使い魔のくせになまいきだ。 ~ マガマガしい使い魔 ~   作:tubuyaki

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 空賊に襲われ、ワルドを置き去りに船から脱出したルイズたち。
漂流の危機に晒されながらも、なんとかアルビオン大陸に上陸したのだった。


STAGE 33 この地下わが旅

 ニューカッスルの野を、遠く大陸の外からやってきた冷たい風が吹き抜けていく。風は向かう先々で音を立てながら、生い茂る草を薙ぐように突き進む。やがて風は他の風とぶつかり合い、時に勢いを増して野を駆け抜け、時に行き場を失って舞い上がり、再び大空へと帰っていく。

 

 風吹き荒ぶアルビオンの空は、その見た目までもが他所の空とは異なっている。ハルケギニア大陸の如何なる山よりも空高くに位置する浮遊大陸のアルビオンでは、薄い大気の中を進んだ太陽の光が空をどこよりも濃い青色に染め上げる。アルビオン・ブルーとも称されるその色は、空に吸い込まれそうな感覚を見る者に与え、アルビオンの自然が織りなす風景を際立たせる。

 

 深く青い空と白亜の岩々が点在する草原、そしてそれらの間を行き交う絶え間無き風―――これらがいつもの、変わる事なきニューカッスルの情景であった。

 

 今まさに、この荒野を行く傭兵の一団があった。彼らが目指すは半島の突端に位置するニューカッスル城で、彼らはその城を前に布陣するアルビオン貴族派の軍勢に合流しようとしているのだった。

 かつては広大な浮遊大陸全土に権勢を誇ったアルビオン王家も、貴族派と幾多の戦火を交えた末に、今や数少ない配下と共に一つの城に閉じこもるばかりとなっている。戦える船をことごとく奪われ、また陸路を5万の軍勢によって塞がれた王党派は、ニューカッスル城の立地同様、まさに崖っぷちに立たされているのだった。貴族派があと一押しすれば、王党派は大陸から突き落とされ、この内乱に終止符が打たれる。そういう状況にあって、かの傭兵たちはまさにその最後の戦いに加わらんと、道を急いでいた。

 

「アルビオンでの稼ぎも、もうお終えか」

 

「まったく、もうちっと長続きするかと思ってたらこのザマだ」

 

 だらだらと喋りながら道をゆく彼らを、目つきの鋭い初老の男が怒鳴りつけた。

 

「無駄口叩かず黙って急げ!」

 

 

「「「へいっ、首領(シェフ)!」」」

 

傭兵たちは一斉に返事した。

 

「いいかお前ら、今回の戦いはこれで最後でも、革命派の貴族連中とは長い付き合いでやってかなきゃならんのだ。それが金だけ貰って戦に間に合わねえなんてことになったらどうなると思う? ええ?」

 

「「「大変なことになります!」」」

 

「分かってるなら、喋ってねえで急げ!」

 

「「「へいっ、首領(シェフ)!」」」

 

傭兵たちは大きく返事を返すも、その陰では方々に悪態をついていた。

 

「ケッ! 誰のせいで遅れたと思ってるんだ」

 

「ホントだぜ。なにが、森の中にガキを攫えそうな村があるだ。何も見つからなかったじゃねえか」

 

 貴族派の大軍勢にそのまま付き従ってニューカッスルに布陣しても、しばらくは睨み合いばかりで決戦が始まらないことに退屈していた首領は、『1か月後に総攻撃』の布告が出されるや否や、その僅かな期間を小遣い稼ぎに有効活用しようとニューカッスル周辺に繰り出しては略奪に精を出し、今、大慌てで陣地に戻ろうとしているのだった。

 

「高く売れそうな娘っ子がいるって話を聞いた時は、期待したんだがなあ・・・

それにしても、首領シェフがガセネタつかむとは珍しい」

 

「あいつもいい加減、モウロクしてきたんじゃ「キャーー!」

 

 悲鳴を聞きつけた傭兵たちは即座に立ち止まり、声の元へと振り向いた。彼らは、桃色の髪の乙女が慌てて逃げ去り、草むらの陰へと身を隠して消えるのをはっきりと見た。予想だにしないものを見た傭兵たちは、思わず顔を見合わせた。

 

「ガキだ」

 

「娘っ子じゃねえか」

 

「何でこんなところに? 近くに村はねえぞ」

 

「どっかの隊が囲った中から、逃げ出したんじゃねえか?」

 

「身なりもそこそこだったぜ。髪色も珍しいし、高く売れるんじゃねえか?」

 

 ガキを攫えば小遣いにはなりそうだが、今は先を急いでもいる。傭兵たちは指示を仰ぐべく、御者台にどっかりと腰かけた首領へと振り返った。首領は濁声で告げた。

 

「おめえら、何時も言ってるだろう。落ちてる金貨は、取られる前に拾えってな。すぐにかかれ!」

 

「「「へいっ、首領(シェフ)!」」」

 

 傭兵たちはわらわらと動き出した。

『これだから帰るのがギリギリになったんじゃねえか』という思いを胸に仕舞いつつ・・・

 

「どこだピンク頭! 逃げようったって無駄だぜ!」

 

「お前ら、相手は小さいガキだ。足元をよく探せ!」

 

 彼らはすぐにでも少女を見つけ出せると思っていたが、意外にも少女はうまく隠れたようですぐには見つからない。癇癪を起こした首領の声が野に響く。

 

「何やってんだ! 早く連れてこい!」

 

 降り注ぐ日差しの下、傭兵たちは汗ばみながら腰を落とし、草むら一つ一つに首を突っ込んでは少女の姿を探す。それでも、一向に見つからない。

 

「うぉおおっ!」

 

 突如、叫び声が上がった。皆がその声に振り返るも、そこには誰の姿も見当たらない。何事かと、仲間の一人が大声で呼びかけた。

 

「どうした!?」

 

