マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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キャメロット19

「――以上です。お分かりですか? ダ・ヴィンチちゃん」

「分かったとも。その方法なら魔術王による人理焼却にも耐えられる。それが獅子王の目的だったんだね」

「……そうだ。その理念自体は正しいものであると、我々は思っていた」

 

 ベディヴィエール卿は口を噤むばかりだ。気まずそうな表情から、彼が何か言いたいことがあるのは察せられた。そこを、三蔵さんが促した。

 

「ベディヴィエールさん、言っていいのよ。ランスロットさんは間違ってたって」

「い、いえ。私はそこまで追い打ちをかけられない、というか……」

「優しいのね。そういう人大好き。じゃあ代わりにあたしが言うわ。――獅子王の理念は間違ってる。人々から選択の余地を奪うのは良くないことよ。でも円卓の人たちはみんな、それを受け入れるために己を殺している」

 

 リカの琥珀色の両目が悲しみに染まる。

 

「……皆さん、本当は間違ってるって王様に言いたいのに、我慢して黙って……」

「ええ、リカ。半分は正しい。騎士たちはみんなが我慢してるの。言うことを、でなく、間違いだ、と思いたい気持ちを心の底へ底へと押し殺している。そうまでするのは、“アーサー王”を信じているから。でも今の王様はもう別人よ」

 

 三蔵さんの言うことは的を射ている。あの白亜の都市におわす王は、ベディヴィエール卿やランスロット卿、誰よりギャラハッドが信じる騎士王ではない。わたしの胸に痛みを訴えるほどに、ギャラハッドは強くそれを確信している。

 だとしたら、何が、あの高潔な騎士王を獅子王なんて非道の君主に変えてしまったの?

 

「ふむ。アーサー王がなぜ獅子王になったのか、それは私にも説明ができる」

「ダ・ヴィンチちゃんにも?」

「フォ?」

 

 ダ・ヴィンチちゃん曰く――属性変化。

 もともと地に生きる伝説だったアーサー王は、聖槍を長く持ち過ぎた結果、天に座する伝説になった。

 例えば、人の理性であれば、どんな理想都市を目指そうと生活を向上させる理念が含まれる。でも彼女はそれを考えもしなかった。「永遠に残る人間世界」を維持するために、人間らしい幸福を全て否定した。

 

「彼女は本気でこう考えている。『人間は価値あるものだ』『だが人命に価値はない』と」

 

 ――冷徹を通り越した、超越者的視点。

 

《つまり、その特異点に現れたアーサー王は英霊ではなく神霊、女神のたぐい……》

 

 でも、どうして? 獅子王の最終目的はアーサー王の理想とかけ離れている。アーサー王が今の理念、今の境地に至ったのはどういった経緯でなの?

 

《その状況はヤバ過ぎる! 人理に含まれない人間世界を作るだって!? そんなことになれば、ソロモンを斃して人理焼却を無かったことにしても、人類史はメチャクチャになる! 何としても止めないと……!》

 

 ランスロット卿が、自分が獅子王に謁見してその場で反旗を翻すことを提案してくれたが、ダ・ヴィンチちゃんが却下した。ギフトを受けた騎士は獅子王に逆らった瞬間に燃え尽きるだろうからと。

 こうなると、ハサンさんたちと合流して、正面から聖都を攻めるしかない。なのに、山の民側の兵力ではどうしても聖都軍と渡り合えない。兵力を結集したところで、獅子王の裁きの光が落ちてきたらそれで終わりだ。

 

「今のままで戦うのは自爆行為よ。自爆、ダメ、絶対。あたしはともかく、あたしの前でそういうコトすると泣いちゃうから」

「純粋な兵力不足……ですが、もう集められる余力はどこにもない……」

「え? エジプトのファラオさまたち入れても足りないですか?」

 

 ……リカ。今、何て言った?

 それって、オジマンディアス王に協力を要請するってこと!?

 

「ありえません! あの傲岸不遜王が我々に手を貸すなど!」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ! 間違えました、てっきり最初から頭数に入ってるって勘違いしてました! 聞かなかったことにしてください!」

「――いや。盲点だったが、不可能な話ではない」

「ふぇ?」

「ランスロット卿?」

「エジプトの王は益のある交渉を無碍にはしない。我々には共闘するに値する価値があると、直接示してやればいい。そうすれば奴を味方に引き入れられる」

「へえ。それはまた単純なファラオだね」

「単純だがシビアとも言える。勝算のあるほうに付くとはそういうことだ」

「……それ、具体的には、あたしたちは何をしたらいいんですか……?」

《そこはそれ、()()()()()()()()()()()。『こっちに負ける要素はないぞ』と売り込むんだ。喩えると、企業が提携先で『この新商品は必ず大ヒットします!』とプレゼンする要領さ。リカ君ならこの喩えのほうが分かりやすいかな》

 

 不安げだったリカの表情が一瞬にして冴え冴えとしたものに替わった。

 

