マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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キャメロット11

 ――長い一夜だった。

 

 山の民の西の村に帰ってきて、わたしは疲労と共に回想した。

 

 玄奘三蔵さんと俵藤太さんという二騎のサーヴァントが、なりゆきで仲間入りしたこと。

 地下牢での、助け出した静謐のハサンさんとの、その……キスのアクシデント。

 

 そして――アグラヴェイン卿との遭遇。

 鉄のアグラヴェイン。誰からも嫌われていた、されど、アーサー王の統治には欠かせなかった文官にして円卓の騎士。

 彼がアーサー王のそばにいることに、ギャラハッドは安心して、同時に疑問にも感じている。アグラヴェイン卿がいるのに、なぜ王は獅子王なんて暴君になってしまったのか――

 

「おう、お疲れさん。よくやったな! 吉報届いてるぜ、マシュ」

 

 思案が吹き飛んだ。

 

「アーラシュさん……はい、ありがとうございます。あの」

 

 リカはどうしてるか。それをアーラシュさんに尋ねるより早く――

 

「フォフォウ!」

「先輩っ。おかえりなさい」

「リカ!」

 

 迎えに出てきたリカに合わせて前進、わたしと同じくらいの大きさの体をぎゅーっと抱き締めた。ああ、温かい。生き返る。

 

「先輩と約束しましたから。あたし、誰にも治癒魔術、使ってないですよ」

 

 うん、ならよかった。酷薄だとしても、そう思う気持ちは止められない。どんな形であれリカが傷ついていないのなら、この子の先輩であるわたしにはそれが最上なのだ。

 

「はは、リカは素直だな。そら、ベディヴィエール卿も、リカを見習って、ちゃんと出迎えてやれよ」

 

 近くの民家の陰から、人目、というか、わたしたちの視線を憚るように、ベディヴィエール卿は出て来た。

 

「分かっているのですが……私は大事な時に倒れていた、情けない騎士ですので……」

 

 そうだったそうだった、とわたしの中のギャラハッドが大いに頷いている。ベディヴィエール卿はこういう奥ゆかしい騎士だった、と。

 

「サー・ベディヴィエール! マシュ・キリエライト、ただ今帰還しました!」

「お、お帰りなさいませ! サー・キリエライト! ……あ」

 

 アーラシュさんが爆笑した。――いいもん。今回のこれは進んで言ったことだから。

 

「……本当に、よくご無事で。アグラヴェイン卿と鉢合わせた、と聞いた時は肝を冷やしましたが。あの“鉄のアグラヴェイン”を撤退させるとは、さすがのご活躍。私も同席したかった」

 

 ベディヴィエール卿、笑ってる……よかった。円卓の騎士と戦ったと言ったら彼にはよけいに心労になるかと心配したけど。

 

「それで、そっちの二人が増員かい? これまた珍しい出で立ちだが」

「ええ、あたしは玄奘三蔵。御仏の加護を届けに来たわ」

「拙者は俵藤太。見ての通り、巻き込まれた通行人だ」

 

 ふいにリカがわたしに隠れるような位置で腕にしがみついた。怖がっている。誰を?

 リカの目線の先にいるのは、玄奘三蔵法師。

 

「ごめん、なさい。あの人が悪い人だからじゃ、ないです。ただあたしが、仏教系の人、だめなんです。日本にいた頃、あたしの力を知って誘拐しようとしたカルト教団が仏式で……それ以来、だめ、なんです」

 

 奇跡は時に消費娯楽に貶められる。一見しただけではリカの魔術は癒しの御手だ。

 きっとリカが苦しんだのは、亡くなったお兄さんの名前だけじゃない。力ある者ゆえの多くの悪意を、この子は長いことずっと一人で抱え込んできたんだ。

 絡めた腕で、リカと手を繋いだ。

 

 藤太さんが担いでいた米俵を地面に下ろした。

 

「なるほど。これが西の村か。ここに来るまでで村の様子はよく聞いていた。であれば――長話も挨拶も後回しだ。まずはコイツをお見舞いしてやらねばなァ!」

 

 藤太さんが口上を述べ始めた。韻を踏んでいる。宝具解放の兆し? でも、こんな、敵もいないし、ただ餓えて傷ついて疲れた人しかいない西の村に、何の宝具を?

 

「さあ、行くぞぅ! 対宴宝具――美味いお米が、どーん、どーん!」

 

 ざっぱーん、と。

 白いお米がビックウェーブ。百貌さんが思わずお面を外してしまうほどの白米が、こんなに!

 これが宝具!? ドクターが興味深いよ、って言っていた藤太さんの宝具って、これのことだったの!?