「助けてくれ!」

 

 傭兵たちは、やけに小さな声で返事が返ってきたことを訝しみつつも、仲間の姿を探しに向かった。すると彼らは、草の深く生えた野にいきなり、ぽっかりと大きな穴が開いているのを見つけた。助けを求める男は、その穴の中へと足を滑らせ、すっぽり埋まっていたのだ。

 

「助けてくれ! 足を挫いた!」

 

「仕事前だってのに、何やってんだ!」

 

 男は難なく助け出されたが、傭兵たちは穴の様子を見て唸った。

 

「おい、この穴、奥まで続いてるぞ」

 

「あのガキ、ここに逃げ込んだんじゃねえか?」

 

「ちげえねえ。あの目立つピンク頭だ。外にいるなら、もう見つかってなきゃおかしいだろ」

 

 傭兵たちは手間が増えていくことにウンザリしながらも、穴の中を探索し始めた。穴はかなり深く長く続いているようで、傭兵たちは松明で暗い道を照らし出しながら先へと進んでいった。

 

「さっさと出てきやがれ、このチビナス!」

 

「おいおい、そんな風に脅かしちゃあ、ガキも怖がってすぐ出てこねえだろ」

 

「ああん? どっちにしたってひっ捕らえるんじゃねえか」

 

「分かってねえなあ。ここは逆に安心させるようにな、こう言うんだよ。ホラ、出ておいで。出てきてくれたら、おじさんが優しく…… グヘへへへ」

 

「なに笑ってんだ」

 

「バカやってないでとっとと探せ」

 

仲間の一人が諫めるも、結局傭兵たちは好き勝手喋りながら歩いていった。

 

「うげっ! 水たまりだ。ズボンが濡れちまった」

 

「いや待て、こいつは……」

 

 仲間の一人が慌てて、松明を地面に近付けた。緑色の液体がぐずぐずとぬかるみを作っている。

 

「うえっ! 何だこりゃ」

 

「踏みつぶされてるが、スライムじゃねえか? 他にも色々といるかもしれねえ。気を付けろ」

 

「そりゃ別にいいが、本当にこの穴にあのガキはいるのか?」

 

「ガキでもスライム程度に遅れは取らねえだろ」

 

 弱いとはいえモンスターが出ると分かり、傭兵たちはその声に面倒臭い思いを滲ませ始めた。そんな中、一行は道の分岐に出くわしたものだから余計に不満は大きくなった。

 

「また面倒くせえことになったな」

 

「よし、俺らはこっちに決めた。おめえらはそっちにいけ」

 

 一行はその場で二手に分かれ、先へと進んでいった。洞窟の中は歩きづらくなっていき、自然と傭兵たちの口数も減っていった。そうしてしばらく進んだところで、先頭を歩いていた一人が俄かに立ち止まった。

 

「なんか聞こえねえか? 羽音みたいだぜ」

 

 彼らは腰に帯びた剣をそっと抜き、その場でじっと息を潜めた。羽音は段々と大きくなっていく。そしてついに、道の曲がり角から真っ赤で巨大なムシがブンと現れたところで、彼らは一斉にムシに飛びかかった。ムシはしばらくあごをガジガジと動かしながら暴れまわったが、やがて身を何本もの小剣に引き裂かれ、砕け散った。

 魔物を手際よく倒したはいいものの、傭兵たちの顔は引きつっていた。

 

「おいおい、なんてでけえ虫だ! なかなか見ねえぞ、こんなのは・・・!」

 

「それより不味いぞ。スライム程度ならまだしも、こんなのが出るような穴蔵じゃあ、あの娘っ子食われてるんじゃねえか?」

 

「見つけた時にゃ良くて傷物、悪けりゃ生ゴミだな。やってらんねえ。ええい、止めだ! 帰ろうぜ」

 

 先頭を歩いていた男は本当に引き返すのかと、後ろの仲間を振り返る。その時、暗い闇の中で何かがきらりと光った。

 

「おい、今何か「クワァアアアア!!」

 

 仲間が話し終えるよりも前に叫び声が響きわたり、道の先からトカゲ型の亜人が飛び出してきた。亜人は、剣を前に向けた姿勢のまま、猛烈な勢いで男に駆け寄ってくる。

 

「クワァアアアア!!!」

 

 

「よっと!」

 

 トカゲおとこに刺されるすんでのところで、狙われた傭兵は足を軽やかに動かし、突進を躱した。そしてトカゲおとこが立ち止まれずに彼の横を通り過ぎたところで、その背後から小剣を振るった。トカゲおとこの悲痛な鳴き声が上がる。

 

「かかれ!」

 

 傭兵たちに囲まれたトカゲおとこは多勢に無勢、あっと言う間に傭兵たちの剣で刺し貫かれ、血だらけになりながら地面に倒れ伏した。

 

「クソっ! いよいよダメだ。こんな魔物の出る場所に入り込んだガキが生きていけるわけねえ」

 

「こんな魔物どもの相手をしたんじゃしょうがねえ。急いで引き返すぞ」

 

 傭兵たちはやれやれとため息を付きながら回れ右して、来た道を引き返し始めた。そうして、松明に照らされたほの暗い道をしばらく歩いたところで、彼らははっと息を飲んだ。松明に照らされた道の先に、闇に溶け込むようにして何かが立っていた。

 

「野郎ども、構えろ!」

 

 剣を抜いて身構える彼らの前に、それはぬっと姿を現した。松明に照らし出されてなお暗いグレーの体色に、まるで大熊のような巨躯を持つ魔物が、彼らに向けてのそのそと近付いて来ていた。

 

「まさかサイクロプスかぁ?!」

 

 松明を高く掲げ、魔物の姿をよく見ようとした男が、驚いて後ずさり、そのまま尻餅をついた。マモノの顔には、大きな目玉が一つだけついていた。そしてその目玉は、傭兵たちにジットリとした視線を送り、彼らに薄ら寒くなるような思いを起こさせた。

