マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
ロビンさんが合流地点として指定した野営地跡に着くなり、エリザベートさんが一番に前のめりになった。エリザベートさんは、先に到着していたロビンさんのマントを掴み上げて迫った。
「一体何があったって言うの!?」
「……そうだな。要点だけ報告する。――女王メイヴの暗殺は失敗。返り討ちでジェロニモのオッサンとビリー、それにネロがやられた。オレ一人命からがら逃げてきた。道中、アルジュナの追撃に遭ったが、ま、どうにか」
……通信があってからこの野営地跡に向かう道すがら、覚悟はしたつもりだったけれど……実際に聞くとショックを隠せない。
同時に、切迫感がこみ上げる。あんなに頼もしい皆さんだったのに、クー・フーリンは一度で三騎も薙ぎ払ってしまった。そんな相手にわたしたちだけで戦えるの?
ロビンさんから悄然と離れて歩き去ったエリザベートさんと入れ替わりに、リカがロビンさんの前に立った。
「ロビンさん。怪我とかされては……」
「ありはしたが、そこはそれ、頼もしい救援がどうにかしてくれてな。オレの逃亡を有利に運んでくださったのもその救援様様っつーわけ」
「救援、ですか」
「呼んだか?」
わ!? び、びっくりした。この女性がロビンさんの言っていた救援かしら? 槍をお持ちの所から察するにランサーのサーヴァントなのだろうけれど……ん? その朱色の槍、は……ゲイボルク!? クー・フーリンの宝具をどうしてこの女性が手にして!?
「まずは自己紹介だ。私はスカサハ。影の国の門番にして、過去にあの阿呆な弟子の師範であった身だ。ああ、言うまでもないが私は他のケルト連中とは違い、奴らの保持する聖杯の支配は受けておらぬ」
クー・フーリンの師。つまりはクー・フーリンを超える力量の持ち主。彼女の登場は、暗雲立ち込めていた今後に一筋の光明をもたらす……かに思われた。
「私はお前たちに手を貸すが、共闘はできぬ。加えて、あの“クー・フーリン”に私は勝てぬだろう。……メイヴめが聖杯に願ったのだろうよ。彼奴を己に比肩する邪悪な王にしろ、と。結果、誕生したのは、王になるために不要なものを削ぎ落とした呪いの戦士というわけだ」
「哀れな。それは強いのではありません。人生を檻に封じ込めたに過ぎません」
スカサハさんは教えてくださった。
全体の被害を考慮するなら、むしろ女王メイヴから優先して対処し、聖杯を無事奪取しなければならない。スカサハさん単騎で女王メイヴに挑めば、メイヴごと聖杯も斬り捨てかねないとか。聖杯が壊れてしまえば、人理定礎の修復そのものが困難になる。スカサハさんの登板は最後の手段で、やっぱりわたしたちが事に当たらなければならないのは変わらない。
でも、スカサハさんほどの女傑がバックに控えているというだけで安心感が段違いだ。これまでみたいに、一度しくじったらジリ貧だなんて常に感じながら戦わなくてもいい。モチベーションも保てるってものだわ。
《では早速だが、スカサハ殿に尋ねたい。ケルト勢力の詳細について知っていることはあるかな?》
「女王メイヴは分かりやすい。己の欲望に忠実な女だ。今は国盗りに夢中のようだが。加えて、アルジュナ」
《アルジュナ、というと――マハーバーラタに登場する大英雄!? ケルト側に!?》
リカが横から「誰ですか?」と囁いてきたので、わたしは知る範囲で、インドラの射手アルジュナの伝説を教えた。
「そういやジェロニモが言ってたな。アルジュナは正気を保ったままあえてケルト陣営に付いた、みてえなこと」
これにラーマさんが異論を唱えた。
「待て。それはおかしい。来歴を鑑みるに、アルジュナは正義……いや、少なくとも善や秩序の側に立つ
「ちょっとアンタたち!!」
ひゃっ!? ……え、エリザベートさん? しばらくは戻って来ないと思ったのに――まさか、敵襲!?
