使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~ 作:tubuyaki
さりげけなく更新
賊の襲撃を切り抜け、道を行くこと半刻、ルイズたち一行はようやく目的地のラ・ロシェールに到着した。切立った崖に挟まれて家々が並ぶ、この特徴的な街に足を踏み入れた彼らが、まず一番初めにしたことは、眠そうな眼で宿を探すことであった。一行の護衛役であるワルドこそ凛とした姿勢を保っているものの、それ以外の面々は、皆ふらふらになって、辺りを見回している。しかし、彼らの眼鏡に適う宿は、なかなか見付からなかった。
「見ろよ。あれも宿じゃないか?」
ギーシュの声に振り向いたルイズたちは、うーんと唸った。反応が悪い女性陣の中でも、特に大きく眉をひそめたのはキュルケであった。
「駄目よ、ギーシュ。あんなボロ宿のベッドじゃ、私きっと眠れないわ」
「君は何をしに着いて来たんだ!」
「ハッハッハ! しかし、あながち悪いことでもあるまい。皆、今日は移動続きで疲れただろう。体を休めるなら、快適な宿の方が良い」
ワルドの言葉に、ルイズもこくりと頷いた。
「そうね。明日以降、今日の疲れを引きずるのは止したいわ」
「休息、大事」
女性たちの支持を取り付けたワルドは、思案気に顎を撫でつつ、街を見回した。
「実は一つ、宿に心当たりがあってね。とはいえ、僕も立ち寄るのは初めてなものだから、場所が定かでない」
彼は、ひっそりとした夜の街において、唯一賑わいを感じさせる酒場へと目を向けた。
「このまま歩き回っても埒が明かない。少し街の者に話を聞いてこよう」
卑下た笑いが漏れ聞こえて来る酒場は、ルイズたちにとって近付くに遠慮したい場所であったが、ワルドは気にした様子もなく、一人でずかずかと店に乗り込んでいった。そうして、さして時間を掛けることもなく、彼は外で待つルイズらの元に戻って来て、言った。
「あそこに、崖が大きく突き出ているところがあるだろう。その少し手前辺りに、例の貴族向けの宿はあるらしい」
ルイズたちはワルドの先導の下、間もなく目的の宿へと辿り着いた。崖に沿って、岩肌をくり抜いて出来た建物が並ぶ中、その宿は一際立派な門構えをしており、ルイズたちの目を引いた。宿の前には、杵の形が彫られた看板が吊るされており、金箔を施されたそれは、かがり火の光を反射し怪しく輝いていた。
「ほう、ここに泊まるのですね!」
今まで特に意見をすることもなく、皆に着いてきた魔王も、この宿にご満悦の様子であった。
「『女神の
ルイズは、実に嫌そうな顔をして、これに答えた。
「そんな宿はまっぴら御免よ。名前にツルハシが付くなんて、労働者向けの安宿みたいじゃない」
宿を前に、ルイズら女性陣が早く一息付きたいという思いを募らせる一方、ギーシュはというと、土メイジとしてラ・ロシェール特有の岩造りの家に思うところがあるのか、少し元気を取り戻した様子であった。
「うむ、素晴らしい。ラ・ロシェールの街並みは芸術だが、ここは特に素晴らしいじゃあないか。巨大な一枚岩をこうも綺麗にくり抜いて、こうも風格ある造形に仕上げるとは、土系統の技術がどれだけ駆使されてるか分からないね。まさに至高の逸品だよ」
「そりゃあ、岩をくり抜いて作るのは大変でしょうけど、泊まる側からしたらただの宿屋よ。ねえ、タバサ?」
「興味ない」
ワルドは苦笑しながら声を掛けた。
「外で騒いでいてもしょうがないだろう? 早く入って休もうじゃないか」
そこでふとルイズは、思い出したようにワルドへ尋ねた。
「船は何時出るのかしら? ここで泊まっていて、次の便を逃したりしたら大変だわ」
「心配しないでくれ。ここの宿を取ったら、僕がすぐに桟橋まで行って、船出の時刻を聞いてくるつもりさ。それまで君たちは、ここでくつろいでいてくれたまえ」
「まあ、いいの? あなたに全て任せてしまっても」
ワルドは、ルイズに紳士然とした笑みを返した。
「もちろんだとも。君たちは軽く食事でも取りながら、ゆっくり待っていてくれればいいさ」
「亜人のお連れ様はちょっと……」
「 」
ショックを受ける魔王の傍ら、ルイズは精一杯尊大なそぶりで、宿の主に告げた。
「これでも私の使い魔よ。メイジが宿泊するのに、使い魔を置いておけないなんて話があるかしら?」
「ああ、これはとんだ失礼を致しました。使い魔ということなら、安心してお泊り頂けます。いやなに、以前、狩猟帰りのお客様が捕獲した亜人を無理に連れ込みましてな。色々と、難儀したのでございます」
「問題はないようだな」
ワルドが宿泊の手続きを再開する中、ルイズは魔王へと振り返ってニヤリと笑った。
「『女神の杵』、相応しくないのは杵という名前じゃあなくて、泊まるあんたの方だったみたいね」
魔王は、カエルが潰れたような声を出した。
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高級宿『女神の杵』は、一階部分が小洒落れた酒場となっており、ワルドを除く一行はそこで各々くつろぎ始めた。岩屋という言葉から想像されるものを覆す、この見事な建築物の内部に入ったことで、ギーシュは益々興奮を隠せない様子であった。
「見てくれよ、この艶やかでありつつ、落ち着きもある色合いの壁を! ピカピカに磨き上げられているお陰で、岩石の内に刻まれた美しい層状の模様がつぶさに見て取れる。これらの層が形成されるに至った、悠久の時を思いながらワインを楽しむことが出来るだなんて、素晴らしいと思わんかね」
「タバサ、興味ある?」
「ハシバミ草がうまい」
タバサは、宿の内装にはまったく興味がなく、もっぱら酒場のメニューとして提供されるサラダにご執心であった。
「おお、これはすごい! テーブルの脚を見てくれ。脚と床との境目がないだろう? しかも肌目にきれいな層が並んでいて、継ぎ接ぎや変形の跡が全くない。つまりこのテーブルは、床と同じ一枚岩を、そのまま切り出したものだ。岩をまったく割ることなく、また魔法による無理な癒着・変形を行うこともなくこの形を作り上げるだなんて、この一枚岩のテーブルにはスクウェア・クラスの匠の技が込められている!」
「そこまで一枚岩にこだわらなくても、テーブルぐらい他所から持ち込めばいいじゃない」
土魔法の芸術に目を奪われたギーシュの興奮は、キュルケにはなかなか伝わらないようであった。
「ハシバミ草とフライドオニオンに若鶏のローストを添えたラ・ロシェール風サラダを持って参りました」
どこか引き攣った顔のウエイターが、タバサの前に新しい一皿を持って来た。引き換えに古い皿の数々を片付けようとする彼へ、タバサは振り向きざまに口を開いた。
「ハシバミ草とトマト、燻製ベーコンのサウスゴータ風サラダを大盛りで」
タバサの、物怖じせずハッキリとした声での注文に、ウエイターの顔が更に引き攣った。小柄な彼女一人で、サラダ大皿5度目の注文であった。