 

「ひ、怯むんじゃねえ! 例えあれが噂に聞く凶暴な人食い亜人だとしてもだ、あの巨体に道を塞がれたままじゃあ、逃げ帰る訳にもいかねえんだ。皆でかかって倒してやれ。行けえ!」

 

「うらあああああ!!!」

 

 傭兵たちは、湧き上がる本能的な恐怖を抑え込んで、その巨大なマモノに喰らい付いていった。ところが、魔物は大して堪えた様子も見せずに、不気味な瞳で彼らを見つめ返している。魔物はむんずと腕を振り上げると、目の前に立っている傭兵にビタンと叩き付けた。

 

「ウ゛ァ・・・」

 

 攻撃を食らって叩き潰された男たちは、次々にその場に倒れていった。だが魔物は止まらず、もう立ち上がれそうにもない男たちに向かっても、2度、3度とその太い腕を振り下ろし続けていく。男たちはすぐに、ぴくりとも動かなくなった。

 それを見た他の傭兵たちの間に、恐怖が伝染した。彼らは悟ってしまった。遅かれ早かれ自分もああなるのだと…… この悪魔を前にして、自分たちは捧げられた生贄に過ぎないのだと……

 

「うわぁああああああ!!!!」

 

 

 遠く発せられた悲鳴は、別の道へと進んでいった傭兵仲間の耳にも届いた。だが彼らに、それを気にする余裕は無かった。

 

「このクソトカゲめっ!」

 

「盾を下げるな!」

 

「戦列を乱すんじゃねえ!」

 

 彼らも道を進んだところでばったりとコケ・ムシ・トカゲの大集団と出くわしてしまい、思わぬ戦いを強いられていたのだ。絶えず剣を突き出してくるトカゲおとこたちだけでも危険極まりないというのに、少し気を抜けばすぐ頭の上を巨大なガジガジするムシが掠めていき、挙句足元にはスライムらしきマモノがまとわりついて、地味に体力を奪っていく。

 もっとも傭兵たちもさるもので、彼らは互いに連携を取り合い、上手いこと種々の魔物たちを捌いてはいた。それでもこんな金にもならない戦いに命を張ることになって、彼らの士気はいやがおうにも下がらざるを得なかった。

 

「一体なんだってこんなところに魔窟があるんだ!」

 

「くそっ! この亜人ども、小生意気に盾まで持ってやがる」

 

「このままやり合っても埒が明かねえ。少しずつでいいから後退するぞ」

 

 このまま戦って命を落としてはたまらないと、彼らは戦いながらも慎重に後ろへと退き始めた。そこへ突如として、洞窟の奥深くから耳をつんざく様な咆哮が響いた。

 

「ガァアアアア! グゥオオオオ!」

 

 

 傭兵たちに耳を塞いでいる余裕はなかった。なぜなら、咆哮と共に魔物たちの攻撃が勢いづいたからだ。何者かが雄叫びをあげて、難関を突破せよ、血路を開けとマモノたちに発破をかけているようであり、トカゲおとこの一撃はより重くなり、ムシやスライムもどきも活発に襲い掛かってくるようになった。

 

「後退停止! ここで戦列が崩れたら不味い!」

 

「クソ! 魔物どものボスでもいるのか!?」

 

 傭兵たちは地下に反響する雄たけびとマモノの猛攻に必死で耐えながら、一匹ずつ相手を仕留めていった。長きに渡る咆哮は、ふっと糸が切れたように止んだ。それと同時に魔物たちの攻撃の手も緩くなったようだった。

 

「今だ! 蹴散らしてやれ!」

 

 それまで散々耐えてきた傭兵たちは、立場逆転とばかりにめいめいが雄たけびを上げ、マモノたちの首を、胴を、足を、滅多滅多に突き刺し、なぎ切り、倒しにかかった。その場にいるマモノたちはみるみると数を減らし、まばらになっていく。

 

「よし、このままいっちまえ!」

 

「待て! デカいのが、うぁわああああああ!!」

 

 道の奥の方から、突如として3メイル以上もの高さを誇る赤胴の人形が姿を現した。

 

「ありゃなんだゴーレムか!? クソッ、野良メイジが潜んでるってか!?」

 

 彼らに驚いている暇はなかった。赤銅のゴーレム、ブロブは傭兵たちを見据えた途端に、猛烈な勢いで駆け出したからだ。ゴーレムの腕は、傭兵たちを血で染め上げんとばかりに、前へと伸ばされている。あの硬い腕に触れれば最後、それだけで身体が弾け飛びかねない。

 

「無理だ! あんなの耐えきれねえ!!」

 

 ゴーレムの突進は、それまで傭兵たちが必死に固めてきた戦列をいともたやすく突き崩した。彼らはゴーレムに吹き飛ばされた仲間たちに構う暇もなく、戦列の空いた穴を埋めるように飛び込んできた数々のマモノたちに攻め立てられていく。先ほどまで魔物を討伐していたはずの傭兵たちが、今となっては逆に、一人また一人と仲間を失っていく。ブロブの長い腕に薙ぎ払われ、足の速いトカゲおとこに追いかけ回され、足を止めて戦おうとすればムシにまとわりつかれ、もうどうする事も出来ない。

 

「この、くそがぁあああああ!」

 

 残された者の大声がフロア内に響き渡り……

その後、二度と彼らが声を上げることは無かった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「……遅えぞ! あいつら何やってるんだ!」

 

 すぐ戻ってくると思っていた子分たちが帰ってこない。業を煮やした傭兵団の首領は、自分の手元に僅かに残していた手下達と共に、穴の内へと踏み込みんでいった。

 

「オメエら、時間切れだ! 何時までかけてやがる!」

 