「向こうでシャドウサーヴァントがいっぱい出たんだけど、ランサーっぽいサーヴァントが片っ端からそいつらをブッ刺してってんのよ! アレなに!? 敵の新手!?」
「シャドウサーヴァントはメイヴが聖杯で召喚した代物だとして、これと戦っているとなると、いよいよ第三勢力か。面白い。ちと見物しに行こうではないか」
「賛成。私いま滅茶苦茶ムカついてるの。ちょっと全員縊り殺しに行くわ!」
エリザベートさんが自前のマイク仕込みの槍に腰掛けると、槍が魔法の箒のようにロケットスタートを切った。こう、ばびゅーん! と。
って、呆けている暇はない。謎のランサーの正体を確認すべく、わたしたちもエリザベートさんを追いかけた。
開けた荒野に出ると、なるほど確かに、大槍を持った、朱の唐服の男性がいた。
男性は大槍をスプーンかフォークのような軽やかさで揮いながらも、重量感のある一撃のみでシャドウサーヴァントを次々と屠っていく。
「見事な技の冴えよ。天賦の才と地獄のような修練を潜り抜け、肉体に技を浸透させねば、ああはいくまい。――そこの者! 名は何と申す!」
「ランサー、李書文! よくぞ現れてくれたな、二つ槍のサーヴァントよ! 貴様を見た時から我が心中は嵐の如し。もはや斃さねば収まらん。いざ、立ち合いを所望する!」
い、いつの間にか敵認定されてますよ、スカサハさん!?
「儂が召喚された理由は知っている。しかし、自分はどうしようもなく我欲に満ちた存在でな。己の槍が神に通じるかどうか、試したくて堪らんのだ」
スカサハさんが壮絶な笑みを刷いた。それはまぎれもなく戦士の貌だ。
「李書文よ。ここが影の国であれば真っ先に稽古をつける所だが、生憎、私はもうこの少女らの専属になった。順番がある。ゆえに、マシュとリカの両名と戦い、勝利してみせろ。であればこのスカサハが直々に相手をしよう」
ちょ!? いきなり何て無理難題を押しつけてくださるのか、この影の国の女王!
「敗北したなら、貴様は疾く立ち去るがいい」
「……道理ではある。ではマシュとやら。立ち合い願おう」
「せ、先輩にもあたしにも、戦う動機がありませんっ」
「ならば儂はケルト側のサーヴァントだと思え。儂はお前たちの敵。さもなくば、死ぬぞ?」
李書文は本気で言っている。スカサハさんと槍を交えるためなら、彼は誰が敵対者であっても殺すんだろう。
そんなこと、許すもんか。
仮にリカの意向に沿わないことだとしても、“僕”はどんな時だってリカを護っていたいんだ。
わたしは自ら李書文の正面に立ちはだかった。
「先輩……」
「任せて。わたしはあなたのサーヴァントだから」
「ぁ……はい。じゃあ、先輩にお願いします」
わたしはリカを背にして盾を構えて李書文を見据えた。
李書文もまた大槍をわたしへ突きつけるように構えた。
一拍の静寂。
「始めッ!!」
スカサハさんの合図を受けて、先手を取ったのはわたしでなく李書文のほうだった。気が付いた時にはとっくに間合いを詰められたあと。とっさに盾ごと前のめりになったおかげで、あちらの攻撃がくり出される前に盾で穂先を弾くことができた。
あ、危なかった……! 頭より速く体が反射的に動かなかったら、ただの一突きでわたしが終わっていた。
弱気になるな、マシュ・キリエライト。背中にはリカがいるんだから。
そうだ。こと、あの子を護る戦いで、「
今度は李書文の予備動作が視えた。大上段からの兜割り狙い!