「ちょっとタバサ、そんなにハシバミ草ばっかり食べてたら、体に悪いわよ?」
「そんなことはない。ハシバミ草はとっても健康的。この苦みが体にいい」
タバサはそう言って、再びむしゃむしゃとサラダを平らげ始めた。そんな彼女に、そろりそろりと背後から近づく怪しい影が一つ。
「そんなにオイシイのですか?」
魔王は、彼女の後ろから声を掛けると、ヒョイとサラダを一つまみ、手で持ち上げ、口に放り込んだ。その際、ハシバミ草の上に添えられた具が、ごっそりと持っていかれたのは、これ悲劇にあらずや。呆然と見つめるタバサの前で、魔王は実に良い笑顔をしながら、つまみ食いの感想を言った。
「とっても、マガマガしい味ですな」
それは褒め言葉なのか? タバサはふるふると震えた。
「でもこの料理には、もっと改良の余地があると思います。それも必要なのは、味の足し算ではなく引き算です。この料理は、もっとシンプルな作り方をすることで、食材のおいしさが更に引き立つハズです……そう! この料理、ハシバミ草さえ入っていなければカンペキです!」
タバサご自慢の大振りな杖が、魔王のとんがり頭へと振り下ろされるのに時間は掛からなかった。
「痛ッ! 何をするのですか! ちょっと、その大きな杖はシャレになりませんぞ。言ってる傍からまた! ああ、ヤメテ!!!」
酒場にゴツン、ゴツン、という鈍い音が何度も響き渡る。
「あいつったら、本当に元気ね」
ルイズは、目の前で繰り広げられる馬鹿げた風景を前にして、物憂げにため息を付いた。そうして彼女が一人、手持無沙汰にワイングラスを傾けることしばらく、カランカランと宿の扉に吊るされた鐘が鳴った。
「やあルイズ、戻ってきたよ」
「ワルド!」
彼女の声に、好き勝手やっていた一行もワルドに気付き、彼の元に集った。
「皆、聞いてくれ。困ったことに、明後日まで船が出ないらしい」
一拍置いて、叫び声が上がった。
「エエ゛―ッ!? ナゼですか、あれだけ苦労してウマを駆けてきたというのに!」
「そうだそうだ! 何のためにヴェルダンデを置いて来たか分からないじゃないか!」
「あっそう。私たちは別に構わないけど、ねえ?」
「明日は一日観光」
好き勝手言い始めた同行者どもに、ルイズは怒りを爆発させた。
「あんたたち黙りなさい! キュルケにタバサ、誰も物見気分で付いて来たあんたたちの話は聞いちゃいないわよ。それにギーシュたちも、これが大事な任務だって分かってるんでしょうね? 疲れたぐらいで文句言ってるんじゃないわよ!」
彼らが不満そうな顔をしながらも押し黙ると、それを見届けたルイズは、改めてワルドに向き直った。
「それでワルド、一体どういうことなの?」
「うむ。それがどうも、今日明日は、大陸へ行くにも距離が離れ過ぎているらしくてね。大きな軍艦ならばともかく、今の我々が乗れるような普通の商船は、アルビオンが最接近する時にしか出港しないそうなのだよ」
「それが明後日なのね」
「ああ。朝早く、日が昇る前には出るらしい」
それを聞いたギーシュが仕方ないかと唸る中、魔王だけは首を傾げた。
「ウヌヌ、話が良く見えません。待とうが待つまいが、遠いことに変わりはないのでしょう? 早く着きたければ、その分早く船を出して貰うしかないのではないですか?」
「ああ、そう言えばあんたは、アルビオンのことをよく知らなかったわね」
ルイズは一人納得すると、魔王に説明した。
「アルビオン大陸というものは、ただ宙に浮いているだけじゃなくて、ゆっくりとハルケギニア上空を周回しているのよ。だから、ここラ・ロシェールに一番近付いた時じゃないと、船に積み込んだ風石が足りなくなって、とても辿り着けないのよ。分かったかしら?」
「ナルホド、それは分かりました。しかしそうなると、また別のことが気になって参りますな」
「別のこと?」
魔王は、怪訝な表情をしたルイズから顔をそらし、ワルドに振り向いた。
「あなた、確か風メイジでしたよね。魔法衛士隊の隊長ということは、スクウェアだったり?」
「ああ、もちろんだとも」
「じゃあ、そのチカラで多少の無理は効きませんかね?」
「もしかして、風石が足りない分を風魔法で補えないかということかい? 少しは出来なくもないが、相手は巨大な船だ。丸一日と浮かせることは出来ないさ。それに、予定と違う運航を船にさせて、悪目立ちしてしまうのも考えものでね」
だが魔王はすぐには納得せず、ワルドへと強い口調で言い返し始めた。
「それがどうしたというのですか! この任務は速さがイノチなのでしょう? それにワル目立ち、結構じゃあないですか。ルイズ様にはそれぐらいがちょうど良いんです」
「ちょっと、どういう意味よ」
ルイズは憤慨したが、速さが尊ばれるというところは正しいと、ギーシュは魔王の言葉に聞き入っていた。
「確かに、速さは何事にも勝る。『兵は拙速を尊ぶ』、軍人にとっては常識さ」
「いや、確かにそれはそうだが……」
変わらず難色を示すワルドへ、魔王はさらに言葉を加えた。
「何より、今度はあなたの番なのです」
「うん? 何だって?」
聞き返したワルドに、魔王はとてもイイ笑顔で答えた。
「この街までは、ワレワレが馬車馬のようにアセミズ垂らして苦労しました。今度はオマエの番です!」
ガチンと音を立てて、魔王のすぐそばの床をツルハシが跳ねた。
「チッ、外したわね」
「ル、ルイズ様、何ということを!!」
「それはこっちのセリフよ! あんたワルド様を何だと思っているのよ。絶対、許さないわ!」
「これは心外です! ギーシュ殿だって、きっと心の底では私に同意しているハズ!」
「僕に振らないでくれたまえよ!」
場の紛糾を収めるように、ワルドが声を上げた。
「僕の力を使えば、なるほど早くに出港させられるだろう。しかし、そういう勝手を通すにはお金もいる。それだけの資金は持って来ているが、アルビオンに渡ってからも何かと入用だろうし、ここは辛抱して船出を待とうじゃないか」
それを聞いて、ルイズははっとした。
『お金が心配であれば、売り払って旅の資金に充てて下さい』
彼女は、指輪をはめた手をぎゅっと握り締めた。酒場の明かりを反射して、青い宝玉がキラキラと輝いている。姫様から預かった、大事な大事な指輪。これを売り払うなんてことは、絶対にあってはならない。
「出発は、明後日の日の出前で決定よ。これは、任務を仰せつかった私からの命令よ。これ以上の文句は許さないわ」
そう言われては是非もなく、魔王もギーシュも、不満を口の中に押し留めた。キュルケは、やっと終わったかといった様子で、欠伸のそぶりを見せている。
ルイズは、改めて彼らに睨みを聞かせ、忠告した。
「あんたたち、明日の予定が空くからと言って、羽目を外し過ぎないようにしなさい。明後日にもし、どうにかなっていたら、置き去りにするからね!」