 大声で叫びにも、洞窟内からは声一つ返ってくることはなく、その後の深々とした静けさが際立つだけであった。シェフはヅカヅカと踏み込んでいき、前からブーンと飛んできた巨大なムシを切り捨てた後、もう一度声を張り上げた。

 

「聞こえねえのか、このボンクラども! ……チッ、あいつらどんだけ奥に行ったんだ?」

 

「へえ、まったくで」

 

「これだから俺がいねえと、あいつらダメなんだ」

 

「まったくその通りでさあ」

 

 首領は自信に満ちた足取りで真っすぐに道を進んでいった。

 

「あん? 分かれ道か」

 

「二手に分かれたみたいですな。こっちの方が道も広いですぜ」

 

「ならそっちからだ。まったく手間かけさせやがって」

 

 群れを成す緑色のスライムを踏みつぶしながら一行が進むと、しばらくして足元からぽきりと音が響いた。足元を松明で照らした傭兵たちはぎょっとした。なぜなら、松明の光でうっすらと映し出された方々に、人骨が転がっていたからだ。

 

「何でえ、ここは! 骨だらけじゃねえか」

 

「縁起でもねえ・・・さっさと進みましょうぜ、首領」

 

「いや待て! もっとよく照らしてみろ」

 

 首領は近くに転がっていた骨のそばにしゃがみ込み、つぶさに観察し始めた。

 

「特に金目のものは無さそうですぜ」

 

「そうじゃねえ」

 

 首領は眉をひそませながら答えた。

 

「この骨はよう、新し過ぎる。まだ濡れてやがるぜ」

 

 シェフはそう言って、髑髏の内側を手でこすって見せた。その指先には、赤い血のりがべっとりと付いていた。

 

「馬鹿な! それじゃあここの骨は……!」

 

「黙ってろ! さっさと引き上げるぞ」

 

 首領は髑髏を置いて、その場から立ち上がった。その時、ぶんと風を切るような音が響いた。誰もが動く間もなく、気付いた時には首領の胸元に槍が生えていた。

 

「あ、ガぁっ!」

 

「首領!」

 

「くそっ、何か隠れてやがった!」

 

 手下たちが槍の飛んできた方に振り向くと、いつの間にそこへ立っていたのか、槍を振りかぶる『女』の姿が見えた。その『女』は一糸もまとっておらず、ゲルマニア女のような褐色肌で胸もでかいという、妙に良い体付きをしていた。しかし傭兵たちが呑気に鼻の下を伸ばしていられるはずもなかった。なにせその『女』は体が地中から生えている魔物で、しかもその上半身だけで男どもの背丈以上はあろうかという巨躯である。そんな体を大きく動かして、太く重い槍の投擲を繰り返してくるのだから、たまったものではない。

 残された傭兵たちは、飛び来る槍の一撃一撃を必死に盾で凌ぎつつ、その女に近付いて行った。

 

「このくそアマがああああ!!」

 

 負けるものかと傭兵たちは盾を固く持ち、歯を食いしばって突進をかけた。すると槍女は鬼気迫る彼らの様子に恐れをなしてか、地面にすっぽりと潜り込み、その姿を隠してしまった。まるで水に潜るかのように姿を消したことに、傭兵たちは動揺を隠せず、狼狽えた。

 

「どんだけ力が強けりゃ、あんなふうに土に潜れるんだ?」

 

「これじゃ何時足元から襲ってくるか分からねえ」

 

「ええい、引っ込まれたんじゃしょうがねえ。こんな洞窟、さっさとずらかるぞ!」

 

 彼らはいつ襲われるかと気が気でない中、地面を気にしつつ慎重に歩いた。まず3メイル歩く。何もない。4メイル、何の動きもない。5メイル…… 幸い槍女は隠れることに徹しているようだった。

 しかし、本当の脅威は彼らの背後から迫っていた。槍女の隠れた場所を少し離れてすぐ、彼らは穴の奥の方からキャッキャと騒ぐ甲高い声を聞いた。

 まさか今更あのピンク髪のガキが現れたかと思って彼らは振り返るも、そこで見たのは確かにピンク色ではあるが、ピンク色の服を着た浮遊する妖精たちの姿であった。彼女らは一斉に杖を振った。

 マガマガしい光が放たれ、傭兵たちに迫り来る!

 魔弾は雨あられと飛んできて、傭兵たちを薙ぎ倒していく。

 成すすべなく倒れていく傭兵たちの悲鳴と、無邪気に笑う幼い子供のような声がダンジョン内にこだました……

 

 

ようへいたちを たおした! 

 

 

「またまたお見事でした!」

 

パチパチと小刻みな拍手の音が魔王の青白い手から放たれた。

 

「いやはや魔法陣系のマモノの扱いも、ダイブ手慣れてきたカンジですな」

 

「そうかしら?」

 

「ええ、ルイズ様は着実に成長しておられますぞ。ブロブやアッシュレディといった心強い悪の仲間を得て、ダンジョンも安定してきたように感じます」

 

魔王の悪くない評に、しかしルイズはむっとした。

 

「何が悪の仲間よ。私は悪になったつもりなんてないわ」

 

「そうなのですか? しかし現にこうしてマモノひしめくダンジョンを掘り続けているではないですか」

 

ルイズは承服できないというように、大きくかぶりを振った。

 

「いいこと、魔王。私はただアルビオン王家に仇なす下劣な貴族派の手先を倒しただけよ。人の姿を見るなり攫おうとしてくる連中なんて、やっつけられて当然だわ」

 

「フム、まあそれはそうかもしれませんな」

 

「そうよ。だから、いわばこれは生か死かを賭しての栄光への戦いなの。邪悪なるもの、悪の化身を打ち倒さんと、立ちはだかる難敵に挑んだだけなのよ。敢然と立ち向かう勇気ある戦いなんだから。私たちとハルケギニアの未来のために戦うという、ひるまぬ勇気が成せるわざなのよ」

 

「ルイズ様の献身的なお働きというわけですな」

 

