる、猿の妻からの呪いだね》

「はい。その呪いは英霊の身となってなお、私たちを引き裂いています。サーヴァントとして聖杯戦争に参加する場合、私か、あるいは彼が『ラーマ』として召喚されます。同時に召喚されることは決してなく、私たちは出会えない。彼が目覚めれば、きっと私は何処かに消えるでしょう」

 

 ……そんなのって、ない。そんな理不尽な呪いが罷り通るなんてあんまりじゃない。確かに夫を殺された猿がラーマさんを恨んでもおかしくないのだとしても、死後の愛まで束縛することはないじゃない。

 

「いいのです。ラーマ様は私を見ることが叶いませんでしたが、私は手を握ることさえできた。それだけで……幸福です」

「それだけでいいの? 心からの謝罪は? 全霊を込めた愛の誓いは? そういうものが欲しいとは思わないの?」

 

 シータさんは穏やかに首を横に振った。

 

「私は、あの恋と愛を、覚えているから」

 

 ナイチンゲールさんがようやくラーマさんの心臓部から手を離した。

 

「修復はだいぶ終わりましたが、巣食った病巣(のろい)が厄介です。元気になったとしても、戦力としては見込めないでしょう。……残念ですが」

「ならば私がこの身を捧げましょう」

 

 シータさんはそれがごく自然であるかのように微笑んだ。

 

「私の身を以て呪いを解きます。私がこの呪いを背負い、消滅すればいい。幸い、私とラーマ様は“同じもの”。呪いを肩代わりするのも容易なはずです」

「待ってください、シータさん! そんな、自分を犠牲にするやり方、は――」

 

 ラーマさんはシータさんに会うためにここまで来たのに、という真っ当な主張をしたいのではない。わたしを衝き動かしたのは焦りだった。

 だって“僕”が覚えている。ディンドランが病を患った老婦人のために自らの血を捧げ果てて、命尽きた時の、喪失感。わたしだって今なお思い出せるんだ。

 

 ……いや、おかしい。ちがうでしょう? わたしはギャラハッドじゃないはず。乙女ディンドランが死んだ瞬間なんてこの目で見てはいない。なのにどうしてわたし、ギャラハッドの感情を自分のものみたいに……!

 

「ラーマ様は私を求めてここまで来てくれた。その気持ちだけで、私は満たされました。それに、いま必要なのは強き戦士なのでしょう? それなら、私の夫は世界で一番強いお方です」

 

 止められない。シータさんのためでなく、自分のためだけしか考えないわたしに、シータさんを止めるだけの言葉があるはずもない。

 

「では、病巣(のろい)を貴女に転写します。――私は生涯独身でしたが、誰かのために尽くす想いは理解しています。貴女と語らえて光栄でした。さようなら、ミセス・シータ」

 

 シータさんは頷いた。彼女の目尻には涙が光っているけれど、それが悲しみからではないことはわたしにも分かってしまった。シータさんは、会えない寂しさ以上に、ラーマさんのためにできることがある歓びから泣いていた。

 

「ラーマ様……ラーマ。少しだけ、あなたの戦いに役に立てるね。私、それだけで幸せなの」

 

 シータさんはゆっくりと屈んで、くちびるを、ラーマさんの唇に近づけていく。

 ふたりの距離が縮まるほどに、シータさんの姿が透けていく。

 

「大好きよ。本当に、本当に、大好きなの」

 

 口づけが叶ったのか、それは見守っていたわたしにも分からなかった。

 重なり合った瞬間に、シータさんは完全に消失していたから。

 

 

 ―――思えば、この時。わたしは後ろをふり返るべきだった。

 ふり返って、リカの表情をちゃんと見るべきだった。

 この瞬間にリカが浮かべていた――歪んだ笑みを。

 

 

 

 

 

 ラーマさんの全快が確認できてすぐ、わたしたちはアルカトラズ刑務所の外へ出た。

 すると、待ちかねたとばかりに二騎のサーヴァントが立ち塞がった。

 このアメリカ特異点で最初に遭遇したランサーたち、フィン・マックールとディルムッド・オディナだ。

 

「やあ、リカ殿。前回の約束は覚えているかな?」

「覚えてます。その上で、ごめんなさい。お断りします。あたしには心に決めた人がいるので、あなたの求婚はお受けできません」

 

 リカがこんなにハキハキと物を言うのは珍しい。物凄く珍しい。戦場なのに呆気に取られてしまったくらいには。……ん?

 今リカは「心に決めた人がいる」って言ったわよね? い、いつのまに!? 誰と!?

 

「え、子ウサギってばあの男にプロポーズされてたの!? ちょっとマシュ、アンタのマスター、意外とやるわね!」

 

 やめてください心が折れそうです。

 

「人数の多寡は量で平均化するとしよう。なに、君たちのほうにも一人、一騎当千のサーヴァントが蘇ったのだろう?」

「その通りだとも!」

 

 復活したラーマさんは意気軒昂だ。ただ元気もりもりになっただけではない。

 

「我が宝具は梵天から預かりし神の刃。数を集めた所で敵にはならぬ。まして、余はいま()()()()()()()()!」

「――はいっ! お願いします、ラーマさん!」

 

 リカの弾んだ声援を受けて、ラーマさんが一番槍。

 ラーマさんは鉈剣の一閃でケルト兵士を5人まとめて仕留め、返す刀でゴブリン2体を「V」の字を描くように斬り伏せた。

 より強い戦士――シータさんの言葉は正しかった。ラーマさんの剣筋は無駄がないのに圧倒的だ。

 

 わたしも盾を手に、ケルト兵士と怪物が群れる戦場に飛び込んだ。

 

 ラーマさんに後れを取ってはいられない。リカを敵から護らなくては。特にフィンから。それに、数が話にならないというのはラーマさんに限った話ではない、わたしだってリカが後ろにいればそれくらいの心意気でいるんだと示さなければ。

 

 負けられない。敵にも、味方にも。こと、リカを大切に想うという一点において、わたしは世界の誰よりも勝っていたい。

 

 ……この時代に来てからこんな動機で戦ってばかりいるな、わたし。どうして……

 

 

 “僕のディンドラン。ただ一人認めた我が主人”

 

 

 ああ、何だ。答えはシンプルだった。

 わたし――マシュ・キリエライトは、ギャラハッドじゃない。

 それを証明し続けなければ、せめて、我を張らなければマシュ・キリエライトが消えてしまう気がして、怖かったから。

 後輩のリカのため? ちがう。わたしが、リカだけはギャラハッドに奪われるのが嫌だったから。

 

 わたしは、絶好調で鉈剣を揮うラーマさんの背後へ走って、ケルト側のドルイドが束ねて発射したガンドを盾で防いだ。ラーマさんには――うん、余波はないみたい。

 

「かたじけない、マシュ! このまま背中を任せてよいか!?」

「任されました。マシュ・キリエライト、行きます!」

 

 やるせなさ、自分への情けなさ、ふがいなさは、この戦場に置いていく。

 わたしがわたしをマシュ・キリエライトであると認識していられる限り、リカを護るのはギャラハッドにだって譲れないポジションなんだから!

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