「ドクター、ありがとうございます。その理解でいいなら、よく、分かりました」

 

 次のリカの顔は、晴れ晴れとした微笑み。その微笑みを湛えたまま、リカはわたしを見た。

 

「先輩は、いいですか?」

 

 可愛い後輩のこんな笑顔を見せられてはNOなんて言えっこない。わたしは賛成、と頷いた。

 最終的にはベディヴィエール卿も納得してくださった。満場一致である。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そしていざ、ピラミッドに居を据える太陽王との二度目の謁見。

 

「して、何用だ、異邦の娘たち。余に首を預けに来たか、あるいは情けを乞いに来たか。どちらでもよいぞ? 望むままに殺してやろう」

「目的は先触れがすでに伝えた通りです。オジマンディアス王、わたしたちと一緒に、獅子王と戦ってください」

 

 言った。真っ向から。これでもう後戻りはできない。するつもりもない。

 

「なんと! あれは本気であったのか。余ともあろう者が真偽を見抜けぬとは。腹を抱えて笑った挙句焼き捨てたわ!」

 

 大爆笑された。

 ――もうこのファラオにはお城をぶつけてやったほうが早い気がしてきたぞ。

 

 わたしの不穏な考えを読ん……ではいるまいが、三蔵さんがオジマンディアス王に進言した。

 

「ちょっと。それはないんじゃない、オジマンディアス王。馬鹿にするのも大概にしなさい。あたしはともかく、マシュもリカも本気なんだから」

 

 オジマンディアス王が玉座からわたしたちを、本当に何の興味もなさげに、見下ろした。おそらく今のオジマンディアス王に映るわたしは、せいぜい砂の一粒に過ぎない。

 

「この大神殿の空気は聖都と同じ。ここもシェルターになりうるのでしょう? 獅子王と戦えば共倒れになるから、ううん、獅子王には勝てないから! 貴方は自分の国の民たちを神殿に閉じ込めようとしている! 国の人たちの生活を一番に考えながら、一番である民の未来を閉ざそうとしている! この諦めを捨てる道を彼女たちは示しに来たのに、何で素直に『いいよ』って言えないの!」

「たわけ! 獅子王を斃したところで何があろう。人理焼却により世界は燃え尽きる。余は余の権限で余の民を救うまで! 他のモノなど知ったことではない!」

「それは、半分くらい、嘘です」

 

 震えた声だったけど、明瞭な否定だった。――リカ? あなた、何を……

 

「だってあなたは、あたしたちが来なかったら、自分で世界を救おうとしました」

「――――」

 

 太陽王、絶句。

 歴史的偉業だ。ちょっと、気が動転して、わたしたち全員まで絶句してしまうくらいには。

 

 未だ言語が復活しないオジマンディアス王に、リカはさらなる追い打ちをかけた。

 

「あなたは神王と呼ばれたファラオです。なら、あなたはあなたの世を統べるために、あらゆる敵を焼き尽くして、遍く全てを救おうとする。それを、世界を救う戦いと言わないで何と言うのでしょう」

 

 リカの追及が真実なら、この太陽王は何てめんどくさい性格なのか。支配する前にまず救わないとその世界には君臨しないなんて――めんどくさいくらいに律儀な王様じゃないの。

 

「ぬかしおる。小娘、余を何者と心得るか」

 

 リカは笑ってとどめを刺した。

 

「あなたは、あなたですとも」

 

 オジマンディアス王が、玉座を、立った。

 

「人類最後のマスターよ。余が救世主であるとは、なかなかに皮肉が利いた弁舌であった」

 

 階を降りてくるオジマンディアス王の手に、聖杯が顕れる。

 

「褒美として、それを是として問いを返してやろう。余が世界を救うためには、貴様の死が必要だと言ったなら」

「死にます。あたしなんかでいいのなら」

「そうか――そうか。よい! 特に赦す! ゆえに試練は一度のみとしてやろう! 獅子王と戦う資格と、余が肩を並べるに足る勇者であるか否か、この一度で見極めてやろうぞ!」

 

 オジマンディアス王は自身の手を装飾品の突起で傷つけ、流れた血を聖杯に垂らすと、滴る血を口に落として飲み下した。

 

「聖杯に宿りし魔神の陰よ。魔神アモンなる偽の神、是に、正しき名を与える。我が大神殿にて祀る正しき神が一柱。其の名、大神アモン・ラーである!!」

 

 バキン、バキン、とルービックキューブの色目が合わさっていくように、オジマンディアス王を覆って魔神柱が組み上がっていく。

 金属的なデザインをした刺々しい魔神柱が、吼えた。

 

 彼を倒さなければ前には進めない。太陽王はそのためにあの姿になったのだ。

 だから彼が一度きりと言ったこのチャンスを掴んでみせる。わたしたちは獅子王を踏破できるだけの、あなたが肩を並べるに相応しい勇者なんだと証明する。

 この魔神柱アモン・ラーの撃破を以て!


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