「そうよ! だからね、例え堀パワーを稼ぐためだけにあいつ等をここまで誘き寄せたのだとしても、それは正義の行いなのよ!」

 

 そう力強く語るルイズの顔には、自覚無くして黒い笑みが浮かんでいた。

魔王はフハハハと笑って、上機嫌に答えた。

 

「私もこの冒険の旅で勇者の挑戦を受けるのはヤブサカではありませんぞ。今回も堀パワー、しっかり獲得出来ましたかな?」

 

「バッチリよ。これまでに稼いだ分も合わせて、おもいっきり地下を掘り進めて行けるわ。善行を積んで堀パワーも貯まる。本当に一石二鳥ね」

 

「ルイズ様もやるようになってきたものですな」

 

魔王の言葉に、しかしルイズは渋面を作った。

 

「誰だってこうもなるわよ! アルビオンに上陸してから賊まがいの傭兵に出くわすのがこれで何度目か分からないわ! こうも襲われたんじゃ、私だって悪魔にもなるというものよ。もうあんな奴らをやっつけるのに、躊躇なんてしないんだから!」

 

熱を帯びたルイズの決意表明に、魔王はゴモットモですとあいずちを打った。

 

「いやまったくおっしゃる通りですな。しかし、まあ、そのお陰でここまで素早く移動できたではないですか」

 

「まあ、それはそうなんだけどね」

 

 魔王の言葉通り、ルイズたちは身一つでアルビオンに上陸したにも関わらず(いいえ、ツルハシもあります!)、馬にでも乗っているのかというほどの異例な速さでニューカスル城に到達しつつあった。なぜそんなことが可能になったのか?

 

 答えはやっぱりツルハシだった。

 

 ルイズがアルビオンに上陸して初めに遭遇した野盗を退けた時、魔王はこんなアドバイスをした。

『そうそうルイズ様、地下での移動はツルハシがおススメですぞ』

『は? なんですって?』

『だからいちいち歩くのではなくツルハシを使うのです。まずは目的の方向に沿って、地下をまっすぐに掘り進めるのです。そしたらツルハシにぶら下がって、そのままビューンとツルハシを移動させます。いつものように△ボタンを押してから十字キーを押し続けばいいわけですな。そしたら速攻で端から端まで移動できますぞ』

 

 かくして天啓を得たルイズは、少し歩くだけで野盗同然の傭兵とエンカウントする治安最悪状態のアルビオンで、彼らと遭遇する度にこれを撃滅、獲得した堀パワーで地下を掘り進めてはツルハシ高速移動することを繰り返し、圧倒的速さでニューカッスル城を目指すことに成功していた。

 初めの内は、ルイズにも傭兵と戦うことに抵抗感があり、なるべく戦わないようにしていた。倒した相手から奪った馬に乗れば、そのまま城の近くにまで行けるじゃないかと考えていた。

 しかし、実際にそうしようとすると、すぐさま別の傭兵に出くわし当然のごとくに襲われ乗馬どころではなくなることに業を煮やしたルイズは発想を転換、あえて地下から彼らのいる場所を見つけ出しては自分から接近し、地上に通じる穴を開けては彼らを誘き寄せるという手段を講じたことで、時間の無駄なくツルハシ高速移動を繰り返すサイクルを作り上げたのだった。

 

「とにかくあいつらがいけないんだから、これでいいのよ」

 

「いやまったくおっしゃる通り、ルイズ様のご意向に反するニンゲンどもは悪いに決まっていますな。……フム しかしそうなると、奴らを倒したワレワレは逆にイイコトをしているということに……?」

 

「だからそう言ってるんじゃない」

 

 それを聞いて、魔王は困り果てたような顔をした。

 

「マズい、それはマズいですぞ、ルイズ様。 魔王軍ともあろうものがイイコトをしていたなんて世間に知られたら、悪の軍団として沽券(こけん)に関わります」

 

「だ・か・ら、良いことをして何が悪いってのよ!」

 

「良いことだから悪いのです! ……アレ? 良いことなのに悪いって、どういうことなのでしょう?」

 

「何であんたが迷ってるのよ」

 

 あきれ顔のルイズを他所に、魔王は難しそうな顔をしながら考えた。

 

「ワレワレに逆らうニンゲンどもは悪い、倒されてトーゼンです。でもって、破壊神様とその忠実なるしもべの私もヤッパリ悪い。つまり悪いワレワレに逆らうニンゲンどもも悪い……?」

 

 そこまで言ってから、魔王は気付きを得た。

 

「おお、分かりました。 つまり不正義の反対は、また別の不正義だったということですな。 我ながらスゴイことを悟ってしまいました……! これならいくらでも安心してワルモノ同士の抗争ができるというものです」

 

「馬鹿言ってないで先を急ぐわよ」

 

「ああ、待ってください、ルイズ様」

 

 ルイズは傭兵を返り討ちにすること幾たび、溜まりに溜まった堀パワーを使って、ガツガツと地下を掘り進めた。

 

「どうです、ルイズ様? 目算通り、城まで堀パワーはもちそうですかな?」

 

「大丈夫よ、そこに抜かりはないわ。途中で穴を掘れなくなって地上の貴族派どもの陣地に顔を出すなんてマヌケな真似はしないわよ」

 

「それならば安心ですな」

 

 そう言って魔王が地下から地上を仰ぎ見た先には(これがワタクシ魔王と破壊神様だけに見える世界なのです!)、貴族派の大軍勢が無数にひしめいていた。

 

「フフフ、まったくいい気味ですな。いくらあやつらがゴマンといる兵士で地上を固め、コケ一匹通さぬ陣地を築き上げていたのだとしても! そのすぐ足元に広がる広大な大地の中は、ぜんぶルイズ様のテリトリーなのです。並み居る敵も何のその、カレーにスルー出来てしまうとは、破壊神さまさまですな」

 