話はこれまでとばかり、ルイズは皆に背を向け、宿泊部屋のある2階へ向かった。階段に足を掛けようとした彼女の耳に、再び言い争いを始めたらしき魔王の声が届く。
「なに? ルイズ様があなたと同室ですと!?」
「婚約者なんだから当然のことさ。部屋の格を考えても、大使の彼女と衛士隊長の僕が一番良い部屋に泊まるのは、理に適っている。それに彼女とは、大事な話もある」
「認めません! 二人きりでお泊りだなんて、お父さん、そんなことは認めませんよ!」
「誰がお父さんよ!」
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「再会を祝して乾杯」
二つのグラスが小気味良い音色を奏でた。宿泊部屋にて二人きりとなったルイズとワルドは、大きく座り心地の良いソファに腰掛けてくつろぎつつ、ワインの芳純な味と香りを楽しみながら、少しずつ会話を進めていた。
「いや、それにしても今日はまったく驚かされたよ」
「確かに驚いたわ。まさか、任務の初日から賊に襲われるなんて、思わなかったもの」
ルイズの返事に、ワルドは小さく首を振って応えた。
「いや、そうじゃあない。確かに賊の襲撃にも驚かされたが、僕が本当に驚いたのは君自身の成長ぶりだよ。まさか君一人で、あれだけいた賊どもを壊滅させてしまうとは思わなかった。もしかして、僕の護衛はいらなかったかな?」
「とんでもないわ!」
ルイズは、すぐさま否定の声を上げた。
「私なんて全然駄目だもの。襲われた直後は何が起きたか分からなかったし、気が付いてすぐに出来たことは隠れることだけだったわ。私が賊を相手に出来たのも、ワルドが風魔法であいつらを寄せ付けなかったおかげだもの。もしワルドがいなかったら、私たち今頃、賊に殺されるか、捕われていたわ」
「それを聞いて安心したよ。どうやら僕は役立たずにならずに済みそうだ」
ワルドは、少しおどけた様子で答えた。
「しかしルイズ、今回は君こそが一番に仕事をしたんだ。自分のことをそう卑下することはない。君がフーケを捕縛したという噂は聞いていたが、まさに話の通りだったというわけだ」
「まあ、知っていたの? あれは、運も良かったのよ」
「運も実力の内と言う。運勢を掴めるのだって、実力があればこそさ」
ルイズは、ワルドの言葉を否定しつつも、褒められた嬉しさを顔から隠し切る事が出来なかった。そんな彼女を微笑ましく見つめるワルドは、感慨深げに語り始めた。
「思えば君は、幼い頃からずっと、自分の能力を示すことが出来ずに苦しんできた。学院に入ってからも、しばらくは大変だったろう。だが今や君は、フーケを捕らえられるまでになった。昔の君ならばともかく、今はもう、君の今後を疑う者はおるまい」
ワルドはそこまで言うと、くいとワインに口を付けた。
「だが実のところ、僕は前から思っていたのだよ。君は偉大なメイジになるとね」
ワルドが妙に真面目腐った顔で言うものだから、ルイズは少し吹き出しそうになったが、それでいて彼女の心の内には、止まず嬉しさがこみ上げていた。
「そんな、お世辞なんて嫌だわ。私みたいな出来の悪い娘が、偉大なメイジになるなんて買い被りすぎよ」
「そんなことはない! 僕は本気で、君が素晴らしいメイジになるだろうと信じていたる」
そこでワルドは、急にいたずらげな笑みを浮かべた。
「もっとも君は、芽を出して、伸びるまでも随分長いんだろうがね」
「もう! ワルドったらイジワルね。私ったら、恥ずかしいわ」
「いやいや、恥じることではないよ。人は誰しも成長の前には大きな壁にぶつかるものさ。それを乗り越えてこそ、人は偉大になれる。君の才能の開花は遅かったとはいえ、だからこそ君があれだけ力を振るえるようになったと思えば、まったく嬉しい限りだよ」
「……ありがとう。ワルド……」
彼女は、心に温かいものが広がるのを感じた。幼い頃、出来損ないの自分にあれだけ目を掛けてくれた子爵様が、今こうして自分を褒めてくれている。思えばいつもワルドはそうだった。自分がどうしようもなく悔しくて悲しくて泣いているときに、彼は風のように不意に現れては、優しく自分の手を取り、慰めてくれた。彼女は、昔のように彼の温かさに浸りたいと、そう願った。
「ルイズ、君はとても素晴らしい仕事をした。ただ……」
ワルドは、グラスを弄ぶように傾けながら言った。
「ただ、願わくば、君が活躍する姿を私も見てみたかった。地上で杖を振るう、君の姿をね」
ルイズは、今まで射していた日差しが雲に隠れてしまったかのように、心が寒くなるのを感じた。
「それは……」
ルイズには、口ごもることしか出来なかった。彼女は、まだ杖を振るえはしない。そしてツルハシを握りしめている限り、彼女は自らが力を発揮する姿を、周りに堂々と示すことも出来ない。ルイズは、一人小舟で揺られているかのような心細さを感じた。
「いや、いいんだ。何事にも順序というものはある。例え杖を介さぬといえども、今まで形にならなかった君の力がこうして示されるようになったのは、前進に違いない。それに、君へ力の使い方を教えたというあの使い魔は、一癖も二癖もあるようだ。思い通りにはいかず、主の君もさぞ苦労していることだろう。まあ、そんな風に枠から外れていることも含めて、さすがは伝説の使い魔と言ったところか」
ルイズは、それを聞いてきょとんとしてしまった。
「ワルド、あなた一体何を言っているの? 私の使い魔が、何か特別だとでもいうの? 確かにあの使い魔は亜人だし、普通ではないけれど……」
ワルドは、意外だというように目を見開いた。
「おや、学院の教師からは聞いていないのかね? あの亜人の左手に刻まれたルーン、あれは伝説の使い魔『ガンダールヴ』のものだ。始祖が従えし四の使い魔、その内の一人に刻まれていたものに他ならない」
ルイズは、思わず目を見開いた。
「冗談でしょう? そんな風にからかうだなんて、嫌だわ」
「いいや、冗談でも嘘でもない。確かにあのルーンはガンダールヴのものだ。僕は始祖の歴史に興味を持っていてね。見間違えようがないのさ」
未だに信じられないルイズは、呆然とつぶやいた。
「何であんな使い魔なんかに……」
「それは考え方が違う。あの亜人に伝説が刻まれたことが重要なんじゃない。君が伝説を刻み込んだことが重要なんだ。大切なのは君なんだ。君に、伝説へと通じる力が眠っているということこそが、大事なんだ」
ルイズは気が動転して、言葉を返すことが出来なかった。彼女としても、よくよく考えてみれば、あの日、召喚に成功したこと自体が奇跡的だった。さらに、そこで刻んだルーンが伝説であるというこの異常に、ルイズは不気味なものを感じた。
「こう言っては何だが、僕にとっては驚くべきことではなかったよ。言っただろ。君には特別な才能があるんだと」
ルイズの心の戸惑いは、余計に大きくなった。本当に、自分にはワルドが言うような素晴らしい才能が眠っているのだろうか?
