使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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ヌヌネネヌヌネノ ヌヌネネヌヌネノ ヌヌネネヌヌネノ ヌヌネネヌヌネノ

ギーシュ「あの子の笑顔…… なんてステキなんだ!」


STAGE 25 姫君のためなら死ねる

 学院からルイズへと貸し与えられた部屋には、何時になく息の詰まるような、殺気立った空気に満ちていた。部屋の主はマガマガしき亜人を壁際に追いやり、憤怒の表情を顔に浮かべている。今だけならば、小さな彼女も、公爵たる父親や厳格な母親に並び立つ迫力を備えているかもしれなかった。

 

 ルイズは、心の底からアンリエッタ姫殿下を敬愛している。その姫殿下に魔王が狼藉を企てたため、彼女は本気の怒りを見せ、自室に戻ると彼をきつく簀巻きにした。そして彼女は、そのまま彼を部屋に閉じ込め、一日を過ごした。食事を与えに戻ることもしなかった。罰であると同時に、少しの期待があった。そうやって魔王が、ひもじい思いをしながら一日過ごしていれば、それで彼も少しは自身の軽率かつ不埒な行動を反省するものと、そう彼女は思っていた。

 

 ルイズは魔王の様子が気になり始めたこともあり、その日は早めに夕食を終えて、部屋に戻った。そこで彼女が見たものは、何重にも重ねてあったはずの縄をどうやってか振り解き、ワイングラス片手にチーズをつまむという、悠々自適な様子で一人過ごしている魔王の姿であった。魔王は彼女の椅子に腰掛けたまま、ゆらゆらと椅子を傾けて遊んでいたが、ルイズが扉を開けて茫然としている姿に気がつくと、ビクッと体を震わせ、急いで席を立った。

 

「ア、 アレ!? これはこれはルイズ様、何時になく早いお帰りで……」

 

「あんた! 縄はどうしたのよ!!」

 

「……取りあえず、扉を閉めませんか?」

 

 大声が響かぬようにと、ルイズが憮然とした表情で扉を閉じたのを見届けると、魔王は釈明を始めた。

 

「ルイズ様、私を簀巻きにするのはタイヘンだったでしょう? 慣れていないと、大きなものを縛るのはなかなかムズカしいものです。ですが固く縛ったナワをホドクというのは、もっとタイヘンなことなのです。ですから、もうそろそろ頃合いだろうと思って、私の方でスデに解いておいたのです!」

 

『ああ、忠誠。これが誠の献身と忠誠です!』と、魔王は己を称えた。

ルイズは、激怒した。

 

「きょきょきょ、今日という今日こそは許さないわよ! わわ、私が今まで、どれだけ寛大な心であんたに接してきたか、分かっていなかったみたいね!!」

 

今にも手が飛び出しかねないルイズの姿に、魔王は腰を抜かして怯えた表情を見せたが、彼女の糾弾が落ち着く様子はなかった。

 

「今までアンタは散々失礼なことをしてきたけれど、まさかここまで反省が見られないなんて……!」

 

それからルイズは怒りのあまり、しばらく押し黙った。そうして沈黙が続いた後、彼女はぽつりとつぶやいた。

 

「罰が必要ね」

 

ルイズは、机にツカツカと歩み寄っていった。そして引き出しを開けると、棒状の道具を取り出した。

 

「そ、ソレはなんでしょうか?」

 

魔王の問いかけに、ルイズは冷たい視線を返しながら言った。

 

「何に見えるかしら?」

 

彼女の手にした棒は、黒くツヤがあり、小さなグリップが付いていた。

 

「カタチ的に杖、だったり?」

 

「……確かに似ていなくもないわね。だけど杖の先には、こんなものは付かないわ」

 

 ルイズはそう言うと、彼女の持つ『杖』の先にある、平たくへらのようになった部分を手で弄んだ。

 

「それにね、この胴の部分だって、杖よりずっとよくしなるの」

 

ルイズは凶悪そうに『杖』を曲げて見せながら、魔王にニジリよっていった。

 

「まあ、不思議な力を持った棒という意味では、『杖』と言えるかもしれないわね。

ある意味、杖より不思議な力を持っているかもしれないわ」

 

魔王はモーレツに嫌な予感がして、ごくりと唾を飲んだ。

 

「そ、それは、ナゼでしょう?」

 

「だって、ただ振るうだけで、あんなに私を困らせたあんたの態度を

魔法のように変えて見せるんだもの」

 

『詠唱や精神力だって必要ないんだから』と、ルイズはうそぶいた。

 

「ま、まさか……!」

 

 魔王のことばを遮るように、ヒュッという空を切る音がした。

試しとばかりに机に叩き付けられた短鞭が、肝の冷えるような恐ろしい破裂音を立てた。

 

「覚悟、出来てるわよね?」

 

「ホゲェエエエエ!」

 

魔王は、鞭を振り下ろされる前から悲痛の叫びを上げ始めた。もっともルイズがそんなことに構うはずもなく、彼女は容赦なく鞭を振り上げて、魔王に無慈悲な一閃を加えようとした。しかし彼女の行動は、こんこんと扉が叩かれる、鞭に比べれば随分と温かみのある音によって遮られた。

 そこからの魔王の動きは速かった。ノックの音に意識を取られ動きを止めたルイズに対し、魔王は流れるような動作で扉まですり寄り、ドアレバーに手を伸ばした。

 

「ルイズ様、お客様でございます!」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 ルイズは焦った。この珍妙な使い魔相手に鞭を構える自分の姿が、人に見られればどんな噂を呼ぶことか! ルイズには正確にどうなるか分からずとも、きっとロクでもない結果が待っているであろうことだけは予見できた。彼女は鞭を隠そうと思うも、この短い時間と焦った頭では、ろくにそれが叶いそうにないことを察した。次の瞬間、彼女は天啓を得た。少なくとも、彼女はその時、そう思った。

鞭は、隠せなくてもいい。代わりに、扉を開けさせなければいい! 足では間に合わない。なら手を使えばいい! ルイズは鞭を振りかぶり、出来得る限り速く飛ぶよう、全身の力を込めてブン投げた。鞭は、びゅんと風を切りながら魔王へと向かっていき、そこで魔王はヒョイと扉を開けた。

 

「ひゃあっ!」

 

 若く可愛らしい少女の悲鳴が響いた。少女は、扉が開くと同時に足を踏み出していたためか、顔を押さえながらも、前のめるようにして部屋に入った。彼女は深くフードを被っており、ルイズはすぐにその顔を見ることが出来なかった。しかしその声音は明らかに、憎っくき隣部屋の女や、その他のクラスメイトのものでは無かった。それどころかその声は、ルイズにある特定の人物を連想させるものであった。

 

「ま、まさか……!」

 

 ルイズは、恐れおののきながら少女に近づいた。床に落ちた鞭を見て呆然と立ち尽くしていた少女は、目の前に来たルイズに気が付くと、顔を覆い貸していたフードに手を掛けた。すると美しくつやのある菫色の髪が露わになった。そこにいるのはトリステン王国が王女、アンリエッタ姫その人であった。しかし彼女の顔は、昼間皆へと振りまいていた笑みが嘘であるかのように、涙に濡れていた。息を飲むルイズを前にして、アンリエッタはとうとうと語り始めた。

 

「世の中に変わらないものなんてない。最近のアルビオンの情勢を聞いていると、

そう思えてなりません。それに我が国とゲルマニアとの関係も……

私を取り巻く環境を思うと、ついつい気が塞ぎ込みがちになってしまいます」

 

