マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
荒野に夕焼け色のお日様が近づいてきた頃合い。
やっとカルデアのドクター・ロマンから連絡が入った。
《よかったやっと繋がった! 大丈夫かみんな!? 今回も何か予想外のアクシデントがあったのかい!?》
「先輩。いつものドクター、です」
そうね。これでこそドクター・ロマンという芸風だ。
「アクシデントはありましたが、こうして窮地は脱しました。ご心配には及びません。みんな健在ですし、元気です」
元気で間違いはない。リカはここまで一度も転嫁魔術を行使していない、傷も痛みも負っていない。だから、これでいい。
《そ、そうか……丸二日も支援ができなくてすまない。そちらはどういった状況だったんだい?》
わたしはレイシフトしてからエジプト領で遭遇した全ての出来事を、なるべく冗長にならないように、要点を整理してドクターに報告した。
報告を聞いたドクターは、エジプトに入ると通信が安定しないから、今後はエジプト領に近づかないようにとわたしたちに言った。わたしはリカとフォウさんと同じ角度で、こっくり、頷いた。
《オジマンディアスは、聖地にいるのは獅子王と言ったんだったね。なら間違いなくそれはリチャード一世だ。獅子心王さえいれば太陽王も何とかなる。キミたちは十字軍と合流して、上手くリチャード一世に――》
「あの、ドクター……獅子心王じゃなくて、獅子王って……」
《? だから、その獅子王は獅子心王ことリチャード一世のことだろう?》
「じゃなくて、えっと……」
リカが言いたいことはよく分かる。同じ獅子でも「心」と付くか付かないかで、わたしたちにとっては意味が大きく異なるのだ。
「ではダ・ヴィンチちゃんがリカ君の言葉の真意を教えてあげよう。ロマニ、予想外のアクシデントを聞きたがっていたね。喜びたまえ。十字軍はとっくに敗退している! 獅子心王リチャード一世はこの特異点には不在ってことさ!」
《何だって――――っっ!?》
控えめに言ってハウリングした。
《その特異点をマッピングしたけど、中心には大きな都がある! 間違いなく十字軍が占拠した都だ! それがある以上、聖地は騎士たちの手で陥落しているはずなんだ!》
騎士。そのワードに胸が鈍痛を訴えた。これは、“彼”の?
やるせないじれったさが、わたしにも手に取るように分かった。もちろんわたし自身の感情ではないと識別できるが、いくらかわたしの中に残されたギャラハッドの魂の断片を、こうして感じることはままある……
その時。
ぞわり、と悪寒が背中を這い降りた。
わたしはバギーのブレーキを力いっぱい踏んだ。
リカは不安げに眉尻を下げてフォウさんを抱き締め、ダ・ヴィンチちゃんは訝しんだが、ドクターはこの先にサーヴァント反応を捉えたことでわたしの突飛な行動を理解してくれた。
デミ・サーヴァントになった恩恵で、それが500メートル離れた位置であってもわたしには鮮明に状況が視えた。
わたしは状況を見て、“彼”の魂の断片が疼いた理由を知り、脱力するしかなかった。
だって、え、こんなの。うそ。だれか、うそっていって。
「マシュ?」
ダ・ヴィンチちゃんの呼びかけに応える余裕はない。
わたしはバギーから身を乗り出して、目元を手でこすって、また見て――嘆息した。
何で? 何であんな所に――
“不覚、そして無念なり。万事ここに休した”
トリスタン卿が追い詰めていたほうの、大勢の民を背中に庇った細身の男性が零した。あの男性はサーヴァントだ。
“私は悲しい、山の翁よ。貴方一人であれば窮地を脱するは容易い。しかし、あなたの背後で怯える聖地の難民を守るために、貴方は残り続けるのですね。価値なきものを守らんと、価値あるものが失われる。私には、それが悲しい”
サーヴァントの後ろには集団がいる。40人ほどだ。彼は、その人々を守って先導してきたのだろうか? それを、トリスタン卿が追ってきた? あのトリスタン卿が?