「そして、だからこそ……」
ルイズには、何も分からない。何一つ、分かりはしない。
「今の状況は、問題だと言える」
「ワルド?」
ワルドの様子からはすっかり、優しく包み込むような温かさが消え失せていた。それどころか、今の彼は寒風のごとく、ルイズの心を凍えさせるまでになっていた。彼は、その場にいない魔王を責め立てるように、口火を切った。
「君の使い魔は一体、何を考えているのだろうな。確かに、君は偉大な才能を秘めている。だがそれは当然、偉大なメイジとしての才能であって、得体のしれない妙な力を操るためのものではない!」
ワルドが怒りを向けているのは使い魔であって、ルイズではない。しかしルイズには、彼の激しい言葉によって、自分の足元がぐらつくように感じられた。
「彼の奇妙な言動や振る舞いも、君の力の覚醒に繋がるというのなら、それも良かろう。しかし彼は、君のメイジとしての才能を引き出そうともしていない! それどころか、ツルハシ等という力仕事にしか能がない平民が使う道具を君に与えて、これまたおかしな力の使い道を君に植え付けようとしている。そんなものを使って君の力を引き出したところで、始祖の御業であるところの魔法に辿り着くことはあるまい。君も薄々気付いているのではないかね? このまま進んでは、君は普通のメイジにすらなれない」
ルイズは言葉を返す事が出来なかった。確かにツルハシを通じて不思議なことは起こせる。中には、メイジの魔法のように見えるものもある。しかし、決してそれらは、杖を振るって起こす魔法と同じものではなかった。
「君は特別だ。君の内に眠る力は偉大なものだ。しかし今のままでは、君は偉大なメイジにはなれない。今の君の状況は、地に繋がれた鳥のようなものだ。いや、もっと酷いかもしれない。地に繋がれるどころか、君はもっと下、地の奥底にまで引きずり込まれようとしている」
「ああ、なんてこと……」
ルイズは、ワルドの話を聞きながら、胸に刺すような痛みを覚えた。彼女は、大切な婚約者の前では笑顔でいたいと思っていたのに、その心の痛みを抑えることが出来ず、沈み込むような表情を顔に浮かべた。そのことに遅れながらも気付いたワルドは、はっと息をのんだ後、罰が悪そうにルイズから眼を反らした。
「いや、すまない。いきなりこんなことを言って、戸惑わせてしまったね。僕はただ、君の才能が活かされようとしていないことをもどかしく思っただけなんだ。それが許せなくて、つい熱が入ってしまった。どうか、許しておくれ」
「謝らないで、ワルド。あなたが私のことを思ってくれていることは、私が一番よく分かっているもの。きっとあなたは疲れているのよ。今日一日、私のためにずっと気を張っていたのでしょう? あなたらしくないことをしてしまったのも、無理はないわ」
「ありがとうルイズ。君は優しいね。それにしても、『僕らしくない』か…… どうやら、僕は話を急ぎ過ぎたようだ。物事には順序があるというのに、僕はそれを無視しすぎた。そう順序、順序だ。何事もいきなりという訳にはいかない……」
ワルドはそう言うと、少し目を落とした。
「……君と離れていた時間が長くて、それが僕は心配なんだ。再開した君との間に、埋められない距離が開いていやしないかとね」
「そんな心配なんて! 私、今だってあなたのことは好きよ」
「ありがとう。でもそれだけじゃ足りないんだ」
「え?」
「ルイズ、結婚しよう」
ワルドの言葉に、ルイズはしばらく呆気にとられた後、頭から煙が出そうなほど顔を赤くした。
「な、なにを言っているのかしらワルド、私なんてまだ学生よ?」
「君は立派なレディだよ。今まで放っておいて済まない。王宮での地位を築くために必死で働いてきたが、そうしたらこんなにも長い間、君と離れることになってしまった。でも君への思いが変わったことはない」
ルイズはワルドの情熱的な言葉にくらくらしながら、それでも否定の言葉を返した。
「そんな、私…… まだ一六歳なのよ」
「もう一六歳だ。立派な大人だよ」
「お父様にだって話していないのに!」
「もうとっくに婚約は交わしているじゃあないか。今さら反対されはしないさ」
「それでも私、こんな、いきなり…… すぐには答えられないわ」
その返事を聞いて、ワルドは一瞬残念そうな顔をしたが、またすぐにルイズへ言葉を返した。
「そうだね。だからこそ、僕たちの間にも順序というものが必要だ。二人の間の距離を縮めるための順序がね。僕は君との結婚のため、この旅で君との離れていた距離を近付けたいと思っている。そのことだけ知っておいてくれると、僕は嬉しい」
ルイズの頭は、ワルドの熱烈な言葉とワインの酔いとが入り混じって、もうどう返事してよいのか分からなくなっていた。そんな彼女に向け、ワルドは優しく笑いかけながら言った。
「少し酔いが回り過ぎたかもしれないね。それに今日は疲れただろう。もう休むといい」
ワルドはグラスを片付けると、ふら付く足取りのルイズをベッドまで導いた。
「おやすみ、ルイズ」
ワルドはそう言いながら、肩を抱き寄せた。
「ごめんなさい、ワルド。まだ私……」
ルイズの言葉にワルドは目を見開くと、やがて苦笑した。
「こっちこそごめんよ。僕はまた急ぎ過ぎたらしい」
ルイズはベッドにごろんと身体を預けた。そうやってワルドの顔を見上げると、彼女はまた恥ずかしくなって、彼から目を反らした。
「この旅で必ず君の心を射止めて見せる。さあ、今度こそお休み」
そう言って、ワルドはルイズから離れていった。ルイズは布団にもぐりながらも、胸の高鳴りを抑えることができなった。だが彼女は、それと同時に微かな痛みが胸の内に残っていることにも気付いていた。
ルイズは考えた。ワルドは、自分に力があることは認めてくれても、ツルハシを使うという力の振るい方のことは認めてくれなかった。あれでも、私は必死に頑張っていたというのに……
そこまで考えて、彼女は思い直した。いや、それも当然じゃない。真面目に魔法の研鑽を積んできたワルドが、ああいう反応を返すことなんて当たり前だわ。自分だって初めは、あんなに嫌がっていたし…… いやいや、今はそんなことよりも、結婚のことが重要だ。ワルドのことは嫌いではない。でも、結婚だなんて、本当にいいのだろうか?
