マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
わたしたちは、神殿に入るなり、VIP待遇で玉座まで連れて行かれた。これはいい。
困ったのは、玉座の間に入ってからだ。
玉座に座る、エジプト系の外見特徴を備えた男性――おそらくは彼がオジマンディアス王なのだろうけど、何故にあんなに眠そうなのか。こっちを見てもいないじゃない。
「やっと来ましたね、怪しき旅の者ども! ちょっと遅かったのは気にしていません!」
あ、女王ニトクリスもいらした。先ほどはお世話になりました。
「珍しいな、ニトクリス。そなたは大鳥とはいえ、そのように大声を上げる気性ではなかった。よほどその者たちが気に入ったと見える。はは、それは喜ばしい。実に、実に」
「も、申し訳ありません、ファラオっ」
ここで初めてオジマンディアス王はわたしたちを見た。睥睨した。
「お前たちが異邦からの旅人か。我が名はオジマンディアス。神であり太陽であり、地上を支配するファラオである。ライダーなどと呼ばれるのは些か飽きもした。そして、そしてだ。――うむ。余は眠い。老人が死の淵から目覚めたばかりのように、だ」
オジマンディアス王は気だるげに言葉を紡ぐ。
彼は、わたしたちがカルデアの使者であり、これまで五つの特異点を修復したこと、そしてついにこの第六特異点に赴いたことを承知していた。
「何故なら。お前たちの探す聖杯は、この通り、余が手にしているからだ」
オジマンディアス王が握って開いた手の上にある、金の八面錘。確かに、今までに何度も見て来た聖杯だ!
すわ魔神柱かと、わたしは盾を実体化して身構えたのだが。
「誰が魔術王なぞに与するか。これは余がこの地に降臨した際、十字軍めから――」
ずるっ。
手品ショーの断頭マジックのように、とても綺麗な直線軌道で、オジマンディアス王の頭が首からズレた。
わたしは慌ててリカの両目を後ろから手で隠した。あんなグロッキーな光景をこの子には見せられない。ごめんねリカ、ちょっとだけ我慢して。
「――十字軍めから没収したものだ。真の王たる余に相応しいものとしてな」
平然とお続けなさった!?
「そして、聖杯を手に入れたことにより余は――おっと」
二度目ーーーー!?
リカの目を塞いだ手をどけられないまま、心の中でつい絶叫。
「――――」
わたしはなにもみてません。この子もなにもみてません。
固唾を呑んでオジマンディアス王の次の出方を窺った。
オジマンディアス王の視線がリカに固定された。舐めるようにリカの全身をくまなく見ている。
「……ふん。正直、第四あたりで息絶えたものと思ったがな。余の憶測も笑えぬわ」
――もしかしてこのファラオ、リカの体の傷を見抜いている?
「まったく――遅すぎる! 遅い遅い、遅きにも程がある! カルデアのマスターとサーヴァントたちよ! 貴様らが訪れる前に、この時代の人理はとっくに崩壊したわ!」
この時代を特例の特異点とし、人理を完膚無きまでに破壊した者は、エルサレムの残骸、絶望の聖都に座している。
通り名を、純白の獅子王。
大神殿で饗宴を受けたわたしたちは、ご馳走を有難く頂いてから、大神殿から追い出された。嵐のような展開だった……
「何の不満があるのです! 王は貴女たちに貴重な水と食料まで与えたというのに」
見送りに出てきてくださった女王ニトクリスに怒られた。
確かにその通り。水と食料と、他にも資材をいくらか分けていただいた。でもね、わたしはもっとリカを快適に休息させたかったのです。
「ですが王の寛大は一度きりです。次に出会う時が貴女がたの死の運命。それを決して忘れないように」
「はい。お世話になりました、女王ニトクリス」
「…………」
「あの、女王? わたしが何か」
「……いいえ。覚悟がないのは私も同じでした。マシュ、貴女も戦いは怖いのでしょう? それは誇れることだと私は感じました。怖くとも、それをごまかさずに奮い立っている。―――それでは私もここで。エジプト領から出れば終末の地。気をつけて、お行きなさい」
ニトクリスさんはスフィンクスに乗って、大神殿へと去っていった。
ちなみに――
わたしたちの談話の間に、ダ・ヴィンチちゃんは木材のみでバギーを作成・完成させていたというね!
原理は自転車と同じでガソリンは魔力だそうだから、運転免許は要らないとか。これで徒歩での移動とはおさらば。ならばよしです。さあ一秒でも早く乗り込んで発進! です!
ダ・ヴィンチちゃん製バギー、その名もオーニソプター・スピンクスを運転して、わたしたちはついに砂嵐地帯を抜けた。
ハンドルはわたしが握っている。
後部座席では、ダ・ヴィンチちゃんがリカに冷たいジュースを勧めて、リカがジュースをちびちびと飲んでいる所……って、あれ? リカ、どうして急に座席に倒れて?
