マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
……百家争鳴して、で始まる日本の諺は何だったっけ?
全サーヴァントによるケルト攻略会議が始まって約1時間。
わたしは複雑な気分で、紛糾する議場を見回したのだった。
現状をまとめると、以下のようになる。
ケルトは北米大陸の東の半分を占領している。最終的にあちらは南北の2ルートから攻め入ると予想される。こちらから攻め込むとなれば、南北のどちらかが手薄になる。結果、圧し負けてわたしたちは敗北。
ドクター・ロマンによると、この「戦争」の敗北条件は「一定以上の領土が占有されること」。ただでさえ脆弱な時代との繋がりは、ケルトが支配領域を広げるほどに切れていく。攻めながら、かつ、これ以上の領土を決して明け渡さないように立ち回らないといけないってこと。
ケルト側のサーヴァントは、クー・フーリン・オルタ、女王メイヴ、ベオウルフ、アルジュナ。厄介なのしかいない。
あれこれ議論して、成功率の低い手段を消していくと、やはり、「正面からぶつかる」が最後の選択肢に残った。
「南北それぞれに、機械化歩兵とサーヴァントを割り当てる。二軍の内、一軍は拮抗を維持するだけで構わない。本命の軍で一気に首都への突破を図る。そんな所だろうか? スカサハ」
「そうだ。今ここには複数のサーヴァントがいる。しかし『二軍が拮抗』では圧し負ける。かといって一軍に戦力を集中すれば、残り一軍が崩壊し、アメリカが占領される。あらゆるバランスを考慮して、南北両軍の編成を決めなければならない」
「それなら簡単じゃない。ほら、子ウサギ! ボケっとしてないで、アンタが組み合わせを決めなさい」
リカに、決戦の部隊編成を、任せる?
そんなの、リカにはとんでもないプレッシャーだ。最悪倒れかねない。
「色んな時代でサーヴァントと共闘してきたんでしょ。アンタはいま世界で一番サーヴァントを知っているマスター。アンタが選ぶんなら、アタシはそれを信じられるわ」
リカのリアクションはわたしの予想を裏切った。
「信じ、る? あたしのこと――本当に――?」
こんな大任を受けたら、泣きそうな顔で震え出すのがわたしの知っているリカだ。けれども今、リカは驚いてはいるけど、恐がってはいない。
「明日までに南北両軍のサーヴァントたちの編成を決める。リカよ、できるか?」
「――やってみます」
こんなリカ、わたし、知らない。
わたしはすっかり狼狽えて、何一つ口を挟めなかった。
[Interlude]
夜がとっぷりと更けた時間帯。私はカルデアのマスターを偶然見つけた。
彼女は忙しなく周囲を見回してから、廊下を忍び足で進む、そんな挙動をくり返した。
「こんな夜中に散歩ですか?」
「――っっ!!」
彼女は大きく飛びずさって、自分の足を自分でもつれさせてその場に尻餅を突いた。
「あ……こ、こんばんは。ナイチンゲール、さん」
「こんばんは、ミス・藤丸。明日の編制はいいのですか?」
「もう決まりましたから。て、適当に割り振ってはない、ですよ?」
「分かっています。貴女はそういう不真面目なことには向かない人間でしょうから」
「えへへ……」
む。そこで照れるのは文脈がおかしいのでは?
