後に海賊王と呼ばれる麦わらのルフィが、空白の二年の後に航海を再開してからおよそ十ヶ月後、東の海にて後の歴史に『東の海の名付け決闘』と呼ばれる大騒動が起こったのだった。
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春の陽射しが暖かく感じる昼頃、東の海にあるココヤシ村に一つの命が誕生した。
「ナミ、ご苦労様でした。」
「うん、ありがとう、シュウ。」
波打つ紫の髪が特徴的な長身痩駆の美男子が、ベッドに身体を預けるオレンジ色の髪が特徴的な美女に口付けをする。
男性の名はシラカワ・シュウ。
女性の名はシラカワ・ナミ。
およそ三年前に結婚した二人は本日、一児の親となったのだ。
「産まれてきた子は女の子でしたね。」
「あら、男の子の方がよかった?」
「健康に産まれてきてくれたのですから、なにも文句はありませんよ。」
そう話すと二人はまた唇を重ねた。
「結婚して三年、相変わらず熱いわねぇ~。」
腕に赤子を抱きながらそう言う女性はシュウとナミの養母のベルメールである。
「ねぇ、養母さん。私にも赤ちゃんを抱かせてよ。」
そう言って笑顔でベルメールが抱く赤子を覗き込むのは、シュウとナミの養姉のノジコだ。
「ノジコ、あんたも自分で子供を産んだら?」
「私に見合う男がいればね。」
「あんまり選り好みしてると行き遅れるわよ?」
「身近にシュウっていういい男がいるんだもの。少しぐらい望みが高くなっても仕方ないじゃない。」
そんな母娘の会話にシュウとナミは顔を見合わせると、同時に肩を竦めたのだった。
◆
和やかな家族の雰囲気とは一転、ココヤシ村の駐在の家では剣呑な雰囲気を醸し出す男達がいた。
そんな男達の雰囲気に臆せず、一人の美女が報せにやって来た。
「産まれたわ。元気な女の子よ。」
女性の報せに剣呑な雰囲気を醸し出していた男達が歓声を上げる。
「あらあら。」
そんな男達の様子をみて微笑む美女はシラカワ・シオリ。
三十代の美女にしか見えない彼女であるが、これでもシラカワ・シュウの祖母である。
歓声を上げる男達も紹介しよう。
白髪に眼鏡が特徴的な老人は、かつて冥王の異名で呼ばれた大海賊のシルバーズ・レイリー。
赤髪に左目に走る傷痕が特徴的な男は、現四皇の筆頭である赤髪のシャンクス。
そしてワノ国の洋装に髷を結わえた髪が特徴的な老人がシラカワ・ブンタである。
レイリーがシュウの養祖父、シャンクスがシュウの実父、ブンタがシュウの実祖父の関係だ。
彼等は常ならばココヤシ村にはいない者達だが、ナミが子を産むのが近いと聞いて、遥々ココヤシまでやって来たのだ。
「産まれてきたのは女の子か。なら、シャルロットってのどうだ?」
「いやいや、リーレイアという名がいいだろう。」
「カオリというのも捨てがたいのだ。」
彼等三人がお互いの言葉を認識すると、和やかな雰囲気が一転して剣呑な雰囲気へと変わった。
「シャルロットだ。」
「リーレイアだ。」
「カオリなのだ。」
シャンクス、レイリー、ブンタがそれぞれ考えに考え抜いた孫、曾孫の名を口にする。
決して譲らぬと空気が歪んで見える程の意思をぶつけあった男達が同時に立ち上がる。
そして…。
「「「決闘だぁ!」」」
男達は意気軒昂にココヤシ村の駐在であるゲンの家を出ると、競い合う様に走り出すのだった。
◆
「あらあら、シュウちゃんとナミちゃんの意見も聞かないでどうするのかしら?」
「それだけ、シュウとナミの子が産まれるのが待ち遠しかったのでしょうな。」
シャンクス達が去った家でシオリとゲンがゆっくりと茶を啜っている。
「ゲンさんは参加しないでいいのかしら?」
「私はシュウとナミが名付けるのでしたら文句はありませんな。」
「ふふ、私もそう思うわ。」
そう言って微笑んだシオリは席を立つ。
「それじゃ私はあの人達が争っている間、曾孫を抱かせてもらいに行きましょうかね。」
「それはいいですな。私もご同道致しましょう。」
シオリとゲンは笑顔で家を出ると、シュウとナミの家に向かったのだった。
◆
シャンクス達が決闘を決めてゲンの家を飛び出した翌日、三人はココヤシ村の沖合いに浮かぶ大きな足場に場所を移した。
これはこうなる事を想定していたシュウが、予め用意しておいた決闘場である。
三人はそれぞれが一世一代の大勝負とばかりに濃密な覇気を纏って睨み合っている。
「シャンクス、遺言は大丈夫かな?」
「レイリーさんこそ、年寄りの冷や水が過ぎるんじゃねぇか?」
「君も祖父になったんだ。もうこちら側だよ。」
「俺はまだ四十手前の現役バリバリの海賊だ。老け込むのは引退してからで十分さ。」