わたしは膝を軽く曲げつつ盾の角度を上向けて、読み通りに振り下ろされた大槍を防いだ。防げた、はずなのに、重厚な鉄としなる鞭で同時に叩かれたような手応えが、両手を震わした。
怯んでいる暇はない。間髪入れず李書文が槍の高速ラッシュをくり出した。牽制やフェイントの刺突も混ざった攻撃だと見切れているのに、それらでさえ当たれば必殺の威力だと分かってしまう。防戦一方にならざるをえない。
盾でやっとこさ逸らした穂先が、余波で肌を傷つけていく。全身の至る所が切れて痛みが蓄積する。
――こちらが攻勢に転じるためには、彼の槍を上回る速さで動かなければならない。
――ここでできなくちゃ、同じ槍使いであるクー・フーリンを打倒するなんてできっこない。
李書文の動きを視て、読む。次は足払いが来る。その時に回避のジャンプで高度を得て、落下の勢いを足して盾でボディアタックだ!
「先輩! 『高く跳んでください』!!」
想定よりずっと高い位置に飛び上がったわたしの体。この感覚――リカ、令呪を使ったの? わたしが仕掛けようとした一手をリカも分かって?
落下し始めたと同時に、今度は別の指向性がわたしの魔術回路を駆け巡った。
「合わせて――“メジェドの眼”!!」
眼下で李書文が大槍を天に向けた。
矛盾、という故事成語が頭をよぎる。――なら大丈夫。“僕”の盾は誤りなく最強の盾だ。
「
――ぶつかり合った音は、鈍いのに澄んでいた。
直後、頭上からわたしの仮想宝具を受けた李書文の足元に、クレーターが生じた。
わたしは盾の反発力を利用して、大きく下がってリカたちの前へ戻った。
「――儂にここまで食い下がるとは。見上げた娘だ。本気で戦えば天秤がどちらに傾くか分からぬ、か……」
李書文は大槍を回してから肩に担いだ。文字通り矛を収めて見せた。もう彼に戦意はない。
わたしの中で緊張の糸が切れて、どっと疲労が押し寄せた。わたしは大きく溜息をついた。
「先輩っ」
「フォーウ!」
後ろから慣れた呼びかけと足音。けれど、わたしの胸に飛び込んだのはフォウさんだけだった。リカは、駆け出す前にナイチンゲールさんが前に立ちはだかって止めていた。
「ミス・マシュ。今の手合わせで負った傷を治療しますので、甲冑を消してください。インナーはそのままで結構です」
そんなの、ちまちまやらなくたって、リカの治癒魔術なら一瞬で全快するのに……
と、文句をつけたかったけれど、ナイチンゲールさん相手に通じるはずもないので、わたしは大人しく盾とアーマーパーツを消した。
ナイチンゲールさんは一つ頷き、医療バッグから絆創膏やらガーゼやらを取り出して、わたしの切り傷を手当てし始めた。
向こうではスカサハさんが李書文と話を進めている。
「スカサハよ、立ち合いの件は先送りにしてもらいたい。矛を交えるのは、世界が救われる救われないに関係なく、最後に、というのはどうか?」
「よかろう。その時まで、私が生きていればな」
「お前が死ぬような存在には見えぬが」
同感です。影の国、つまり死後の世界を治める女主人である彼女が、そこらのサーヴァントに殺されるなんて想像もできない。
「そうそう。ついでに一つ教えておこう。西部を仕切るライオン頭だが、あれは何かに憑かれている。いっそのこと一発ぶん殴ってやれば、醒めない夢から醒めるやもしれんぞ」
――わたしは李書文さんに共闘を求めてみたが、やはりというか、断られた。曰く、同行したらわたしたちに襲い掛からない自信がない、と。えーと、槍の話ですよね?
李書文さんはカラッと別れを告げて去った。
そこでナイチンゲールさんから意見が出た。
「私、患者に会わねばならないと思います――発明家エジソンに。あれはトーマス・アルバ・エジソン本人と言うには、あまりに異質です。であれば、彼の言った通り、病気です。もう一度、エジソンに会いに行きましょう」
無茶苦茶な展開になる予感、今から大である。