 ルイズは破壊神呼ばわりに嫌な顔をしながらも答えた。

 

「まあ、助かってはいるわよ。地上から貴族派の目を盗んで城まで辿り着くのは難しかったでしょうしね。それにしても、あんなに貴族派が大勢だなんて……」

 

 ルイズはそう言うなり、俯いてしまった。地上を埋め尽くさんばかりに広がる圧倒的な軍勢…… それら全てが貴族派のものであることを思えば、対する王党派にいくら堅固な城が残されているといえども、それはあまりにも儚い備えであるように思われた。もはや王党派の辿るべき運命は決したようなものだということを、ルイズは悟らざるを得なかった。

 

「アルビオン王家は、本当に風前の灯なのね」

 

 ルイズは貴族派の軍勢を地下から見上げながら、そっと呟いた。やるせない気持ちになってしばらく立ち竦んだ後、ルイズは再びツルハシを振るい始めた。そのツルハシ捌きは、心なしか先ほどより重くなっているようだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「いよいよ間近に近付いてきましたな。あれがニューカッスルキャッスルですか。ウーム、歴史を感じさせる造りで大変スバラシイ。テンション上がってきました!」

 

「なに分かり難く言ってるのよ」

 

「でもルイズ様、ニューカッスルの城というのは、ニューはトモカクとして(カッスル)(キャッスル)がかぶってますぞ? もうニューカッスルだけで十分なのではないでしょうか?」

 

「ニューカッスルは地名だからいいのよ。それにあの城も、もう新しい城(ニューカッスル)って感じじゃないわ」

 

それを聞いた魔王は納得したように大きく頷いた。

 

「ふむ、確かにそれもそうです。おや? ということは、あの城を魔王城として

新築し直したらニュー・ニューカッスルキャッスルになるのでしょうか?」

 

「なんでアンタのものになること前提で言ってるのよ!」

 

 遠目にも堅固で立派であったニューカッスルの城は、ルイズたちが近付くにつれ、その驚くべき偉容を明らかにしていった。迫りくる地上の敵を寄せ付けぬよう幾重にも配置された大砲と高くそびえる城壁もさることながら、真に驚くべきものはその地下にあった。ニューカッスル城はその地下に広い空間を設けており、なんとそこには港と船まであったのだ。

 

「えっ、なんであんなところに船着き場があるのよ」

「どうやら真下に向かって穴が伸びておるようですな」

「まさか、大陸の真下から行き来できるというの!? すごいわ、こうやって王党派の人たちは隠れて動いているのね」

 

 ルイズが感心すると同時に、魔王も唸り声を上げていた。

 

「ルイズ様」

 

「何よ」

 

「私、この城のこと、タイヘン気に入りました。この城を築いた者はロマンや地下のスバラしさをよくよく分かっていると見えます。船でおおぞらをとぶに飽き足らず、ヒミツの地下港まで設けるセンスはイカしてますな。私、改めて決心しました。 ここを本拠たる魔王城として使い、ハルケギニア全土に魔の手を広げていくこととしましょう! 幾多の勇者の挑戦を退け、そして伝説へ……!」

 

「あー、はいはい。良かったわね」

 

 ルイズは魔王を適当にあしらいながら更に城へと近付いて行く。

しばらく歩いて、魔王は再びルイズに話しかけた。

 

「あのー、ルイズ様」

 

「冗談ならもうお断りよ」

 

「イエ、それが、その…… もしかしたら私のカン違いかもしれませんし、ある意味ジョーダンみたいな話になってしまうのですが……」

 

「何よ、そんな風に勿体ぶられたら気になるじゃない」

 

「あの港…… よくよく見て何か気付くことはありませんか?」

 

 ルイズは首を傾げながらも、より細かな姿が見えてきた港をじっくり観察した。流石に地下の港ともなると、あまり多くの船を停めてはおけないようで、中型の船舶二隻のみが停泊所に繋がれていた。一隻はタールで黒く塗られた軍艦で、もう一隻は物資を運んできた商船のようであった。

 ルイズは、んん? と思って、目をこすって、もう一度船をよく見返してみた。見れば見るほどに、見覚えのある形をしている。

 

 まさか…… いや、しかし同じ構造で造られた船なんて、いくらでもあるものだ。きっとラ・ロシェール発の船の中には、王党派と通じていたものもあったのだろう。

 

 そう思ったルイズが一人納得しかけたところで、彼女はあるものを見つけ、声にならない悲鳴を上げた。その商船の船首には、航行中の安全を祈るために取り付けられるはずの彫像が無かった。いや、辛うじて彫像だった『何か』は残っていたが、それは粉々に砕け散った後であることを想起させるように、根元のみを残して無くなっていた。ルイズはもう一度船全体を見回して、その甲板から非常用のボートが失われているらしいことまで確認し、愕然とした。

 

「なによあれ! 私たちの乗って来た船じゃない!!」

 

「やっぱりミマチガイではありませんでしたか」

 

「よくよく見たら、あの黒い船も私たちを襲った空賊船じゃないの! 一体、どうなってるのよ!?」

 

「ウーム…… ナニがナニヤラ、サッパリですな」

 

 ルイズはしばらく取り乱した様子で地下の有様に目を泳がせていたが、やがて落ち着きを取り戻すと、猛然とツルハシを振るい城へと向かい始めた。

 

「ルイズ様!? この状況、もうチョット慎重になった方がいいのでは!?」

 

「それどころじゃないわ! ここにあの船があるってことは、きっとワルド様だって!!」

 

それから彼女たちは、とにかく掘って掘って掘りまくって、城に近づいていった。

 

「!! いたわ!」

 

 果たして、ワルドは地下にいた。鉄格子の張り巡らされた狭い地下の一室に、彼は随分とやつれた様子を醸し出しながら、その背を壁に預けて床に座っていた。ルイズはそれを見て、我慢出来ないとばかりにガンガン穴を掘り進めていき、ついにはその部屋へと道を繋いで乗り込んだ。

