マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった 作:あんだるしあ(活動終了)
山道での戦闘で倒れたベディヴィエール卿を、アーラシュさんが担いで、わたしたちは西の村に降りた。そして、ハサンさんが村人に事情説明して、空き家を一軒お借りした。ベディヴィエール卿にはそこで休んでもらっている。
わたしたちが離れる前、気絶したベディヴィエール卿は呻くようにくり返していた。
“王よ、お許しを”
心が、痛い。
ギャラハッドと融合しただけのわたしでさえ葛藤に苦しんでいるのに、ベディヴィエール卿は眠りの中でさえ、もっと苦しんでいる。
「こっちに治療専門のサーヴァントがいれば……もがっ!?」
片手でアーラシュさんの左右の顎関節を掴んで塞ぐ。アーラシュさんはもがもが言っていますがノーシンキングで。
この子の、前で、そういう話は、許しません!
「ぷはっ。あー、まあ、その話はまたあとで、な。見ろよ、マシュ、リカ。ここはまぎれもなく、お前たちが護った場所だ。特にリカ」
「は、はい!?」
「あの時、お前さんが試行錯誤するのをやめなかったから、今この村に灯りが燈っている。令呪でバックアップするから狙撃しろ、はさすがに無茶だったけどな」
「で、ですよね……です、よね。すみませんでした」
「ばっか。無茶でも言ってよかったんだよ。今回はそれがひらめきの源泉になったんだから」
リカは、ひどく衝撃を受けたように目を大きく瞠って、自分の口元に手をやった。
……まあでも、リカを悪く言うつもりはないが、ひらめきの結果があの「アーラシュ空を飛ぶ事件」だ(わたしの中では事件扱いです)。カルデアの歴史に長く語り継ごう。アーラシュさんが矢に縄を結んだら注意しろ、ってね。
「おお、こちらでしたか。皆様」
村の様子を見回っていたハサンさんが戻ってきた。
「よい機会ゆえ、この村の頭目と引き合わせましょう。我らはすでに協力関係。こちらの新しい戦力として、皆様を紹介致しまする。ははは、今なら話も円滑に進むでしょう。あやつも皆様には感謝していましたからな。――こちらだ、百貌の。この者たちが先ほど話した、我らの新たな同胞だ」
……あれ? これによく似た流れを、何日か前に実体験したような。何だっけ?
何も知らなかった時点では万歳、あとから正体を知ってがっかり、あまつさえ敵に回る――そう、確か。
「この度の助力、感謝の言葉しかありません。私は西の村を預かる山の翁、百貌のハサ―――んんんん!?」
――東の村に入る前のハサンさんがそうじゃなかった?
髑髏の白面を着けたムキムキなお姉さんを見て、はた、と思い出した。
「貴様らはあの時のーーーーー!!!!」
――これにて百貌のハサンさんの態度は180度急転した。
「断る。こやつらは信頼できぬ。共闘なぞ以ての外だ」
髑髏面まで外して、凄まじい眼光で睨まれた。ど、どうしろと?
「貴様もどうかしているぞ呪腕! よりにもよって円卓の騎士どもを信頼するなど!」
「ははは。まるで昔の自分を見ているようですなあ。これは説得は難しい」
呪腕のハサンさんはお茶を一服。こっちが彼の素なんだろうなあ。
「うむ。それはそれとして、百貌の。例の件はどうなっている?」
「……進展はない。このままでは死を待つだけであろう」
「それは困った。実に困った。どこかに我々以上に強く、単独行動に向いており、力になってくれる、そんな御仁がいればいいのだが」
「馬鹿も休み休み言え。そんな都合のいい助っ人が――」
おりますよ。百貌のハサンさん、あなたの目の前にこの通り。
「ぐ……ぐぐぐぐ……!」
「どういう事情かお尋ねしても?」
「はい。率直に言いますと、山の翁の一人が敵に捕らわれているのです」
呪腕さんの話によると――
――ハサンさんたちは聖都に対して一斉蜂起する計画を立てていた。捕らわれた山の翁もその参戦者の一人。彼女(女性だという)が計画を漏らせば反撃の機会は消える。
その……嫌な話だけど、これが別のハサンたちであれば自決して死人に口無しを選ぶらしいが、彼女は自決ができない事情があるという。
総合すると、彼女を救い出さない限り、機密漏洩のリスクが回避できない。
今までに救出を試みたが、帰った者は誰一人いない。
その収監場所は、円卓の砦。
「お話しいただいてありがとうございます。そこまで聞いてしまっては放っておけません。喜んで助太刀します」
「おお、それは頼もしい。そう言ってくださると、この呪腕、確信していましたぞ。―――どうだ、百貌の? 我らの窮地を二度も救えば文句はなかろう」
「……助ける、と言って逃げる輩も多い。となれば――」
「あの!!」
リカが大声を上げた。声は震えていた。
「だったら、あたしが村に残って人質になります。そしたら先輩たちはここに戻って来ざるをえないし、急な方針変更で逃亡ってこともない……と、思うんですけど。どうでしょう?」
どうでしょう、って。
確かに、ここにリカが残るなら、わたしは死んでもその山の翁を救い出して村に帰ってくるけども。そうじゃなくて。
「大丈夫です。ちょっと思うとこがあって、治癒魔術は少し控えようかなって思ってたんで」
……え?