 

「せんぱーい」

「リカ!? きゃーっ、お米で溺れてるー!?」

「フォーーウ!」

 

 とりあえずリカを、白米の山から、フォウさんと力を合わせて引っこ抜いた。よ、よかった、無事で……

 

「これ込みで御仏の加護よ? だからトータとあたしは出会ったんだからね」

 

 

 

 

 

 ――西の村はもう上を下にの大はしゃぎ。

 

《何だい、この盛り上がり⁉ 一体何が起きているんだ、マシュ⁉》

「宴会が、始まってしまったのです――」

 

 三蔵さんが災害時の配給所にも勝る早業でおむすびを次々と握っていっては、集まった村の子供たちに渡す。

 保護者として手綱を握ってくれそうなアーラシュさんと藤太さんは酒盛り真っ最中。あ、百貌さんも出来上がっている。

 

「はい次、詰め物いくわ詰め物! あたしはお肉ダメだけど子供たちにはご馳走だものね。モツを抜いて、お米を詰める。あとは焼き上がるまでお楽しみ。その間に炒飯作るわよー!」

 

 これはもう止められない……あ、子供の一人がおにぎりを持って来てくれた。あはは、ありがとうございます。すみません。隅っこまで届けにきてくれて。

 おにぎりを頬張った。うん、文句なしにおいしい。

 

「マシュ殿。こちらにおられましたか」

「呪腕さん?」

「このような状況で油断が過ぎる、と叱りたい所ですが、この半年、毎日が節制の連続でしたからなあ。今ぐらいは村の者たちにも良い思いをさせてやりたい」

「はい。そうですね。今夜ぐらいなら」

 

 これが一夜のユメで、明日からはまた節制の生活を送らねばならないからこそ。

 

「ところで呪腕さん。うちのリカを見ませんでしたか?」

「リカ殿でしたら静謐と一緒に何やらさまっているようですが。――おお、噂をすれば」

 

 静謐のハサンさんが、藤太さんにお願いして、素焼きの壺の満杯まで白米を注いでいる。静謐さんは一礼し、その米壺を抱えてどこかへ向かっているようだ。

 わたしは呪腕さんに挨拶して、静謐さんを追いかけた。

 

「あ――マシュさま」

「呼び捨てで構いませんよ、静謐さん。ところでその瓶いっぱいのお米は?」

「これは、リカさまに頼まれたものです。自分は手が離せないから、代わりに藤太殿に分けてもらいに行ってほしい、と」

 

 何でまた。おにぎりや炒飯は今も配られている。それに、あえて生米を貰ってどうするの?

 わたしの疑問が顔に出たからか、静謐さんはわたしに付いて来るように言った。百聞は一見に如かずというやつですね。

 

 そうして歩いて行った先で、わたしは――ちょっとしたショックを受けた。

 

 リカが片手に器を持って、スプーンで器の中身を掬っては息を吹きかけて、差し出している。相手は、片腕を三角巾で吊った男性――怪我人。

 

「食べられなかったら無理しないで言ってくださいね。はい、あーん」

 

 ぎこちない笑顔とは裏腹の慣れた手つきで、食事の介護をしているリカ。

 

「――ああして、傷病人や赤ん坊を抱えた母親の間を回っては、重湯を振る舞っているのです。普通の食事が喉を通らない人もいるだろうから、と仰って。手が使えない村人には、あのように直接」

 

 何も言えない。わたしは俯いて、両の拳をきつく握り固めた。

 やがて静謐さんが去った時も、わたしはその場から動けなかった。

 

 

 

 

 リカが傷病人の看護を一通りすませた頃合いを見計らって、わたしはリカに声をかけた。

 前置きはしない。あの光景を見せられたあとだと、そんな気にもなれなかった。

 

「あ、先輩……」

「約束したよね。帰ってきたら話すって」

「はい」

 

 ――リカからの話は、やっぱり、転嫁魔術についての種明かしだった。隠していたことへの謝罪。それに、リカ自身が、どういう相手と局面であれば転嫁を使うのに正しいか、迷い始めていること。

 

「藤太さんの宝具を見て、もっと分からなくなりました。先輩みたいに攻撃や暴力から護ってくれるんじゃない、剣や槍を持って敵を斃してくれるんでもない。戦う宝具じゃないのに、藤太さんの宝具で、村の人たちみんな、幸せそうでした」

 

 リカは星空に向けて手をかざした。その袖の中が古傷だらけだと、実際に見た人間は、もうわたしを残すのみだろう。

 

「何でですか? あたしの何が間違ってたんですか?」

 

 リカは理不尽を言い募るでなく責めるでもなく、純粋な疑問を音として羅列した。

 

 ……リカの行いはいつだって間違っていなかった。いや、訂正しよう。この子の行いの根底にある、他者への優しさ。それは賛美されるべき徳だ。リカの優しさが間違いであるはずない。そこだけは自信を持っていい、変えなくていい一点だ。

 

 ただ、この子の魔術の性質が問題なのだ。

 転嫁魔術。他人の傷を自分の体に移し替えるなんて、物騒で厄介な癒し。他人が楽になる分、リカの体は傷ついていく。それを知ってしまっては、手放しで褒められない。認められない。

 

 どうしよう。どう答えていいか分からな……

 

 

“隠したことが罪だった”

 

 

 はっと、出発前のドクター・ロマンの言葉を思い出した。

 

「――リカが、どうしても転嫁魔術を使い続けたいって言うなら、わたしに止める資格はないわ。だから、ね。一つだけお願い。リカ。これから誰かの傷を引き受けて痛いって感じたら、わたしには隠さないで。痛くないフリなんてしないで」

 

 答えはない。静寂が耳に痛い。

 ふいに、一筋。

 リカの琥珀色の両目から、ぼろり、と涙が溢れた。

 

「っ――リカ!」

 

 わたしはぶつかるみたいに駆け寄ってリカの体を抱き締めた。冷えきっていた。

 リカは何も言わないで、わたしに縋ってただ嗚咽した。

 

 何でリカが泣いたかは分からない。安心か、落胆か。

 どんな意味の涙でも、これはこの子がわたしだけに曝け出してくれた心の痛みだから、受け止められればいいと、それだけ思った。

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