「本当に、どうすればいいの?」
彼女の小さな声は、誰に届くこともなく消えていった。
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翌朝、ラ・ロシェールの空は雲一つなく晴れ渡っていた。開け放たれた部屋の窓からは、眩しいばかりの光が差し込み、爽やかな風が吹き込んで来る。
「ウーム、今日もスガスガしい天気です。こんな日にこそ、あの大空をマガマガしく染め上げたいものですな」
魔王の朗らかな呟きに、ギーシュは眠そうな声を返した。
「うーん、もうちょっと寝かしといてくれたまえよ」
「何を言っているのです! 今日は一日フリーなのですぞ? 普段ならばタイクツな授業に身を置いているハズだというのに、今日は何に追われることもなく自由!
空はこんなにも青いのに、風はこんなにも暖かいのに、どうして起きないというのですか」
「睡眠不足なんだよ! 君のイビキのせいでちっとも眠れやしなかったぞ。というか、何だね。君は地下によく潜るくせに、そんなに日なたがいいのかね」
魔王は、さも不服そうに腕を組んで答えた。
「当たり前です。地上侵攻さえ出来るなら、誰があんなジメジメしたところに何時までもいたいと思うものですか」
「ちょっと待てい! 君、前は土が最高だとか言ってただろう!」
憤慨するギーシュに、魔王は逆ギレしつつ言い返した。
「そういうあなたはどうなのですか! 土メイジだからと言って、一生地下で過ごしていたいだなどとは思わんでしょう!」
「ム、それはそうだが」
「いいですか、地下というのは、たまに潜るから良いんです。それが、年がら年中続くとなれば、気が滅入るに決まっています」
「そういえば、君はここに召喚されるまでは地下で暮らしていたんだったな」
魔王は頷きながら、地下生活の実情を語った。
「実際、地下帝国なんてロクなもんじゃありません。日がな苦しい労働に、絶えざる危険、少ない給料。楽しみといえば、地下の氷室でキンキンに冷えたビールにおつまみ、それからマガマガしい細工を駆使した超エキサイティングなチンチロぐらいしかないのです」
「案外、楽しそうにしてるじゃないか」
ギーシュはぶんと布団を跳ね飛ばして、上半身を起こした。
「まったく、君と話していたら目が冴えてきてしまったじゃないか」
「いいことではないですか。どうせ明日は船に乗ったら、狭い船室の中、何もすることはないのです。今日、目一杯遊んで、明日は寝て過ごせばいいのです」
「まったく元気なことだな。それで? どこに行くか当てはあるのかね?」
ギーシュはのろのろと着替えながらも、魔王に問い掛けた。
「ええ、実はとっても気になる木を見かけたのです。名前も知らない木ですけど、見たこともない、なんともフシギな木ですから、見たこともないミステリーをフシギ発見できそうな気がしてなりません」
「ああ、あの巨木の、世界樹のことかね」
「世界樹!」
魔王は、喜びの叫びをあげた。
「やはりそうでしたか。そうでしょう、そうでしょうとも、そりゃあトクベツな木に決まっています。遠目にもあそこまで大きな木であれば、きっと何かトテツモナイ神秘を秘めているハズだと思っていました。そうと分かれば、是が非でも行かないワケにはいきません。何としても、葉っぱの一枚でも見つけて持ち帰るのです!」
「なに? 葉っぱだって?」
「おや、ご存じないのですか? 世界樹はその神秘さゆえ、葉っぱ一枚、いやそれどころか葉から滴るしずく一つとっても、傷付いた体をたちどころに直すようなゴイスーなチカラが秘められているのです。このような強力なアイテムを手に入れることが出来れば、きっとこの旅にも役立つに違いありません!」
それを聞いてギーシュは唸った。
「なるほどな。確かに伝説の木ともなれば、そういうこともあるのかもしれない。君も少しは任務に役立つことを考えているというわけだ。だが君、致命的な見落としをしているぜ」
「何ですって?」
気にしたそぶりを見せる魔王に、ギーシュは決定的な事実を突き付けた。
「あの木は、とっくに枯れている」
「……イヤイヤイヤ、まだ諦めてはいけません。木というものは、一見枯れたと思っても実は生きているということが多々あるものです。あの木の周りをぐるりと巡ってみれば、そこには健気にも新たに芽吹いた世界樹の若木が……!」
「もう一つ君に教えて進ぜよう。あれが枯れたのは、たしか数千年は前の話だ。代わりに何か生えてきたなんて話も聞かない」
「ええい、ヤッカイな! 地上がダメなら、地下はどうです? マッピングなり何なりして探索を続ければ、トーゼン世界樹の三つ葉やら根っこやらをゲット出来るのでしょうな?」
「は? 地下がなんだって?」
「なんと! まさか、あれだけ立派な世界樹が生えていて、その地下に迷宮の一つもないだなんて言わんでしょうな!?」
「それこそなんだね。君らの穴掘りじゃああるまいし、そんなものがあるわけなかろう」
「地下もダメ! それなら逆に天辺はどうです? もしかして、世界樹を上まで登り切ると、すべての叡智を授かれたり、あるいはそれをすてるなんてとんでもないというような剣をゲット出来たりするのではないですか!?」
「ない。アルビオン行きの船の係留所があるだけだ」
「ああ、ワカリマシタとも、ソーですよね。何かあるのはその更に上なんでしょう……? 世界樹の天辺よりも更に上には箱舟が浮かんでいて、そこにイカツイ肩当てをした骨ばった至高の御方がいるんですよね?」
「一体、どんな妄想だね?」
「本当に何もないではないですか!」
「いや、知らんよ」
魔王はなおも諦め悪く、一人で小さくブツブツと呟いては首を振ったり、大げさに手を振り上げたりしていたが、やがて背中を縮こませ、顔を両手で覆って黙り込んでしまった。
「…………」
「諦めたらどうだね?」
「………実は、あの木の穴場的なところに、チョビッとだけ葉っぱが生え残ってたり……?」
「だから枯れたって言ってるだろ。ついでに言うと、木の幹がくり抜かれてもいるぞ」
ついに魔王は、ガックリと項垂れた。
「おお、なんという……or2 セッカク、良いアイデアだと思ったのに……」
「まあそんなこともあるさ。普通に、街の市場にでも遊びに行こうじゃないか」
「いやでも、もしかしたら誰も気付いていないだけで、芽の一つも出ている可能性が微レ存……」
「もし本当に見つけることが出来ても、そんな貴重な葉っぱを毟ったなんて人に知れたら、縛り首じゃすまないぜ」
そう言ってギーシュが呆れていると、急にこんこんと扉がノックされた。