「姫殿下……」

 

 ルイズはアンリエッタの話を、顔を強張らせながら聞いた。

 

「しかし、そんなあらゆるものが変わっていく世の中にも、変わらないものはあるのだと、私はそう信じてきました。でも…… そう思っていたのは、私だけでしたのね。あなたとの……ヒック! ……友情だけは……ヒック! ……え゛いえんに続くと思ってましたのに! ヒック! まさか鞭で追い返そうとするなんて!! ひどい! ひどすぎますわ、ルイズ・フワンソワーズ!!」

 

ルイズは顔を蒼白にし、声を震わせながら答えた。

 

「ちちち、違いますわ、姫殿下! これは何かの間違いなんです。

そう偶然、偶然悪いことが重なっただけなんです!」

 

「そんな、ひどい…… 私が誰にも見つからないようにと、心細くなりながらも

一人であなたに会いに来たことを、悪いことですって!?」

 

「ち、違います! それは言葉のあやです! 全ては誤解なんですわ、姫殿下!」

 

ルイズの必死な弁明にも、アンリエッタの表情は暗く沈んだままだった。

 

「誤解? 誤解ですって? 誤解も何も、私の呼び方まで仰々しくなって……

昔はけんかこそすれ、アンと呼んで下さったのに!」

 

「そ、それは私も幼かったからですわ! 今さらそんな、恐れ多い呼び方なんて出来ません!」

 

「……やっぱりそれが本音なのですね、ルイズ・フランソワーズ。

私とあなたとの間の友情は、いつの間にか、崩れ去っていたのですね……!」

 

「そ、そうじゃないんです! これは不幸が重なって、いえ私の至らないばかりに、

大変な失礼を働いてしまって……!」

 

「思えば馬車から降り立ったときも、私に背を向けて立ち去っていくあなたの姿を見たわ!

本当に、本当に変わってしまったのね……!」

 

 アンリエッタは震える手でフードを被り直し、ルイズに背を向けた。ルイズは、このまま彼女を帰すわけにはいかないと、非常に動揺した。しかし、部屋をそのまま出ていくかに思われたアンリエッタは感情が高ぶったのか、その場にうずくまってしまった。悲しそうな嗚咽を漏らすアンリエッタにどう接してよいか分からず、そこら中に目を泳がせたルイズは、ここに来てようやく魔王を視線の内に戻した。

 

「そ、そうだわ! 姫様が今悲しい思いをしているのも、私が姫様にとんだ失礼を

働いてしまったのも、全てはこいつのせいなんです!」

 

「ヒェッ!」

 

 いきなりダシに使われた魔王は、驚きのあまり珍妙な悲鳴を上げた。

だがその素っ頓狂な声に釣られて、アンリエッタも思わず顔を上げた。

 

「こいつ……?」

 

ルイズは、ここぞとばかりに熱弁を振るった。

 

「そうです!こいつが悪いんです! もともと姫様がこの学院に来られた時に、こいつがあまりに失礼な事を仕出かそうとしたものだから、それで姫様を最後までお迎えすることが出来なかったんです! そうでなければ、どうして私が姫様のお姿から目を反らしましょうか!」

 

 ルイズは、アンリエッタが話を聞き始めたのを見て取るや、更に声へ力を込めて熱く語った。

 

「それに鞭だって、この不届き千万なこいつを罰するために振るっていたのです。

姫様を大切に思えばこそ、無礼を働こうとしたこいつが許せなくって、許せなくって!

それでつい手に力を込め過ぎたら、勢い余って滑って飛んで行ってしまったんです。

それが間の悪いことに…… いえ、今のは言い訳でした。全ては私の未熟さゆえです。

姫様のお心を深く傷つけたこと、申し開きのしようも御座いません。何なりと私に罰を

お与え下さいませ!!」

 

 そう言ってルイズは膝を付き、歯を食いしばるように沈痛な面持ちで頭を下げた。

アンリエッタはしばらく黙ってその様子を見ていたが、やがてルイズの堪え切れない様な辛そうな横顔に気付くと、言葉を発した。

 

「顔を上げてちょうだい、ルイズ・フランソワーズ」

 

だがルイズは、すぐに首を横へ振った。そんな彼女へと、アンリエッタは言葉を重ねた。

 

「あなたがそんな顔をしていたら、私まで悲しくなってきてしまうわ。

大切なお友達にそんな顔をさせるだなんて、私も王女失格ね」

 

「とんでもありません! 悪いのはすべて私の方ですわ!」

 

アンリエッタはいいえと、首を振った。

 

「元を正せば、私が早とちりしたばかりに、いえ何よりもあなたとの友情を僅かばかりでも疑ってしまったばかりに、こんなことが起きたのよ。あなたにはひどいことをしてしまったわ。本当にごめんなさい」

 

「そんな、頭を下げるなんてやめてください! 姫様が誤解なさったのも無理はありません。鞭を放り投げて姫様に当ててしまうなんて、言い訳のしようもない失態ですわ!」

 

アンリエッタはしばらくルイズと見詰め合うと、くすりと笑った

 

「じゃあ、お互い悪かったってことかしら?」

 

 ルイズは再び焦った。自分が悪いことはあれど、姫様が悪いなんてことは万に一つもあり得ない。しかしここで頑なに否定しては、折角姫様が与えてくださった仲直りの機会を無下にしてしまう。ルイズは心を決めて、返事を返した。

 

「はい、いいえ。すべてはこいつが悪いんです! 私と姫様の仲が引き裂かれそうになったのも、 余計なことばかり引き起こすこいつが全ての元凶なんです。姫様のお気が普段優れないのも、世の中に暗い話ばかりが蔓延るのも、戦争が絶えないのも、天気が悪いのも、不作が続くのも、不景気や治安の乱れ、悪徳貴族の汚職に悪政、果ては私が何時までたっても魔法を使えないことだって、全てはこいつが原因なんですわ!」

 

アンリエッタはきょとんとして答えた。

 

「あら、そうなの?」

 

「そうなんです!」

 

ルイズは力強く言い切った。

 

「……じゃあ、そういうことにしましょうか!」

 

「はい!」

 

二人は涙ぐみながらも、笑顔になってお互いを抱きしめあった。

 

「……」

 

 魔王は針のむしろに入れられたかのような面持ちで、目を細めつつ非常に居心地悪そうに立っていた。ルイズとアンリエッタはひとしきり笑いあうと、ようやく魔王へと顔を向けた。

 

「それで、今しがた話のタネにしたそこの殿方を紹介して頂けないかしら?

さっきから気になって仕方がないわ!」

 

王女には既に、その美しき姿に相応しい快活さが戻っていた。

 

「はい、これが迷惑千万で軽薄不遜ないやしい、いやしい、誇大妄想の気すらある

極悪非道の亜人の使い魔でございますわ」

 

「亜人ですって! 確かに頭がとんがって、肌が青白いですものね。瞳の色も真っ赤だわ。

あなた、昔から少し変わっているとは思っていたけど、亜人を使い魔にしたのね」

 

「はい、お恥ずかしながら」

 

顔を羞恥で赤く染めるルイズに対し、アンリエッタは力強く首を振った。

 

「恥ずかしがることなんてないわ。亜人を呼び出したメイジは、歴史上、何かと逸話を残しているものよ。あなたも人々に語り継がれるようなメイジになるという証だわ」

 

ルイズはその言葉を聞いて、今度は照れから顔を赤くした。実のところ、確かに亜人を従えた過去のメイジたちは色々と逸話を残しているが、その話の大部分は彼らの業績を語り継ぐというより、いかに彼らが変わりものだったかを面白おかしく伝えるものであるということは、言わぬが花であった。アンリエッタは魔王をちらりと見ると、ルイズに向けて話しかけた。

 

「でも、亜人は人間に排他的と聞くわ。危険じゃなかったかしら?」

 

「心配ありません。見てください、あいつのヒョロっとした腕を!

