「おや、今日は見事な満月ですね・・・。」
ここは17世紀半ば。
北ヨーロッパのとある森の中。
近辺の村人からは魔の森と恐れられ、だれも近づかないこの森を、今一人の旅の青年が通り抜けようとしていた。
彼の父はイギリス名門貴族の次男。彼の生まれる少し前までは船に乗って世界を旅する放蕩息子であったが、
最後の航海で、彼は中国の名家の女性と恋をし、彼女を連れさらう様にイギリスへと連れてきた。
だが、彼女が中国人だった為、彼女の事を快く思わない彼の家の人間に、二人の仲は引き裂かれる事となる。
しかしその時すでに彼女には彼の子供が宿っていた。
そして彼がこの世に生を受けてから18年、もはや父も母もこの世を去り、
イギリスに未練が無くなった彼は当ての無い旅にでた。
かつて父が世界を飛び回っていたように、彼の中にもそういう自由を追い求める心が受け継がれていたのかもしれない・・・。
「こういう日には、何か素敵な出会いがありそう・・・な物なのですがね・・・。」
そう言って青年はため息をつく。
実は彼の後ろには、明らかに殺意を持って近づく影が存在していたのである。
「これで何度目ですかね?私を殺そうという人間が現れるのは?」
もともと彼の父の家は魔術という力を使う一族の末裔であり、その血は彼にも強く受け継がれていた。
そして彼女の母の実家も何代も続く魔術の家柄、東洋魔術と西洋魔術という違いがあるものの、
その二つの家の血を引き継ぐ彼には、相当の魔術師の素質が備わっていた。
しかし、彼には魔法で名を売ろうという気は全く無く、その力は日常生活を楽に過ごす為やいたずらの為に使う事が主だった。
「でも、私はそんなに恨み買うような事しましたかね・・・?」
しているのである。
住人が悪徳領主に支払う税金を木の葉に魔法かけた物でごまかしたり、
領主等に対する不当な贈り物をネコババして近辺の住人に配ったり、
口だけ魔術師の鼻っ柱を折ったり、
呪いの依頼を受けておきながらトンズラをしたり、
お世辞にも美人とはいえない領主の娘との縁談を蹴ったり・・・。
・・・なんだか後のほうになると下らない事ばかりになっているな。
閑話休題
見た目はにやけたただの青年に見える彼は、実は様々な所から恨みを買っていたのである。
「・・・さあ、そろそろ姿を現したらどうですか?あなたがいるのはとっくにばれていますよ。」
彼がそう言うと、彼の背後からの殺気はいっそう強くなり、しばらく後、彼の目の前には一人の人間が現れたのである。
いや・・・厳密に言うと人間でない事は見てすぐにでも分かるはずなのだが・・・。
「おや、あなたは人間では無かったようですね。」
そう言って青年の見た先には、普通の人間とは違う・・・そう、翼を背負った人間に似た人物が立っていた。
森の中、しかも夜なので、いくら満月とは言っても薄暗く、相手の顔は詳しくは分からない。
しかし彼は上半身はなにもつけておらず、下半身に巻いた布もぼろぼろになっており、
彼自身もまた泥や血で薄汚れていたのははっきりと分かった。
「いけませんね、あなたが何者なのかは知りませんが、そんな格好で人前に出るのは感心できませんよ。」
だが、その台詞が終わるか否やのところで相手の方からは返事を返さずに攻撃を仕掛けてきた。
即座に身をかわす青年。
「何故私に対して殺意を向けるかは知りませんが、私があなたと戦う事に得などありません。
ここは一つ話し合いを・・・。」
構わず攻撃を仕掛けてくる刺客らしき人物。
「してはくれませんかね、やっぱり・・・。」
それからしばらく、刺客らしき人物は青年に対して攻撃を仕掛け続けていたが、全てを避けられてしまっていた。
「もういい加減にしてくれませんか?急ぎの旅というわけでもありませんが、
私もこんな不気味な所で足止めを喰らいたくは無いのですが?」
だが相手には攻撃を止める気配はこれっぽっちも無かった。
攻撃の手を休めない刺客らしき人物の攻撃に対して青年はのん気に話を続ける。
するとどういう訳か、突然刺客らしき人物の動きが止まったのである。
崩れ落ちる刺客らしき人物。
「おや・・・?どうかしましたか・・・?」
青年は無用心に今さっきまで自分を狙っていた人物へと近寄る。
そして彼の首筋に手をかけると・・・。
「これは・・・」
命を狙われている時もどこかのん気そうだった目が一瞬にして真剣な物へと変わった。
「いけませんね、このままでは彼が死んでしまう・・・。
仕方ありませんね、連れて行きますか・・・。」
そういうと青年は刺客らしき人物を背負い、森を抜ける道へ進み始めたのである。