睨みあうレイリーとシャンクスは目線で火花を散らしながらも言葉を交わしていく。
「ブンタ殿、貴方も無理をしない方がいいんじゃないかな?シオリさんにドヤされると思うが?」
「レイリー殿、お気遣い感謝するのだ。なれど、男には譲れない時があるのだ。」
「あぁ、その通りだ。」
ブンタの言葉にシャンクスが同意すると、三人が腰に帯びた得物を抜き放つ。
そして、一つの波しぶきが足場に落ちたのを合図に、三人が同時に踏み込んだのだった。
◆
「ナミ、もう起き上がっても大丈夫なのですか?」
「シュウ、私はそんな柔な鍛え方はしてこなかったつもりよ。シュウの隣にいるためにね。」
ナミはシュウの腕に自らの腕を絡ませると、シュウの肩に頭を預ける。
「あらあら、仲がいいわねぇ。」
そんな二人をシオリが曾孫を抱きながら微笑んで見ている。
「シオリさん、私にもその子を抱かせてもらえないだろうか?」
「ダメよ、ゲンさん。ゲンさんが抱いたら、あの子が泣いちゃうからね。」
懇願するゲンの心にノジコの言葉が突き刺さる。
膝から崩れ落ちたゲンを見ていたベルメールは大笑いだ。
「ねぇ、シュウ。あの三人は放っておいていいの?」
「ある程度はガス抜きをしないと父さん達も収まりがつかないでしょう。まぁ、適当な所で止めに入りますよ。」
「放っておきなさいよ。三人の決闘は皆が酒の肴にしてるんだから。」
そう言ってシオリに代わって赤ん坊を抱いたベルメールがシュウとナミの元にやって来た。
「ほら、いつまでもイチャついてないで、ナミはお母さんをやりなさい。」
ベルメールから赤ん坊を受け取ったナミは慈愛に満ちた優しい表情を我が子に向ける。
そんなナミの肩をシュウが優しく抱き寄せた。
「これならば、親子三人で一緒にいられますよ。」
「…うん。」
シュウとナミのやり取りを見ていたベルメール達はやれやれと言わんばかりに苦笑いをする。
そしてこの夫婦のやり取りを見ていたココヤシ村の未婚の女性達は、まるで狩人の様な眼光で独身男性達の姿を見詰める。
この世界の女性達は総じて強かな者が多いのだ。
「それにしても、いつまで続くのかしらねぇ?」
ベルメールの言葉につられるように一同は沖合いで決闘をしている三人へ目を向ける。
三人は幾度も剣を打ち合い、轟音を響かせていた。
「流石にそろそろ止めに入った方がよさそうですね。」
「そうね、行ってらっしゃい、シュウ。」
ナミがシュウを送り出そうとしてそっと離れると同時に、一際大きな轟音が響き渡る。
すると…。
「うぅ…あぁぁぁぁぁあああん!」
ナミが抱いていた赤ん坊が泣き出し、それと同時に轟音がピタリと止まった。
そして…。
「シャルロット!?どうした!?おじいちゃんはここにいるぞ!」
「リーレイア!?大丈夫か!?」
「カオリ!?一体誰が拙者の曾孫を泣かせたのだ?!」
水柱を立てて海上を駆け抜けた三人が、決闘を止めて赤ん坊の元にやって来たのだった。
◆
「三人共、ちゃんと反省をしたかしら?」
「「「はい。」」」
ニコニコとした笑顔でも凄みを感じさせるシオリの前でシャンクス、レイリー、ブンタの三人が地に正座をしながら頭に見事なタンコブを作っている。
「そもそも、シュウちゃんとナミちゃんの意見を聞かないで名前を決められるわけないでしょう?それなのに貴方達ときたら…。」
曾孫を泣かせた三人に容赦なくシオリの説教が続いていく。
三人の目から少しずつ光が失われていった。
「しかし、私達の娘は大物になるかもしれませんね。一泣きであの三人の戦いを止めるのですから。」
「あら、もう親バカかしら?」
「親バカと言われようともいっこうに構いませんよ、養母さん。」
ベルメールのからかいをシュウは軽く受け流す。
「ところでナミ、その子の名前は決めてあるの?」
「決めてあるわよ、ノジコ。でも、シュウが認めてくれたらだけどね。」
ノジコにそう返事をしたナミに皆の注目が集まる。
ナミは胸に抱く赤ん坊を優しい瞳で見詰める。
「この子の名前はアカリ、シラカワ・アカリよ。」
ナミが告げた赤ん坊の名前に皆が驚いて目を見開く。
ナミが告げた赤ん坊の名前が、二十年以上前に亡くなったシュウの実母と同じ名前だったからだ。
「シュウ、いいかしら?」
「…えぇ、もちろんです。きっと、アカリママも喜んでくれますよ。」
「うん。」
後年、この赤ん坊は美しい女性へと成長し、女性冒険家として歴史に名を残す数々の偉業を成し遂げる。
だが、今はただ両親の愛を一身に受けて静かに寝息を立てるのだった。
続きはありません…ありません!
ライトとたしぎのその後の話なんてありませんよ!