何かしようものなら、骨ごと折り畳んで箪笥にしまっておけますわ」

 

『なら安心ね!』という声に続いた二人の笑い声を、魔王はどんよりとした目で眺めていた。

 

「でも、主のあなたならともかく、私が使い魔さんと仲良くするのは無理なんでしょうね。

あなたの今までの話を聞く限り、私は嫌われていることでしょうし……」

 

するとルイズが止める暇もなく、魔王はぐいと一歩、アンリエッタに歩み寄った。

 

「そんなことはありません。むしろウェルカムです!」

 

「あ、あら……?」

 

 予想外に歓迎的な魔王の態度に、アンリエッタは意表を突かれた。そんな彼女の様子をにこやかに眺めながら、魔王はフフフフと笑い声を漏らした。

 

「姫君といえば、王様には及ばぬまでも国のカナメ。それが護衛も付けずにノコノコと自分からやってくるとはイイ度胸です! そのまま我が世界征服の礎となるがいいでしょう!!」

 

 

 

 

 

「ねえ、あれって本当に大丈夫なのかしら?」

 

 アンリエッタの視界の端では、つるはしが頭に突き刺さったまま放置された魔王がぴくぴく震えていた。

 

「ごめんなさい、姫様。おっしゃる通り、本当はあれぐらいじゃ反省しないんです」

 

 ルイズの返答に、アンリエッタはそういう意味で言ったんじゃないんだけれどもと、もやもやした気持ちを抱え込んだ。だがルイズはそれに気付かず、居住まいを正すとアンリエッタに問いかけた。

 

「それで姫様、私に会いに来て下さったのは本当に嬉しいのですけれども、何かご用件があって来られたのではないですか? 姫様ほどのお方が、人目を盗んでまでここに一人で来られたのには、何か重大な訳があるとしか思えません!」

 

それを聞いたアンリエッタは、厳しい表情をした。

 

「それを聞いてしまうのですね、ルイズ・フランソワーズ。正直、言おうか言うまいか迷っていたのです。もしここで旧友を温めあうだけなら、それでも構わないとすら、私は思っていたのです」

 

 厳しい表情の中に悲しみを滲ませたアンリエッタの顔を見て、ルイズは自然と臣下の礼を取っていた。

 

「そういう訳には参りません。姫様ほどのお方が、話すか話すまいか躊躇う様なお悩み、

聞かぬ訳には参りませんわ。それに何より、私をおともだちと先に言って下さったのは

姫様です。そのおともだちに悩みを話して頂けないというのですか? 大事なおともだちが本当に困っているときに、何の助けにもなれないだなんて、それほど私にとって残酷なことはありませんわ!」

 

ルイズの熱意を見て取ったアンリエッタは、心を決めた。

 

「……ありがとう、ルイズ・フランソワーズ。おかげで決心が付いたわ。

私の悩みは、本当は黙って胸に閉まっておいてはいけないものだったわ」

 

 アンリエッタは目を瞑って深く息を吸い込んだ。そして再び見開かれた目には、それまでが嘘のような、王族らしき冷徹さが宿っていた。

 

「今から言うことは、決して誰にも口外してはなりません」

 

「こいつに席を外させましょうか?」

 

ルイズは、頭を痛そうに抑え込んでいる魔王を指さした。

 

「いいえ、必要ありません。普段の仲がどうあれ、いざという時に頼りとなるのが使い魔というものです。一緒に聞いていて貰わねばなりません」

 

そう言ってアンリエッタは、彼女の深刻な悩みを打ち明け始めた。

 

「ルイズ、アルビオンの反乱軍のことは知っていて?」

 

「はい、噂程度には知っておりますわ。何でも、その不届きな反乱軍相手に、アルビオン王家は随分手を焼いているとか」

 

アンリエッタは静かに首を振った。

 

「今はもうそれどころではないのです。反乱軍は今やアルビオン大陸の大部分を

手中に収めるに至りました。かの地において、王室の命は既に風前の灯火なのです」

 

「そこまで深刻な事態だったのですか!?」

 

 ルイズは目を見開いて驚いた。過去を振り返れば反乱など珍しくもないハルケギニア諸国であるが、始祖の降臨以来、六千年も続いてきた王家が潰えるとは、ルイズの想像だにしないことであった。

 

「事はそれだけで済まないのです。恥知らずの叛徒どもはアルビオン王家だけでなく、残る3つの王家も目の敵にしています。王家を打倒し、貴族の手に権力を取り戻すことによって、ハルケギニア諸国の統一を図る。そして皆が一丸になったところで、エルフに奪われた聖地の再征服(レコンキスタ)を果たすのだと、それこそが始祖の御心に沿う道であると、本気でそう訴えているのです」

 

それを聞いたルイズは、憤慨した。

 

「それは狂人の発想ですわ! そもそも始祖の血を滅ぼそうとしておきながら、どの口が始祖の御心を語るのかしら? 間違いなくブリミル様のお怒りに触れる行いだわ!」

 

アンリエッタは頷いた。

 

「まったくもってその通りです。しかし現実には、彼らを引き留めるものはないのです。

ロマリアはこの非常事態に重い腰を上げることはせず、沈黙を貫き通しました。

我がトリステインが力を貸すにも遅きに失しました。もはや宮廷の有力者はアルビオンの

情勢が手遅れだと判断し、援軍を送ろうという話すら起きません。事態は既に次へ向けて

動き出しているのです」

 

「一体どうなるというのですか?」

 

ルイズは、自らの国が晒された危機に顔を青くしながら問いかけた。

 

「いくら分からず屋どもの集まった宮廷とはいえ、対応自体は考えています。その内の一つが、今になってようやく実を結ぶこととなりました。……ゲルマニアとの同盟です」

 

「ゲルマニアですって!」

 

 ゲルマニアと言えば、ルイズの生まれ育ったヴァリエール領と直接に隣り合う国であり、過去にトリステインとの間で何度も戦火を交えて来た相手でもある。また特にヴァリエール家の一員である彼女は、国境を隔てて領地の接するツェルプストー家に、並みならぬ因縁を感じている。そのような、今まで散々成り上がりの国だとか、品性を置き去りにした国だとか蔑み、敵視してきた国と同盟が結ばれることになったのである。ただ事ではない。

 

「我々にとって、それだけ事態は逼迫しているのです。ゲルマニアだって、

わが国が墜ちれば、無視できぬ大勢力に脅かされることとなるのですから」

 

ルイズはあまりに大きな話にくらくらしながらも、ふと疑問に思ったことを聞いた。

 

「しかし、我がトリステインもトリステインですが、よくゲルマニアも同盟を受け入れたものですわ。いくら必要とはいえ、長きに渡る因縁を捨て去って手を取り合うとは、簡単に出来ることとは思えません」

 

 ルイズは因縁のツェルプストー家であるキュルケと『仲良く』することを思い浮かべたが、それは彼女の全身に悪寒を走らせる結果に終わった。宮廷にも自分と同じように、反感を抱くものが大勢いるのではないかと、彼女は不思議に思った。