「フォウ……」
「先輩、だいじょうぶ、ですか? 辛そうです……」
リカにそう言われるということは、今のわたしは相当“彼”の感情に引きずられた顔をしているらしい。
“……、彼らより私のほうが価値がある、と言ったな? では取引だ。貴様の騎士道とやらが真のものであるのなら、我が命をここで差し出す。その代償として民たちを逃がしてほしい”
「な――!?」
“逃がすと言っても具体的には? 私は撤退を許されてはいません。申し訳ありませんが……”
“では、右腕と足だ。我が首の代わりに、これより一日、足を動かさず、また右腕を封じられよ”
“な……なんという。いけません。それでは貴方は……”
“承諾と受け取った。しからば――御免!”
肉が裂ける嫌な音が耳に生々しく届いた。思わず耳を塞ぎたくなった。
“走れ、同胞たちよ……! 東の呪腕であればそなたらを受け入れよう!”
大勢の人たちが、わっと夜の荒野へ駆け出した。
トリスタン卿はとても不憫なものを見る目で、首が裂けたアサシンの骸を見下ろしてから、逃げる人々を見やった。
“ああ、私は悲しい……それではいけない、と言ったのに”
逃げ出した難民の内一人の、首が、鋭利なテグスを巻かれたかのように、刎ね飛んだ。
――知っていた。“僕”はトリスタン卿の最大の武器を知っていたのに、何もできなかった。まさかあの彼がそんな真似をするはずがないと、わたしの中のギャラハッドは心の底から思っていたから。
妖弦フェイルノート。爪弾く旋律が対象を断つ“音の刃”。その真価は、弦を爪弾く指の一本あれば攻撃として成立すること――!
“愚かなる山の翁。貴方はこう言うべきだった。『どうか、指の一本も動かすな』と”
「え? な、何? 何が」
わたしは身を乗り出そうとしたリカの、目を、後ろから手で隠した。
「見ないで」
「先、輩?」
――あんな凄惨なシーン、リカには見せられない。この子は絶対に駆け出してしまう。一人でも即死でない難民がいれば、転嫁魔術で治そうとする。そんなこと許したら、リカが過負荷で死んでしまう。
「見ちゃ、だめ」
だからわたしは、震える声で、ただ「だめ」と言い続けた――
――一夜明けて、トリスタン卿が去ってから、わたしたちはようやく現場へ向かった。
わたしたちは聖都を目指す道すがら、聖都へ移民すべく村を捨ててきたという難民に出くわした。より具体的に言うと、その難民の旅団が野盗に襲われているところに。
わたしはダ・ヴィンちゃんと力を合わせて野盗を追い返した。
難民の皆さんは聖都への正確なルートをご存じだったので、野盗撃退のお礼に道を教えていただいた。ただし同行はしなかった。難民の中には怪我人や弱った人もいたからだ。リカが転嫁魔術に踏み切るシチュエーションは極力避けたい。
難民の旅団を見送ってすぐ、ドクター・ロマンから通信が入った。
《情報収集、ご苦労様。同行は避けて正解だったよ。今は敵味方の区別がつかない状態だ。いま明らかになっている勢力は、エジプト領の太陽王、聖都の獅子王、それに髑髏面のサーヴァントたち。砂漠ではハサンと名乗ったんだったね? この時代と土地でハサンといったら、“山の翁”アサシン教団で確定だ》
「三すくみ、に、なってる?」
「フォウ?」
「ううん、リカ。今回はそうじゃないかもしれない。砂漠でサー・ルキウスが『聖都の騎士が女王ニトクリスを攫う理由がない』って言ってたでしょう?」
「言ってました。山の民ならいざ知らず……あ。じゃあ同盟関係……不可侵条約とか?」
「私もリカ君の推測に同意だ。この地は獅子王が治め、エジプト領は太陽王のもの。敵対しているものの正面切って戦わない。つまり冷戦中。それを看過できずにレジスタンス活動をしているのが山の民なんじゃないかな」
筋の通った推測だが、あくまで推測の域を出ない。全ては聖都で明らかにするしかない。
十字軍を壊滅させた“騎士”とは何者か。――この胸が、今なおギャラハッドの断片が訴える痛みに苛まれていたとしても。
マシュがギャラハッドとの混線に対して冷静に分析できるようになりました。
ですがリカの転嫁魔術を知ったために行動に大きなブレが生じ始めました。