 

「ワルド!」

 

「うおぅっ!!」

 

 ワルドは独房の壁がいきなり崩れ去ったのを見て、大きく体をびくつかせた。目を真ん丸にして口を半開きにした彼は、やがてその穴から飛び出してきたものがルイズだと気付くと、再び驚きの声を上げるのだった。

 

「ルイズ! ルイズじゃあないか!」

 

「ワルド、無事だったのね! ねえワルド、船へ置き去りになんかしてごめんなさい。あの時は、なぜかああするのが一番良いと思ってしまったのよ」

 

「ああ、空賊に襲われた時の話かい? 気にしなくていいさ。僕はこの通り、まあ、ピンピンはしてないが、少なくとも五体満足で生きている。それよりも、よくぞ無事でいてくれたものだ。それにちゃんとこの城に辿り着くなんて! 私はもう間に合わぬものかと、半ば諦めかけていたのだよ」

 

 嬉しそうに言うワルドへと、ルイズは困惑しながらも質問を投げ掛けた。

 

「ねえワルド、どうして空賊に囚われたはずのあなたがこの城にいるの?まさか、あなたがあいつらを全員やっつけたとか・・・?」

 

「いやいや、まさか! さすがの僕も、あの状況で抗えはしないさ。あの船には、腕利きのメイジが揃いも揃っていたからね」

 

「じゃあ、一体何があったの? 私、頭が混乱しそうよ」

 

 ワルドは苦笑しながら言った。

 

「何のことはない。空賊たちなんていなかったんだ」

 

「え? でも私たち、確かに襲われたじゃないの」

 

「うん。僕もすっかり騙されたが、違うんだ。あれは、空賊なんてものじゃなく、そのふりをして活動していたアルビオン王党派だったのだよ」

 

「なんですって!」

 

 ルイズは、必死の思いで逃げ出した相手が、実は自分の追い求めるべき人たちであったという事実に、天を仰ぎたくなった。魔王は素知らぬ顔でわざとらしく口笛を吹き始めた。

 

「それじゃあ、まさか私たちの逃走は無駄だったってこと!?」

 

「うん、まあ、そういう側面もあるかもしれないが…… 一概にそうとも言い切れない」

 

 ワルドはより一層苦々しい顔をした。

 

「すぐに王党派の根城に着いたのは良かったが、僕自身は王党派の諸君になかなか熱烈な歓迎を受けてね」

 

 ルイズは、ワルドの体に生々しく残った殴る蹴るの痕を見て、顔を悲痛に歪ませた。

 

「私たちがいない間、何があったのよ? トリステインからの使者を牢屋に放り込むなんて、王党派の方たちは一体どうしてしまったというの」

 

「いや、それは僕の失敗もあってね」

 

「あなたが失敗ですって?」

 

 ワルドは罰の悪そうな顔をしながら、自らの置かれた状況を語った。

 

「実は僕は、彼らに貴族派の一味であると誤解されてしまったのだよ」

 

「まあ、何てことなの!」

 

 ルイズは驚きのあまり、口元に手を寄せた。

 

「ほら、あれだ。彼らは始め、空賊のふりをしていただろう? そして彼らは船に乗り込んですぐ、積み荷である硫黄に目を付けた。そこで私は考えたのだよ。そのまま大人しくしていれば、良くて身包み剥がされて、誰かが身代金を払ってくれるまで解放を待つ他ないが…… 自分が貴族派のふりをすれば、どうにか切り抜けられるんじゃないかってね」

 

「恥知らずな貴族派のふりですって!? なんでそんなことになるのよ!」

 

 先ほどよりも一層驚いて目を真ん丸にしたルイズに、ワルドは恥ずかしそうにワケを語った。

 

「何も無策でそんなことを言ったわけではないさ。空賊というものは、船を襲ってさあお終いというものではない。彼らも、奪った品を自分たちで使うだけでなく、売り飛ばす相手がいてこそ成り立つ稼業なのだよ」

 

「空賊相手にものを買う人なんているのね」

 

 ルイズは嘆かわしいとばかりに首を振った。

 

「全くだ。品位にもとる行為と言える。そしてその、まさにその盗品を買い取る相手が貴族派なのだよ。戦争には硫黄が山ほどいるから、誰も彼もそれを欲して止まない。だが今のこの情勢で王党派にものを売ることなんて出来ないから、必然的に空賊はその荷を貴族派に持っていくのだよ。まあ、王党派は追い詰められておらずとも、誇りが邪魔して空賊の荷を買えんだろうがね」

 

「そういうことだったのね。じゃあワルド、あなたは空賊たちの

お得意様のふりをしようとしたわけね?」

 

「ああ、その通りだ。空賊も馬鹿じゃない。商売相手の貴族派に喧嘩を売れば、取引して貰えなくなるどころか、現役の軍艦で追い回されることを分かっている。だがら、僕の口車に乗った奴らは私を丁重に扱い、そして着港したら僕は悠々と彼らの元を離れ、王党派の元に向かうことが出来る。そう考えていたのだが…… 運命のいたずらか、彼らは王党派だったという訳さ」

 

「それは…… 運が無かったわね」

 

 ルイズはそう言って、ワルドの境遇に嘆息した。

 

「彼らが王党派だと分かった後で、事情があったんだと明かすことは出来なかったの?」

 

「言ったさ。言うだけ言ってはみたものの、案の定、信じて貰うことは出来なかった。そもそも、滅亡寸前の王家に使者を送るという話自体が、そう易々と信じて貰えるものではない。妃殿下の手紙でも持っていれば話が違ったかもしれないが、あいにく僕はただの護衛に過ぎぬ。妃殿下から本物の信頼を受けた、大使である君のね。そういうわけで、結局僕はただの下劣な貴族派の手の者として、それはそれは手厚いもてなしを受けたという訳さ」