 

「我が国に関しては、マザリーニ枢機卿がこの話を推し進めたのです。彼には多少以上の反発があろうと、意見を押し通す力がありますから」

 

「ああ、あの……」

 

 ルイズは思わず『鳥の骨』と言いそうになって、言葉を濁した。詳しいことはルイズにも分からないが、彼女の父親であるヴァリエール公爵が普段領地に閉じ籠っているのは、マザリーニ枢機卿が力を振るう宮廷を嫌ってのことだというのが、もっぱらの噂である。そのためルイズは、彼に対する悪感情と同時に、その権力の大きさと老獪な政治的手腕を思わずにいられなかった。

 

「ゲルマニアの方々は…… 利に聡い国ですから、気にしない者も多いようです。何よりあの国は、皇帝アルブレヒト三世の一存で多くが決まります。我が国が彼に対して大きな譲歩を行った以上、彼は喜んで同盟を受け入れたのです」ルイズの耳がぴくりと動いた。

 

「譲歩、ですって?」

 

彼女の嫌な予感は、すぐさま語られたアンリエッタの言葉によって裏付けられた。

 

「私、結婚することになったのよ。近い内に、皇帝との婚約が発表されるわ」

 

 ルイズは、その結婚を祝うことが出来なかった。彼女の一番のおともだちに『おめでとう』と言ってあげることが出来なかった。その話を聞いて、ただただルイズは、打ちひしがれるような衝撃を受けた。

 

「そんな! あの野蛮な成り上がりどもの国になんて……!」

 

アンリエッタは悲しそうに首を振った。

 

「それ以上言わないで、ルイズ・フランソワーズ。かの国は、これから私の第二の祖国となるのですから」

 

そう言われては、ルイズもそれ以上、言葉を続けることが出来なかった。ただただルイズは、屈辱的な思いに耐え、おともだちの身に降りかかった呪わしい運命に、苦々しい思いを抱くことしかできなかった。

 

「仕方がありません。小国である我が国がかの大国に差し出せるのは、

今まで大切に守り続けてきた、始祖に連なるこの血だけなのですから」 

 

 国民を守るためなのです、とアンリエッタは自分を納得させるように、小さな声で呟いた。ゲルマニアという大国は、新興国として他にはない勢いで繁栄を築きつつも、ただ一つ、始祖の血筋の不在によって、周辺諸国からは軽んじられるという問題を抱えていた。その問題が解決されるとなれば、アンリエッタの身は皇帝にとってこれ以上ない土産となるのであろう。

あまりのことに、ルイズは言葉を返せなくなり、俯いてしまった。しばらくの間、悲しみの籠った沈黙が部屋を包み込んだ。だがその静粛は、再びアンリエッタの言葉で破られた。

 

「ルイズ、私の悩みというのは、ここからが本題なのです」

 

 今までの話から、アンリエッタの抱える悩みの真の大きさを察したルイズは、より一層表情を引き締めて彼女の話を聞いた。

 

「反乱軍は、我が国に容易に手出しが出来なくなるこの同盟を、快く思ってはおりません。

今にも同盟にケチを付けようと、血眼になって両国の粗探しを行っているはずです。

そうやって我らの結ぶ同盟を反故にさせようと目論んでいるのです。もしそうなっては、

我が小国に反乱軍へ抗す力はありません。一巻の終わりなのです」

 

 ルイズはそれを聞いて青ざめた。魔王の口からこぼれた、『それはタブン、三巻の終わりなのでは?』という呟きは、完全に無視された。

 

「まさか姫様、叛徒どもに付け入る隙を与えるものがあるというのですか!?」

 

アンリエッタは黙って頷いた。

 

「私が昔したためた一通の手紙があるのです。アルビオンの皇太子ウェールズに宛てた…… もしアルビオンの王政府が墜ちて、手紙が叛徒どもの手に渡れば、私の婚姻に決定的な楔を打ち込むことが出来るのです。そうなれば同盟はご破算、トリステインは一国で反乱貴族どもの牛耳るアルビオンと戦わねばなりません。世界随一の技量を誇り、多数の艦船を有すアルビオンの空軍を相手にしては、我が国に勝ち目はありません。トリステインはお終いなのです」

 

 ルイズは、気でも失ってしまいたいぐらいの思いがしたが、アンリエッタが言葉の途中から唇を青くしたのを見て、自分がしっかりせねばと心を強く保った。

 

「では姫様、その手紙さえどうにかすれば、同盟を守り切ることが出来るのですね」

 

「その通りです。劣勢の王政府に接触し、ウェールズ皇太子から手紙を取り戻す。

引き受けて下さいますか?」

 

「もちろんです、姫様。姫様のためならば、例えどんなにコケのひしめく地獄の中だろうが

怖くはありません!」

 

「ありがとう、ルイズ・フランソワーズ…… コケ?」

 

アンリエッタは少し首をひねったが、些細な聞き間違いだと思って話を流した。

 

「正直、あなたにこれを頼むのは正気の沙汰ではないのかもしれません。かの国は戦争の最中、それも今にも負けそうな王政府と接触を図るなどとは、とんでもない苦労を強いることに違いありません」

 

そう言ってアンリエッタは首を振った。

 

「しかし私にはもう、あなたしか頼れるものがいないのです。聞けばアルビオンの貴族派は

既に各国の不満を持つ貴族を中心に仲間を募り、隠れた動きをしているとの話です。それでなくとも宮廷は信用のならないものばかりですから、喜々として私の弱みを握り、好きにしようとすることでしょう。マザリーニ枢機卿だって、何を考えているのか分かりません! アルビオン王政府がここまで追い詰められるずっと前から、援軍を送り出すことよりも、同盟を結ぶことにばかり力を注ぎこんできたのは、あの方なのです! 彼さえその気になれば、並み居る我が国の貴族たちの反対があってさえ、きっと早くに援軍を送り込んで、貴族派を封じ込められていたでしょうに! 私だってこんな望まぬ婚約を結ぶことも、同盟だって必要無かったのですわ!」

 

アンリエッタは、途中から荒らげた息を、ゆっくり整えた。

 

「私には、本当に頼れる者がいないのです。本来ならば、私が宮廷を動かせれば

一番いいのでしょうけれども、私にはその力がないのです」

 

「そりゃあそうでしょう。王族なんて飾りです。エラい人にはソレが分からんのです」

 

 

 

 

 

 鞭打ちを経て魂が抜けかかっている魔王を他所に、ルイズは落ち込んだ様子のアンリエッタを慰めた。

 

「心配なさらないで下さい。私だけはどんなことがあっても姫様の味方です。姫様のためなら、どんなことでもやってみせますわ。手紙のこと、きっとどうにかしてみせます」

 

アンリエッタは感極まったように泣き始めた。

 

「ありがとう、ルイズ・フランソワーズ、これこそ真の友情、真の忠誠というものですわ!

