マシュを「先輩」と呼びたいだけの人生だった   作:あんだるしあ(活動終了)

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 ご無沙汰しておりますm(_ _"m)
 別作品が煮詰まったので気分転換を兼ねて続きをお届けします。


キャメロット21

[Interlude]

 

 東の山の民の村。その外れに構えた幕営の中。

 ダ・ヴィンチは明日の進軍の打合せを終えた所で、別のことに思いを致して溜息をついた。

 

「いかがされた? 何か問題点があるようなら指摘していただきたい」

「いいや、戦略は至って現実的で妥当だ。別のことで、ちょっと引っかかりがあっただけさ。あ、でもこれ、士気に関わるのかな? その辺には疎いな私、芸術家だから。サー・ランスロット。もし軍を率いる将が死に急いでいたら、兵としてどう思う?」

「……申し訳ない。もう少し具体的に説明していただけると」

「じゃあ込み入った話をしよう。我々の旗印、リカこと藤丸立香について」

 

 ――オジマンディアス王との二度目の謁見。ダ・ヴィンチはリカとオジマンディアス王のやりとりを一部始終、ランスロットに伝えた。

 

「世界を救えるなら己の死すら厭わない。あのいたいけな少女がそれほどの覚悟を裡に秘めていたとは――」

「そこが違和感なんだよね。死んでもいい。笑ってそう言える。実に美しい精神性だ。しかし私は納得が行かない。騙し絵を見せられてる気分だ。少なくともあの子の『死んでもいい』は“覚悟”じゃあない、と私は踏んでいる。リカ君は――」

 

 ダ・ヴィンチはそこで言葉を止めた。テントの布が不自然に揺れたからだ。

 

 どうやら何者かがこの幕営に忍び込もうとしているらしい。

 ランスロットも気づいたようで、宝剣の柄に手をかけた。

 

「ぷわっ。こんばんは、ダ・ヴィンチちゃん。ランスロットさん」

「ンフォウ、フォーウっ」

 

 布をめくって現れたのは、リカとフォウだった。リカはおつかいの赤ずきんよろしくマントを頭から被っている。

 

「――、――何でそんなとこから入って来たのかな? キミは」

「いえ、その、正面から入ろうとしたんですが、見張りの騎士さんたちに村の子だと勘違いされて、通してもらえなくて……すみません、こっそり回り込みました」

「フォフォウ!」

「……申し訳ない。部下が失礼をしました」

「いえ、まあ。あたしが存在感薄いのが悪いんですから。というわけで、これ、差し入れの焼きおにぎりです。よかったらどうぞ」

 

 リカは笑顔でランチボックスを差し出した。

 

 ――夜食を届けるためだけに間諜の真似事をして、下手な誤解を受けたら大変な事態になっていたのに、これっぽっちも危機感を持たない、人類最後のマスター。

 

 

 “天才のキミには分からないだろうけど、『普通』って時々、『天才』や『特別』よりずっと怖いよ?”

 

 

「あの……?」

「かたじけない、レディ。有難く頂きます」

「はいっ。えっと、それと、ランスロットさんにちょっと教えてほしいことがあるんですけど、お時間いいですか?」

「私で答えられることなら喜んで」

 

 リカは表情を輝かせると、マントを脱いだ。

 

 カルデアに帰還したのち、ダ・ヴィンチはロマニに語る。()()()()()()()()()

 

 それはもう豪快にバッサリと。リカの亜麻色の長髪は切り落とされていた。

 

「髪で剣のベルトを編むやり方、教えてください」

 

[Interlude out…]

 

 

 

 

 

 わたしは、ルシュド君を寝かしつけてから、その民家を出て胸に手を当てた。――ああ、温かい。体温とは違うぬくもりが心地よい。

 

 

 “ちゃんとお礼を言っておきたくて。あのとき、ボクとお母さんを助けてくれてありがとう”

 

 “お母さんは言った。ボクのことを『私の人生(いのち)』って。ならボクは長生きしないといけない。だってボクが生きてれば、それだけお母さんの人生は続くんだから”

 

 

 ――子どもとは、命とは、ただ生きているだけで、あんなにも強く、尊い。

 特異点では悲しいことばかり起きると思っていたけれど、同じくらい良いこともあるものなのね。

 

 さて。藤太さんに言われたように、あとはリカを待つだけだ。

 藤太さんは、わたしにとって喜ばしい物を、と言っていた。何であれ、リカがわたしに贈り物でもこしらえているんなら、それだけでとても胸が弾む。

 

 

 ……と、思ってからすでに1時間が経過した。

 

 さすがに心配になってきた。しかもよくよく思い出せば、リカが訪ねたらしき相手はあのランスロット卿。美女だからつい、という理由でダ・ヴィンチちゃんを助けてしまった節操なしだ――と、10分ほど前から、わたしの中のギャラハッドが力説している。

 

 迎えに行くか、信じて待ち続けるか。

 

「せんぱいっ!!」

 

 待ってて正解でした、藤太さん。ありがとうございます。

 

 リカが戻ってきた。わたしのために用意した何かしらの品と一緒に。聖都との決戦前夜にこれほどわたしを奮い立たせるものもない。わたしの後輩はよく分かっている。いざ!

 

「おかえりなさい、リカ。どうし――」

 

 絶句しかけて、ガッツで踏みとどまった。

 

「どうしたの、リカ!? その髪!」

 

 無い。腰まで届く亜麻色のベリーロングヘアが、肩までしかない! え、散髪? このタイミングで?