 

 彼は、半ば投げやりな様子になって話を終えると、自嘲とも憔悴ともつかぬため息を吐いた。

 

「だが、こうして後ろを向いてばかりもいられない。今や、僕の女神も来てくれたことだしな」

 

「な! いきなり何を言うのよ、ワルド」

 

 顔を赤くしたルイズに対し、ワルドは真剣な表情で語りかけた。

 

「いいかい、ルイズ。君の役割は重大だ。もはや僕一人の力では、王党派の皆に対して失った信用を取り戻すことは出来ない。だが君は違う。君だけがアンリエッタ妃殿下から授かった手紙を持ち、そして本物の大使として彼らの信用を勝ち取ることができる。そうすれば、全ての誤解が解け、僕もここから出ることが出来る」

 

 ワルドは、ルイズが真剣な表情で彼の話に耳を傾けていることを見て取ると、彼女に指示を伝えようとした。

 

「これから君は、先ず城の外を見張っている衛士と接触を図ってだな…… ム、誰か来たな」

 

「何をごそごそ喋っている!」

 

 ふいに、地下牢に面した通路から、大きな声が響き渡った。どうやら、見回りのため近付いて来た衛士が、遠耳にもルイズたちの話し声を察知したようである。だが幸いなことに、まだルイズたちがここに入り込んだことはばれていないらしい。

 

「マズいですよ、ルイズ様! 今ここでワレワレが見つかったら、私たちまで貴族派の手先と見なされてしまいます!」

 

「逃げるわよ!」

 

 ルイズと魔王は、慌てて元来た穴に身をねじ込み、地下へと引き返した。魔王は一目散に引っ込んでいったが、ルイズだけは立ち去り際に一度だけワルドへ振り向いた。

 

「ワルド、必ずあなたを救い出すから待っていて!」

 

「いや、待ってくれルイズ! 僕も……!」

 

 ワルドは、ルイズに何事かを頼もうとした。だが彼の呼び掛け空しく、先を急いで焦っていた彼女にその思いは届かなかった。ものの数秒もしない内に、一人の衛士が独房の前へと駆け付けてきた。彼は来て早速に、鋭い眼光でワルドを睨み付けた。

 

「何を一人で騒いでいる。大人しくしていろと言ったのをもう忘れたのか?

この二枚舌野郎めっ! 貴様、このままここで意地を張って嘘を付き続けても、

良いことはないぞ。いい加減、素性を明かす気になったか?」

 

「違う! 何度も言っていることだが、僕はトリステインからの使者で……」

「そのような与太話、信じるとでも思っているのか!」

 

 ワルドはうんざりした顔でぼやいた。

 

「本当なのだがなあ」

 

「これ以上、私に迷惑をかけさせるな! 次に騒いだら力づくでも黙って貰うぞ」

 

 衛士はそう言い捨てた後にその場を切り上げようとして、ふと動きを止めた。何事かとワルドが疑問に思う間もなく、衛士は地獄の悪鬼の様な形相で、ふるふると震え始めた。

 

「杖を取り上げたからと思って油断しておれば……!

キサマァーッ!! その穴、いつの間に掘っていたっ!!」

 

牢の壁に穿てられた穴を指摘され、ワルドの顔色はサァーッと青くなった。

 

「待てっ! 誤解だっ! 僕はやましいことなど何も……!」

 

「脱獄だっ! 例の男が脱獄を企てたぞ! みんな、早く来てくれ!!」

 

 衛士は大声で応援を求めると、腰元に括り付けていたカギの束をガチャガチャとかき鳴らしながら、格子扉を開けにかかった。

 

「怪しい男だとは思っていたが、遂に馬脚を現したなっ! このような真似が出来るとは、やはり貴様、貴族派のスパイであったか!」

「違う!誤解だ! 話を聞いて貰えれば分かる!」

 

 扉はあっと言う間に開け放たれ、ワルドはあれよあれよという間に、床へと組み伏せられた。そこへ他の衛士たちも次々と駆けつけ、彼を押さえ込んでいく。

 

「始め見た時から、こいつは怪しいと思っていたのだ。

何が衛士隊の隊長だ、この下賤の者めっ!」

 

「このグリフォンの刺繍が入ったマントを見てみろ。こんなものまで用意して、

他国の身分ある者を騙ろうとは貴族派の連中め、なんと卑劣なのだ」

 

「いや待て、あるいはこいつがトリステインの貴族であるというのは本当の話かもしれん。王党派が潰えると聞いて、今の内からレコン・キスタに媚びを売りに来たのではないか?」

 

「なんと! となるとこやつ、裏切り者か!」

 

 アルビオン衛士らの穏やかならざる様子に、ワルドは戦々恐々とするしかない。彼らの中には誰もワルドを擁護する者はおらず、血気盛んな若者どころか落ち着いた様子の老人までもが、彼を突き上げに掛かる始末だった。

 

「これはねえ、やっぱり企んでますよ、この人は。顔見てご覧なさい。

目はつり上がってるしね、ヒゲがぼうっと浮いているでしょ。これ、裏切り者の顔ですわ」

 

「うむ、パリー殿までそう仰るのなら間違いなかろう。今度こそこやつを

本物の拷問にかけ、貴族派の秘密を洗いざらい吐かせてくれるわっ!!」

 

 ルイズはこの城に到着したが、本当に自分は助かるのであろうかと、ワルドは不安で一杯になった。

 

「ルイズッ、早く来てくれーっ!!」

 

「煩いぞ! その口、喋れなくしてやろうか?」

 

「そんなに騒ぎたいのか? 喜べ!これから道具を使って、嫌になるほど

叫ばせてやろうではないか!」

 

「ぬわーーー――ッ!!!」

 

 地下深くにて発せられたワルドの悲鳴は、地上に向かい行くルイズたちに届くことなく、地中で掻き消えていくのだった。


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