「ム、誰でしょうか? もしかしてルイズ様から、一緒に街で遊ぼうというお誘いとか」
だが魔王が扉を開けた先に姿を現したのは、見目麗しい少女どころか、もっさりと髭の生えた胡散臭い青年子爵であった。
「おはよう、使い魔君。よく眠れたかね」
「チェンジです!」
「連れないな。まあいい。君、今日は暇だろう? 付いて来るといい」
「どこに行こうと勝手ですが、私はルイズ様と離れるつもりはありませんぞ」
ワルドは、魔王のつっけんどんな言葉にも飄々と返事を返した。
「彼女も来る。それに、そもそも宿から外へ出る訳ではない。君は、この街がかつて砦だったことを知っているかね? 中庭に行けば、その歴史を肌で体感できるのさ。ギーシュ君、君も名誉ある貴族の歴史に興味があるなら、付いてくるといい」
「……そういうことならば、分かりました」
ワルドは魔王の返事を聞き終えると、下で待っていると言い残して、立ち去ろうとした。
「そうそう、言い忘れていたが、朝食は抜いてくるといい」
「おや、オープンテラスで食事とシャレこむワケですか?」
「フフフ、それはどうかな?」
ワルドはそう言うと、今度こそ立ち去って行った。ギーシュは心配そうに魔王へ声をかけた。
「使い魔君、本当に大丈夫なのかね? 僕には嫌な予感しかしないんだが……」
魔王は首を振りつつ答えた。
「仕方がありません。何だか分かりませんが、ルイズ様もそこに向かうというのです。使い魔をやっている以上、行かないワケにもいきません」
二人はため息を付きながら、のろのろと身支度を整えていった。
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ラ・ロシェールは、トリステインとアルビオンを繋ぐ、空の玄関口である。それは取りも直さず、この街がトリステインにとって、アルビオンの侵攻を防ぐ要衝となることを意味している。かつて、始祖に連なる四の王家が互いの覇を競い合って止まなかった時代、ラ・ロシェールは街が丸ごと要塞であった。より正確に言えば、かつて要塞であったものが、時代と共にその役目を変え、街と化したのである。崖の岩を切り出して作られた堅牢な建物の数々は、そうした軍事施設の名残に他ならない。
今となっては高級宿の一つに過ぎない『女神の杵』も、創建当時は要塞の重要な一画を成しており、その中庭は、練兵場としての役割を持っていた。大勢の武装した将兵が居並び、国王陛下の閲兵を受けたというその場所に、今、ワルドと魔王は向かい合って立っている。
「貴族たちが真に貴族たらんとしていた時代、この場所は数多くの決闘の舞台にもなった。介添人が見守る中、互いの誇りと名誉を掛けて、貴族たちは杖を振るい、魔法を唱えあったのだ。故に、二人の男が雌雄を決するのに、これ以上の場所はあるまい」
ワルドはそう言うと、魔法衛士隊の証たる、杖を兼ねたレイピアを抜き放ち、その切っ先を魔王に突き付けた。
「使い魔君、君に決闘を申し込む!」
ワルドの明朗な声は隅々にまで響き渡り、かつての面影を僅かに残すのみであった中庭に、往年の剣呑な空気を甦らせた。もっとも、当の本人たちの内、堂々としているのはワルドだけで、魔王はというとただただあんぐりと口を開けている。
突然のことに言葉を失っていたルイズが、我に返って叫んだ。
「何言ってるのよ、ワルド! いくら仲が悪くても、同じ任務を共にする仲間じゃない!」
「そうだぞこのヒゲ子爵! 君は何をとち狂っとるんだね。まあ僕はあんたのこと、仲間だとは思ってないんだが……」
「一番とち狂ってんのはあんたよ、このアホギーシュ!」
ワルドはギーシュのことを露骨に無視し、ルイズに向け語りかけた。
「仲間か。確かにそれはそうだ。仲良くしていた方が、普通は良いのだろう。しかし君も分かっているように、これはただの任務ではない。昨日も賊に襲われたように、これは危険な任務だ。しかもアルビオンに渡ってしまえば、もっと危なくなる。そういう時に仲間の実力が分からないと、非常に困るのだよ。更に言えば、どちらが上かもはっきりさせておかねばならぬ。彼はどうも私を軽んじているようだからな。そんな状態で、大事な時に盾突かれては、一行の全滅すらあり得る。この決闘は、必要なことだと理解して欲しい」
ワルドはそう言うと、ルイズから目を反らし、再び魔王に向き直った。
「君はルイズに召喚されて以来、君自身では全く動かず、代わりにルイズに変な道具を渡してマモノを作らせているらしいな。僕は、そんな君の実力を知りたいのだよ。君に刻まれたルーンが伊達ではないのか、確かめてみたいのだ。それに何でも、君は魔王を名乗っているそうじゃないか。マモノの王を語るということは、それなりに腕に自信があると見た。それが相応の実力に裏付けられたものなのか、はたまた井の中の蛙の妄言に過ぎぬのか、確かめてやろうというのだよ」
「そんな、そいつが魔王だなんていうのは妄想で、まじめに取り合うほどのものじゃないのよ!」
ルイズも必死になって言葉を投げかけるが、彼女の思いはワルドには届かない。
「そうなのかい? それは困った。婚約者のすぐそばに、そんなデタラメなやつを置いてはおけない」
「ワルド!」
悲鳴のような声を上げるルイズへ、ワルドは宥めるように語り掛けた。
「君がやっとの思いで呼び出した使い魔だけに愛着は強いのだろうが、それでは駄目なんだ。昨日の夜も話しただろう? 彼が君について回る限り、君は本当に進むべき道を見失うことになる」
「そんな! こいつは、確かにバカで、お調子者で、失礼で、いい加減なことばっかり言って、見るもマガマガしくて、迷惑極まりないやつだけど……」
話していて、ルイズ自身が混乱し始めた。あれ? やっぱりコイツは、この場で懲らしめておいた方がいいんではなかろうか? 途中で口ごもってしまったルイズを見て、ワルドは満足げに頷いた。
「そうだろう。君も冷静に考えれば、この使い魔とは距離を取った方がいいということに気が付くはずだ」
「待って、ワルド! それでもそいつは、私の大事な使い魔で、大切な仲間なのよ!」
「獅子身中の虫という言葉もある。第三者としての冷静な立場から言わせて貰うが、この使い魔は君に似つかわしくない。それに、本当に彼が価値ある使い魔ならば、それをこの場で示してくれるはずだ」
「でもあなたは魔法衛士隊の隊長じゃない! 勝てるはずはないわ!」
「当然僕だって手加減ぐらいはする。君の心配するようなことにはならないさ」
「でも!」