「一服盛っちゃった☆」
「ダ・ヴィンチちゃーーーーーーん!?」
「ドフォーーーーーウ!!」
「だってほら、休める時に休んどいてもらわないと。この子は生身の人間だ。デミ・サーヴァントになったキミや、私みたいなサーヴァントと違ってね。それに休めと言って休めるような器用な子じゃないから、もう即物的手段に頼るしかない。大丈夫。効き目は調節してある。聖地に入ったらこの子も目を覚ますさ」
それは、そうなのですが……リカと一緒にドライブを楽しみたかったって言ったら、きっと不謹慎なんだろーなー。
………………………。
「ダ・ヴィンチちゃん。なぜわたしにだけ、転嫁魔術について教えなかったんですか?」
「リカ君に口止めされたから。正確にはロマニがね。私自身はグランドオーダーが始まるまでリカ君と面と向かって話したことがなかったけれど、空気を読めば隠し事をしているのは分かった。それに付き合うことにしたんだ。私がリカ君の『治癒魔術』の正体を知ったのはそのあとだ。動機が知りたいなら、マシュがリカ君本人に直接聞きなさい」
ぐ。確かにそれが筋だ。第三者経由で秘密を暴くなんて、後ろ暗いと思っているも同然だ。
そんなことはない。わたしはリカの「先輩」なんだから、堂々と尋ねていい……はず。
けれど、と。思い出すのはオケアノスでの出来事。勢いで「
リカに転嫁魔術を隠した真意を問い質して、またあの時みたいに拒絶されたら。
そう想像すると、どうしても、口を噤みたくなってしまう。
「と、潮時かな。マシュ、砂丘を越えれば今度こそ聖地エルサレムのはずだ。リカ君は私が責任を持って押さえておくから、遠慮なく大ジャンプをかましてやりなさい!」
「は、はい! アクセル全開、飛びます!」
わたしは力いっぱいアクセルを踏み込んだ。オーニソプターが砂丘から飛んで宙に浮き、聖地に着地した。……聖地、に?
目の前に広がる光景に、わたしは唖然とした。
そこは、果ての見えない荒野。
乾いた大地は干上がった池か沼のようにひび割れて、チロチロと炎を燻ぶらせている。
オジマンディアス王の「絶望の聖地」という言葉を思い出した。こんな有様の環境で、とても人間が生きているとは思えない。
「……オジマンディアス王が聖杯を使うまでもないな。この大地は、じき燃え尽きる。もっと端的に言うと、滅び去る」
聖地に何が起きたのか。その疑問を口にする間はなかった。
わたしたちはいつの間にか、眼を濁らせた人間たちに包囲されていた。痩せてこけた顔面、ボロボロの身なり。ほとんどの人が骨と皮だけの手に武器さえ握っていない。
「食べ物……食べ物だ……」
「水もあるぞ……うまそうな女もいるぞ……」
「ヒヒ、太陽王の人食い獣どもから逃げてきたんだろうなぁ……ヒヒ、ヒヒヒヒ! ありがてぇ、ありがてぇ、オレのために生き延びてくれてありがてぇ……! 殺せ! 肉だ、肉だ――!」
包囲網を徐々に狭められる。彼らはわたしたちを殺して物資を奪おうとしている。
「半ばグール化している。ああなってしまったらヒトはもうダメだよ。憎み、妬み、傷つけることでしか生きられない。生きてたってそう長くはない」
心が定まるまではたった1秒。わたしは彼らを撃退することを決めた。
この、心も体も餓えて渇ききった可哀想な人々を――わたしは、暴力的に無慈悲に追い返すのだ。
わあ、と迫ってくる人々を、わたしは魔力でコーティングした盾を横にフルスイングして、徹底的に吹き飛ばした。致命傷に至らないダメージになるよう調節はした。
その囲いを抜けて一名がバギーに迫ったものだから、わたしは慌ててその人物を背後から殴る形で吹き飛ばした。だって、バギーにはまだ眠るリカがいる。リカに手を出すなら、身の上がどうであろうが関係ない。全部全部、吹き飛ばすんだから!
痛みで逃げ出した人が大半、それでも襲ってきたものが一割。
一段落ついた所で、わたしは盾を霊体化させた。
リカは……よかった。まだ起きてない。
「恐れ入ったよ、マシュ。死者はゼロだ」
「……結果論です」
「なに。そういった心の余裕があるのなら、それは大きなことだ。叱ることじゃない。でもすぐに移動しないとね。他に仲間がいるとも限らないし」
ん…、とバギーから小さな声があった。わたしの心臓が大きく跳ね上がった。
リカが目を覚まして、上半身を起こしていた。
「おはよーございます……あれ? あの、え? 一体何が……」
まずい。非常にまずい。
「ダ・ヴィンチちゃん! オジマンディアス王から頂いた食糧や水にはまだ余裕がありましたよね!?」
「まあ、あるにはあるが。ふむ……では、ほんっとーに単なる気休めだが、たった一口の水が人生の光になることもある! 持って行きたまえ、心を喪った諸君!」
水と食糧は浮浪者全体に行き渡った。あとはバギーに乗って離脱あるのみ。
おろおろしているリカの注意が浮浪者の負傷に向く前に。
わたしはバギーの運転席に乗り込んでアクセルを全開にしてバギーを走らせた。