でも本当に無理はしないで。あなたまでいなくなってしまったら、私はどうにかなってしまいますもの」

 

二人ははっしと抱きしめあった。

そうしてしばらくした後、アンリエッタは魔王の方に振り向いて言った。

 

「使い魔さん、あなたもルイズのことをよろしくお願いしますね」

 

しかし当の魔王の反応は冷たかった。

 

「……私は反対です」

 

すぐさまルイズが、怒りの声を上げた。

 

「何よ、あんたは姫様がこんなにも苦しんでいらっしゃると言うのに、その思いが汲めないっていうの! やっぱりあなたも所詮は亜人、人の気持ちは分からないっていう訳!?」

 

あなたの血は何色よ!と感情的になる彼女に向け、魔王は静かに首を振った。

 

「そういう意味で言っているのではありません。それに亜人にだって魔ゴコロぐらいあります。私がモンダイにしているのは、この任務のキケンさです。この任務を受けた場合、危ない目に合う機会は、フーケの時とは比べ物にならないでしょう。よほど幸運でなければ、いたずらに命を落とすだけです」

 

反論し辛い魔王の言葉に、ルイズはうっと口噤んだ。

 

「それにそもそも! まだこのエリアを支配していないのに海外遠征しようだなんて、

気が早すぎます! まだ学院一つ墜とせていないのですよ!?」

 

「あ、あんたって奴は! それが本音なんじゃないの!」

 

 ルイズはわなわなと震えながら、再び鞭に手を伸ばしたが、魔王にとって幸運なことに、その鞭が降り降ろされることはなかった。ルイズが鞭を振り上げるよりも前に、アンリエッタが先に口を挟んだ。

 

「使い魔さん…… もしかして、あなたは世界征服の野望でも抱いているのですか?」

 

「姫様! お気に掛けることはありません!」

 

「いいのです。私もあなたの使い魔のことを知っておきたいのです。それで、どうなのですか?」

 

 ルイズとしては、魔王が何を喋ろうと自分の恥にしかならないため、話すのは勘弁して欲しかったのだが、姫様にそう言われては断れない。彼女は、とにかく少しでも魔王の言動がマシであってくれと願うしかなかった。当然、魔王はそんな主の気持ちなど気にもしない。彼は真剣に自分の話を聞こうとしてくれるアンリエッタの様子に気を良くしてか、ぺらぺらと自分の欲望を口から吐き出した。

 

「世界征服を目指しているかですって?当然です! 世界征服は地底に住まうマモノたちの悲願です。宿願なんです。彼らを統べるソンザイとして、世界征服を目指さないなんてあり得ません!」

 

 世界征服を目指さない魔王なんて、存在意義を疑います!とまで息巻く魔王に、アンリエッタは若干引きながら質問を続けた。

 

「なぜそんなに世界征服に興味があるのですか? 私には、地底のことはよく分かりませんが、あなたたちが安全に暮らすだけなら、そこまで必要ないでしょうに」

 

『件の貴族派どもも、聖地奪還という大義があって世界統一を目指しているはずです』と、不思議がるアンリエッタに、魔王はこう答えた。

 

「フンッ、そんな低俗なニンゲンたちと一緒にしないでください。

『なぜ世界征服をするか』ですって? そんなの決まっています。

なぜ世界征服をするか? そこに世界があるからです!」

 

 魔王は決まった!というような自信に満ち溢れた表情を浮かべた。ルイズは、恥ずかしさのあまり両手で顔を包み隠した。アンリエッタはポカンとした表情を浮かべ、そしてついクスッという笑い声を漏らした。

 

「あらまあ、本当に純粋な思いで世界征服を目指しているのね」

 

「本当に失礼な奴ですみません」

 

「いいのよ、ルイズ。夢があるということは、それだけで素晴らしいことだわ。

何からも自由で、伸び伸びしていて、少し羨ましいぐらいよ。

こんなに大きな夢を持っているなら、きっと向上心も強いんじゃないかしら?」

 

 ルイズは、向上心ねえという疑いの眼差しで魔王を見た。相変わらず彼は、堂々とその場で踏ん反りかえっていた。

 

「それに引き換え、私は夢の一つも持てぬ、か弱い身……ねえ使い魔さん?

どうか私の小さな願いを聞いて下さらないかしら?」

 

「何でも聞いてあげましょう! まあ、本当に聞いてあげるだけですが……」

 

「あんたって奴は! いい加減にしなさいよ!」

 

 ついにルイズが爆発した。今度こそ鞭を上段に振り上げ、今にも振り下ろさんとするルイズに、魔王は真っ向から反論した。

 

「仕方がないでしょう! こんな任務、16歳の生徒がやることではありません。いいですか、マモノにはマモノの、魔王には魔王のシゴトがあるように、破壊神様には破壊神様のシゴトがあるのです。ルイズ様は戦場で傭兵と切り結ぶ術を知っているというのですか? 王軍とやらを見逃すまいと、厳しい監視の目を光らせる敵を誤魔化すことが出来るのですか? もっと冷静に考えねばなりません!」

 

どれもこれも、ルイズの耳には痛い忠告だった。

 

「でも、確かに大変でしょうけど、いや無茶かもしれないけど! それでも誰かがやらなければいけないことなのよ! それがたまたま今、私がやらなければいけないというだけの話なのよ! 私だって貴族、何時でも死ぬ心構えは出来てるわ! 死ぬ気で、死んででも任務をこなして見せる! トリステインがこの先滅び行くのを、黙って見ておく訳にはいかないのよ!」

 

二人の言い合いは、よりヒートアップしていった。

 

「そもそも姫様が私を頼られたのだって、無茶ばかりではないわ!

 フーケを倒して王宮に名を売ったのは、他ならぬこの私よ!

 この力を今使わずして、一体いつ使うのよ!」

 

「今でしょ……って、騙されません! ルイズ様、フーケをやっつけたからと言ってカンチガイしてはいけませんぞ。ルイズ様のおチカラは、その地に留まって戦い続けてこそ、その強力無比な力をハッキ出来るのです。学院一つ支配しない内からヨソを征服しようだなんて、無謀もいいところです!」

 

「そもそも征服しに行くんじゃないわよ!」

 

二人が物凄い形相で睨み合いを始めたところで、バタンと扉の開く音が響いた。

 

「そこの二人が行かぬというなら! その任務、ぜひ私めにお任せ下さいませ!」

 

 二人が呆気に取られる中、ギーシュは部屋に滑り込みながら膝を付いてアンリエッタの前に躍り出た。

 

「え、えええっ……!?」

 

 ルイズも魔王も呆気に取られ、動きを止めた。アンリエッタもまた、あまりの事態に動揺しているようであった。その姿を見て、このままではいけないと気を取り直したルイズは、ギーシュを大声で怒鳴りつけた。

 

「ギーシュ! 何であんたがここにいるのよ!!

 まさかアンタ、姫様の後を付けてきたってわけ!?」

 

「馬鹿を言わないでくれたまえ! 僕はただ、見目麗しいその顔を隠した、

可憐かつこの上なく高貴そうな少女が一人で学院を駆け抜けていく姿を見て、

何かあってはいけないと後ろから見守り続けただけだ!」

 

「それってもう、姫さまだって分かってるじゃないのよ! 大体あんた、姫様の話を聞いていたわね! トリステイン貴族ともあろう者が、姫様の話を盗み聞きですって!? あんた最低よ!!」

 

 ルイズは怒りに震えながらギーシュを叱ったが、しかしこれにギーシュも負けじと言い返した。

 

「しょうがないじゃあないか! いくら君が付いているとはいえ、姫殿下と君のマガマガしい使い魔が一緒の部屋にいるんだぞ! 心配しない方がおかしいじゃあないか!!」

 

「   」

 

 ルイズに反論の余地を与えない言葉だった。口を開いたまま固まってしまったルイズに対し、そんなことを言っている場合ではないアンリエッタは、困惑の声を漏らした。

 

「困ったわ。今の話を聞かれたのは……」

 

「どうします?ルイズ様の身さえ安全なら、いくらでも協力しますよ?」

 

 処す?処す?と、妙にウキウキした様子でアンリエッタに囁き始めた魔王を見て、ギーシュは顔色を青くした。

 

「何てことを言うんだね、君は! 僕たち地下友じゃあないか! ルイズ、君からも何か言ってやってくれ!」

 

「地下友って何よ!」

 

憤然とする彼女に、魔王はこそっと耳打ちした。

 

「彼らとは先の戦い以来、地下で動き回れるもの同士、同盟を結んだのです」

 

「いつの間に仲良くなってるのよ! 私にも教えなさいよ!」

 

「いや、だって『地下』協定ですし」

 

 悪びれることなく言う魔王に、ルイズはくらくらしたが、その様子を見てアンリエッタは彼女に問い掛けた。

 

「ルイズ・フランソワーズ。その、彼は信用出来るのですか?」

 

「いいえ、ただの優男「ギーシュ・ド・グラモンに御座います!