リカは、笑顔だ。わたしに怒られるのが怖いからって消極的な理由じゃなくて、この子自身の意思で転嫁魔術を控えると言っている。
「だから、先輩たちは行ってください。帰ってきたら、あたし、話しますから。先輩に隠してたこと、思ったこと、全部」
「――約束ね?」
「約束します」
こうまでハッキリキッパリ言われては、却下したくてもできない。
「……分かった。行ってくる」
[Interlude]
リカは、何度もこっちをふり返るマシュに、何度も笑顔で手を振った。マシュと呪腕の旦那と百貌の姐さんの姿が見えなくなるまで、ずっと。
俺もリカやベディヴィエールとは違う意味で、西の村に居残りだ。モードレッドが戻って来ないとも限らないし、百貌の姐さんの不在中、代わりに村人の食い扶持を狩ってくる奴が要るからな。
「アーラシュさん」
俺を呼んだリカの声は、マシュが発つ前から一変していた。具体的には、声のトーンが平坦になった。語り聞かせるためではなく、相手を意識しない独り言のそれだ。
「昼間にアーラシュさん、言いましたよね。命は護るべきものと己の誇りのために使え、って」
「ああ、言ったな」
「あたしの『命の使い方』、間違ってたんでしょうか?」
――ああ、気づいていたさ。リカが治癒と称する魔術は癒しの秘跡なんかじゃない。自分に傷を移し替える、身代わりの呪いに過ぎない。リカが痛みを表に出さないから、傍目には治したように見えるだけの手品だ。
そして、俺がそれに気づいていることも、リカにはお見通しなんだろう。だからわざわざ居残りを志願した。マシュには聞かれたくない話を、俺とするために。
「死んだおばあちゃんの口癖だったんです。『傷ついた人に優しくしてあげるのは当たり前のこと』って。だからあたしにできる範囲で『優しく』してきたつもりです。それであたしの体が傷だらけになったって、気味悪がったりする人はいても、困る人なんていないし、実際誰も困ったことないし、別にいいかなって。痛いのだって、一瞬なんだから、あたし一人が我慢すれば済むし。ずぅっとそういうふうに思いながら、力を使ってきました。今でもこの考え方は破綻してません。でも、アーラシュさんがああ言ってから、初めて、自分の転嫁魔術の使い方に疑問を持ちました。この魔術を使うのをやめる気になったとかじゃなくて、もっと、使う相手を選ぶべきだったのかもしれない――」
「じゃあさ、リカ。お前さん、マシュと俺が同時に大怪我したら、真っ先にどっちの傷を引き受ける?」
「それは……先輩、です」
「そら即答だ。お前の力は、使うべき人っていうより、使うべき『時』を考えたほうがいいと思うぜ?」
「時――」
夜風が吹いた。少女の長い亜麻色の髪が吹き上げられ、表情を隠した。
「……ベディヴィエールさんは、この火傷だけは治さないでって言ったけど、やせ我慢してることくらいあたしにだって分かります。それに、彼はきっと戦いたい。円卓の仲間の過ちにきちんと向き合いたいと思ってる。そのために邪魔な痛みなら、あたしが引き受けてあげればいい。本当に、心から、思うのに」
リカは両手で顔を覆った。
「何で、あたし、動けないの――」
千里眼を利かす必要はない。ここまで聞けば、リカが言わんとする所くらい察することができる。
“あたしが行かなきゃいけない”
“ベディヴィエールさんの傷を引き受けに行かなきゃいけない”
“あたしが傷だらけになっても、誰も困らない。だからあたしがやらなきゃいけない”
声は言霊となって、口にした者を縛る。これ以上をリカに言わせちゃならない。
せっかくこいつはスタートラインに立ったんだ。ここでベディヴィエールの傷を治しに行かせたんじゃ水の泡だ。
「リカ、ちょいとすまん」
「はい?」
俺は腕を、向き合うリカの首の後ろに回して、うなじに手刀を叩き入れた。
気を失って傾いてきた少女の体を、受け止めた。どいつもこいつも、と溜息をつきながら。