ワルドはルイズから顔を背け、魔王を睨み付けた。
「さあ、使い魔君。君が今、ここで何を成すべきかは分かっているだろう! 掛かってきたまえ! 君の手にした大仰な杖が、飾りではないと言うのならば!」
ワルドの勇ましい言葉に、ルイズはいよいよ決闘が避けられないものになっていくのを感じた。
「魔王、彼の言葉に乗っちゃダメよ! お願い、私のために戦わないで!」
「ムリムリムリ、戦うなんてゼーッタイムリ、ムリです! 誰かのために私が何かと戦うだなんてとんでもない!」
一切、迷うそぶりもなく戦いから逃げようとする魔王の態度に、その場には白けた空気が流れた。ワルドは、露骨に不機嫌そうな顔をしている
「まさか、この期に及んで私から逃げようというのかね」
「だって、私は影のフィクサー的な感じでホクソ笑んでいるのが仕事なんです。イタイのとか苦しいのとか、イヤなんで……」
「君の希望などどうでもよろしい。現に君はルイズの使い魔だろう。そして主を守るためにこの旅に着いてきた。違うのかね」
「いや、どちらかというと世界征服のためにですな……」
「何でもいいさ。とにかく、君の役目は彼女を守り通すことだろう? 君にだって使い魔としての意地があるはずだ。僕だって、戦ってみて君が彼女の使い魔に値する存在だと分かれば、それ以上君に文句を言ったりはしない。ルイズと共にフーケを捕まえ、賊を倒したその実力、僕に見せてみたまえ!」
魔王は、ヤレヤレと大きなため息をついた。
「あなたは本当に大きなカンチガイをしているようですな」
「なに?」
訝しむ様に魔王を見るワルドへ、彼は決定的な一言を告げた。
「ルイズ様を私が守るのではありません。ルイズ様が私を守るのです!」
「なん……だと……!」
あまりの物言いに絶句してしまったワルドへと、魔王は自慢にもならないことを自慢げに語り始めた。
「私のコマンドにたたかうの文字はありません! もしここに錆びてボロボロの剣を携えた、訓練のくの字もしたことがないようなパーカー少年が現れたとしても、マッタク勝てる気がしません!」
あんまりな告白に、聞いていたルイズやギーシュまでもが、顔を覆いたくなった。
「ルイズ様に勝てない相手に、私が敵うはずもありません。どうせそうなっては、逃げるを選んでも回り込まれるに決まっています。いやあ、メイジと使い魔は運命を共にするとは、まさにこのことですな! トモカク、決闘なんて、何を言われてもムリ、ムリなものはムリなのです!」
ワルドはしばらく目を見開いて驚いていたが、やがて軽蔑の眼差しを魔王に向けると、唾棄すべきものを見たという思いがありありと表れた、冷たい声音で話し始めた。
「驚いた! それで本当に使い魔かね? 使い魔とは主の目であり耳であると同時に、その働きで主と名誉を共にするものだ。貴族の使い魔なればこそ、当然誇り高くあらねばならない。それなのに、相手に立ち向かう勇気すら持ち合わせていないとは、実力以前の問題だ。君のような使い魔では、ルイズを守れやしない。彼女を危険に晒すばかりだ」
ワルドは魔王から顔を背け、言い捨てた。
「君はせいぜいそこで妄想にでも耽っているんだな。君にはいたく失望したよ。君を召喚したルイズがかわいそうだ」
魔王はそれに言い返すことなく、黙って立ち尽くした。
「行こう、ルイズ」
「ま、待ってよワルド! 彼は戦いが苦手なだけなのよ。他のことだったら、きっと……!」
だがワルドは彼女の言葉を押しとどめた。
「いや、もういい。彼は余程僕に負けるのが怖いようだ。そんなことで使い魔が務まるのか、はなはだ疑問だがね。そしてルイズ、あんなやつに心を割く必要はない。君のやさしさは美徳だが、それだけでは君は失うばかりだ。君が真に必要としているのは、もっと別のものだ。僕ならそれを君に捧げられる……」
ルイズが黙り込んだのを見届けたワルドは、急に声音を変えて言った。
「まったく、使い魔君のせいで変な空気になってしまったな。さ、別の場所で気分でも変えようじゃないか。歴史深きラ・ロシェールには、ここの他にもいくらでも見るべきところがある」
ワルドはルイズの手を取り、練兵場に背を向け歩き始めた。ルイズは後ろをちらちらと気にしつつも、ワルドの手を振り解いてまでは、その場に留まりはしなかった。
「知っているかい、ルイズ? ここラ・ロシェールは、遥か昔、神話の時代には世界樹が生える聖地として栄えていて、木の根元には聖なる剣が刺さっていたのだそうだ。この剣は心正しき者にしか抜けなかったと言うが、興味深いことに空を隔てたアルビオンにも似たような伝承が……」
二人の声が遠ざかっていく。ギーシュはなおも立ち尽くす魔王に近寄り、そっと声をかけた。
「まあ、元気出したまえよ。あれは相手が悪い。手を出さなかった君の判断は英断だったと僕は思うね」
「でも、いくら何でも言ってることが情けなさすぎやしねえか」
「うおっ、何だねこの声は! 僕たち以外に誰かいるというのかね!?」
声はすれども姿は見えず、すわ決闘に敗れた者の幽霊か! そう思ったギーシュが顔を青くして、しきりに後ろを振り向いたり、前に向き直ったりして慌てる中、魔王はクワッと口を大きく広げ、異言を吐き始めた。
「カキベ・クオデサ・ラハ・ミラウー! カキベ・クオデサ・ラハ・ミラウー!」
ギーシュは、ヒエッと肝を冷やした。魔王の口から漏れ出る言葉の意味は分からずとも、それがなにかとんでもなくマガマガしい呪詛の言葉であることは間違いないように思われたからだ。
「お、おい! 気味が悪いからやめておくれよ」
「Sa Kuj Os Ak Ujos Aku Josak Ujo Sa Kuj Os Ak Ujos Aku Josak Ujo!」
「聞いちゃいない!」
「ワ・レワル・ド・ヲウラム・コトタ・ユール・キナシ! ワ・レワル・ド・ヲウラム・コトタ・ユール・キナシ!」
「お前さん、一体どうしちまったよ?」
魔王の妙な迫力に、ギーシュはゾッとさせられた。加えて、姿無き何者かの声も相変わらず聞こえることだし、もうギーシュは勘弁して欲しかった。
魔王の呪詛は、その始まりと同様に、唐突に終わった。それから魔王は、静かに語り始め、その言葉の最後に怒りを爆発させた。
「初めてですよ…… ここまで私をニジり、コケにしてくれたのは……
……許さん。絶対に許さんぞワルド――ッ!!」
「おお、こりゃあなかなかの心の震えだな相棒。でも相棒は剣を振るえねえんだよなぁ。ハァ……」
「なんだ、インテリジェンスソードだったのか。なんでそんなもの持ってるんだか」