ですが、部隊編制が決まっているのなら、気兼ねなく夜の散歩に誘えます。二人で話したいこともありましたし。
「おさんぽ? ……はい。いいですよ」
私は彼女と連れ立って、大統王府の砦へ登った。
眼下には灯りを消した町並みが広がっていた。この国の病は残り一つ。それで全てが癒されるといいのですが。
「何かあたしに話があったんじゃないんですか?」
気づけば私とミス・藤丸の間には距離が空けられていた。
――出会った最初から、彼女の私への視線は感じていた。まるで私に別人の面影を見ているような、そうでないと分かって残念がるような。
でもそれは些事だ。彼女という個人が抱える病は認識違いとはまた別にある。
「ミス・藤丸。私は殺してでも貴女を救いたい。初めて会った時からその気持ちは変わりません。ですが、私はアルカトラズで致命的に間違えた。ラーマ君の治療の場面を貴女に見せてはいけなかったのに、それをその場で思いつけなかった」
彼女は微笑んでいるが、無言だ。
「藤丸立香。あなたは病気です」
彼女の笑みが途絶えた。親しみが消え失せ、表情は単なる口角の筋肉運動に。
「ラーマ君の命を救ったことに後悔はありません。彼は患者、救われるべき者でした。ですが同時に、貴女という新しい患者を生んでしまいました。その点において私は猛省しています」
「ちなみに、あたしのどの辺が病気なんでしょうか?」
「――自己犠牲。愛する人を救うために命を擲ったミセス・シータを見て、貴女はあれが最適解だと誤認してしまった。考え直しなさい。その答えは病んでいる。命と引き換えに救われて喜ぶ人間など一人もいません」
「でも、それであたしが死んでも、困る人も一人もいませんよね?」
「いい加減にしなさいッ! あなたは自分の命を何だと思っているのです!」
「何って、 ですけど、それが?」
その返答を以て、私は決心した。彼女を治療しないまま帰すわけにはいかない。
私が医療バッグからメスを取り出したと同時。ふふ、と彼女は囀るように笑った。
「監獄塔にいた時、
知らない名前だった。私が気に留める必要性はない。ないはずなのに、どうしてか、今はすでにない、遠くに在るものを想うような気持ちになった。
囀りは止まらない。
もどかしい。患者は手の届く所にいるのに、患部に触れられない。
「あたしが救われる日が来るとしたら、それは運命のひとの手でがいい。それまでこの心は痛いままで。誰にも触れさせない。大事に取っておくの。これはあたしの誓いの証。他の何を暴いても、この想いだけは覗かないで」
宛がわれた客室のドアが外からノックされた。
ソファーで微睡んでいたわたしの意識はすぐさま覚醒した。
わたしは横で丸まっていたフォウさんを落とす勢いで立ち上がり、ドアを開けに行った。
――やっぱり、訪ねてきたのはリカだった。
「こんばんは、先輩……今日……今夜も、ご一緒しても……」
いつもの任務前夜と同じだ。一つのベッドで寝て、ふたりで朝を迎える。わたしとリカには自然な夜の明かし方。
「いいよ。どうぞ」
リカはぱっと顔を輝かせて、客室に入ってきた。その拍子に浮いた長い髪からいい匂いがした。シャワーはもう済ませてきたらしい。
……本当は尋ねないほうがいいのだろうけど、どうしても気になることがあった。
「明日の部隊編制は、できたの?」
「はい。なんとか、それらしくまとめられました」
よかった、と安心する一方で、置き去りにされたかのような寂しさが胸に湧いた。
わたしはリカの頭を撫でた。大きな決断をしたリカを褒めるためではない。そうすることで、後輩の成長を喜ぶ「先輩」としての気持ちが強いのだと、自分に言い聞かせる意味合いが強かった。
だと、いうのに――
リカはわたしに頭を撫でられながら、じわじわと、琥珀色の両目を潤ませていき、ついにはわたしの胸に飛び込んだ。急なことでわたしはしたたか面食らった。
「リ、カ?」
「――ねえ、先輩。明日、あたしが決めた編制に反対の人がいたらどうしましょう? あたしの決めたこと、おかしいとこがあったら、間違ってたら、ダメって言われたら……怖いです。こんなに勇気振り絞ったの、人生で初めてで、でも上手く行かなかったら……あたしきっと、二度と立ち上がれない。本当はすごく怖いです……っ」
わたしは堪らず、リカを抱き締めた。わたしの腕の中でリカは嗚咽を上げ続けている。
――わたしは何て馬鹿な勘違いをしていたの。
リカは何一つ変わっていなかった。怖がりで人見知り、自分に自信がなくて、声一つ上げるだけにも怯える、ただの女の子。それがリカ。わたしのたった一人の後輩じゃないの。
「大丈夫。大丈夫だから。わたしが付いてる」
「せん、ぱい……っ」
やっと泣くことを覚えてくれた、この子を、大事にしよう。わたしが護り通そう。いつまでも、どこまでも――わたしの命が枯れ果てるまで。