系統は土、複数のゴーレムを操っての戦闘に長けております!」

 

ギーシュはルイズの言葉を遮って、自分を売り込みに行った。

 

「まあ! それじゃあグラモン元帥の?」

 

「息子にございます」

 

 ギーシュは恭しくそう答えた。彼の身元を聞いて、アンリエッタは好感触を持ったらしい。彼女はルイズの意図に反し、とんでもないことを言い始めた。

 

 

「ギーシュ様。あなた一人にこの任務を任せることは出来ませんが、もし私のおともだちのルイズを守って頂けるというなら、これほど心強いことはありませんわ」

 

 

「喜んでお引き受け致します! 命に代えてもこのルイズ・フランソワーズを守って見せましょう!」

 

「姫様! それにギーシュも! 言っとくけど、あんたに守られるような私じゃないわよ!」

 

「何を! この僕に、あと一息というところまで追い詰められたのは誰だね?」

 

「結局、負けてるんじゃない!」

 

ルイズは頑なにギーシュを認めようとはしなかったが、彼女に助け舟を送る者はいなかった。

 

「確かに彼は使えるでしょう。任務のキケン性を大きく減らせます」

 

「魔王! あんたは黙ってなさい!」

 

「いいえ、これは考慮すべきコトガラです。彼に頼れば、いざルイズ様が動けなくなった時でも、カンタンに敵の目を欺き、相手から逃げ出すことが出来るでしょう。セッカクの彼の好意を、ムゲにあしらうことはありません」

 

ギーシュは魔王を、救世主でも崇めるかのように見上げた。

 

「おお、有り難い! 僕を支持してくれるのかね!」

 

「トーゼンです。ここまで来れない彼に代わり、よくぞメッセージを伝えてくれました。

 彼にも感謝していると伝えておいてください」

 

「へ? 何を言っているんだね、君は?」

 

「いや、ですからルイズ様に協力しようというヴェルダンデ殿のウェルでダンディな心意気に感謝をと……」

 

「僕は使い魔のメッセンジャーじゃないぞ!」

 

腹を立て始めたギーシュを、ルイズは改めて諭した。

 

「そんな馬鹿に関わってないで、ギーシュ、冷静になりなさい。あなたはこの任務の危険性を本当に分かってるの? 本当の本当に命を落とすかもしれないのよ?」

 

「それは、君だって立場が同じだろう。それに僕はグラモンなんだぞ。軍閥貴族の息子が危険な役を負わずしてどうするというんだね?」

 

「あなたは自分に酔っているのよ。本当に危険な目にあってから、それに気付いたって遅いのよ」

 

「良いではないですか、ルイズ・フランソワーズ」

 

「姫様!」

 

 ついには姫様にも背後から撃たれ、ルイズはがっくりと項垂れた。そんな彼女に、アンリエッタは小さく耳打ちした。

 

「彼は、あなたのクラスメイトか何かなのでしょう? 漏れてはいけない秘密を聞かれたからと言って、あなたのおともだちを始末などしたくはありません」

 

ルイズは、少し考え込んでから言った。

 

「そういうことならば、分かりましたわ。姫様」

 

「分かってくれたかね!」

 

 ギーシュは喜びの雄たけびを上げた。そのせいで彼は、ルイズが続けて言った『

いざとなれば弾除けぐらいにはなるでしょうし……』という言葉を聞き漏らした。

 

「それでは決まりですね?」

 

アンリエッタがそう言い、ルイズが渋々頷いたところで……『待った』が掛かった。

 

「お待ちください。まだ、私は認めた訳ではありませんぞ」

 

 彼ら彼女らの希望を阻む最後の壁として立ち上がったのは、昔から勇者を阻むものと決まっている魔王であった。

 

「今更何を言ってるんだね君は! さっき僕の参加を、というかこの任務自体を認めてくれたんじゃなかたのかね!?」

 

魔王は静かに首を振った。

 

「ソレとコレとは話が別です。私はただ、協力してくれるという姿勢に感謝を示しただけです。ルイズ様の身がヒジョーな危険に晒されるということにチガイがない以上、断じて認められません」

 

ルイズは思わず、『この分からず屋!』と悪態を付いた。

 

「大体、どうせ任務ついでにかの地を征服出来ても、やれマモノがはびこるのはケシカランとか言って、ボカスカと爆弾を投下したり何たりするのでしょう? そんなのホネ折り損のクタビレモーケではないですか!」

 

「やっぱり、あんたの本音はそれなのね!!」

 

怒りを迸らせるルイズ、ギーシュの両名に対し、アンリエッタはただ一人冷静であった。

 

「ふふふ」

 

「姫様?」

 

「あら、ごめんなさいね」

 

ルイズたちの訝しむ視線を集めたところで、彼女は魔王に語り始めた。

 

「先ほども話した通り、アルビオンは今や貴族派の巣窟で、王党派は虫の息となっています。

それに私の結婚を機に結ばれる軍事同盟も、決して完璧ではないでしょう。もし、王家の支配から離れ、貴族派どもに奪われてしまった土地を、ルイズの使い魔であるあなたが支配し返して下さるなら、トリステインだってきっと安泰でしょうね」

 

「え゛?」

 

魔王はオロオロとした様子で、アンリエッタに問い返した。

 

「え? いや、まさかとは思いますが、ソレってもしかして……

侵略しちゃっても、ダレにも責められなかったり……?」

 

「貴族派どもは憤るでしょうけど、私たちはむしろ感謝する立場になりますわ。

だって、トリステインやゲルマニアにとっては、いいこと尽くめですもの」

 

 魔王は自分の耳がまだ信じられず、自分の頬をつねったりしながら、なおも疑い深くアンリエッタに問いかけた。

 

「ええと、アルビオンとはどういうところなのですか?