ギーシュは、先ほどからの謎の声の出所が剣と分かってほっとしながら、改めて魔王に声を掛けた。
「とりあえず、君があまり気落ちしていなさそうなことはよーく分かったよ。そうだ、その意気だ。この任務、まだ先は長いしチャンスはいくらでもある。いつか一緒にあいつの鼻を明かしてやろうじゃないか」
魔王は叫んでスッキリしたのか、大分落ち着きを取り戻した様子でギーシュに返事を返した。
「それもそうですな。ですが、いつかと言わず、今からでも仕掛けを打てるのではありませんか?」
「なんだと、もう何か思いついたというのかね?」
魔王は周りを見回し、他に誰もいないことを確認すると、小声で話し始めた。
「この街は、アルビオンとの玄関口。当然、出稼ぎの傭兵のタグイも多いのでしょうな?」
「まあ、そうだろうな。昨日の賊どもも、もしかしたらアルビオン帰りの傭兵だったかもしれない」
「金が掛かっておれば、どんな仕事でも引き受けてくれるのでしょうな?」
「おいおいおい。君、それはシャレにならんよ。第一、金はどうするんだ? 君個人が出せる金なんか、たかが知れてるだろう」
「まあ、先ずは聞いてみてください。この街にたむろしている傭兵どもに、噂を吹き込むのです。王党派に通じた『ヒゲの立派な御方』、もとい『ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド』が、アルビオン王政府に重大な機密を伝えんとこの街に滞在している、と。お忍びゆえ、目立たぬように一人で、この宿に滞在している、と」
「それは、とんでもないことになるぞ!」
「そうでしょうとも。貴族派に売り飛ばすにはもってこいの人物の登場に、傭兵たちは息巻いて宿の襲撃をモクロむことでしょう。後は、顔と名前が割れていることを理由にワルドを置き去りにし、彼をおとりとして我々はラ・ロシェールへの出立を試みるのです」
魔王のマガマガしい策謀に、ギーシュは呆れて言った。
「君は鬼かね。それとも悪魔かね」
「魔王ですとも。それで? この話、乗る気はあるのですか?」
「僕たちまで危険にならないかね?」
「なあに、危ない場面は全て護衛の子爵に押し付ければよいのです。なんせスクウェアなのですからな。幸い、この宿には裏口がある様子ですし、我々が逃げる分にも問題はないでしょう」
「とんだ悪者だな、君は」
「フフフ、それ、褒め言葉ですぞ?」
二人は、なんともマガマガしく顔を歪めて、笑いあった。一方、インテリジェンスソードのデルフリンガーはというと、結局他力本願でほくそ笑んでいる自らの主に対し、悲しいやら情けないやらで、ため息を重ねることになった。
「それでは、噂を吹き込む役はお願いいたしますぞ」
「は? なんで僕がやるんだね?」
「何を! 私が作戦を考えたのですぞ? 今度はあなたの番です」
「子供の僕に、そんな役をやらせようというのかね!」
「あなたしかいないではないですか! あなただって、昨日のトラブルは見ていたでしょう? 私のこのナリでは、やれ亜人だなんだといって、目立ちすぎます。下手したら、荒くれ者ども相手に、見世物扱いで捕獲されかねないではないですか!」
「そんなこと言ったら、僕だって子供の貴族だぞ! 誘拐して身代金をせびるのに、これ以上の楽な相手がいるかね? 第一、子供の話す噂話を誰が怪しまずに信じるというんだ」
「ツベコベ言わずに、先ずはやってみれば良いではないですか!」
「君こそ無茶を押し通そうとするんじゃない! ワルドをどうにかする前に、僕がどうにかなってしまうではないか!」
「一体、こんな所で何をしているのかしら?」
「「あ゛!」」
二人が話に夢中になっている間に、いつの間にか起きてきたキュルケが、彼らのすぐそばまで近付いて来ていた。その後ろにはタバサまで控えている。
「随分、楽しそうにお話ししていたわね。気のせいか、物騒な言葉が聞こえたような気がしたけれど?」
魔王とギーシュの二人は、冷や汗を流しながら黙り込んだ。嫌な沈黙の時が流れる。
おもむろに、魔王は口を開いた。
「ギーシュ殿…… いくら冗談でも、言っていいことと悪いことがありますなあ」
「ホワァ! なんてこと言うんだね、君は。元はと言えば、君が言い始めたのではないか!」
二人による泥沼の言い争いの勃発を、キュルケとタバサの二人は白い目で眺めた。喧しい声が辺りに響いていくと共に、練兵場はいつの間にか古き歴史を思わせる魔力を失い、ただ空き箱や樽が転がるだけの中庭にしか見えなくなっていた。
おまけ
世界樹・ふしぎ発見!
数多くの伝説を残していることで知られる世界樹。しかし中には枯れたり、切り倒されたり、燃やされたりと、ロクな目に合っていない世界樹も多いと言われています。それでは、ここでクエスション
葉を食い荒らされた世界樹からは、残る葉が9枚になったとき、マガマガしい魔物が飛び出してくることがあるそうです。その魔物は魔法が得意で、なんなら世界征服も目指しちゃうと言われていますが、さあ、このマモノは一体何のマモノでしょうか?
A.ピクミン B.リリス C.魔王 D.スケルトン
ヒント
全盛期のXXXXXメイジ伝説
1回の魔法で5桁殺すのは当たり前、6桁殺すことも
グッとガッツポーズするだけで、相手の心臓が弾け飛んだ
そんなに強いはずがないと遠見の魔法で覗いたら、その術者がいた聖堂ごと爆発した
彼にとっての無詠唱魔法は、即死魔法詠唱のための息継ぎ
時間を止めてからの即死魔法も日常茶飯事
加勢を受けた兵隊がこぞって敵の無事を祈った。PTSDになった兵士も
決闘を引き受けるも、向かい合っただけで相手が即死した
ハンデとして即死魔法を使うのをやめ、苦手な物理攻撃で戦っていたことも
それでも相手は即死
彼と戦った者の死亡率は300% WEB版で一度殺されてから書籍版でも殺され、アニ
メ版でもう一度死ぬのが300%の意味
解答編
至高のスケルトンメイジに関する逸話
イキリスケルトンとして名が挙がった彼をからかいに、魔王が彼の本拠地を訪問した際、魔王はやみのころも一つを頼りに魔法攻撃のすべてを無効化し、彼を嘲笑った。しかし魔王が良い気分で帰途につこうとしたところ、なぜかダンジョン入り口ではなく、奥の方からやって来た漆黒鎧の勇者にふん縛られ、墳墓内を引き回しにされるという悲劇が発生した。以来、魔王の口から例のスケルトンの話が出ることは無い。
もちろんこれは事実に基づかない荒唐無稽な作り話であり、地下帝国の国定教科書から記述削除された悪質なプロパガンダである。