 

「あのっ、あ、あたし、先輩にあげたいもの、が、あって」

 

 無くなったかと思われた亜麻色の髪は、リカの手の中にあった。亜麻色の髪で編んだ剣帯となって。

 

 この時ばかりは、ギャラハッドの懐古を自分の回顧であるかのように感じざるをえなかった。

 ――ディンドランもギャラハッドに同じことをした。穢れなき乙女の最も大切な物で編んだ剣帯が必要だと言われて、彼女は逡巡なく自分の金の髪を切り落としたのだ。

 

 わたしはギャラハッドじゃないけど、あの子は昔のディンドランと同じように、わたしのために何かしたくて、結果として大切な髪を引き換えにわたしのための贈り物を用意してくれた。

 心が弾まないわけがない。

 

 あと5メートル。それでリカとの距離はゼロに。

 それなのに――リカが急に足を止めた。

 

 気が逸ってしまって、わたしはついリカへの呼びかけに急かす色を含めた。

 

「リカ? ね、どうしたの?」

 

 リカは亜麻色のベルトを両手で胸に抱いた。どんどん俯いていくから、表情が見えなくなっちゃう。どうしてそばに来てくれないの? ねえ、リカ。どうしてそんなふうに顔を蒼ざめさせていくの?

 

「ごめんなさい……っ!」

 

 ……………………え?

 

 リカは涙を散らして、勢いよく踵を返して、元来た道を走って行ってしまった。

 

 

 

 

 

 一言。落ち込んだ。

 訂正。ものすごく、落ち込んだ。

 

 ――ねえリカ、何で?

 答えの出ない疑問が、くり返し浮かんでは沈む。

 

 わたしは灯りを避けて、こうして一人、村外れの丘で膝を抱いて蹲っていた。

 

「フォウ~……」

「すみません、フォウさん。今はちょっとだけ、静かにしててほしいかも、です」

 

 心配してすり寄ってくれたフォウさんに対してさえ、この体たらくなのだから――

 近づいてくる足音の主に対しては、もっとつっけんどんになるのもしょうがない。

 

「何さ。今なら傷心に付け込んで仲良くできるとでも思った? お父さん」

 

 だって、他でもないランスロット卿なのだから。

 今さらだが、いくらリカでも剣帯の編み方なんてコアな知識があるとは思いにくい。十中八九、ランスロット卿の手ほどきだろう。あるいは入れ知恵かもしれない。

 

「だからその口調と呼び方は……いや、今はいい。君に渡す物があって来たんだ、マシュ」

 

 ランスロット卿はわたしの横にしゃがんで、わたしの手の平に何かを握らせた。

 これは……ミサンガ? 亜麻色の糸で編んである……

 

「リカ殿が剣帯を編む前に練習で編んだものだ。本人は試作品のつもりだろうが。君に渡すのが一番いいと思ってな」

 

 ――あ。

 そう、だ。この色はリカの髪の色。リカが持ち去ってしまった剣帯と同じ――

 

「彼女は剣帯を編みながら、何度も我々に尋ねたよ。『先輩、喜んでくれるでしょうか?』と。拒絶された君の気持ちは痛いほど分かる。だが彼女も、誰より君に、精一杯の気持ちを贈りたかったんだ」

「……分からない。分かりません。だったらどうして、その『精一杯の気持ちを込めた』品を、急に、目の前で持ち去ってしまうんです。ごめんなさいって泣いて逃げて行ったんです。――欲しかった。わたし、あの子がわたしのためを想って作った物なら、どんな物だって欲しかった! なのに、どうして!」

 

 亜麻色のミサンガを握って胸に押し当てた。

 聖都から敗走した日に流し尽くしたと思っていた涙が、また、溢れては頬を伝って落ちた。

 

「真剣な想いであればこそ、それが反転した時の猜疑心と不安は名状しがたいほど大きくなる。想いの反転には理由がない。ただの弾みで起きるから厄介だ。『嫌がられるかもしれない』『迷惑かもしれない』『気持ち悪がられるかもしれない』――君に剣帯を渡す瞬間、ふと、リカ殿はそんなふうに恐ろしくなったのだろう。いや、憶測でしかないが」

「拒絶なんてしない! リカに貰って迷惑な物なんて一つもない。ないのに……っ」

「君はそれを――その気持ちを、リカ殿に一度でも伝えたことがあるか?」

「……ぁ」

 

 はっきりと言葉にしたこと、あったっけ?

 

 リカはわたしを先輩と呼び慕ってくれて、いつだって後ろを付いて来てくれて。

 わたしがふり返れば、あの子はちょっとはにかんだ顔でそこにいてくれて。

 だからわたしの考えていることなんて、伝えるまでもなく、リカは分かってくれていると思っていた。

 

「――わたしは、馬鹿だ」

 

 言いたいことがあるならまず言え。その通りでした、モードレッド卿。わたしには致命的に言葉が足りてなかった。

 

「……今さらですが、ランスロット卿はどうして、わたしとリカの問題をこうも的確に理解できたのですか?」

「強いて言うならば、経験則かな。一度だけ、この身が焼けるほどの恋をした。だからその手の感情の移ろいだけは、確証を持って語ることができる」

 

 そういう言い方を、そんな素敵な笑顔でされたら、何も言い返せないじゃない。

 アドバイスありがとうと言うべきなのだろうけど、言うのは癪だから、せめて。

 不意を突いてランスロット卿の頬にキスをした。

 

「……。……? ……!!!!」

 

 パニックになっているランスロット卿。ざまーみろ、です。いえ、端から見るとご褒美かもしれないけど、このくらいの意趣返しならいいよね、ギャラハッド?

 

 さあ。リカのもとへ行こう。わたしの可愛い可愛い後輩。たった一人のマイ・マスター。どうか間に合いますように。


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