 もしかして、貰っても誰もいらないような荒れ果てた土地だったり?」

 

「まあ、アルビオンを知らないのですか?」

 

 アンリエッタは一瞬驚いた顔をしたが、この見たことも聞いたこともない亜人は、きっとハルケギニアから遥か遠く離れたところに住んでいたに違いないと、当たりを付けて納得した。彼女は、魔王にアルビオンのことを簡単に説明し始めた。

 

「確かに今のアルビオンは内戦の影響もあり、いくらか荒れたところもあるでしょうが、

 それでも我が国とは比較にならないほど豊かな国ですわ。交易で栄えた港湾都市を

いくつも抱えておりますし、空に浮いているだけあって、風石の一大産地としても有名です」

 

「え゛、浮いてるんですか!?」

 

魔王は慌てて口を挟んだ。

 

「ああ、私としたことが言っておりませんでしたね。アルビオンは、この大地のはるか上空、雲を超えた先にある国なのです」

 

魔王はそれを聞いてソワソワし始めた。

 

「もしかして、空に浮かぶ天空チックなお城もあったり?」

 

「聞いた話ですが、岸壁に立つ城を雲間から見ると、それはそれは見事らしいですわ。まあ実際は、城どころか国ごと浮いているんですけどね。かの国はハルケギニア諸国に数えられはしますがハルケギニア大陸には無く、浮遊大陸という別の大地を国土としているのです。先ほども言いましたが、風石のお陰で空に浮かんでいるらしく、それだけに空の船の運航に必要な風石で困ることがありません。そんな資源豊富で豊かな国ですから、彼らの空軍は規模・練度共に一級品だと言われておりますわ」

 

魔王はうんうんと唸り始めた

 

「空に浮かぶ国…… だから、頭を抑えられる形のこの国にとって、脅威であるのですね。

 それと同時に、宙に浮いているということは他からも攻められ難いに違いありません。

 これでもし自給自足が出来るとあれば、中々に理想的な土地ですな」

 

「流石にかの国も、貿易を絶たれれば根を上げるだろうとは言われておりますわ。現に、戦に必要な火の秘薬などは、ハルケギニア大陸諸国からその多くが輸出されていると聞きます。しかし現在、かの国の貴族派にあからさまな敵対の態度を取っている国はありませんし、禁輸を行おうにも、他の国との足並みが揃わなければ意味がありません」

 

「皆が敵対しないのは、どういう理由からなのでしょうか?」

 

「そうですわね。やはり、かの国の軍事力には侮れないものがありますし、今のところは刺激したくないと考えている者が多いのでしょう。それに、アルビオンに親類を持つ貴族もまた少なくはないのです」

 

「食料的にはどうなのですか? 」

 

「かの国の農業は小さくありませんわ。そもそもあそこは、大陸の端から流れ落ちる川の水が雨となってハルケギニアの大地を潤すほどに、水資源が豊富です。ですから農業も、ある程度は盛んなのです。もっとも、霧が多過ぎて日照に悩まされる年はあるそうですが……」

 

聞きたいことを聞き終えた魔王は、一人で考えを巡らし始めた。

 

「聞く限り、なかなかすばらしそうなエリアですな。景観も良さそうで侵略するのにロマンがありますし、征服後も物資の面で悩まされ難い。まさに言うことなし、というわけですか……」

 

魔王は、ルイズにくるりと振り向いて言った。

 

「さあ、ルイズ様! なにをボヤッとしているのですか? 明朝から出発出来るよう、早くジュンビを整えましょう!」

 

「   」「   」

 

ルイズもギーシュも、開いた口が塞がらなかった。魔王も、流石に釈明が必要と考えたのか、言い訳のようなものを語り始めた。

 

「いや、私も今まで何度か世界征服を成し遂げてきた身ですけど、なんかこう、最近はモノタリナイなーと思ってきた頃合いだったのです。ですが今、その理由が分かりました。空です! 我々の支配してきたセカイには空が足りない! なんたって、空というだけでロマンです。天空に浮かぶ魔王城なんて、何ともステキではないですか!」

 

ルイズは呆れと怒りの混じった声で叫んだ。

 

「あんた、さっきまで散々キケンだって言ってたじゃない!」

 

「確かにそれも一理ありますが、よくよく考えてみるとヒトというものは、リスクを冒さなければ成長出来ないものでしたよね」

 

「都合よく解釈を変えるんじゃないわよ!」

 

「いや、でも実際、ここで動かないわけにはいかないと私、気付いてしまったのです。彼女の話によると、貴族派とやらは世界の統一を謀り、聖地なる場所を奪還しようとしているのでしょう? つまり、我らにとっては世界征服の競合相手ということになります。ほっとけば先に支配されるとあっては、黙って見ている訳にいきません。いつ支配するか? 今でしょ!」

 

『何もしないことが一番のリスク』とはよく言ったものですね!と臆面も無く言ってのける魔王に、ルイズは白い眼を向けることしか出来なかった。

 

「そのためならあんたは、私の身がどうなっても良いって言うわけね」

 

「いえいえ、それはチガいます。しかし世界征服という大いなる目的のためを思えば、

これぐらいの難局、乗り切れなければ話にならないでしょう!」

 

「私は世界征服なんて目指してないわよ!」

 

ルイズと魔王との言葉の応酬により、部屋は一気に騒がしくなった。

 

「何はともあれ……」

 

 アンリエッタが口を挟むと同時に、ルイズとギーシュの二人はさっと跪いた。

魔王の頭も、ルイズとギーシュに掴まれ、無理やりに床に押し付けられた。

 

「私の依頼を引き受けてくださって、本当にありがとうございます。自らの危険を顧みず、わたくしに忠誠を誓って下さったその姿こそ、まさに真の貴族というものですわ」

 

ギーシュはそれを聞いて、身に余る光栄に身を震わせた。

 

「しかし旅は危険に満ち溢れています。もしあなたたちの目的がアルビオンの貴族に知られたら、ありとあらゆる妨害が為されることでしょう。よくよく気をつけて下さい」

 

アンリエッタはルイズの机を借りると、一通の手紙をしたためた。

 

「始祖ブリミルよ、この身勝手な姫をお許しください。それでも自分の気持ちにだけは、嘘は付けないのです……」

 

 書き終えた手紙に杖が振るわれると、紙がくるくると巻かれ、そこに封蝋が成された。ルイズはその手紙を、アンリエッタの手から恭しく受け取った。

 

「それをニューカッスルにいるという、ウェールズ皇太子に渡して下さい。すぐに件の手紙を返して下さるはずです」

 

 それからアンリエッタは、手にはめられた青く鮮やかな宝石の指輪を引き抜くと、それをルイズへと手渡した。

 

「母君から頂いた水のルビーです。あなた方に危険を強いる私からの、せめてものお守りです。お金が心配であれば、売り払って旅の資金に充てて下さい」

 

ルイズは、深々と頭を下げた。

 

「この水のルビーが、アルビオンに吹き荒ぶ猛き風から、あなた方を守りますように」

 

 

 

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

 魔王は、ルイズやギーシュから飛んでくる、睨むような視線にヒヤヒヤしつつも、アンリエッタに問いかけた。

 

「この水のルビーと言うものは、一体どんなシロモノなのですか?」

 

「水のルビーは、始祖が作りたもうた4つのルビーの内の一つで、王権の証としてトリステイン王家に代々受け継がれているものですわ。因みにアルビオン王家には風のルビーが受け継がれておりますの」

 

さらりと語られた事実に、ルイズとギーシュは凍り付いた。

 

「し、始祖の秘宝ですって!?」

 

「も、もし無くしでもしたら……」

 

魔王の、親指で首を掻っ切るポーズを見たギーシュは、後ろに仰け反って失神した。

 

「聞きましたね、ルイズ様。さっきは売り払ってとか何とか言われてましたが、コトバ通りに受け取ってはいけませんぞ!」

 

ルイズはガタガタ震えながら、水のルビーをアンリエッタに差し戻した。

 

「ひ、姫様! こここ、こんな恐れ多いもの、私が預かる訳には参りません!」

 

「良いのです。この任務にはトリステインの命運が掛かっているのですから、それ相応のものを預けたまでです」

 

「そ、それでも!」

 

今にも悲鳴を上げそうなルイズを、今度は魔王が窘めた。

 

「いけませんぞ、ルイズ様。このルビーには彼女の真摯な思いが込められているのです。

あなたがそんなことで、本当に姫様の期待に応えられるとお思いですか」

 

 ルイズは数回、深呼吸して気持ちを静めんと努めた後、感動の涙を流しながら、アンリエッタに答えた。

 

「分かりました。姫様の温かいお気持ち、確かに受け取っておきます」

 

ルイズは、魔王に振り向いて言った。

 

「私一人じゃ気付けなかったわ、ありがとう。まさか姫様が、ここまで私の身を案じていて下さっただなんて…… 手放してはいけない、替えのきかない秘宝を私に預けて下さった意味。つまりは絶対に生きて帰ってくるようにという思いが込められているのね」

 

「はて? 何を言っているのでしょうか?」

 

「え?」

 

魔王は、ポカンとした表情を浮かべたルイズに言った。

 

「ルイズ様は、おそらく大変なカン違いをなさっています。これはそういう願掛けなんかじゃありません」

 

「へ? な、なら、どういう意味なのよ!」

 

「……」

 

戸惑うルイズに、魔王は説明を始めた。

 

「ルイズ様。この指輪がどういうものか、よーく思い出してみてください。その上で、それをルイズ様が持つことの意味を考えてみるのです」

 

「何って、王家に伝わる始祖のルビーなんでしょ? 王家の証ともなるものなんだから、本来、私のような人間が持っていて良い代物じゃあないわ」

 

魔王は、静かに首を振った。

 

「そこが間違ってるんです。ルイズ様はただの人間なんかじゃありません」

 

「まさかあんた、そこで『破壊神様です!』なんて言いださないでしょうね?」

 

「ハカイシン?」

 

「姫様! 何でもありません!」

 

慌てたルイズが落ち着くのを待ち、魔王は話の続きを語った。

 

「確かにそれもジューヨーかもしれませんが、いま気にしているのはそこではありません。そもそも、それでなくともルイズ様は公爵のムスメ。先を辿れば、王家の血を引いておられると聞きました。そのあなたに王権の証たる始祖のルビーが渡った。その意味を考えて欲しいのです」

 

「だから、この指輪は本当なら、王家から外れた公爵の娘が持っていて良い代物じゃあないって…… あんた、まさか!」

 

何かに気付いたルイズへと、魔王はニカッと笑った。

 

「そう! つまりその指輪には、自分に代わってルイズ様にトリステインを支配してほしい、そうやって自分を王権という枷から解放してほしいという、姫様の秘められた願いが込められているのです!」

 

「なっ! なっ……!?」

 

ルイズは想像を超えた魔王の推察に唖然とし、口をぱくぱくさせた。

 

「……」

 

アンリエッタは驚いたように口元を手で隠すも、魔王に向けられた目は、細められているようであった。

 

「ム? そういえば、風のルビーとやらがアルビオンにはあるのでしたね。 ……!

つまり、姫様が言いたいのはこういうことです! トリステインを支配するだけでなく、何なら世界をも支配して欲しい。だからこの指輪を足掛かりに、アルビオンにある風のルビーも手に入れろと、暗にそういう願いも込められているのです! ルイズ様には、そういう世界征服を託された熱い思いが分からないのですか!? 私、もうカンゲキを隠せません!!」

 

「……」

 

アンリエッタは先ほどよりも、ずっと冷たくなった視線で魔王をじっと見ていた。

 

「ニンゲンの王族にも、モノ分かりの良い人っているものなんですね。世界を征服したアカツキには、何分の一かあげても構いません!」

 

 

 

 

 ビシ、バシという音がした後、ルイズは腫れ上がった魔王の顔を床に押さえつけながら、自らも深く頭を下げた。

 

「本当に、本当に、申し訳ございません」

 

「い、いえ、いいのです。想像力が豊かなのは、きっとどこかで役に立ちますわ。気にしていませんから、早く頭を上げてくださいな」

 

 ルイズは、再三促された後に頭を上げた。その時、アンリエッタと目が合ったが、ルイズには、彼女の瞳からその真意を読み取ることは出来なかった。

 

「全く君も懲りないやつだな!」

 

いつの間にか復活していたギーシュが、倒れ伏す魔王の背中から、呆れの声を掛けた。

 

「それではそろそろお暇させて頂きますわ。私がいないことがばれたら、みんな大騒ぎになってしまいますもの」

 

「あの……」

 

頭を持ち上げての魔王の言葉に、すぐにルイズから睨みが効いた。

 

「最後に、もう一つだけ……」

 

「あんたねえ!!」

 

 わななくルイズに対し、アンリエッタは少しだけ迷ったような仕草を見せた後、魔王に向き直った。

 

「……いいでしょう。危険な任務を引き受けて下さるのです。例え忠誠心からではないとしても、報いるところがなくてはなりません」

 

彼女の許しを得て、魔王は一つ、大いに疑問に思っていたことを問いかけた。

 

「この宝石って、ルビー、なんですよね?」

 

「はい、水のルビーですわ」

 

「青い、ですよね?」

 

「ええ、鮮やかな青色をしていますわ」

 

そこで魔王は、意を決して問うた。

 

「つまりそれって、サファイアじゃないんでしょうか?」

 

「……」

「……」

 

 ルイズもギーシュも、妙な面持ちをしたまま、その場で固まってしまった。二人とも、自らが持つ『土』の知識と、手にした宝石との齟齬に苦しんでいる様子だった。

 

「使い魔さん」

 

アンリエッタは、魔王を覗き込むようにして顔を近付けると、真顔で彼に告げた。

 

「そこが始祖の凄いところなんです」

 

「アッ、ハイ、ワカリました」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「それでは、アルビオンを支配したアカツキには、公認の程ヨロシクお願いします!」

 

「ふふっ、使い魔さんも頑張ってくださいね。ルイズ、無事を祈ってるわ」

 

 アンリエッタは今度こそ部屋を去っていった。ルイズは心配して彼女を見送ろうとしたが、目立つといけないからという理由で断られた。姫が部屋を去った後から、ルイズは窓の傍に立ち、外を見下ろし続けた。しばらくしてルイズは、夜闇に紛れて学院の本塔へと帰っていくアンリエッタの姿を見つけた。ルイズは姫君の後ろ姿を眺めつつ、彼女が魔王と交わした、おふざけでしかないはずの約束に、一抹の不安を覚えるのだった。

 




水のルビー・・・始祖の作りたもうた青い紅玉。青くても断じてサファイアではない。
        それというのも、このルビーというのは本物のルビーを意味したものではなく、
        始祖の赤い血から作られたことを以って、ルビーと称しているのだと言う。
        でもやっぱり宝石になった時に青いなら、それはサファイアなんじゃないか
        って? こまけぇこたぁいいんだよ! これがもしアクアマリンだったら、
        ルイズも大分心強かったかもしれないが、今さら嘆いてももう遅い。いずれに
        せよ、手にしたものが数奇な道を辿る、運命的な石であることに違いはない。
        ※フーケの一言アドバイス・・・盗んだ後は、ガチョウの餌袋に隠そう!


小ネタ 『許さない、絶対』
Q.RB(ロイヤルブルー)に輝くRB(ルビー)を手にしているのは誰か?
魔王「もちろんR……」
アンリエッタ「……」
魔王「……RUIZUさまです!」
ルイズ「私のスペルはLouiseよ!」
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